マルティナ・ゲルゲスは、父ミハエルを愛している。ハゲで小太りでキモいけど、自分が世界で一番だと言ってくれるからだ。
でも初潮を迎えてからは、父と距離を取るようになった。心が好きだと感じても、体が拒んでしまうのだ。授業では、女の本能が近親者を遠ざけるように作られているのだと教わった。
不幸だったのは、母がそれを歓迎したことだ。昔から険悪だった仲はさらに悪化し、母は父の存在そのものを無視するようになった。まるでいないものとして扱うようになったのだ。
妻にも娘にも冷たくされ、父はどんどん卑屈になっていった。そして──愛人を作ってしまったのだ。
ヨル・ブライア。市役所に勤める父の部下で、二十七歳の行き遅れ。でも、地味目なだけでモデルのような長身に豊満なスタイルの、凄い美人だ。何より、驚くほど父に惚れている。でなければ、野外で父のアソコを咥えようとはすまい。
そして、恐ろしい。異様に力が強いし、自分が馬乗りで殴り掛かっても眉一つ動かさず、涼しい顔で反撃してきた。あの女は、明らかに普通じゃない。
今や父は、母の葬儀も終わっていないのにヨルを家に迎え入れ、いやらしい事ばかりしている。あの女も口では自分を気づかっているけれど──
(ママを殺したのが、もしアイツだったら)
それは『家の中に、モンスターがいる!』ということだ。マルティナは、小鳥のようにぶるぶると震えて部屋に閉じこもるしかなかった。
「うう……トイレ行きたい……!」
だが二日目ともなると、膀胱が悲鳴をあげはじめる。深夜一時。暗い部屋の中、ベッドの上で膝を抱きながら縮こまっていた少女は、とうとう観念して起き上がった。
「こ、怖い……」
しかし明かりをつければ、その光の中に怪物が浮かび上がってきそうな気がする。ぶるりと体を震わせて躊躇するも、尿意には逆らえない。意を決してベッドを出ると、部屋のドアを開いた。廊下の窓から青白い月光が射し込んでいる。
しんとした静寂の中、自分の足音だけが小さく響く。いや、
「………………て、……………………いっ♥」
「ひっ!!?」
かすかに女の声が聞こえた気がして、思わず小さな悲鳴を上げた。恐怖心が身体を支配し、歩みはどんどん遅くなっていく。一秒がとても長く感じられた。
声は、トイレまでの途上にある父の部屋からだ。鍵はかけられていないはず。だからマルティナは、ドアを開けて父に助けを求めることができる。そして、こっそりと覗き見ることもできる。父と、恐らくはヨルがどんな事をしているのかを────
「ひ、っ……」
とうとう足が止まる。扉の隙間から見えたのは、裸の男女だった。
◆◆◆
ミハエルは渾身の力で、右手を振り下ろす。ぱあん! と小気味よい音を立てて、手が柔らかい肉を叩く。甲高い悲鳴が上がり、白いヒップが揺れた。
体を駆け巡った快感が弾け飛ぶ。それは、今までの人生で一度も味わったことのない強烈なエクスタシーだった。
暴力的でありながら甘美で、心がとろけるような陶酔感に体が支配される。視界がチカチカ明滅するほどに気持ちよくて──たまらない。
「はぁ、はぁっ、あぁっ……!?」
「あんっ、ああっ、ありがとうございますぅっ! ごめんなさいっ、いけない子でごめんなさぃいっ! いっぱい罰してくださいっ、ああッ、もっとぉ……っ!!」
もう一度手を叩きつければ、ヨルは嬉しそうに尻をくねらせて悦んだ。右へ左へ揺れる尻肉は、打ち据えられるたび衝撃を跳ね返してプルンと弾ける。まるで誘うように腰をくゆらせ、男の手に自らの肌をこすりつけてくる。その扇情的な動きに、ミハエルの自制心も崩れていった。
「はぁっ、はぁっ、ああっ……ヨルくん、ヨルっ……はぁーっ……はぁーっ……」
「罰してください、何度も叩いて、ひどい言葉で痛めつけて、お酒なんかより私の体に溺れてくださぃっ、あっ、あっ、ああっ!」
燃える。心の中に溜まっていたヘドロのような感情が、真っ赤な炎を上げて燃え盛る。その油田に火を点けたのは、ヨルだ。この一途で健気な愛人が、この素晴らしい肉体が、ミハエルを狂わせようとしているのだ。
自分のために! ヨルは、ミハエルの心を救うために尻を差し出している!!
だから叩く! 何度も何度も叩き、その度に自分が堕落していくのがわかる。それがたまらなく気持ちいい……!
「ふぅーっ、ふうっ、ああ、ヨル、ヨルっ……!」
「ああッ、はぁんっ、ご主人様、ご主人様ぁっ……!」
ヨルの肌に打ち付ける手が痛い。自制を失い、力加減ができていないからだ。それでも、ヨルは痛みを感じていないかのように、むしろ自分から体をぶつけてくる。
「は、はやくっ、早く罰してぇっ、痛くしてぇえっ……!」
「あはぁっ、はぁ、ヨルっ、ヨルっ、ヨルっ……!」
思考が焼き切れ、まともな思考回路が失われていく。ただ目の前の女の肉を貪り、壊そうとするケダモノへと成り果てる。その破滅的な感覚がたまらなくて、さらに力を込めてしまう。
ばちん、と大きな音が響き渡る。
「あ゛ああぁぁ──ーっっ♡」
「はははっ、すごい声だ! 甘い声だ! この淫乱めっ、変態めっ」
何度も何度も手を振り下ろす。そのたびに尻肉が波打って歪み、赤い跡が残る。白い肌を彩る痣は痛々しくも淫靡で、余計に欲情をそそられてしまう。この魅力的な女に傷をつけることを許されているのが自分だけだという優越感に震えが走る。
「ひぃっ、ひっ、ひぎぃっ、ぐうぅ~~っ♡」
「全部お前のせいだ! お前がエロいから悪いんだっ!」
「はひっ、はひぃっ、わ、私のせいですっ、ぜんぶっ、私のせいなんですっ、ごめん、なさいっ、ごめっ、なさぃぃっ♡」
「そうだっ、お前のせいなんだっ、僕がお前を脅迫したのもっ、お前がエロ女だからだっっっ!!!」
言った。自分の罪を彼女に押しつける最低な言葉を言った。言ってはいけない言葉が、こんなにも心地良い。脳味噌がぐずぐずに溶けていくような酩酊感が全身を駆け巡っていく。
そう、自分が悪いんじゃない。悪いのは彼女なのだ。だってヨル・ブライアはこんなにも魅力的で淫らなのだから。ミハエル・ゲルゲスをこんな最低のクズにした責任は全て彼女にあるのだ。
「このエロ女、淫乱、変態っ、売女がぁ!!」
「はい、そうですぅぅっ、私は最低のバカ女ですっ、ご主人様を誘惑してすみませんっ、だから罰してくださいっ、もっともっともっと私をいじめてぇええっ♡」
ヨルが腰を振って尻を突き出してくる。ふりふりと振られる彼女の下半身に目を奪われると、もう他のことは何も考えられなくなる。
「このっ、このぉっ! お前はどうしようもない色狂いだっ、どうしようもない変態だぁあっ!!」
「はいっ、はい、そうですぅうっ、わたしはダメなメス奴隷ですぅっ、ダメダメ人間ですぅっ♡ ああぁああッ♡」
ヨルの声に応えるように、勢いよく手を振り下ろした。乾いた打擲音と共に尻肉が大きく波打つ。手のひらの痛みが、ますます興奮を高めてくれる。
「謝れ! 謝って反省しろ!! ほら謝れよ!! 今までの悪行をすべて懺悔するんだ!!」
「ご、ごべんなざいっ、ごめんなさいっ、わたしなんかがご主人様を誘惑してっ、奴隷のくせにっ、こんなにエッチな体でっ、ご主人様とセックスしたくてたまらなかったんですぅうっ、ご主人さまとエッチしたいばっかりに、誘惑して脅迫してもらっちゃったんでずぅううぅっ♡」
馬鹿げたことを叫びながらも、ふたりは燃え上がっていく。それにつれてミハエルの心が軽くなり、罪悪感が薄れていく。
「謝れっ、謝れよっ、僕のためじゃないっ、僕のせいじゃないっ、君が勝手に誘惑したんだっ、僕を誘惑して脅迫させたんだっ、僕は悪くないっ、悪いのは君だあっ!」
「はい、そうですっ、私が悪いんですっ、全部私が悪いのっ、だから、だから罰してっ、私のことぶってくださいっ、お願いしますっ、お願いしますっ、お願いだからっ……」
体の芯から熱くなっていく。胸の奥底から衝動が溢れ出してくる。
「このドスケベ淫乱女めっ! 僕の気も知らないでっ、勝手に会いに来やがってっ! お前のせいでエリーを守れなかったんだっ! そのせいで君の弟に殴られたっ! この役立たずのクソビッチめっ!!」
「あ゛ああぁっ♡ 申し訳ありませんっ、申し訳ありませんっ、許してくださいっ、ああぁあっ♡」
人であれば言ってはならないはずの、誇りも矜持もすべて投げ捨てた言葉を投げかけながらスパンキングを続ける。その度に、彼女の口からは謝罪と嬌声が漏れ続けた。
「許さねえぞっ、絶対に許さないからなあっ! いいか、罰してやるっ、罰してやるっ、罰してやるからなぁああっ!!」
「ああっ、ああッ! お願いしますっ、どうかお願いしますっ! どうかこの卑しい牝ブタを躾けてくださいませっ! なんでもしますっ、なんでもしますからぁあぁあっ!!」
ヨルは、とうとう自らを動物だと貶めはじめた。犬が尻尾を振るかのように、ぶんぶんと尻を左右に振りながら懇願の言葉を叫び続ける。そのあまりに無様な姿に、征服欲が満たされると同時に嗜虐心が煽られる。
(そうだ……僕はもっとこのメス豚をしつけなければいけないんだ……)
自分は正しい。これは正当な罰だ。彼女が自分を惑わすのなら、それを叱ってやらねばならないのだ。
──背筋が震えて止まらない。
犯しつつある罪の甘美さが、アルコールなど比較にもならないほどミハエルを酔わせる。自分は今、とんでもない罪を犯している。その事実がどうしようもなく心地良い。
「よしいいぞ、よく言えたなっ、ご褒美だっ、お仕置きしてやるっ、そらっ、くらえ!」
「きゃううううんっ♡ ああぁあっ、お尻ペンペンっ、ぺんぺんされちゃってますっ、おしおきされてるぅううッ♡」
手に入る力はますます強くなり、容赦のない平手打ちを叩き込んでいく。パァン! と音を立てて叩くたびに、ヨルは犬のような声で啼き叫び身をよじらせた。お尻をくねらせて身悶えする姿は発情期のメス犬そのもので、あまりの淫猥さにミハエルの嗜虐心はどんどん煽られていった。
「どうだっ、うれしいかっ、嬉しいか!? 僕の愛がわかったか!?」
「は、はひぃっ、わかりまひたっ、わかりましたっ、うれひいれすぅっ、はぁあ~ッ♡」
「じゃあもっとくれてやるっ、ほらぁッ!!」
叩く、叩く、叩く。並みの女性であればとっくに痛みで泣き出しているだろう強さだが、ヨルは愉悦に満ちた悲鳴を上げて尻を振るだけだ。悦びが音楽となって部屋中に響き渡り、その甘美な旋律に酔いしれるミハエルもまた恍惚に頬を緩ませる。
「そら、これでもか! これでも足りないのかっ!!」
「あひいっ、ひぃいいいっ♡ もっとっ、もっとしてぇっ、もっと激しくしてぇえっ♡」
「そうか、そんなに欲しいか! ならもっと叩いてやるぞっ!」
手首にスナップを効かせ、思い切り叩きつける。パンッと小気味よい音が響き、白いヒップがぶるんと震えた。
「あはああぁっ、そうっ、そうですぅっ、もっと罰してくださぃいっ、私に罰をくださいっ、このっ、このクソ女の私に罰を与えてぇっ♡」
「ああ罰してやるとも! お前みたいな変態はこうしてやらなくちゃわからないんだっ!」
「ひゃあああっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいぃっ♡ でもやめないでっ、もっともっと叩いて痛めつけてくださぃいぃ~ッ♡」
ばちん、ばちんと何度もスパンキングを繰り返すうちに、次第に頭の中が真っ白になっていく。肩が痛むくらい強く叩けば叩くほど、酩酊感に支配された男はエクスタシーへと昇り詰めていくのだ。
(ああ、最高だ……)
このままずっとこうしていたかった。叩かれるたび甘く切なく響くヨルの悲鳴は、麻薬のようにミハエルの頭を狂わせていく。理性は消え失せ、代わりに本能が剥き出しにされていく。
「ははっ、ははっ、手が痛いなぁ、でも最高だよ! 君の体は最高の玩具だなぁっ!!」
「ああんっ、ありがとうございますぅっ♡ いっぱい叩いてくださいっ、痛くしてぇえっ♡」
「ふははははぁっ!! ……ああそうだ、いいものがあるぞ?」
バチン! と鋭い音が鳴る。ヨルの尻を打ったのは、寝室用のスリッパだった。レザー素材でできたそれをムチの代わりとして振りかざすと、面白いように肌を打つ音が響く。
「はぁあッ……あぁっ……あはぁっ……♪」
「お、おお……」
白い肉のたわみが、手で打った時と明らかに違う。衝撃を受け止めた尻肉は潮のように揺れ動き、震えている。ぶるんと波打っかと思うとまた元に戻るを繰り返す様は圧巻だった。皮下脂肪だけでなく、肉そのものが一定のリズムを刻んでいるのだ。それはまさに官能的と呼ぶにふさわしい光景だった。
「……素晴らしい……」
ヨルの体には傷ひとつない。ただ赤い跡だけが刻まれており、それもすぐに消えるのだろう。しかしそんな事実はもはやどうでもいいことだった。
「すごい、すごいっ……なんて見事な尻だ……まるで生きている宝石じゃないか……!」
「えへ、えへへ……♡」
叩かれて熱を持った尻肉を優しく撫でさすると、嬉しそうに身を捩らせる。その姿が可愛くてたまらず、何度も何度も愛撫した。神々しいまでの柔らかさ、力強く反発してくる弾力、何よりその曲線が美しい。形、大きさも、質感も全てが芸術品だ。
「はっ、はぁっ、はぁーっ……はぁっ……」
「はぁ、はぁ……」
二人の呼吸が絡み合い、空間を濃密な空気が満たしていく。ヨルの息づかいを聞いているだけで達してしまいそうなほどだ。ミハエルの股間ははちきれんばかりに膨張し、この女をなぶらせろと叫んでいる。
「……はぁ……」
ヨルが、ゆっくり振り返る。赤い目を流して、たよりなげな表情のままこちらを見上げる姿にぞくりと背筋が震えた。
「お楽しみ、いただけてますか……?」
ふふ、と小さな笑いが漏れ聞こえる。
──嗚呼、彼女は今、自分を誘っているのだ。
それが、男自身も知らなかった新たな欲望の扉を開いた。愛もないが打算もない。自分のためだけに作られた極上の料理を前にした時のような渇望が、胸の中をじりじりと焦がしていく。
「こ、このっ、このぉぉ……!!」
「ふぁあんっ♪ は、歯がっ……いやぁんっ……」
たまらずミハエルは噛みついた。自らも獣のように四つん這いとなり、震える肉に唇で吸い付く。歯を立てて、何度も何度も咀嚼するように噛みついてやった。その度に上がる嬌声がたまらない。彼女の尻はこんなにも美味だったのだと初めて知った瞬間だった。
「はっ、はぁーっ、はぁ──っ、そ、そぉ、そぉですっ、食べてっ、私を味わってくださぃぃっ♡」
遭難者に魔女が麦粥を差し出したなら、どんな反応をするだろう? もちろん喜んで食べるはずだ。目の前に出されたものはなんだって食べなければならない。それが毒入りだとわかっていてもだ。今のミハエルはまさしくそんな、餓死寸前の状態だった。
「んふっ、ふぅーッ、おいしいですかっ、私のカラダ、美味しいですかぁっ、私の味を覚えてくださいっ、私をあなたのものにしてくださいっ♡」
だからミハエルは夢中で貪った。柔らかい太ももを撫でまわしながら、熱い果実のような肉尻を鷲掴みにして、しゃぶりつき舐めまわす。言葉もなく豚かなにかのように鼻息を荒くして、夢中になってむしゃぶりつく姿は滑稽ですらあった。
「ぶひっ、ぶっ、ぶっひ、ブヒッ、ブヒィイッ!」
「ああっ、うれしいですっ、私なんかをこんなに求めてくれてっ……ぶっ、ぶっひ、ぶっひぃいぃい~~~♡」
醜い男の本性を目の当たりにしてもなお、ヨルの歓喜に満ちた声は止まらない。彼女は自ら豚の声真似をしながら、男と同調するかのように下品な鳴き声を上げた。
「ぶうっ、ぶひ、ひひひぃんっ♡ ぶひひぃ~ん♡」
「ぶひっ、ぶひっ!」
ヨルとミハエルとは互い互いを楽しませ、そしてひき寄せる。そのために存在していたかのように、ぴったりと嵌りあい、今や二人一組となった二匹の家畜となっていた。
「ぶひ、ぶひぃ~んっ!! すごっ、お尻すごいっ♡ もっと食べてぇ~ッ♡」
「ぶひいいっ! がふっ、うまっ、ケツっ、うまぁ~っ!!」
ミハエルは尻に顔を埋め、思う存分味わった。尻はもちもちでどこまでも歯に心地よい。──これがヨルなのだ。ヨル、ヨル、ヨル! ヨルの味がする!
ヨルは己の全てを惜しみなく投げ出して、自分をミハエルの目に家畜以下として映しだしてくれている。はた目から見れば無様なことこの上ないのだろうが、ミハエルにとってみればこれ以上に喜ばしいことはなかった。
「ぶひぃっ、ひぎっ、ぐひぃっ♡」
だから彼女を徹底的に嬲ることで愛を示す。彼の性根に巣食う支配欲とサディズムはヨルの献身に屈服し、その無様な姿をあらわにしていた。
「はぁああッ♡ はぁあッ♡ あぁあッ♡ あッはぁあ~~~ッ♡」
やがて二人は結合する。余計な布は脱ぎ捨て、互いに互いを豚だと思い込んで、一匹の家畜になったつもりで性器と性器をくっつけ合う。それはセックスなどというお上品なものではない。獣のそれだ。発情したオスとメスがする、なんの目的もない畜生同士の交尾だった。
「ひぐぅううッ♡ ちんぽきたぁあッ♡ ぶひひぃ~ん♡ イクッ♡ メス豚イキますっ♡ イキますっ♡ ぶひぶひぃ~♡」
ヨルはすぐさま絶頂に達してしまった。獣の姿勢でペニスを挿入された瞬間、尻をぶるぶると震わせ、足をばたつかせて絶頂を迎えたのだ。
「あっ♡ あ゛~~~ッ♡ しゅごいっ♡ しゅごいっ♡ おまんこ気持ちいぃいいいっ♡ もっとぉっ♡ もっと奥までぇッ♡ ずぼずぼってぇっ♡ おほぉおおおぉおっ♡」
「ぶひッ!? ……ぶひ、いひひぃっ!」
のけぞって、うずくまって、痙攣して、男根への屈服を全身で示す黒髪の美女。ブタ男はブタ女の尻を力いっぱい叩きながら、激しいピストン運動を繰り返す。
「ひいぃいぃいぃっ♡ イグッ♡ イグゥウウッ♡ ぶたチンポ気持ちいいっ♡ ぶたマンコほじられるのすきっ♡ アクメきちゃうっ♡ イグッ♡ またイっちゃうっ♡ ぶひッ♡ ぶっひいぃいぃ~ッ♡」
「お、お、おお……っ!」
快楽に狂った絶叫が、寝室に響き渡る。一度、二度、三度。絶頂のサインである連続的な痙攣が繰り返されるたびに、ヨルの膣がきつく収縮して肉棒を締め付ける。精液を一滴残らず搾り取ろうとするかのようなその動きに、ミハエルは低く唸った。
「ぶひひひ……っ、ぶひぃ~っ、ぶひぃ~っ……!!」
互いに互いを豚だと思い込んで、一匹の家畜になったつもりで交尾する。その倒錯的なシチュエーションは素晴らしい音楽と同じように心を慰撫し、同時に激しく燃え上がらせた。
どぷっ! と、勢いよく放たれた精子が子宮を叩く。
どくんどくんとポンプのように脈動し、子種を流し込んでいく。
「はぁ……はぁ……んっ……んんぅっ……♡」
ヨルはうっとりと目を閉じ、最後の一滴まで飲み干そうと腰をくねらせる。その姿がなんとも艶めかしく、射精中のペニスがまた一回り大きくなる。
ようやく全て出し切って、ミハエルは満足げに息をついた。ぬるま湯のような心地よい疲労感に浸りながら、未だ繋がったままの二人の接合部を見やる。
(ああ……なんていやらしい光景なんだ)
自らの肉棒が突き刺さっている穴。そこは、ひくっ、ひくっと震えながら白濁液を吐き出し続けていた。とめどなく溢れるそれは、二人のつなぎ目から漏れ出て、床へと滴っていく。
「ああ……」
ミハエルは結合を解くと、ヨルの髪をつかんで上向かせた。
「ぶひぃ~……?」
彼女はぼんやりとした表情でこちらを見上げる。半開きの口から唾液が溢れ、ぽたりと床に落ちた。
「ほら、舌を出してごらん」
「ぁえ……?」
「舌だよ、ほら」
「……はい……れろぉ……」
言われた通りにした彼女の舌を、ミハエルは指で摘んだ。
「んむ……ふ……」
そのまま引っ張って、引き伸ばす。
「ふぁ、はふぅ……」
「ふふ、豚さんみたいだ」
「う、んぅ……豚ですぅ……あなたと同じ、醜い豚です……」
「うん、そうだね。僕と同じだ」
「はい……私、醜いです……」
「そうだ、僕も本当に醜くて、どうしようもない男だ」
そう言って笑うと、魂がふわっと浮くような、不思議な感覚がした。自分の醜さを認めて、肯定されて、こんなにも嬉しいだなんて。
「ああ、ヨルくぅん……ありがとう、君がいてくれてよかったよ」
「わ、私も、あなたに出会えて、幸せです」
見つめ合うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。最初はただ親切にされて好きになり、脅迫して、救って救われ、官能でつながった。いつしかその関係には愛すら芽生え、今、確かな形となっている。
「ヨルくん、ヨルっ、約束してくれ、二度と僕から離れないって……! 僕がどんなにバカになっても、君だけは側にいてくれるって……!」
「はう……っ♡」
ミハエルはヨルを床に押し倒し、上から覆い被さるようにして抱き締めた。互いの体が密着し、心臓の鼓動や体温が伝わってくる。それだけでもう、達してしまいそうなほどの快感が襲ってきた。
「はぁ……はぁ……ヨルっ、ヨルっ、僕は君のものだ、だから君は僕のものだって今すぐ約束してくれ……!」
「……あ……ぅ……」
「……頼む、早く言ってくれっ! じゃないと頭がおかしくなりそうなんだっ!」
僕のものだ。彼女のこの顔も、髪も体も、心も全部僕のものだ。そう思えば思うほど心の芯が燃え、さらなる熱を孕んでいく。まるで麻薬だ。脳を溶かす甘い蜜のように、彼女なしでは生きられないほどの依存性を秘めている。
「はい、はいっ、私は、あなたのものですっ、あなたのものですっ!」
「ずっとだよ、一生だ、死んでも永遠に、ずっとずっと、ずーっと一緒だよっ」
「は、はひっ、わかりましたっ、わかりましたからっ、そんなにコーフンしないでくださいぃいっ♡」
力ずくで押し返される。ヨルの力強さは本物で、それがまた興奮を煽った。しゃがみ込んだヨルと、立ち上がった自分。怒張したペニスはちょうど彼女の顔の真正面にあり、むわっと蒸れた匂いを彼女の美貌に擦りつける。
「うぅ……♡」
「はぁ、はぁ、はぁ」
二人は荒い息遣いのまま見つめ合った。潤んだ瞳に自分の姿が映っている。そして、その瞳の中の自分もまた、ヨルの姿を捉えていた。
「はぁー、はぁー、ヨル、ぶつぞっ」
「え、あ、はいっ」
今度こそ、完全に、自分は悪くない。スパンキングの快楽を教え込んだのは他ならぬ愛しいヨル自身だ。ならば責任をとってもらう必要がある。
「お望み通り、ぶつよ。ヨルを僕のペニスでぶつ。ぶちのめす」
「あ、あ、ああ、あの、その」
「なんだ」
「お、お手柔らかにお願いします」
「ダメだ」
「うひっ♡」
それこそ豚のように、ヨルが小鼻を鳴らす。びくんっとペニスが跳ねると同時に、びゅっと我慢汁が飛び出した。
「ああぁあぁ~~~っ♡」
それを顔に受けて、悲鳴じみた嬌声を上げる美女。その頬をビクつくペニスで突いた。
「ぶっひぃ~っ♡」
豚の鳴き声をあげて、悦ぶヨル。その無様な姿に胸が締め付けられる思いだった。
──あぁ、可愛い。ヨルくんはどうしてこんなにも可愛らしいんだろう。
そう思うと自然に腰が動く。左右に振って、ヨルの頬にぺちぺちとペニスを叩きつけた。
「ぶひぃっ♡ ぶひぃ~っ♡ ぶひぃ~っ♡ ぶひぃ~♡ ぶひぃ~っ♡」
「ふひっ、ふひひひひひひひぃ~っ!」
ぺちん。ぺちん。
ペニスが左右の頬を叩くのを、彼女は嬉しそうに受け入れた。豚のように鼻を鳴らしながら喘いでいる様は、実に滑稽だ。
なんてことだ。これが自分たちの愛なのか? 信じられない光景だった。自分とヨルがこんな風になれるなんて、こんな醜態を晒すなんて、誰が想像できただろう。
しかしこれは夢ではない。紛れもない現実であり、これからずっと続いていく未来なのだ。
「ぶひぶひぃ~っ♡ 約束するぶひ~っ♡ 私はミハエルさんのもので、ずうっとそばにいるぶひぃ~っ♡ 死ぬまでいっしょで、死んでもずぅっといっしょぶひぃ~っ♡ ぶひぃ~っ♡」
「ぶっひぃぃいぃ~っ!!」
「ぶひぃいぃいぃ~っ♡」
彼女はさらに顔を差し出す。ミハエルは尻に力を入れ、力強く腰をふる。顔を打つペニスは加速し、びちっ!! べちゃっ!! ばちゅっ!! と強い音をひびかせる。
「ぶっひぃいぃいぃ~っ♡ ミハエルさんのチンポっ、おぶっ、硬くて、ンッ、ぶほっ、すごぉおぉおっ♡ おぼっ、ぶっひぃぃいぃっ♡ ちんぽビンタいいっ♡ ぶひひひぃぃっ♡」
「ぶひひひぃぃっ! もっと鳴けっ、ぶひぶひ鳴いて媚びろっ!」
「ぶっひいぃいぃいっ♡ は、はひぃぃっ♡ 私、ミハエルさんに叩かれて嬉しいですっ! 叩いてくださってありがとうございますぶひぃぃっ♡ もっともっと叩いてくださいぃっ! 私のブタ面見てくださいぃっ! ブッヒィイィィッ♡♡」
豚の鳴き真似をしながら、必死に腰を振るミハエル。きっと哀れで、見るに耐えない姿だろう。
だが、それでも彼の目には愛する女の姿が映っていた。美しく一途なヨル・ブライアが、ブタ面で自分に媚びる姿。
「もっと、ぶって、あんっ、あなたにならっ、どんな乱暴されても、ぶひぃっ、ぶひぃ~っ♡ ぶひぃ~っ♡ ぶひぃ~っ♡」
彼女の乱れる姿を見て、股間は熱く昂っている。その熱はどんどん膨れ上がり、今にも破裂しそうなほどだった。
「ふごぉっ、ふごぉ~っ」
「ぶひぃ…………♡ なんでも、言うことを聞きます……ぶひぃ……だから、お願い……ぶひぃ……♡」
ヨルは切なげな瞳で懇願する。一本の肉棒を通じて、ふたりの心が繋がっているかのようだった。それはまるで神聖な儀式のようで、ふたりだけの絆を確かめ合っているかのようだ。
「ふぐぅ……んふっ……ふぐっ……ふぎぃ……ふぎぃ……」
「んふぅぅぅ……ふぎぃぃ……ふぐぅぅ……」
よがり声はもうどっちのものか分からなかった。互いの体が溶け合い、境界線が曖昧になっていく。中年男のチンポと美女の肌が密着し、熱が混じって一つになる。
「ふぎゅぅ……ヨル……ヨル……っ」
「あっ……ミハエルさん……ミハエルさん……っ」
どぷっ、どぴゅっ、どぷんっ。大量の精子がヨルの顔中に浴びせられた。どろどろした白濁液が彼女を汚していく。
「はひゅ……んむ……れろ……ちゅぷ……んむ……んむ……」
「はっ、はっ、はぁ、はぁあ……」
手も触れずに放たれた黄ばんだ粘液が、ヨルの顔を白く染めていく。男の目を吸い寄せるその美しい顔を、卑しい欲望で穢している。ゆるんで少し開いた唇と、エロチックな視線とが、ますます男を奮い立たせた。
「はあっ、はぁっ、うはぁぁっ」
射精はいつまでも終わらない。びゅくびゅくと精液が発射され続け、ヨルの肌や髪を汚す。粘ついた液体が彼女の顔にまとわりつき、まぶたの上に垂れ下がった。
「んむ……はぁ……♡ 美味しい……ミハエルさん……♡」
長い指ですくうようにして唇に運ぶと、ヨルはそれを舌で舐めとった。夢中になったようにぴちゃぴちゃと指をしゃぶる姿はいやらしくも愛らしい。まるで子猫がミルクを舐めているようだ。
「ヨル、ああ、ヨル……君は最高の女性だ……世界で一番素敵だよ……世界で一番大切だよ……愛してる……」
精液を垂らして笑うヨルの姿に、ミハエルは陶酔する。こんなにも美しいものが他にあろうか。こんなに可憐で清楚なのに、中身は淫乱で淫蕩で猥褻でどうしようもない女だ。自分にぴったりの、世界で一番の女だ。
悦びに震えるミハエルだったが、その思考は突然遮られる。ギイッと音を立てて、扉が開いたのだ。
◆◆◆
熱いザーメンに酔いしれていた時、不意に部屋の扉が開く音がしました。反射的にそちらを見ると、扉の隙間から中を覗き込む視線と目が合ったのです。
「えっ……マルティナさん?」
「ティーナ!?」
「は……♡ ぁ♡ あ……!?」
そこにいたのはマルティナさんでした。パジャマ姿で、ぺたんと座り込み、呆然とした顔で私たちを見つめています。右手がズボンに潜り込んで、ぐちゅぐちゅと水音を鳴らしていました。かすかに漂うアンモニア臭は、愛液とはまた別のもの。
見られた。途端に羞恥心が込み上げてきて、頬が燃えるように熱くなるのを感じます。私はとっさに胸を腕で隠し、身を捩りました。
「い、いやぁっ!」
咄嗟にそう叫びましたが、それが悪かったのか。魂が抜けたようだったマルティナさんの顔が、みるみるうちに険しくなっていきます。
「パパ……何してるの……?」
その声は冷たく、鋭い刃のように私の心を抉ります。心臓が早鐘を打ち、呼吸が荒くなるのを感じました。
どうして、ここに? いつから、そこにいたのですか? 疑問はいくらでもありますが、うまく言葉になりません。頭の中が真っ白になり、冷や汗が噴き出してきます。
ミハエルさんも同じような状態らしく、顔を真っ青にして口をパクパクさせていました。
──あ、これはまずいですね。
直感的にそう思いました。立ち上がったマルティナさんが、真っ直ぐにお父さんの胸へ飛び込んでいったからです。
そして、私は見逃しません。彼女が拳を握り、それを思い切り振りかぶるのを。
ゴチィンッ!! とても痛そうな音が響き渡り、ミハエルさんはその場に崩れ落ちました。
「げほぉ……ティ、ティーナ……」
「パパのばかっ! 信じらんないっ! 最低っ! クズっ! クソ親父っ!!」
何度も何度も殴りつける彼女の表情は、まるで鬼のようでした。
頰が腫れ、鼻から血を流すミハエルさんの姿を見て、私は呆気にとられるばかりです。
「私が世界一じゃなかったの!? ティーナが世界一だよって言ってくれたじゃない! うそつき! バカ! 変態! 死ね! 死んじゃえ!」
彼女は怒りのあまり我を忘れているのか、大声で喚き散らしています。その目尻には涙が浮かんでいて、表情からは強い憎悪が見て取れました。殴られている当のお父さんは、最初こそ痛みに顔をしかめていましたが、今はどこか達観した様子でされるがままになっています。
やがて、ひとしきり殴った後、彼女は大きく息を吐き出しました。肩で息をして、呼吸を整えようとしています。
「……もういい。パパは私がいらないんでしょ? じゃあ出てく、そのブタ女と一緒に住むなりなんなりすればいい! もう知らない! パパのことなんて大嫌い!」
そう言って彼女は部屋を飛び出していきました。ばたんと扉が閉まる音がして、部屋は静寂に包まれてしまいます。
残されたのは気まずい空気……いえ、ミハエルさんが立ち上がりました。
「ティーナのところに行ってくるよ」
◆◇◆◇◆
夜の帳が降りた静かなスキー場は静寂に包まれている。それを破るように、ユーリの怒声が窓ガラスをビリビリと震わせた。
「警部補、何回言ったら分かる!? このナイフはミハエル・ゲルゲスの部隊にだけ支給されたものだ! 犯人は奴だ! 間違いない!」
唾を飛ばして怒鳴り散らす。明らかに平静を失っているユーリを、白髪の警部補が面倒くさそうに見やった。
「しかしですね、捜査官殿? そのナイフが教えてくれるのは、奴の部隊の〈誰か〉が犯人だ、ということだけ。そうじゃありませんか?」
「きさっ……貴様ァっ! このナイフが凶器だ! そして奴は夫人と大声で揉めていた! これだけで十分だろうがッ!」
「落ち着いてくださいよ、ブライアさん。姉上の事で焦る気持ちは分かりますがね……」
「ぐぬぅッ……!」
家名を出され、言葉に詰まるユーリ。警部補はこの道四十年の大ベテランであり、これまで数々の犯罪者と対峙してきた古強者だという。対するユーリは政治犯の取り締まりが本職であり、犯罪捜査は門外漢だった。
だが、そんな事は言っていられない。現地に来て分かったことだが、姉は既に疑惑をかけられていた。焦りが正常な判断力を奪い、一刻も早く証拠を掴まなければ、ミハエルを逮捕しなければと、ユーリの頭はそれだけで埋め尽くされている。
「いいですか、もう一度説明しますぜ」
苛立つユーリとは対照的に、警部補は極めて冷静であった。くたびれたコートから手帳を取り出し、ことさらにスローな口調で話し始める。
「殺人事件の動機ってのは、おおよそ五つに分類されます。金銭的動機、感情的動機、人間関係のトラブル、精神的病理、そしてプロの犯行」
「知ってるさそんなことッ!」
「まあまあ最後まで。エリザベート氏は何も盗られていない。そして犯行現場には、犯人に関する一切の痕跡がない」
「ああ! このナイフと、全身の刺し傷を除けばね!」
「そう、その二つだけが目立つ。他は恐ろしいくらいにキレイな現場だ。十五年も市役所に勤めてるミハエル氏の犯行現場とは思えない。ええと、あれ、何て言いましたっけ、ほら、あれ……」
「……演出されている、と言いたいのか」
秘密警察のホープたるユーリのアンテナが、ピンと立った。警部補がにんまり笑う。
「つまり、アンタはこう言いたいのか。これはプロの犯行だと」
「その通りですよ、ブライアさん。ほら、キャンデーでも舐めませんか」
「…………もらおう」
ユーリの頭が、少しだけ冷える。姉が殺しのプロであるハズはないからだ。
「……好きな味だ、これ」
「でしょう? 私も気に入っているんですよ」
糖分は脳の疲れを癒す。怒りに燃える頭を冷やしてくれる。
キャンディーは、姉の好きなリンゴ味だった。
「だがそれにしては、エリザベートはめった刺し、過剰なくらいの暴力で殺されている。あれはプロのやり口か?」
「そう、ちぐはぐでしょう? 一般的な殺人事件の現場とは明らかに異質、犯人の精神的病理を感じますね」
「……」
「誰かいませんか。ミハエル氏と同じ部隊に所属していた経験があり、ゲルゲス一家に感情的なしこりがあって、しかも頭のいかれた殺しのプロを知りませんか」
「……そう言われてもな」
「お願いしますよ。こういうのは保安局さんの専売特許じゃないですか」
ユーリの脳内で、退役軍人の顔写真が次々めくられていく。多いのだ、苛烈な戦争を経験したために政府を恨む連中というのは。だから情報はデータベース化されており、ユーリはそれを明瞭に記憶している。
「……駄目だ、該当者はいない。あの部隊に所属していた人間は全員、書類上問題なしという事になっている」
「戦中ならどうです。戦争のどさくさで身元を消去した兵隊や、捕虜になって魂を売ったヤツ、そういう連中はたくさんいるはずだ」
「それなら、本局だ。戦前から身元不明の政治犯を専門に取り締まる部署がある。そこの管轄だろう」
「へへ、流石は国家保安局のホープ様だ。頼りになりますねえ」
「……ふん、よく言う。知ってたんだろう」
見事に操縦された気分だが、悪い気はしなかった。ユーリの至上命題は姉を守る事で、そのためなら自分のプライドなど安いものだからだ。
「そうそう、若者はそうでなくっちゃ」
「僕はもう二十歳だ」
「ほう、二十歳! ああいや、若いってのは素晴らしい事ですなあ。後悔しない内にやりたいことやっとかないと損ですよお」
「説教は結構だ。僕は姉さんさえ……」
ユーリは口をつぐんだ。プロの警官にいらぬ口を利くものではない。
「……今に見てろよ、ロートルが。事件を解決して、アンタの経歴に泥を塗ってやる。せいぜい今のうちにのんびりしておけ」
「へへへ、楽しみにしてますよ、若き捜査官殿。まったく、ジジイをいつまでも働かせる国なんてロクなもんじゃないですからな」
「逮捕されたいのか?」
「おおっと、口が滑りましたな。……期待していますぜ、必ず、この残忍な人殺しをアゲてください」
「言われずとも」
(続く)