※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して   作:夢枕 七変化

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エレジア

 大歓声と共に迎え入れられ、歌えば歌う程に魅了される人々。他の人達の歌を聴いて、多くの楽譜に触れて、その度にそれは知らないと喜び夢中になりながら歌い続けるウタを誰もが称賛していく。

 それによりどんどん群がり、次を次をと曲を教えて楽しむ時間。能力を使っていないのもあり、ウタは絶好調で何曲も歌い続けていた。

 途中休憩を兼ねた立食パーティになった時、ウタと共にサンドイッチ等を貰いノンアルの飲み物を探してウタに渡したりしながら過ごして、その熱気を避けるように廊下へ出て行くウタに視線だけがついて行く。今は、一人になりたいだろうか。

 そんな逡巡が足の動きを止めてしまう。そんな私の肩に軽く手を置いて、ポンポンと2回叩いて去って行くシャンクスの後ろ姿にホッと息を吐いた。

 恐らくシャンクスなら、ウタに良い結果を選んでくれる。そう信じようと思う……のに、身体がその場を動こうとしない。心配と言うより、不安なんだわ。

 

 「ウタ……」

 「気になるなら、来るか?廊下が見える場所がある」

 

 そう声を掛けてくれたベックマンさんに縋るような眼差しを向けて何度も頷けば、軽く私を抱き上げて二人の出て行ったのとは違う所から外に出て、階段を登ったと思ったらその先にあった休憩用の小部屋に入って行く。そこは外の風景を楽しめるように作られているのか、足元に窓がありそこから廊下の一部とその先にある風景が見える。

 その見える廊下にウタとシャンクスがいて、微かにしか聞こえない会話を聞こうと私は見聞色の覇気を全力で使ってしまう。いけない事なのかもしれないけど、私は自分の不安を持て余していた。

 ウタは背伸びをして手摺から身を乗り出し、月明かりに照らされたエレジアの街並みを見詰めている。そこへシャンクスが声を掛けた。

 

 「随分楽しそうだったな。ここで歌っていた時」

 「ん?うん」

 「俺達の前で歌うより、大勢の人達に聞いて貰った方が楽しかったりしないのか?」

 「そんな事ないって……」

 

 そう答えたウタの声には、力が無かった。背伸びをしている爪先は、微かに震えている。

 楽しかったのだろう。知らない曲を沢山知る事ができて。

 嬉しかったのだろう。多くの人達から賞賛された現実が。

 それでも、ウタにとって譲れないものもある。ううん、それはきっと、誰もが譲れない……大切な人の傍に居たいと願う気持ち。

 

 「なァ、ウタ。この世界に平和や平等なんてものは存在しない」

 

 シャンクスの突然の言葉に、ウタはキョトンとした顔をする。本気で、理解出来ていないのだろう。

 そんなウタにシャンクスは語り続ける。それが必要であると確信しているかのように。

 

 「だけど、お前の歌だけは、世界中の全ての人達を幸せにする事ができる」

 「……何、言ってるの?」

 

 不穏なものを感じたのか、ウタの声が震える。怪訝そうな眼差しでシャンクスを見詰めたまま、背伸びをやめて言葉を待つ。

 そんなウタに、シャンクスは告げる。直接的な言葉を。

 

 「良いんだぞ、ここに残っても。世界一の歌い手になったら、迎えに来てやる」

 「馬鹿っ!私は赤髪海賊団の音楽家だよ!!……まさか、いらなくなった?」

 

 優しい声で残酷な言葉を紡ぐシャンクスに、涙をその瞳にためながら叫ぶようにウタが返す。それは、不安と恐怖に震えていた。

 小さなその身体が、小刻みに震えている。思わず抱きしめに行こうとした私の腕は掴まれ、視線を向ければ首を静かに横に振られた。

 今、私が行くのは良くない。そう、言われているのが分かってしまう。

 諦めてそっと腰を下ろせば、シャンクス達の会話が続いていたと気付かされる。だから私は、耳をすませるしかないのだ。

 

 「ん?」

 「ナミがいるから、ウタはもう、いらないの!?」

 「そんな訳な「ウタは、ナミと違う。戦えないし、あんなに知識もない。判断能力もあって、冷静で……世界にまだ名前はそれほど広まってないって本人は思ってるけど、すごい作家だって事を私は知ってるよ」」

 

 ウタがそんな風に思ってたなんて知らなかった。そう思って息を飲む。

 褒められてる筈なのに、責められてる気がするのは、私がウタの居場所を奪おうとしてるからかな。そんなつもりは欠片もないのに。

 ただ、愛しい娘に幸せでいて欲しい。優しい世界で、楽しく過ごして欲しいと願っているだけなのに。

 

 「楽器も演奏できて、楽譜を書けて、可愛い……私よりも歳下だなんて、きっと誰も思わない。本気で私を愛してくれてるのも分かるから、シャンクスが欲しいならナミを迎え入れても良いって思えたし、本当にお母さんみたいに思ってるっ!……でも、そんなナミがいるから、血の繋がらないお荷物の私は、もういらないの!?」

 「そんな訳ないだろう。ウタは、誰よりも愛しい、俺の娘だ。世界を敵に回しても、ウタの事だけは守ると決めている」

 「……なら、どうして?歌の勉強ならナミが教えてくれる。戦い方や勉強も、皆で教えてくれるのに、どうしてシャンクス達から離れろなんて」

 

 その瞳に涙を滲ませるウタを見て、シャンクスは困ったように笑った。膝をついて、ウタを抱き寄せたのは宥める為だけでは無いだろう。

 赤髪海賊団のメンバーは、総じてウタに弱い。泣かれたら、暫く尾をひく程度には。

 

 「分かった。そうだよな。……明日にはここを離れよう」

 

 突然決まった出航日。それを受けてウタはシャンクスの肩に顔を擦り付け、滲んだ涙を乱暴に拭う。

 私はそこで覇気を解除して、座り込む。そんな私にベックマンさんは笑い、少し休んだら帰り支度だなと呟いた。

 私がそうして休んでいる内に、二人は国王の元へと向かい挨拶をしたらしい。それを受けて突然国民全員を呼び集めてのパーティへと変貌したそれは、どうしても参加できない人達の為にと、国中に歌声が届くように設定をされて行く。

 色々な歌をせがまれて歌うその様子に、私は一足先に出航準備をしようと会場を出ようとした所でウタに呼び止められてしまった。それに振り向くのと同時に掴まれた腕は、微かに震える指先を感じ取ってしまう。

 

 「ナミっ、どこ、行くの?」

 「帰り支度しようかと思って……」

 「聞いて、くれないの?」

 「どこにいても聴こえるわ。ウタの声は自由だもの」

 

 国中のどこにいても聞こえるように、わざわざ設定してもらったのだ。船の上で準備していても問題は無いだろうと思う。

 なのにウタは泣きそうな顔をする。それに気付いた人達が、私とウタを心配そうに見詰めてきた。

 捨てないで……と、無言で訴えるそれに、捨てる訳無いのにと苦笑してしまう。こんなにも愛しい娘を、どうして手放せると言うのか。

 

 「ナミ、歌ってない……」

 「今日はウタが主役だか「ナミに、歌って欲しい!ナミは、私の尊敬する歌手なんだって自覚してよ!ナミは音楽家の中ではすでに宝物なの!その名前〝宝玉〟が示す通りにっ!!」」

 

 その瞬間、会場の空気が変わった。貯蔵されていた譜面の中に〝宝玉〟が含まれていたのは知っていたけど、こんなにも影響力があるとは考えていなかったのだ。

 ウタは震える手を離そうとしない。これはもう、断れないと判断したのは、おそらく間違いではないと思う。

 期待する眼差しと、尊敬と嫉妬を孕む視線。ウタの怯えを感じて、ここで断ればウタが壊れる気がしたの。

 

 「ナミ……」

 「わかったわ。なら……そうね。ウタも一緒に歌う?」

 

 それによって選曲が変わる。でも、ウタは静かに首を横に振った。

 つまりそれは、ウタの歌声を望む人達に雑音を聞かせると言う事。でも、今ここで怖気付く事は〝宝玉〟として許されない。

 覚悟を決めなさい、私。ウタに、踊りだなんだと指導して、こんな時に歌えない……なんて、許されはしないのよ。

 

 「……選曲の希望はある?」

 

 私の問い掛けにウタはまたしても首を横に振る。そっと顔を上げれば、ウタのそれを聞く為に座ったその位置で楽しそうに笑う皆が見えた。

 それは、間違いなく……いつもの温かなもの。怯える必要は無いのだと、その存在で伝えてくれる皆に小さく笑って、ゆっくりと視線を動かす。

 それだけで見えて来る。多くの人達の、期待に満ちたその眼差しと煌めく表情。

 試そうなんて……粗探ししようなんて、彼等は思ってない。彼らはただ、謎のベールに包まれた作詞家であり作曲家の存在に期待してるだけ。

 明らかに才能溢れる天才としか言えない少女が、母と慕う存在に興味がある。そして、本当に本物の宝玉なのかを疑いつつも期待し、高揚しているのだと伝わる熱気。

 

 「ウタの師匠として、逃げる訳にはいかないわね」

 

 私の言葉にウタは顔を上げる。そして、満面の笑みを浮かべるから、胸が痛む。

 この子を私は騙してるのでは無いかと、ずっと思っているから。でも、ウタは私を本気で母親のように思ってると言ってくれたから、私は……娘の期待に応えたいと思うの。

 私の歌を聞きたいと言うのは、嘘じゃ無いだろう。今でなくても良いのにと思うけど、もしくは少し休憩したいのかも知れないと思えば否定はできない。

 

 「わかったわ。なら『畢生よ』を。……ピアノとドラムどちらがいいかしら……?」

 「演奏は我が国の者達に任せては貰えませんか。我が国では〝宝玉〟の出した全ての曲を揃えてあります。ここに今集っている者達に、共に奏、歌うチャンスを」

 「国王様……有難く、存じます。では、演奏と伴奏を、よろしくお願いします」

 

 国王の言葉に私は多少の戸惑いを見せてしまったけれど、快諾して演奏を任せた。それからの準備は早く、思わず息を飲まされてしまうほど。

 それはモンスター達も同じだったようなのに、直後にキラキラした眼差しでそれを見つめ始めたから、音楽バカなんだからと笑うしかない。それくらいには、私にもまだ余裕がある。

 心を落ち着けて、本来のナミちゃんをイメージしてつけた〝宝玉〟の名に恥じない歌を。ウタの師匠として恥ずかしくない姿を、届けよう。

 

 「『畢生よ』」

 

 舞台の上で題名を告げる。それだけで空気が変わったのを肌で感じる程。

 演奏が始まる。ドラムを強く出したそれは、恐らくイントロだけなら人に不快感や不安感を与える系のもの。

 それでも動揺もせずにいてくれるのは、この曲を知っているからか、それとも……音楽を愛するが故か。どちらにしても、私としては歌いやすい。

 

 「ーーー」

 

 私達は〝やりたい〟と願ったそれを叶える為に途中経過となる未来を描き続けてる。見習いでしかない私を仲間と呼んでくれる、偉大すぎる男達に欲望に近い憧れを抱き数年が経過した。

 女の子として、本来美しい筈のこの身体を維持する事も難しく、髪は常に手入れ不足。護りたいものを守る為に必要な爪さえ、まだまだ未熟で手入れさえままならない。

 

 「ーーー」

 

 人は皆、望む望まぬを希望もできないままに、奪う者と奪われる者に別れてしまう。その二択ならば、何も私は奪いたくないけど、奪われない為にいったい何ができるのかな。

 与える側に回りたいのに、私はいつも与えられる側。守りたいと騒ぐばかりで、何も守れない無力な自分を自覚させられる日々。

 せめて目の前にいる、手の届く所にいる愛しい娘だけでも護りたい。この子の笑顔にこれ以上の陰りができないようにと願うのに、これまでに何度傷付けただろう。

 思い返す程に無様で、己の価値を見失う。そんな私を母と慕う愛しい子と、私はいつまで共にいられるのかな。

 

 「ーーー」

 

 私がここに居た事を何かの形で残したい。他には替えられない大切な人達がいるから、ずっとそばには居られないと知ってるからこそ。

 選ばなかった方の選択肢を、私達は全て切り捨てて進んでいる。そうして死に絶えた選択肢が、鈍く心に痛みを与え続けるの。

 

 「ーーー」

 

 見失ったものは、なんだろう。本当に守るべきは、誰だろうか。

 誰か一人なんて選べない。そんな贅沢を言えるような強さもないのに。

 何を信じて、何を目指したらいいの。私は……誰の為に死ぬのが正解なのかな。

 愛しい人達と同じ未来を目指したいけど、それを望める強さは無いの。だから私は、過去の私の畢生に祈るように問うばかり。

 私は愛しい人達の為に存在するのに、どう生きればいいのか分からないの。本当に、存在する資格があるのかさえ、見失ったまま立ち尽くしている。

 ……間奏に入る。それに合わせて視線を動かせば、激しい歌にも関わらず棒立ちの私に、けれども咎める色はない。

 ここまでは僅かに歌詞の隙間の息継ぎがあるだけで、思考する余韻すら残さなかった。感情の羅列とも言える歌い方に、驚く人も多いかと思ったけど、受け入れて貰えてるらしいと気付く。

 ドラムが叩く速度を上げたのを聞き、深く息を吸い込む。それを見てウタが分かりやすくその瞳を輝かせるから、楽しんで歌わなければと思った時、気持ちが晴れるのを感じた。

 

 「ーーー」

 

 泥にまみれて、スリや錠前外しの腕前ばかりが上達して、海賊としても女としても、何よりもウタの母としてのスキルは何も上がらない。思い出せないからと諦めた過去の自分が、責めてる気がするの。

 なのに何かあれば当たり前のように嘲笑し、強がるばかり。プライドばかりが邪魔をして、何も私の手には残らない。

 

 「ーーー」

 

 奪う者に搾取され、奪われて屈辱に泣くしかできないの?

 失敗したら、そのまま立ち止まる?

 そんな事したら、大切な全てが喪われるのに、そんな事できる理由も無い。できない事なんて、何一つあっては生きられないのがこの海という場所なのだ。

 始まったばかりの人生で、すれ違うように出逢ったつもりの人達さえ、大切になる。その人達の方がずっと強くて、賢いのは分かってるのに……心が、奪われてしまう。

 なら、喪われると分かった存在がいるのに、私は何してるの?

 

 「ーーー」

 

 自分勝手だと分かっていて、変わりたいと思っても変われない。譲れないものがあるから。

 限られた残機は、私の努力と命の他に差し出せるものを作らなかった。揺れる心を固定して、足掻くしかできないと痛感させられるばかり。

 

 「ーーー」

 

 見失ったものばかりで、結果的に守り損なったものばかりになった。炎の中、叫ぶのは誰だろう。

 何を信じ、何を目指して、愛しい家族を守ればいいの?

 愛する人達を、私は傷つけたくないと願うだけ。過去の私よ、愚かな今の私に道を照らして。

 ……ここに来て、間奏に入る。一気に歌い上げるから、動かずにいても消耗は激しい。

 それでも、私はこの歌を届けたい。私の悪足掻きと、何があっても諦めないで欲しいと願う心を、ウタに贈りたいから。

 キラキラと輝いた眼差しを向けてくれるウタに、私は何をできるのかな。その心と才能に、少しでも役立てば嬉しいのだけれど。

 長くない間奏が終わる。この先のフレーズだけ、少し特殊なので間違えないようにしなければと内心で細く息を吐く。

 

 「ーーー」

 

 愛されたいと願うなら、自分から愛しなさい。誰かに何かをして貰いたいなら、先に何かをしてあげなさい。

 いざという時に助けてくれない人を、困ってるからと助けてくれる人はいないのだから。自分を嫌う人に、優しくする人はいないのだから。

 

 「ーーー」

 

 本来のナミちゃんの居場所を奪って、保ち続けた私の存在。未熟だからなんて言い訳してる場合じゃないから、何を犠牲にしても守り抜くべき人達がいる。

 鈍く動こうとしない感情が、爆発する時がある。その時に、守りきる為に必要な地力を高めるのは今。

 

 「ーーー」

 

 見失ったもの、守れなかったもの、このままでは失うもの。運命という大きな波に抗おうとする私に、世界はきっと優しくない。

 それでも前を見据えて、胸を張り、目指すべき未来がある。愛すべき者たちの生きる未来の為なら、この人生をかけても惜しくは無いの。

 全てが終わった時、きっと私は、微笑みながら旅立つだろう。その時僅かにでも、その心に私が生きていられたら、本望だわ。

 ……歌い終えた私に続くように、演奏もゆっくりと終わる。それに合わせてしたお辞儀に、割れんばかりの拍手があれば、とりあえずホッと息を吐いたのは許して欲しい。

 額や頭皮から溢れた汗が、頬を伝い顎から落ちていたのは気付いていた。それでも、拭う余裕さえ私にはなかったのだ。

 責められない、批判されない、目立ったからと攻撃を受けない舞台がなんだか妙に不思議で、そっと顔をあげれば興奮冷めやらぬ人々の顔と、誇らしげに私を見ている皆の顔が視界に飛び込んで来る。愛されているのだと痛感させられて、思わず両手を広げたらウタが迷い無く飛び込んで来た。

 

 「ママッ!」

 「ウタ!……満足した?」

 「うん!ありがとう!……ねェ、私がこの後も歌ったら、聞いててくれる?どこにも行かない?」

 「ウタが歌う限り、いつでもそばにいるわ。ウタは私の天使で、愛娘だもの」

 

 私の言葉にウタは笑う。それから仕方ないなァ……なんて言ってから、帰り支度の為に離れる事を許してくれた。

 後に、この時の事を死にたくなる程に悔やむ事となるのだが、この時は分からなかった。ただ、皆で帰る為に必要な準備を整えておかなくてはと……航海士としての役割を優先してしまったのだ。

 そばにいれば、何かが違っただろうか。それとも、何も出来なかったのだろうか。

 答えが出る筈も無い問いは、この先私が背負い続けるものとなる。そんな事も知らずに、私は笑顔で告げた。

 

 「先に船で待ってるわ。ウタ、満足したらちゃんと帰って来るのよ」

 「わかってるから安心して!」

 

 明らかにウタの我儘から歌う事になったナミは、歌い終えるとウタと微笑ましいやり取りをして先に帰って行く。それを受けてお頭が視線で護衛をしてくれと頼めば、即座に動いた相棒。

 そんな俺の思考は少しだけ過去に飛ぶ。初めて見た時、確かに美しい子と思った。

 まだ見習いに毛が生えた程度の仲間だったが、それでも大人の男を翻弄し戦うその姿と、何より真っ直ぐな眼差しが。お頭が少し揶揄いつつ謝って終わる筈だったそれが、結局俺の弟子となり……いつの間にかウタの心を掴んでいたのには驚かされたが……大人に囲まれて育ったウタには必要だったのかも知れない。

 同年代の女友達がそばにいれば、ウタも依存するのは当然だろう。それも明らかに、自分を猫っ可愛がりしてくれるのだから。

 敵が来た時も、ナミは迷わずウタを優先する。抱えて逃げて、戦う時には背に庇う。

 そんな姿に、仲間として認めないクルーがいる筈も無かった。その上、知識も多く賢く、度胸が座り、必要とあらば戦えるのだ。

 欲しいと思わない方がどうかしている。天才としか言えないその頭脳は、特に航海士として際立っていて、スネイクと共に指揮を取ったり、時にスネイクが本気で落ち込む程の実力を発揮していた。

 それがまさかの〝宝玉〟だと分かれば、手放す気など幹部の誰にもある筈も無い。ウタにとっての師匠であり、友であり、姉であり、母なのだ。

 引き剥がすつもりは無い。ナミは、俺達の仲間だ。

 ウタが強請り、甘えればなんでも叶えてくれる優しいを超えて甘いナミは、曲を示すと舞台に立つ。自覚の無い天才は、恐ろしい程に舞台度胸が座ってる。

 足が震える事は無いのだろうか。手が震えて、怖気付く事を知らないのかと問いたくなる程に、堂々としたその姿。

 題名が告げられ、曲が流れると不思議な気持ちにさせられた。なにせ、畢生……すなわち生涯と名付けられたその曲を歌うには、まだまだ人生の駆け出しにしか思えない見た目にも関わらず、信じられない程に卓越した雰囲気を醸し出しているのだから。

 

 「ーーー」

 

 低めの声で、激しい曲調で、思いを吐露する歌。それでいて、後悔と戸惑い、迷いが強く出ている。

 

 「ーーー」

 

 俺達は海賊だ。奪う事も奪われる事も経験済み。

 何度喪って、その度に悔いただろう。恐らくこれは、誰もが一度は直面した葛藤の歌。

 

 「ーーー」

 

 諦めた筈の未来へ続く選択肢が、もしもあの時……と痛みを寄越す。そんな経験を、幼いナミも感じていたのだろうか。

 

 「ーーー」

 

 見失う事も許されない大切な仲間達。守るべきものを決めて、だから俺は命をかける瞬間を待っている。

 愛しいと想う者、大切だと思う物、その全てを守り、手に入れる為の手段が海賊なのだから。やり直せる人生はないと知っていて、それでも……やり直したいと思う時は確かにあった。

 だがそれも過去の事。後悔しない為に、俺は今船医をしている。

 ……いつもこうだ。ナミの歌は、その歌に合わせて己と向き合わされる。

 逃げる事を許さないそれは、ウタの能力と似ている。それでも、ただ歌の世界に導くのとは違うのだから面白い。

 間奏が終われば、再び歌い出す。ウタも含め仲間達は、舞台に立つナミに夢中だ。

 

 「ーーー」

 

 どうしたって綺麗なままでは生きられなかった。それをできたなら、海賊になる筈もないんだ。

 当たり前のように己に嘲笑し、けれどもプライドばかりが邪魔をして天才だと分かるナミに跪く事ができないんだ。医学的な知識も恐ろしい程にあるのに、その本も出してるのに、俺はそれに師事する事が出来ない。

 

 「ーーー」

 

 奪おうとする者から、奪われない為に得た力で俺は何ができただろうか。失敗したら失敗したまま、それには二度と手を出さなかった気がする。

 生き急ぐ勢いで駆け抜ける二人の天才が目の前で生き生きと踊り、歌う。じゃァ俺は何をしてるんだ。

 

 「ーーー」

 

 自分勝手な自分を変える為にも、俺達はきっとこの二人を育てないとならない。医者としても、大人としても、親としても……どれで見ても未熟な俺だからこそ、限られた手段に閉じ込もる訳にはいかないんだ。

 

 「ーーー」

 

 この戦い方は合わない。このやり方では救えない。

 俺は何を目指してここにいるのだろう。そんな事を考えては、動けなくなる。

 いつもそうだ。ナミの歌は己に向き合わせ、それでいて苦しめる為のものではない。

 だからこそ、惹かれる。その為に知りたくなるんだ、この歌を生み出した存在を。

 知れば欲しくなる。そうして手を伸ばし奪い合うだろう者達から、どうやって守ればいい。

 愚か者の仲間入りはしたくもない。だが、正しい護り方が分からないんだ。

 

 「ーーー」

 

 曲調が変わり、歌詞がよりナミらしくなる。それはきっと、ナミの心にある言葉で信念に近いからだろう。

 だがそれはほんのわずか。すぐさま、曲調も何もかもが戻る。

 

 「ーーー」

 

 誰かの人生を犠牲にして、その生命を奪って、保ち続けた俺達にとっての平穏。幼いから未熟なんだと、笑って許して貰える時間はすぎた。

 未熟なんだと己を卑下しながら、甘えていては喪うだろう。本能が、今立ち上がれと告げている。

 

 「ーーー」

 

 見失って、守れなくて、後悔ばかり繰り返して来た俺達だからこそ、確かに胸を張りなりたい自分がある。愛すべき者達と生きる生涯の為、ナミとウタを守れる大人になろうと誓いを立てさせられた気がした。

 曲が終わり、ウタとナミが戯れるのを見ながら、まさか後にナミのこの言葉が二度と脳裏から離れなくなるなんて思ってもいなかったのだと思い知らされる。それは、ただの優しい日常の一コマである筈だったのだから。

 

 「ウタが歌う限り、いつでもそばにいるわ。ウタは私の天使で、愛娘だもの」

 

 言葉は言霊となる。そんな言葉が、日本では古くから言われ続けて来た。

 だから私は、ウタに本心から愛を伝え続けてきたの。なのにどうして……。

 己の放った言葉が、傷となる。優しい筈の言葉が毒となり蝕む事を……私は思い知らされようとしていた。

 そうとも知らず呑気に荷物のチェックを進める私に、ベックマンさんがそっと寄り添いサポートしてくれる。そして、それの区切りが着いた頃どちらともなく甲板に出た。

 

 「皆、楽しんでるみたいね」

 「ああ、離れてからこれで五曲だな」

 「そのうち三曲は私が出した物だって言うのが、妙に恥ずかしいわね」

 「……良いのか、ウタに歌わせても。そんな事をしたら、宝玉では無くウタの物になるぞ」

 「うん!むしろ歌って欲しいわ」

 

 作詞作曲をした人と、歌う人が異なる場合は、歌う人の名前が有名になる。作詞作曲をするだけの人は、埋もれていきやすい。

 そんな事は分かっているのよ。でも、ウタには好む全ての歌を自由に歌って欲しい。

 その全てがウタの経験となり、技術となる。世界一の歌姫となる事がウタの夢ならば、その糧にして貰いたいと願って何がおかしいのだろうか。

 

 「私はウタが幸せなら、それが何より嬉しいわ。それは、ベックマンさん達も同じでしょう?」

 「……否定はしねェが、肯定もできねェな」

 

 少しだけ困ったように笑うベックマンさんに、首を傾げればそっと頭を撫でられる。その手が優しくて、ウタの楽しそうに歌う声を聴きながらそっと目を伏せた。

 今はきっと、皆もウタの楽しそうな姿を見ながら楽しんでいる事だろう。自分から離れて準備の為にとここにいるのに、それが少しだけ、羨ましいと思ってしまった。

 

 「ナミ」

 「はい」

 

 名を呼ばれれば背筋が伸びる。憧れる上司の言葉は、聴き逃したくない。

 そう思って見詰めたら、困ったような顔をされる。どうしたのかと首を傾げたら、妙な言葉が返って来た。

 

 「……無防備に男の前で目を閉じるな」

 「へ?」

 「襲われるぞ」

 「こんな、子供なのに?」

 

 私の言葉にベックマンさんは笑う。分かってねェなと言いながら。

 こんな時に見せてくれる笑顔が幼くて、あどけない。このギャップに、多くのファンは心を撃ち抜かれてる事だろうだろう。

 

 「今は子供でも、数年後には危険になる。その境目は曖昧だ。早い内から気をつけておくに越した事はない」

 「……そうね、子供が好きって人もいるかもしれないもの。でも……」

 「ん?」

 「ベックマンさんの前なら、大丈夫でしょ」

 

 尊敬と信頼を胸に確信を持って問いかければ、何故か息を飲み固まる。それから深く息を吐き出し、妙に色気のある流し目を送られた。

 そういう無駄に垂れ流す色気は、年頃のお姉さん達にだけやればいいと思う。その辺で女引っ掛けるのが、趣味みたいな生き物なんだから。

 

 「それは、どう言う意味だ?」

 「そのままよ。信頼してるわ。必ず、守ってくれるでしょ」

 「……俺が、オオカミになるとは思わないのか?」

 

 無駄な色気を振りまく男に、けれどもそれは仕方ないとも思う。この人は女の影がない時の方が珍しい位だもの。

 音楽の島であるここでも、歌姫や舞姫に夜歌ってもらったり舞って貰ったりしていたのは知っている。それに対して、飽きねェなと笑う仲間達も慣れたものだと思うわ。

 下半身に節操がなくても、いつも美女を侍らせているベックマンさんが子供相手に本気になるとは思えない。女に本気になれない男であっても、私にとっては、尊敬できる信頼する大切な師匠なのだ。

 

 「子供()相手に?……十年後なら分からないけど、今は無いでしょ」

 「……待て。十年後は分からないのか?」

 「当然でしょ。私は世界一の美少女に育つもの」

 

 この世界を作った原作者()様が追い求める理想の美少女が、原作のナミちゃんなのだから、その身体を奪っている私は、誰よりも美しく、色っぽく、そして可愛く育つ。この世界で誰よりも美しいと言われる人達は、皆この顔が元になっているのだから。

 自信を持って頷けば、何故か驚きを隠さずに私を見て……ふわりと優しく微笑む。そして、そっと私の手を取るとその指先に口付けた。

 

 「……ナミは、既に美しい」

 「ほぇ?」

 「強い感情や決意を持っている時のナミは、この世界の何もよりも美しい。だからこそ、どうか忘れないでくれ。……この世界は、平等では無い事を」

 

 その言葉が、先程のシャンクスと重なる。そして、私はそれを知っている。

 ……平等なんてある筈もない。産まれた地位も環境も、容姿も能力も、全て……個々で異なるのだから。

 

 「知ってるわ。世界が、残酷で不平等なんだって事は」

 

 そうでなくて、どうして何も悪くないこの世界のヒロインが消されなくてはならないの。どうして、彼女は愛する人を目の前で殺されなければならないのよ。

 ナミちゃんの美しさも、あの地獄の日々の中では枷にしかならない。才能や能力も毒となったわ。

 本当は、無邪気で明るく、破天荒な優しい子でしか無かったのに。……世界は残酷で……だからこそ、私は彼女が守りたかった、喪われる筈の人達を助ける義務がある。

 同時に……こんな異物を愛してくれる人達を、私自身が守りたいと願うの。だから、ゆっくりと口を開いた。

 

 「今の私は、弱く醜い。だからこそ、得られるものがあるの。……ありがとう、優しくしてくれて」

 

 ふっと笑えば、ベックマンさんは目を見開き、そっと手を離す。眩しいものを見るような顔で静かに私を見て、静かに立ち上がった。

 それから少しの間を置いて何かを言おうと唇が開きかけた時、それは音となる前に消えた。ウタの、悲鳴のような、叫びのような、歌声によって。

 絶望への始まりは、何語であるのかさえ定かでは無い歌声が、船上に居た私にも届いた時だろうか。もしも時を戻る能力があるのならば、どうか……ウタの傍から離れない選択肢をください。

 嫌な予感しかしなくて、ベックマンさんに視線を送り即座に同時に駆け出した。それは、悲しい別れへの序曲。

 

 「ナミ!この歌は、何だかわかるか!?」

 「分からない!けど、嫌な予感しかしないのよ!」

 「……残念ながら……同意見だっ!!」

 

 出航に必要な荷物の準備は終わってる。後は皆が帰るのを待つだけだったのに……!

 お願い、ウタ!無事でいて……!!

 激しい渦と雷鳴が国を覆う。その中心地が空ではなく王宮なのだから、焦るのも当然。

 歌に引き寄せられているのか、それとも、歌わされているのか。どちらにしても、歌っているウタの元にその謎の力が集結しようとしているのは間違いようのない事実。

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