禁忌の悦楽~父(義父)と娘(嫁)~体験告白集(オムニバス) 作:浅見智幸
紹介
男根を使って娘の成長度合いを調べる父親。
硬くて太いマラなしでは眠れない娘。
成宮志津香(27歳・OL)
私が小学6年生になったばかりのことです。その夜、母は不在でした。
私がお風呂に入っていると、父が入ってきたんです。
「私もう子供じゃないの、入っちゃだめ」
と大きな声をあげたんですが、父に効き目はありませんでした。
でも私も私でした。
小学2,3年のころの気分になってしまい、そのうちに父とふざけ合って洗いっこを始めてしまったんです。
ひとしきりじゃれあうと、不意に、
「志津香も大人になったなぁ」
と父が言うんです。胸も大人並みだといった具合に・・・・・・。
確かに同級生の胸より大きかったような気がしていました。
バカな私は得意になって、
「どう、母さんより形がいいでしょ」
と父に言うと、
「形だけは大人だが感度は子供だろう」
と言うんです。
実は、感じるという意味がわかりませんでした。学校では、感じるなんて表現を使う子もいましたが・・・・・・。
「じゃ、目を閉じてみろ」
と父が言うんです。ほんと、私はバカでした。言われるがまま目を閉じてしまったのです。
父の手が乳房を包みこみ、揉みだしたんです。
そのうちに、
「ダメそうだな」
と言うので、しゃくになって、
「感じるよ」
と答えたんです。
今にして思えば、それが悪かったんです。
父は、
「じゃ、証拠を見せてみろ」
と言うんです。
聞けば、感じると陰部が濡れるんだというので、恥ずかしかったんですが、なりゆき上しかたなく見せたんです。
妙なところに負けん気を出す私の性格を見抜かれているので、父の罠に嵌(は)められたんです。
すると、
「濡れてるか? 確かめるために指で触るぞ」
と言うので、しかたなくうなずいたんです。
指がワレメに触れたんです。
と思っていると、指が変なふうに動くんです。変だなと思っていると、父が閉じているワレメを開いて、指が小刻みに中のほうで動きだしたんです。
アソコが熱くなってしまい、思わず目をもっときつく閉じてしまいました。
身体の芯から熱いものがこみあがってくるんです。これが感じるっていうことなんだと、実感してしまたんです。
そのまま父は10分以上も気持ちいいとこをさすっていました。
すごく感じる部分があって、それをしつこく突くとか、ワレメを上下になぞるというふうに、私は唇を噛んでいました。そのうちに、ワレメからピチャピチャといういやらしい音がするありさまでした。
私が、
「ど、どう?」
と聞くと、父は、
「一応大人だって言えるかな。でも心配だな。毛がぜんぜん生えてないし、ここの具合が子供だな」
と言うんです。
そう言われると、どこが子供なのか心配になってしまいました。
父が、
「どれどれ、よく見せてみろ」
と私を寝かすので、興味もあって父に身をまかせてしまったんです。
すると父は性器を・・・・・・。あんなに巨大だなんて・・・・・・あんな巨大に膨らむなんて。父は大きくなっている性器を握り、
「これじゃ恋人ができても振られちゃうな。乳がふくらんでいてもビラビラがない。発育にもバランスってものがある」
と言って、性器の先端をワレメに押しつけたんです。
私はアソコの具合が子供だってことを知って、ショックでした。
心配で父のするのを見ているだけでした。
父は何度も押しつけました。でも、大きくなっている性器の先端しか埋まらないんです。
「小さい穴だなぁ、これじゃ、小学2,3年生レベルだな」
と言うんです。
ショックでした。大人の陰部があんな巨大なものを飲み込めるなんて・・・・・・。
あとで発育ぶりを比べるためにと言って、戸の向こうに手を伸ばしたんです。
用意をしてあったのでしょう、カメラを引っ張り出し、男性器の先端だけがツルツルの陰部に埋まっているシーンを撮ったんです。
父はなおも私の腰をかかえ、何度も自分の腰を押しつけ、性器を奥に入れようとしたんです。
でも入っていかず、そのうちになんだか急に父の性器がしぼんでしまったんです。
父が私から離れると、ワレメから鼻汁みたいな白くてドロドロした液体がこぼれてきたのを覚えています。
私はこのことを母に黙っていました。
父から口止めされていたってこともありましたけど、まだ大人の身体になっていないことを人に知られたくなかったからです。
でも、いたずらそのものを深刻にとらえていなかったのがまずかったんです。
父はあの時の写真を手にして、発育具合を調べようと言って、その後も母が不在の時にかぎってお風呂に侵入してきたんです。
拒むと、
「じゃ、これをクラスの子に見せちゃうぞ」
と脅すんです。
父に悪気があるなんて思ってもみなかったし、本気で陰部が未熟だったことを心配しているんだと思って、しぶしぶ応じたんです。
中学生になると、父は私の体を触りまくり、しつこいくらいに撫でなでするんです。
あとからそのような行為を愛撫ということを知りました。
そして、
「感じ具合は一人前だ。これなら恋人とペッティングしても恥はかかない」
と言ってくれたんです。そして、前と同じように、陰部に大きくなった男のペニスを押しつけたんです。
「ワレメのまわりに毛が生えてきたし、いくらかは成長したかな」
と言って、また写真を撮ったんです。
「まだ半人前だから、恋人ができても愛想つかされるだけだぞ」
と言うんです。
クラスにはロストバージンした子もいたほどで、半人前の陰部だってことはショックでした。
結合されている写真を撮っては、私が不安になるような言葉をいつも言い残す父は卑怯です。
そんなこんなで、母が不在の夜には、父に半ば写真をバラまくぞと脅されつつも、私も陰部の発育具合を確かめたいっていう心もあって、エッチないやらしいことを父に許し続けてしまったんです。
バージンを奪われたのは中学2年の時でした。
その頃はほとんど脅迫でした。しぶしぶ求めに応じて、なすがまま身を任せていました。
父は私の性感を熟知し、感じやすいところを執拗に愛撫をほどこしてくるので、父は何度でも私をイカせるようになっていました。
でも正直な話、オナニーよりも気持ちいい父の愛撫を求める心もあり、中毒状態に陥ってたんです。
その夜、父はいつもより力を込めて腰を前方に押しだしました。
すると急に痛みが陰部に走り、シキリが破れたようにたくましく勃起したペニスが中まで押し進んだんです。
「ヤッタっぞ!」
父はひとりで興奮して写真を撮りまくりました。
奥まで入れてもペニスの半分くらいしか入りませんでしたが、血で染まった男性器が見えるように何度も撮りました。
なんと、私はやっと処女膜を破られたのだと認識したのでした。まったくの子供でした。
その頃の私は、もうどうすることもできませんでした。父が巧みにくりだしてくる愛撫の虜(とりこ)になっていたんです。
母が不在のたび父は私の肉体を求めました。
私の陰部が父の男根をくわえこんだ写真をバラまくぞと脅すんです。
情けないことに、いつも愛撫と結合でメロメロ状態なんです。ですが、今度こそ抜き差しを撮らせまいと考えていても、結局はできないんです。
そんなこんなで関係が続きました。
高校生になると、父の屹立した男根を余すことなく全部飲み込めるほどに、私の淫部は発育しました。
妙なもので、一人前の大人になったんだとしみじみとしてしまいました。
高校2年生の時、恋人ができたんです。
思いきって父との肉体関係を絶とうと思い、迫られた夜にキッパリとセックスを拒絶したんです。
ところが、
「あいつにこの写真を送ってやる」
と脅されて、結局私の心が折れてしまいました。
それをきっかけに、父はそれまで以上に激しく私を責めるようになり、一晩に何度も淫らにイカされてしまうのでした。
処女を奪われた夜をきっかけに、父は私をオルガスムス責めするよう心がけ、執拗に責めを繰り返されるので、完全に父無ではいられなくなってしまった私の淫部。
父に開発されてしまった私の肉体。
他の男に関心がわかないほどで、週に一度は必ず満たされてしまうのです。
私が欲しいと思っていると、その想いが父に伝わるのか、時や場所にこだわらずハメにくるのです。
しかし、私ももう27歳です。
母が交通事故で亡くなってからというもの、父と夫婦のように2人だけでくらしています。夜ごと、父の太い男根で抜き差しされないでは生きていけません。
おわり
次回作の紹介 嫁いでいく愛娘に募らせるアブノーマルな嫉妬心