※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して   作:夢枕 七変化

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Totmusica

 誰が今、国中に流れている曲の伴奏を奏でているのだろうか。これは、誰の歌なのだろうか。

 確かに声はウタなのに、ウタの歌では無い。これは、ウタの想いと重ならないわ。

 誰が、ウタを操っているの?誰に、歌わされているのかな?

 そんな事を考えてしまう程に、重苦しい曲。息苦しくなる程の、絶望と孤独を孕んでいるのが伝わって来る。

 でも、泣いてるようにも聞こえるの。悲しみと苦しみが谺響してるようにしか、思えない。

 そう思った時、爆発音が響いた。地響きがしたと思ったら、見た事も無い、聞いた事も無い怪物が城を破壊して姿を見せる。

 それにより足が止まる私に、ベックマンさんが視線を向けた。私は、でも、そうよ……この島の図書室で楽譜ではなくて、歴史書だけど……これに似た記述を見た覚えがあるわ。

 

 「まさか、これ、Totmusica(トットムジカ)?」

 「ナミ?」

 「ウタが、使われてる……の?」

 「……成程、その可能性が高いな」

 

 ベックマンさんの言葉で確信を抱く。ならば、確か……これは、同時攻撃が必要になるって書かれてたわ。

 皆は目の前にいるそれを直接攻撃するだろう。なら、離れてる私にできる事は何かな。

 考えても、同時攻撃の意味すら分からない。この島には魔王がいる……とは、記載されていたし、それを消し去る為には同時攻撃が必要とも書かれてた。

 けど、その同時攻撃の意味がわからないの。左右から同時とかなのかな?

 でもそれなら、大人数で挑めばなんとでもなる。なのに倒す事は出来ないだろうと書かれていたわ。

 ウタと魔王への同時攻撃。そんな事はできない。

 ……違う。夢の世界と、こちらの世界だわ。

 気が付いたその時、確かに声が聞こえた。爆発音や崩落音に混ざって、悲鳴や怒号が微かに。

 思考が絡まる。混乱するのが分かっても、それでも思考だけは止められない。

 ウタウタの実は夢を見せる。ウタウタの実の能力者が望む世界を。

 その世界に周りの人を連れて行ける代わりに、現実では何も変わりはしない。目覚めれば、いつもの日常が待っている。

 ……確かにそれでは、孤独と絶望は強くなるのかも知れない。なら、これは過去の能力者達が抱えていた苦しみの集合体なのかも。

 だからと言って、会った事も無い人達を癒す能力を私は持たない。立ち止まるな、やれる事をやって、足掻けるだけ足掻かなければ。

 

 「ベックマンさん、私は、ここに居るわ」

 「……そうか。なら、付き合おう」

 「どう、して?」

 「この状況で、ナミが無意味にウタの元へ行かないとは考えられないからな。……何をしたいんだ」

 

 真っ直ぐな眼差しが私を射抜く。それにより震えたのは、罪悪感か。

 それでも、答えない選択肢はない。だから、その眼差しに向き合い、見つめ返す。

 

 「ごめんなさい。私は生存者の保護を、優先します」

 「……許可しよう」

 

 ベックマンさんからの、副船長としての言葉。それを受けて、私は地を蹴った。

 それに合わせて共に走り出すベックマンさんの存在は、本当に心強い。甘えてると思うけど、一人ではどうにもできないから、頼らせてもらう。

 もし、ウタが利用されていて、私の読んだ本にあったTotmusicaだったとして……同時攻撃をする方法なんて、どこにあるの。ウタは能力を使わずに、その能力に取り込まれてる。

 なら、ウタの世界に入る方法なんか分からないっ!それでも、現実問題として使われてるウタがこの国を滅ぼそうとしているのだ。

 ウタを取り戻した時、ウタが人を殺してしまったとなればきっと……苦しむ。優しい子だから、きっと自分を責めてしまうわ。

 なら、一人でも多くの生命を守らなければ。特に……幼い子や若い人を中心に。崩れ落ちる建物、燃え盛る街並みの中に取り残されてる人達を庇う。

 ウタに罪を背負わせない。シャンクス達があっちに居るなら、必ずウタを救ってくれると信じられるから。

 降り注ぐ瓦礫を支える為に、未熟だと分かっていても武装色の覇気を纏う。そうして瓦礫を支えながら動き回れば、体力の消耗の激しさに声を出すのも辛くなってくる。

 

 「避難、してください」

 「そんな事言われてもっ……どこに、逃げたら……っ!!」

 「私達の船へ、避難してください。近くの島まで送ります」

 

 この選択が、後にどんな影響を齎すのかを私は知らない。それでも、この選択だけは間違ってないと胸をはって言える。

 だって、こんな光景をただ見ているなんてできないから。愛しい娘を、悲しませたくは無いから。

 美しい花々の咲き乱れていた国は、炎に包まれている。無い楽器が見当たらない程だったし、楽譜もそう。

 なのに、それは全て燃えているのだろうとわかる。この惨状の中でも、少しでも残っていたら良いのだけれど。

 けれどもし全てが失われたとしても、ここに生命がある限り、何度でもやり直せる。だから、大丈夫。

 必死で息のある人達を船へと誘導している間も、光線が国中に迸る。光線が触れた場所は破壊され、燃え上がるばかり。

 息絶えている多くの人々。救いなんて、見つけられないのではないかと思わされる惨状。

 

 「どうしたら、ウタは……止まるの?ずっと、歌ってるわ」

 

 ウタの姿は見えない。見えるのはピエロのような魔物が、ウタの歌声と共に暴れている姿だけ。

 国の至る所で死体が転がり、今にも呼吸をとめそうな意識があるのさえ不明な人達が瓦礫や炎の中にいる。炎の中で燃えている身体や、瓦礫により潰された人、明らかな失血死の死体と、全身火傷による死亡だろうとわかる物まで。

 ウタの世界に誰も取り込まれていない、能力を用いていない状態での魔王召喚は、これまでにもあった筈よ。それでも世界が滅んでいない事を考えれば、魔王を消せなくとも、滅する事ができなくても、この場から撤退させる方法はある筈なのよ。

 

 「ウタがダメージを受けて気絶か、体力が尽きて眠れば消える可能性が高い」

 「……そっか、流石はベックマンさん!なら、持ちこたえれば良いのね!?」

 

 私の疑問は、質問するより早く答えを貰えた。そんな訳で、私は期待を込めてベックマンさんを見る。

 けれども少し困ったような顔をされてしまった。どうやら、私は模範解答でも予想を外れた解答でもない事をしたらしい。

 

 「既に、手遅れに近いが……そうだな」

 

 ベックマンさんの言葉は、確かに重い。それでも、ならもう何もしない!とは、言えないし言う気もないのよ。

 何百人、何千人、いや、もしかしたら何万人もいたかもしれない人々の中で、助けられたのは僅か20人にも満たない。それでも、ゼロではないのだから。

 この国の国民の他に留学して来た人たちも多く、研究者や演奏家、歌手など多岐にわたる人々がいた。調律師や職人も多くいたし、失われても大丈夫な命なんてない事もよく分かっている。

 それでも私は勝手だから、我儘で強欲だから、ウタが無事ならばそれだけでいいのだ。少しでもいい、希望が残るなら……!

 その時、教会が見えた。破壊されてしまってはいるけれど、それでも……人が避難している可能性の高い場所。

 寺院とは、人々が縋り付く相手を祀る場所。だからこそ、人々はそこに救いを求めて集まるのだ。

 足を向ければ、妊婦さん2人と乳飲み子が数人と幼児が数人。明らかにこの2人だけの子供では無いだろう子供の数に、少し眉が寄るのを自覚した。

 

 「他の、生存者は……?」

 「託されて、だから、今ここに居るので……分かるのは全員です」

 

 先に助けられた約二十人を含めても、僅か……それでも、この先生まれる子も含めて合計すれば、50人程にはなるだろう。

 避難誘導をしながら、移動する。その途中で向けられたビームのような攻撃に、思わず目の前の子供を庇ったら、その直後にそのビームの軌道が逸れたと分かり顔を上げた。

 

 「……先へ進め。サポートはしてやる。それが終わり次第、お頭達の方へ参戦するぞ」

 「はい!」

 

 膝が笑う。でも、ここで座っていては何もかもを喪ってしまうと分かるから、皆必死で進む。

 誰かの声が聞こえる。男性が、何かを叫びながらシャンクス達を応援してるのだと理解したけど、叫んでいられるのならば、大丈夫の筈。

 

 「この先に船が見えますか?」

 「はい」

 

 この人達を安全な場所に避難させなければ、安心して戦う事さえできはしない。兵と呼べるような存在さえいなかった平和な国が、目の前で消えようとしている。

 僅かでも残って欲しい。きっと誰も、滅亡なんて望んでないから。

 私の示す先を真剣に見詰める人達。生きようとするその姿に、できる限りのサポートはしようと思う。

 

 「その中に、先に避難してる人が数名ですがいます。船の上で合流して、待機していてください。私達は、この被害を食い止めながら、他に生存者が居ないか見てきます」

 「それなら私達も……!」

 「いいえ、これだけの子供がいるのですから、大人達には今生きている子供達を優先して欲しいのです。お願います」

 

 私の言葉に、けれども躊躇うのは、私が幼い姿をしているからだろうと分かる。でも、そんなのは変えられないのだから仕方ない。

 分かってる。ここで納得させる良い方法がある事を。

 でもそれは、正式なクルーでもない私には使えない技。だから、それとは少し違った形で納得して貰うしかない。

 

 「今、この国を破壊しているのは、私の家族です。ただし、この国に封印されていた楽譜を見て、歌った事で、操られてしまっただけ。……だから、止めに行きます」

 

 ここで娘だと言う事は混乱を産むだけ。私やウタがそれをどれ程願い望んでいたとしても……今はただ、年齢の近い幼い子供達でしかないのだから。

 私の言葉に納得したのか、気を付けて……と、絞り出すような声を発して、そのまま俯いてしまう。そんな大人達に避難と子供達を任せて、私はベックマンさんに視線を向ける。

 その刹那、即座に絡まった視線。つまり、ずっと私を見ていてくれたという事。

 

 「まだ、いけるな」

 

 疑問符さえつかない問い掛け。それに頷いた瞬間、尋常ではない速度で走り出すから、剃を使い必死で追い掛ける。

 全力の剃を用いても、距離が開いていく。

 何一つ、勝てる要素が無いのだと突き付けられる。それでも、守りたいものは同じだから……背を預けて貰えるように、傍で共に戦えるようになりたい。

 今はただ、ウタを守りたいだけ。助けたいだけなの。

 響き渡るウタの旋律。孤独と絶望の果てに生まれた、哀しみの歌。

 ウタウタの実の能力者だけでなく、音楽家達や音楽を愛する多くの人達の哀しみと孤独を吸って肥大した存在なのかも知れない。でも、だからと言ってウタを私達から奪う権利は無いのよ。

 

 「ウタを、返しなさいっ!!」

 

 目の前に迫る鍵盤をクリマタクトで殴り付ければ、その反動で吹き飛ばされる。何とか着地したけど、少し離れた所で戦うシャンクス達のような一撃は、私には加えられそうもない。

 その時ふと、気付く。歌が敵ならば……歌で対抗できるのではないか……と。

 コレがもし本当に伝説の魔王ならば、歌の力を根源にしている以上……倒せるのもまた、歌の力なのかも知れない。悪魔の実を宿していないし、盗作してるだけの私だけど……きっと多少なりとも力になる筈。

 笛では歌えない。だからと思って視線を動かせば、飲食店だっただろう建物が見えた。

 その中には、食事をしながら音楽を楽しめるように設置されたであろうオルガンがある。これなら、弾き語りが可能なので、対抗できる気がした。

 オルガンに駆け寄り、鍵盤に触れる。それにより、音が出ると分かれば瓦礫の中であれ、楽器を演奏する事に躊躇いは無い。

 鍵盤の上で、指が踊る。ドラムは無くても、歌う事に支障はないだろう。

 

 「『sailing day』」

 

 ギターも無いけど、それでも音を確認して歌う事は可能。ウタを、返してもらうわ。

 決意を込めて鍵盤を叩くように鳴らす。歌には歌で対抗する他、今の私に対抗手段は見付からない。

 力が及ばないからと諦めるなんてできないから、精一杯足掻くわ。愛しい娘を取り戻す為なら、考えうる全てのことをしてみせる。

 

 「ーーー」

 

 目を閉じた時に見えたのは、僅かな希望。その眩しさに手を伸ばして、私達は足掻き続ける。

 掴み取りたい夢だから、他の人には譲れないものなの。そんな人達の集まりだと、ウタは知ってるよね。

 

 「ーーー」

 

 手を伸ばしても、目を閉じていては自分の手さえ見えはしない。なのに、目を開いてしまえば、掴めるような距離には無い遠い夢。

 それにより人は、諦めたり途方に暮れたりする。目にも見えないくらい遠ければ、まだ目指せるのに、距離があるのに見えてきた時途方に暮れてしまうから。

 私の射程距離には無い壮大な夢。それでも、諦める訳にはいかないから、滲むそれに手をのばすの。

 

 「ーーー」

 

 絶望の中崩れそうになる事もある。初めて人を傷付けた時の衝撃は、今も忘れられない。

 それでもまだ、私は私として理性を失わないで生きているわ。たった一度でも、大切な人達と笑える未来があるなら、いくら泣く事になっても構わず進む。

 

 「ーーー」

 

 精一杯運命に抵抗するわ。正解と不正解の判断は、誰かに委ねて良いような物じゃないから。

 自分で選んだ道を、誰かに間違いだと言われても構わない。私は自ら、この道を進むと決めたの。

 

 「ーーー」

 

 今日も航海に適した日よ。さぁ、舵を取ろう!

 夜明けを待てずに帆を張る私達。夢見る心は止められないわ。

 それを具現化できるウタの能力は、誇って良い事なのよ。ただ、それにより勝手に希望を抱き、理想と現実の落差により得た衝撃をその能力者にぶつける阿呆が悪いだけ。

 

 「ーーー」

 

 数え出したら、キリが無い程の危険と不安。それさえも、愛する家族の為ならば全て笑顔で迎え撃てる。

 呆れる程に信じてるの。運命を変えられる、皆を守れるって。

 

 「ーーー」

 

 ずっと閉ざしていた目を開いた時、その先に見える確かな眩しさ。遠いからと諦めていたそれは、私の心を空にしていたと気付く。

 空になったなら注げば良いと、手を貸してくれる優しい兄達が愛する娘。私にとっても愛しい娘を守りたいの。

 

 「ーーー」

 

 そうしてまた、私達は互いの背中を押して行く。立ち止まる必要は無いのだと教える為に。

 たったひとつ、失え無い、諦められないものを掴む為に……それ以外の選択肢を捨てて行くの。

 

 「ーーー」

 

 精一杯、己の存在を証明する為に。過ちだと、間違いだと、後ろ指刺されたって構わないわ。

 その全ての経験が、私を創る。愛しい人達を守る為の力になるから。

 

 「ーーー」

 

 さぁ、船を出すわよ。舵を取って!

 哀しみも、絶望も、皆拾い集めて進む。呆れるくらいこの先を信じてるから。

 

 「ーーー」

 

 誰もが皆、それぞれの夢を追う。それぞれの見てる眩しさが灯台なら、全てを共に目指せばいい。

 ……間奏に入る。見上げれば、僅かに魔王の動きが鈍くなった気がした。

 それはシャンクス達の攻撃によるものか、私の歌が影響しているのかは定かでは無い。いくら切っても殴っても効かない攻撃に、シャンクス達も疲弊しているのが分かる。

 それでも彼等は大切な娘を取り戻す為に、その攻撃をやめる事は無い。そして同時に、私もまた歌を通じて呼びかけ続けるわ。

 ウタ、帰っておいで。貴女の夢はまだ、始まりさえ見えてないじゃない。

 ウタ、もう良いでしょう。今日は満足するまで歌ったよね。

 皆待ってる。だから、一緒に帰ろう。

 まだ見てない場所が沢山あるよ。ウタの知らない綺麗な島も、残酷な光景が広がる島も沢山ある。

 だからさぁ、帰っておいで。皆が愛しい娘(ウタ)の帰りを待ってるんだよ。

 次第に攻撃が効くようになって行く。それが勘違いでないと示すように、シャンクスの声が響いた。

 

 「ナミ!そのまま歌と演奏を続けてくれ!!」

 

 私はそれに小さく頷いて、間奏を終える。この曲は、間奏と言えるのはここだけ。

 その他は全て繋がっているから、気を引きしめる。最後まで歌いきってみせるわ。

 

 「ーーー」

 

 そうよね。私はまだ、私の夢を胸に抱いてる。

 たった一秒でも良いから、僅かでも長く、叶えたい夢の世界で生きる為に、いつだって命懸け。それは当たり前の事でしょう。

 

 「ーーー」

 

 精一杯、今出来る全力で、己の存在を証明しよう。

 敗北も後悔も、自分を成長させる糧となる。でも叶うなら、そんなもの大切な人には経験して欲しくないのよ。

 だから、船を出そう。舵を取れば冒険が待ってる。

 冒険の日々全てが、経験であり夢への道筋。その経験が、目指す全てに影響を与えるわ。

 

 「ーーー」

 

 今出来る精一杯で、運命に抗うと決めているの。何があっても消えない、それぞれが持つ自分だけの灯台目指して進む限り。

 だからさぁ、舵を取ろう。嵐の中でも嬉しそうに帆を張る私達は、きっと愚かな夢追い人。

 

 「ーーー」

 

 けれどきっと、誰もが夢追い人で、未来を信じてる。たからこそ、立ち止まる事ができないのだわ。

 歌い終えて、それでも演奏はやめない。シャンクス達の役に立てているなら、それは即ちウタを取り戻せる可能性があるという事だから。

 諦めない、絶対に。私達はウタの生存と幸福を、諦めたりしない。

 演奏が終わると同時に、シャンクスの攻撃がピエロのような楽器と一体化した奏者に与えられる。刃に貫かれた身体は、火を噴いて爆発した。

 それを受けて怨念のような声を響かせながら、光の粒子となって消え行く。恐らくこれで、魔王は封印されたのだろう。

 そのピエロの中心から解放され落ちてくる、意識のないウタに慌てて駆け寄る皆。そんなウタを抱きとめたのはシャンクスで、私達はその様子を見守る。

 国を明らかに滅ぼしたピエロのようなそれは、恐らく魔王と呼ばれるトットムジカ。その姿が消えても、放たれた攻撃の痕跡が消える事は無い。

 これは、ウタの作り出した夢の世界ではなく、現実。夢から覚めれば元通り……とは、ならないのだ。

 

 「ウタ……」

 

 シャンクスが抱き締めるその小さな身体に声を掛け、頬に触れる。それは温かく、呼吸もしていて、ただ眠っているのだと確認できた。

 それによりホッと息を吐き出し、頭を撫でるとシャンクスは私とウタを交互に見てから苦しそうに目を伏せた。苦悶の表情になっているのは、シャンクスだけでは無い。

 この事をどうやってウタに伝えるか、悩んでいるのだろうか。そう思って、言葉を失う私を無視して、そっとウタを私に預けたシャンクスは立ち上がり周りを見渡す。

 未だ燃え盛る国に、生存者は居ないだろうと分かる。国王のゴードンは息があり、それを抱えて火の手が迫っていなかった丘へと避難した後、治療を開始した。

 そんな中で、被害のほぼなかった城に視線を向けたシャンクスは、ウタをその中の一室に運び込むよう指示を出した。綺麗なままのその部屋に残されたベッドに、そっとウタを寝かせて、私は窓から皆の様子を見守る。

 無論、治療をするホンゴウさんと、状況把握と指揮を執るシャンクス、ウタを寝かせに行った私、それ以外のメンバーは全員……生存者を探す為に国中へと散っていたのだけど。彼等は、基本的に覇気を使える。

 だからこそ、もう生存者はいないと分かっている筈で……なのに、探し回る。意識がないだけの生存者を求めて。

 木造でも無いこの国の家々は、隣に引火するリスクは低い筈なのに……それでも燃える事をやめようとはしない。この人数で消火活動をするには広大すぎる国に、諦め以外の何も浮かばないのは、私の人生経験不足によるものか。

 熟睡しているウタに、そっと布団を掛けてその頭を撫でる。夢も見ずに眠っているのか、その表情は穏やかで……同時に怪我のひとつもない事に頬が緩む。

 

 「無事で、良かった……」

 

 思わずこぼれた私の声に、けれども起こしてしまう訳にもいかないと断腸の思いでその場を離れる。じっとしていてもどうにもならないと思ってシャンクスの元へと向かえば、私の姿を確認したシャンクスが肩を揺らした。

 ホンゴウさんは静かに手の動きを止めて、また、治療を再開する。私は、嫌な予感がして息を飲む。

 誰も、何も言わない。ただ、燃え盛る炎が国を破壊する音と、風や波の音に混ざって聞こえるだけ。

 その時、水平線の向こうに大量の軍艦が現れる。これだけ盛大に謎の襲撃を受けていたのだから、当然かもしれない。

 誰かが、この国……エレジアを壊滅させた責任を取る必要がある。決意を込めて、私は立ち上がった。

 それを制するようにシャンクスは手を動かすと、そっと立ち上がり静かな足取りでゴードンに歩み寄る。そして、甘く優しいのに残酷な声が、空気を震わせた。

 

 「ウタには、黙っていてくれないか。事実を知らせるのは、あまりにも酷だ」

 「ああ……海軍には私のせいだと伝えよう」

 「いいや、俺達だ。赤髪のシャンクスとその一味、赤髪海賊団がやった。……ウタには、そう伝えてくれ」

 

 私とゴードンは驚いて、シャンクスを見詰める。けれども先にその答えを導き出したのは、ゴードン。

 即座に理解し、受け入れたようだ。きっと、この人はウタを悪いようにはしないとわかる。

 

 「……あの子を、置いて行くつもりか」

 「あいつの歌は最高なんだ。海軍に追われる俺達が、その才能ごと囲っちまう訳にはいかない。あんたの手で、最高の歌い手として育ててくれ」

 

 軽く笑って言うと、ゴードンにその身柄を託した。気丈に振舞ってみせても、目の縁に本心が見える。

 揺れるそれを見て、耐えているのだと分かる。けど、納得できない。

 そんなのは認められないと声を出そうとしたけど、何を言えばいいのか定まらない。そんな私の目の前で、シャンクスが言葉を続ける。

 

 「あいつの歌声に罪は無い」

 「シャンクス……」

 

 ゴードンは名を呼び、一瞬息を詰まらせるとウタのいる部屋を見上げ、それから足元に散らばる楽譜を拾い集め立ち上がる。もう、口を挟む事は本来許されないだろう。

 ゴードンは胸を張り、シャンクスだけでなく、遠くにいる他の赤髪海賊団にも聞こえるように、大声を張り上げる。歌う事で鍛えられたその声量は、確かに素晴らしくどこまでも響いている気がした。

 

 「承知した!エレジアの王ゴードンは、音楽を愛していた全ての国民に誓おう。必ずウタを、世界中を幸せにする、最高の歌い手に育て上げる!!」

 

 優しくも幼いウタの心を守る為にも、この方法が最適なのはわかる。世界にウタの能力を知られ無い為にも、この方法が必要なのも理解できるわ。

 好きで手放す訳じゃない。離れたくなんて無いのも、痛い程理解してる。

 世界政府にウタの能力を知られたら、危険と判断されたら……今の赤髪海賊団では、まだ守りきれない。勿論私にも、どうにもできないと分かってるの。

 それでも……認められない。認めたくない。

 

 「待ってよ!そんな事したら、ウタの精神はどうなるの!?家族に、仲間に、信頼する人達に突然捨てられた絶望は……孤独は、どうやって乗り越えろって言うのよ!!」

 

 ウタは初めから、何も無かった訳じゃない。初めから疎まれてここまで生きて来た訳じゃないの。

 愛し、愛され、慈しまれて育ったのに、突然捨てられるなんて……どう考えても耐えられない。財宝と引き換えにされたなんて、そんな事……信じられる筈もないじゃないの。

 でも、状況証拠がそれ以外の現実を見せない。そんなの、壊れろと、狂えと言ってるのと同じ。

 

 「私は、認めない!ウタは私の娘よっ!赤髪海賊団が見捨てるなら、私が引き取るっ!!」

 「ナミ……分かっているだろう」

 「分からないわ!!ウタを傷付け、悲しませて、何が「知れば壊れる!!」時と共に受け入れられる!ウタは、ちゃんと周りが支えれば乗り越えられる筈よ!!」

 

 どちらも一歩も退かないと、互いにわかる。互いの言い分を理解した上で、それでも譲れない。

 こんなの間違ってる。どうしてウタをこんなにも苦しめるの。傍で支えれば、ウタはちゃんと理解して乗り越え、それすらも歌う事の糧に出来る子よ。

 親が我が子を信じないで、一体誰が信じられるって言うの。私の娘を傷付けないでっ!!

 

 「親が子を信じないで、誰が信じるのよ!!……私の娘は、私が守るっ!!」

 「聞き分けろ、ナミ!!」

 「嫌よ!!」

 

 誰がなんと言おうと、聞き分けられるもんですか。ウタの絶望と孤独がこの先に待っていると知っていて、どうしてその道を選べるの。

 シャンクスを睨み上げて、クリマタクトを強く握る。細く息を吐き出して、クルクルと回した先から出た変動した空気が雲が出現させれば、シャンクスも双剣を構えた。

 ……こんな時に初めて、双剣を使って貰えるなんてね。でも、ここは退けない。

 我が子を背にしてる母親に、怖気付く心なんてある筈ないのよ。愛しい娘をこの手にするには、超えなければならない壁でしかないのなら、それがシャンクスでも越えてみせるわ。

 

 「……ナミ、時間が無いから、手加減はできない」

 「御託はいいから、かかって来なさい。ウタを捨てさせはしないわ。その為なら、どんな結果になっても本望よっ!」

 

 シャンクスが地を蹴る。私は幾人もの私を生み出し、躱す。背後に回りこみ、電撃を纏った私本体と、幻とで同時に攻撃を仕掛ければ、多少はと思うのに……見聞色の覇気で私だけを正確に判断して躱す。

 それと同時に振り下ろされる剣を弾けば、もう片方の剣が猛追してくるけど、体重の軽い私の身体はそれより早く吹き飛び当たる事はない。瓦礫に着地するのと同時にそれを蹴れば、角度が予定と変わる。

 それにより思考を読めても、結果が変わるから見聞色の覇気でも読むのは難しくなる。小さく舌打ちしたのが聞こえたと思ったら、刃ではなく柄が私に振り下ろされた。

 こんな時でも殺さないように、傷付けないようにしてるのが伝わる。でも、それなら何故ウタの事をこんな風に傷付けようとするの。

 勢いに乗ってるから本来なら直撃だろうけど、私には剃があるのよ。そう思い空気を蹴れば、私の軌道が変わる。

 でもそれは、見聞色の覇気で読める行動範囲に入った事を意味するのだ。速度、腕力、経験、どれを見ても勝ち目は無い。

 でも、ウタを哀しませる父親に、どうして素直に従えるというの?

 

 「ウタを……捨てないで……っ」

 

 祈るように、願う。ウタを独りにしたくないよ。

 シャンクスが私の言葉にその手を震わせ、僅かに隙ができたのを確認し、そこに電撃を放つ。それを受けても尚、シャンクスは私に蹴りを入れ、其れをモロに受けた私は吹き飛ばされそうになるけど、それを許さないように上からシャンクスの足が振り下ろされた。

 瓦礫の中に叩き付けられ、踏みつけられ、沈む身体。それでもクリマタクトで暴風と爆発を起こして距離を置い取らせれば、立ち上がる位はできる。

 噎せるように咳込み、上がってくる熱い物を吐き出せばそれは赤い液体。それにより動揺するかと思ったシャンクスは、冷静に攻撃を仕掛けて来た。

 それにより本気なのだと伝わる。手を抜かずに、私だけを見ているのだと分かれば、私の顔には笑みが浮かんでしまう。

 それでも、やっとまともに戦える相手と認められたに過ぎない。それにここは、私が負ければウタを諦める事につながるのよ。

 だから、倒す。そう決めて、迎え撃とうとした所で、見聞色の覇気によりウタが寝たまま寝言でシャンクスを呼び、涙を落としたのに気付いてしまった。

 その刹那、私の理性が……切れた。意識は完全に途切れて、必要最低限の動きでシャンクスの攻撃を躱すと剣に雷を落とし感電させる。

 その瞬間、シャンクスは悟った。ナミが、キレた……と。

 

 「……厄介だな」

 「覇気での気絶は?」

 「無理だ。本人の意識は既に無いからな」

 

 ホンゴウの言葉にシャンクスは答え、それから困ったように笑う。そうなってまで守ろうとする姿が、哀しいくらい理想の母親に見えてしまったから。

 我が子を守る為なら、捨て身になっても、自らがどうなろうとも構わないと暴れるその姿は……痛々しい程に重苦しい愛だと分かる。形は違えど、同じようにウタを愛しているのだと、赤髪海賊団のメンバーに伝えるには十分過ぎた。

 ゴードンは声も出せずに、二人の闘いを見詰める。圧倒的な強さで魔王さえ封じたシャンクスに、歌う事でサポートしていただけの少女が互角に挑む姿は異質。

 理性が無い方が、自己防衛をしながら戦えるナミの姿に赤髪海賊団のメンバーは苦笑を隠せない。無駄な動きをすべて排除した動きは、明らかに常人では有り得ないもの。

 守る為には強くなり、同時に捨て身になる為にその生命を危険に晒すナミは、理性を捨てると防御をするのではなく全て躱し、隙をついて攻撃するようになる。受けて流す守りの戦い方から、全てを拒絶し叩き捨てる戦い方に変わるのだ。

 それでも今はまだ、その身体が幼い少女であるから、シャンクス達ならば抑え込む事がなんとか可能だが、大人になっていればそれも分からない。まだ若く、未熟な面もあるとは言えども、後に四皇と呼ばれる大海賊のトップが、世界一の剣豪と力較べをする程の男が、全力で相手をしなければならない程度には……理性を失ったナミは強い。

 勿論、ただ殺すのであればそれより弱い者であっても可能だ。シャンクス達ほどの実力があればこそ、殺す事なく押さえ込める……というだけの事。

 ただ、理性を失っても尚、ナミは女子供と怪我人は巻き込まない。敵と看做した者の他に、無駄な攻撃をしないのは流石と言えるだろう。

 小柄な軽い身体を利用して、攻撃を躱すその姿は圧巻の一言に尽きる。それでも、見惚れてばかりも居られないからと退路を奪い正面から向き合わせれば、自ら懐に入り込もうとするそれを捕え、意識を奪う。

 

 「……これが、本気で世界征服を考えたら、止められるのは限られた存在になるだろうな」

 「違いないな。……だが、ここまで暴れて抵抗したんだ。ウタと共にここに残したらどうだ?」

 「駄目だ。ナミは、ウタに真実を伝えちまう。そうなれば、ウタの心が壊れて……トットムジカに吸収されちまうからな」

 

 ホンゴウは、シャンクスの言葉に小さく頷く。そして、彼等は島の宝を根こそぎ貰い、船に積み込んだ。

 食料はそれなりに貰ったが、大半は残し、酒は可能な限り積み込んで、そうして意識のないナミも共に出航した。海軍が到着する前に、ウタが目覚める前に港を発つ必要があったのだ。

 眠っているウタを残し、エレジアに関する全ての罪を背負い、出航したのである。ある程度軌道に乗ってから、赤髪海賊団のナミを除く全員が、誰からともなく甲板に出て、遠ざかって行くエレジアを見詰めた。

 疲れ果ててはいたが、それでも皆、無理矢理に笑顔を作る。それに合わせてシャンクスは、酒を注いだジョッキをエレジアに向かって掲げた。

 

 「ウタ……。離れていても、お前は一生、俺達の娘だ。だから…………っ……!笑って、別れよう。俺達の音楽家の、大事な門出だ!!」

 

 木製のジョッキがぶつかり合う。鈍い乾杯の音が、あちこちで響き渡る。

 エレジアに揃って背を向けて、酒を酌み交わす。手放す事がつらいのは、何もナミだけでは無いのだと皆分かっていながら。

 涙が溢れても、意地と根性で笑顔をキープして、これは嬉し涙だと己に言い聞かせながら、それぞれの酒を一気に飲み干した。その背後で目を覚ましたウタが、自分達を呼び、叫ぶ声は届かない。

 それでも見聞色の覇気を使える者達は、その事に気づいていて、だからこそ振り向かない。振り向けないままに、彼等は島を後にしたのだった。

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