最初、木村にその気があったかは定かではない。
仕事場近くのファーストフードの店にちょっと目を引く程度の容姿を備えた少女がいた程度の認識だった。
だがある日を境に妙に気になる程の雰囲気を纏い始めたその少女「陽菜」にもしかしたらという原石めいたものを感じ、声を掛けてみたという認識だった。
木村からすればこの程度の出会いはそれこそ両手に優に余るほどあったわけでそれほど期待していたわけでもなく、傍目には強引とも取れる勧誘ではあったが警戒心が強くそれに輪をかけて夢見がちな10代半ばの少女を水商売に勧誘するには常套ともいえる手段だった。
だが木村の誤算は妙に突っかかってくる少年の存在だった。
木村からすれば仕事の話をしている最中に自分の正義感を振り回し白馬の騎士よろしく陽菜を助けんと奔走する少年は唯の営業妨害に過ぎなかった。
陽菜を連れ去ろうとした少年を取り押さえた木村はその少年が以前、店の前で浮浪者のように座り込んでいた人物と同一人物であることに気づく。
あの時の逆恨みか、それとも競合店の妨害か、木村には判断がつかなかったが、二度も仕事の邪魔をされてただで返すという選択肢は木村にはない。
制圧した少年から銃口を向けられた刹那にも意外と冷静に少年の手から銃を奪い取り、その重さに一瞬「本物か?」という疑問が浮かびながらもその場を難なく切り抜けられたのも少年に対する感情が後押しした迅速な行動が功を奏したと言えよう。
本物と知っているが故にその殺傷能力に躊躇ってしまった少年とそれを知らないが故に果断に行動した木村との差が明暗を分けた結果となった。
「さあ、場所を移そうか」
己の無力を知り蹲る少年をいないもののように扱い、木村は陽菜に語りかける。
雨に打たれて路上に蹲る少年を見つめる目に二人の微妙な関係を感じ取った木村はこれからの計画に少し修正をかけた。
多少の腹いせを込めたその修正が陽菜にとって不幸な結果となってしまった。
とあるホテルの一室。
ガールズバーの宣伝用のスチール撮影という名目で連れ込まれた陽菜は木村から渡された制服に袖を通していた。
トレードマークのおさげを解いたセミロングの艶やかな髪とベーシックなセーラー服は膝丈のスカートと相まって清楚な雰囲気を醸し出している。
だが着なれたブレザーと違いどこか風通しの良いセーラー服に頼りなさを感じる陽菜はどこか居心地が悪そうに見えた。
立ち絵を含めて10数枚程撮影した後、ベッドに座り数枚を撮影する頃にようやく雰囲気に慣れてきた陽菜はカメラマンに乗せられるかのように様々なポーズの撮影に挑戦していた。
「いいね!すごくいいよ陽菜ちゃん!」
「あ、いまの表情素晴らしいね!その表情意識してみようか!」
「そのまま、こっちに振り向いてみて!ああ、いいね!」
緊張がほぐれてリラックスしてきた陽菜は気分良くカメラマンのリクエストに次々に応えていく。
たかがガールズバーの宣材にここまでの撮影は必要ないのだが中学生の陽菜にそれを知る術はない。
だが雰囲気に乗せられら扇状的なポーズにも挑戦する陽菜の目に悲壮感のような色は見られない。
どこかこの状況を楽しんでいるようにも感じられた。
だがこれから目の前の少女が体験するであろう悪夢とそれを知った少年が受けるダメージを想像して木村は自然と込み上げてくる笑みを隠すことができない。
「おはようございます」
40半ばと思しき男性がホテルの部屋に入って来た。
「冴島さん。今日はよろしくお願いします」
「彼女がそうかい?」
「はい。見た目の通り初心者です」
「なるほどなるほど…うん。大丈夫。僕に任せてください」
「冴島さんなら確かです。急な話で申し訳ないのですが…」
「ああ、お気になさらず。最近はご時勢なんでしょうかね。結構暇なんですよ」
「まさか、冴島さんクラスの方なら引くて数多じゃないんですか?」
「いえいえ…僕はその…これくらいの娘のスペシャリストですから…なかなかこういう機会はなくなってまして…」
木村が冴島と呼ぶ男と交わす世間話は陽菜には理解出来なかったが、今この場にいるということは自分の仕事に関係ある人なのだろうと合点していた。
しかもその筋では結構有名な人らしいその会話に陽菜は気合が入っていた。
陽菜がこの世界に足を踏み入れようと思い始めたのは街を走る街宣車の影響からだ。
女の子にしか出来ない高時給高収入の仕事を連呼しながら走る派手なプリントを施した街宣車に目を奪われた所を木村に声をかけられ、その日のうちにこの業界に足を踏み入れる決心をした。
ファーストフード店の時給の3倍の条件を提示されては今の陽菜に否やはない。
お酌をし、世間話に付き合うだけでそれが得られると知ればなおさらだ。
もっとも嫌な客とも愛想良く付き合う忍耐力と機転も必要となるが陽菜にはそれが低いハードルに思えた。
「お疲れ様。撮影終了だ。よく頑張ったね」
「お疲れ様でした」
「これから頑張って稼いでね。陽菜ちゃんなら人気出ると思うよ」
「あ、ありがとうございます。私、頑張ります!」
「ああ!いい笑顔だね。その調子だ」
「はい!」
撮影が終わり、ベッドの上で捲り上がったスカートを直す陽菜へ木村が歩み寄る。
露わになっていた白く健康的な太腿が再びスカートに覆い隠されるのを少し残念そうに見ながら木村は陽菜へ話しかけた。
「お疲れさん。この後はこちらの冴島さんに接客について指導してもらう予定だが時間は大丈夫か?」
陽菜は部屋の置き時計を見て答える。時計の針は15時を回ろうとしていた。
「あ、はい。あと2時間程度なら大丈夫です」
「それだけあれば十分だ。早速始めるかい?休憩挟んでもいいけど?」
木村が答えるより早く冴島が口を開く。
木村は冴島の積極的な行動に内心驚きながらも冴島に任せることにした。
「全然大丈夫です。このまま続けてもらっても構いません」
撮影で気合いが乗っている陽菜は中学生らしい元気で溌剌とした表情で答えている。
(なるほど、この勢いに水を差すのを嫌ったとも見れるな)
冴島の行動がようやく腑に落ちた木村はその場を冴島に譲り、少し下がって様子を見守ることにした。
ベッドの中央から端へと移動した陽菜が立ち上がる前に冴島はその隣りへと腰掛けた。
二人の距離は50cm程度。絶妙な距離間だ。手を伸ばせば届く距離。だが逃げようと思えば逃げられそうな距離だ。
「陽菜ちゃん?と呼んでもいいかな?」
「はい」
「では陽菜ちゃん。これから君に接客についてレクチャーするね」
「はい!よろしくお願いします!」
明るい未来を夢見て返事をする少女はその未来に対して払う代償がどれほどのものなのか知らない。