「あそこまでやる必要あったんですかね」
木村は事を終えた冴島にやや強い口調で語りかける。
バレたら事案だ。オーナーに知れたらクビが飛ぶ。それは物理的にもあり得る話しだった。
「完全に一線を越えてましたよね?アレ、やっぱり行き過ぎなんじゃないですかね?」
「ん?陽菜ちゃんは一回しかイってなかったと思うが…」
「冗談言ってる場合じゃないんですよ!……ってイかせたんですか!キスだけで?」
「ああ、上顎の真ん中あたり。突起のちょい手前とかを刺激し続けるとね、出来るよ」
「……」
「今度奥さんに試してみたらいい。個人差はあると思うから反応見ながらだが…」
知らなかった…
脱衣所の扉を見る。
先程その奥へ入っていった陽菜の様子を思い出していた。
虚ろな表情、紅潮した頬、何かを庇うような覚束ない足取り。
生まれて初めての絶頂を体験したことによる影響だと思うと妙に合点がいく。
「心配かね?」
脱衣所の扉を見ながら物思いに耽る木村は冴島の言葉に思考の海から引き戻された。
「なるべくこういうリスクは負わないようにしてきましたんでね」
振り返って見た冴島の顔はリラックスした笑顔だった。
木村は裏の世界の入り口にいる人間だ。だが冴島の境地には到底辿り着けないだろう事をその笑顔を見て理解した。
「露見しないリスクはリスクではないよ」
「そんな保証、どこにもないじゃないですか」
「法律や契約だけが人を縛るものじゃない。まあ彼女を見てれば君にもわかるさ」
「そんなエロ漫画みたいなことが実際にあるとは思えませんがね」
「快楽とかで女を虜にするとかそういう話をしてるんじゃないんだがな」
「じゃあどんな保証があるっていうんですか」
「共犯者」
「へ?」
「彼女は年齢を詐称して君にスカウトされた。君の店がどんな店なのか知った上でだ。君は彼女の詐称を知っててやったことだが彼女はそうは思っていない。自分が悪いことをしているという自覚はあるだろう」
「僕はそこにつけ込んだ。そして彼女が危惧していた風俗的な接客を半ば強要し受け入れさせた。年齢詐称してまで君の店で働かなければならない理由がある彼女にとって逃げ道はない」
「木村君。自分は未成年とは知らなかった。そんな話は聞いていない、騙されたんだなんて言い訳、この世界で通用しないことぐらい知ってるだろう?」
「ならば君の店で働くことになる彼女にも知ってもらわなければいけない事なんだと思うがね、客とそういう事になった時に変な所へ駆け込まれないように」
木村は返す言葉もなく、下を向いて黙って聞くしかなかった。
「彼女はきっと稼げる娘になれるよ。久しぶりの仕事のせいかも知れないけど僕が彼女に引き込まれそうになった。ちょっと怖かったね…」
その言葉に思わず見上げてしまった木村には冴島の顔がどこか寂しそうに見えた。
陽菜はバスルームで座り込みぬるいシャワーを浴び続けていた。
自分の唇を触れる。
冴島に嬲られ続けた唇はその感触を余韻のように伝え続けていた。
実際に働き出したらそういう事もあるのかも知れない。
そういう認識だった陽菜に現実を見せるかのように始まった冴島とのキスは最初は驚きを、そしてそうなってしまったら抵抗が無意味となってしまう事を教えてくれた。
必死に閉じた唇をこじ開けるでもなく舌は入り込み歯茎を舐められる内に噛み締めていた歯は緩く開かれていく。
舌から逃げようとすると上顎を舐められ脳の下からくすぐったさが攻め上がってくる。
思わずそこを舌で庇うとその舌は冴島に絡め取られお互いの味と体温を交換し始める。あともうはされるがまま導かれるままだった。
口付けに没頭するうちに頭の中がぼんやりと白く染め上げられ、触られてもいない下腹部から何かが広がっていった。
よろよろと立ち上がるとシャワーの向こうにある鏡に自分の裸体が写っていた。
見慣れた自分の身体だ。
クラスメイトと比較しても発達しているとは言えない。
いつかはああなりたいなあと発育の良い子と比べて、いつも落胆していた自分の身体が今はその同級生より何故かいやらしく見えた。
「はぁ…」
少し熱のこもったため息を吐いた後、絶頂した時に感じた下腹部の辺りに手を当てるとどこか疼くような感じがする。
何かがお腹の中で燻っているようでもどかしく、居心地が悪い。
今まで感じたことがなかったその疼きは中々収まらず、再びバスルームの床に座り込んでしまった。
耳年増な同級生から色々な話を聞いたことはあったが実際に体験すると全くの別物だ。
自分が自分でなくなっていくあの瞬間に慣れる自信が今の陽菜にはない。
しかもまだ序の口である。
「大人になるって大変だなぁ…」
立ち上がり、歩き出そうとしてもその先が暗くて見えない。
決心も覚悟もしていた。
だが思春期を迎えたばかりの少女にとって再び立ち上がるには今少しの時間が必要だった。
せめて身体に籠るこの熱が冷めるまでは。
座り込んだ事で少し開いた陽菜の秘裂から何かが少しずつ溢れ出している。
だがそれはすぐにシャワーで洗い流され、初心な陽菜が気づくことはなかった。
「すみません、お待たせしました」
借り物の制服から私服に着替え終え、脱衣所の扉を開けて出てきた陽菜の顔を見て、木村は少し驚いていた。
今まで感じなかった、何か艶のようなものを感じたからだ。
目の前で行われた濃厚なキスシーンの影響もあるかもしれない。
だがバスルームで気持ちを整理した為であろうか、どこかスッキリとした表情の中に確かに女の色気のようなものを感じさせていた陽菜は木村に冴島の言葉を思い出させる。
(こんな表情を間近で見せられ続けたら俺もコロっといっちゃうかも知れないな)
そう思って陽菜がまだ中学生であることを思い出し、慌てて頭の中の妄想をかき消す。
俺には妻も子供もいるんだ。
「おつかれさん。はい、これは交通費だ」
木村はIC定期券を手渡した。
「うちは交通費全額支給だ。現物支給だがな」
陽菜は定期券を受け取りながら木村を見る。
「ありがとうございます…」
受け取ったばかりの定期券。
それはこの仕事で得た初めての報酬であり、そして後戻りの許されない片道切符だった。