※この作品はR-18です。

ヨルさんと中年オヤジが『幸せ』になる話   作:a-su

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Cパート

「へへっ……お楽しみは終わったようだねぇ」

 

「ひっ……! み、見ないで……!」

 

 次長の視線はまるで肉食獣のそれ、今から獲物を捕食するのだと宣言しているかのよう。

 

「君みたいな美女が、こんな場所でオナニーしているなんて驚いたよ。おかげでこっちはギンギンだ。責任取ってくれよ?」

 

「何を……!」

 

 いくら世間知らずの私でも、罠にかかったことくらい理解できます。危険な男に秘密を打ち明け、のこのこと酒場に連れ込まれ、あげく薬物の入った酒を口にして!

 

「何を? 決まっているだろう、セックスだよセックス。体を使って私の性欲を解消してくれと言っているんだ」

 

「ひぐっ!」

 

 いきなり髪を掴まれて引っ張られます。無理やり立たされ、逞しい腕で拘束され動けなくなってしまいました。

 

「いやぁ……!」

 

「しーっ、大きな声を出さないで。さあ、上に部屋を取ってあるから行こうか」

 

 酒と薬……恐らくは違法ドラッグの影響で、思うように力が入りません。引きずられるようにして歩き出します。

 

「う……あ……」

 

「よしよし、良い子だ。──たっぷり可愛がってやるぞ」

 

 ◆◆◆

 

 抵抗らしい抵抗もできないまま手を引かれ、私は酒場の貸し部屋に連れていかれました。

 その間の記憶はありません。気づいたらベッドの上で服を脱がされていました。

 

「おいおい、スカートまでベトベトじゃあないか。これだからオナニー女は困るな」

 

「……ひっ!」

 

 悲鳴を上げようとした口を手で塞がれました。男の荒い息遣いが顔にかかり、全身が粟立ちます。

 

「……ふぅぅぅ……ふぅぅ……」

 

 生暖かい吐息が耳にかかってゾクリとします。嫌悪感と恐怖感とが入り混じり、涙となって頰を伝いました。

 男はそれをべろりと舐めとります。生臭い唾液の感触に鳥肌が立ちました。

 

「なっ……なんっ、っ、こんなっ」

 

 痺れる舌を必死に動かして問い返そうとしますが、まともな発音ができません。

 男はせせら笑います。そして私の顎を掴んで無理やり自分の方に向かせました。間近で見た男の目は、欲望に満ち満ちています。

 

「昨日、隣の部屋で君の喘ぎ声を聞いてね」

 

「……!!」

 

「いやあ、エロい声だった! スモーキーなのに透明感があって、色んな喘ぎ声の中でも一発で聞き分けられたよ! 私もあんな声で喘がせてみたいと思ってしまってね!」

 

「…………」

 

 私は言葉を失いました。あまりにもあんまりな発言に怒る気力すら湧いてきません。ハンサムでスマートなエリート? 虚像とのギャップに、意識が遠のいていく気さえしました。

 

「カマトトぶるなよ、ブライア君。キモデブオヤジのゲルゲスともヤッてるんだろ?」

 

 頰に手を当てながら耳元で囁く男を、首を背けて拒絶します。こんな卑劣漢を信用して秘密を打ち明けてしまった自分の愚かさが、呪わしくてなりません。

 

「ちっ。そうだ、それに……君の弟さん、外務省の職員だったかな? 確か今は外勤として海外に行ってるんだったか」

 

「……ッ」

 

 びくり、と肩が震えます。

 ユーリ。私の大切な弟。

 

「弟さん、悲しむだろうね。姉さんが子持ち中年ハゲオヤジの慰み者になってるなんて知ったら」

 

「──あ、あの子には言わないで……」

 

 一番言われたくない言葉でした。心の奥深くにまで突き刺さってしまう、毒。

 手足から力が抜けていき、視界が暗くなっていきます。絶望という名の、闇。

 

「ははっ、ようやく大人しくなった。女はそうやって男に従順にしていればいいのさ」

 

 勝ち誇った男は、びたびたと頬を叩きながら私を嘲笑います。

 悔しい、悲しい。涙が滲んできました。この男の前で泣きたくなんかないのに、後から後から溢れてきます。

 

「くくっ、ゲルゲスのお下がりってのが気に入らんが……まあ、そんなことはどうでもいいくらいに、君はエロい。たまらんなあ……!」

 

「……ッ」

 

 男なめずりをしながら体を視姦してきます。その視線に晒された肌がぞわぞわと粟立つような不快感を覚えました。

 

「どれ、それじゃあそろそろ本格的に始めようか。私好みの女に変えてやろうっ!」

 

「──やめっ……!!」

 

 男の指が下着の中に潜り込み、ぬらぬらと濡れた割れ目を撫で始めます。たったそれだけのことで腰が砕けてしまいそうになりました。薬で疼く体が、どうしようもなく反応してしまうのです。

 

「…………ッ」

 

 太く長い指が中に入り込み、お腹側のざらついた部分を引っ掻きます。そこを擦られた瞬間、電気が走ったかのような衝撃に襲われました。腰が浮き上がりそうになります。

 

「あ……ああっ」

 

「おおう、アツアツのトロマンだなぁ」

 

 勝ち誇ったような笑い声と共に、ぐちゅぐちゅと激しい水音が鳴り響きます。下半身から広がる甘い痺れが子宮を震わせ、指の動きに合わせて腰を振りたくってしまいそうです。

 

「ははっ、オナニーで狂うより私のほうがイイだろう?」

 

「うっ、ううっ」

 

 もっとして欲しいと思ってしまった自分を激しく嫌悪しながら、首を横に振って拒みました。

 けれど体の反応までは誤魔化せません。無意識のうちに、両足は左右に広がってしまっています。まるで続きを促すかのように……。

 

「おお、そんなに私のが欲しいのか? ならちゃんとおねだりしてごらん」

 

 男が顔を近づけてきました。アルコールと加齢臭が入り混じった口臭が鼻につきます。

 

 私は、私は……。

 私は、思い切りツバを吐きかけてあげました。

 

「!? こ、このアマっ!」

 

 次長は目を見開きましたが、すぐに怒りの形相に変わります。平手打ちが飛んできました。頬を打つ音が室内に響き渡ります。

 

「きさま! 誰に向かってそんな態度をしている!?」

 

「……げほっ、はぁ、はぁ……」

 

 口の中が切れたようです。鉄錆の味が広がります。痛みのおかげで少しだけ理性を取り戻すことができました。

 

「ぐっ……! このアマ、優しくしていればつけあがりやがって……!」

 

 次長は顔を真っ赤にして、どうやら本気で怒っているようです。その顔を見てほんの少しだけ溜飲が下がる思いがしました。こんな人にも逆鱗というものがあったのですね。

 

「いいだろう、君がそういう態度に出るのなら、私にも考えがある」

 

 次長は、ズボンのポケットの中から小さなケースを取り出しました。その中には、一本の、注射器が入っています。中身は青い液体。

 

 あの青い酒に混入されていた、違法ドラッグ! 

 

(じか)は効くよ、ブライア君。直はよぉ~~くキクんだぁ~」

 

 下卑た笑いを浮かべながら私の腕を掴みます。薬液を打たれたら、私はどうなってしまうのでしょう。

 

「一度打ったら、もう元には戻れないぜぇ~♡ ヒヒッ♡」

 

 注射針の先端から目が離せません。その先からピュッと飛び出した透明な雫を見て、心臓が縮み上がります。

 

「や……いや……嫌……」

 

 抵抗する意思はあるのですが体が動きません。頭ではわかっているのです。こんなものを打たれてはいけないと。

 

 しかし体が言うことを聞きません。逃げ出そうという意志とは裏腹に、体は両腕と両脚をだらしなく開いたまま硬直しているのです。

 

「ふひひひひひ……良い顔だねえ……」

 

「あ……」

 

 薬液をたっぷりと吸い込んだシリンジが、胸へと近づきます。恐怖のあまり歯がガチガチ鳴りました。

 

 ですが諦めるわけにはいきません。手慣れた手口、犠牲者は私だけでないはずです。今まで何人が、このベッドで? 

 そう思うと、許せない、立ち向かわなくては、と思う気持ちが湧いてきます。だから──

 

「……ッ」

 

「さあ、さあさあさあさあさあさあぁああ!!」

 

 その時でした。

 

「やぁめろぉおおぉおぉぉぉおおおおお!!!」

 

「うおっ!?」

 

 どかん、と大きな音。誰かが次長に体当たりをしたのです。

 不意討ちを受けた次長は、体勢を崩してベッドから転げ落ちました。床に倒れた拍子に注射器が手から離れ、コロコロと転がっていきます。

 

「なっ、お前、尾けてきたのか!?」

 

「ヨルくんに触るなぁぁぁあああっ!!!」

 

 その人物は、私をかばって立ち塞がりました。

 くたびれたスーツを着た男。小太りで、背が低くて、ハゲていて、汗っかきで、キモくて、私を脅して凌辱する最低の中年男、ミハエル・ゲルゲス課長だったのです。

 

「……え?」

 

 あまりに意外な展開だったので、脳がついていけません。

 課長? 課長が、私を助けに? 

 なぜ、どうして、あなたがここに?

 

「ゲルゲス、おいこら、このクソデブぅっっ!」

 

「がふっ!」

 

 鼻血が飛び散り、課長はベッドから吹き飛ばされます。飛び掛かった次長の拳が顔面を打ち抜いたのです

 

「はあー、はあー、この、この、無能の分際でよくも私の、私の邪魔を……」

 

「ふ、ふひっ! ふひひひぃいぃぃ、撮った、撮ったぞ次長!」

 

 奇声を上げながら、課長は立ち上りました。脳震盪を起こしているようでフラフラしています。ですがそんなことは気にも留めず、カメラを片手に掲げて叫びました。

 

「証拠を押さえたぞ!! お前が、違法な薬物を使用する場面をなぁああぁあ!!」

 

「うっ、うおっ……!?」

 

 狂ったように叫び続ける姿に、次長のほうが気圧されています。私はといえば、どこか現実感のない思いで課長を見つめていました。

 

「これを公開すればお前は終わりだあっ! 懲戒免職だあっ! クビだあぁっ! 無職だあぁぁああああ!!!!」

 

 だってそうでしょう? まさかあの卑劣な男が私を助けてくれるなんて、夢にも思わなかったのですから……。

 

「それが嫌なら、二度とヨルくんに手を出すんじゃあないッ! いいか! わかったかぁあああ!?」

 

 それはまさに魂の叫びでした。私? 私のために、こんな事を? 

 

「……ッ」

 

 次長の顔が見る間に赤く染まっていきます。血管がぶち切れそうな勢いで激怒していました。

 

「貴様ぁあぁああああああッ!! ゴミ野郎が、気取るんじゃねえっ!」

 

 激昂した次長が、再び飛びかかりました。たくましい三十五歳のエリート男が、運動不足で四十歳の小男に掴みかかります。

 

「よこせっ、カメラだ、カメラを寄越せえぇえええぇぇえっっ!」

 

「誰が渡すかぁあああ!」

 

 体格差は圧倒的でしたが、課長は凄まじいまでの執念を見せました。必死に体を丸め、体を盾にしてカメラを守り通そうとしたのです。

 

 揉み合う二人の男。激しい取っ組み合いが始まりました。次長は体格で、課長は執念で、お互いにマウントを取り合うような形で、床の上をゴロゴロ転がり回ります。

 

「おらあぁぁっ!!」

 

「うぐっ、ぐううぅぅっっ!」

 

 やがて均衡が崩れました。先に動きを止めたのはゲルゲス課長で、馬乗りになった次長が拳を振り下ろしたのです。

 

「あがっ!」

 

「よこせっ、よこせぇえぇぇええっ!!」

 

「誰が渡すっ、あがっ!」

 

 二度、三度、四度……鈍い殴打の音が響き渡り、殴られるたびに悲鳴が上がります。

 でも課長は決してカメラを手放そうとしません。何度も何度も殴りつけられながらも決して諦めませんでした。

 

「ヨ、ル……く……ん……に、逃げ……」

 

 途切れ途切れの声で呟き続けるのは、私を脅迫して凌辱した憎むべき男でした。私の純潔を奪い、胸に顔を埋めて好きだ、好きだと繰り返してきた相手なのです。

 

「私は君が好きだったんだぁ……好きだったんだよぅ……君だけが私に優しくしてくれたから……君が笑いかけてくれたから……君の笑顔だけが私の救いだったんだぁ……」

 

「やかましいぞクズゥッ!」

 

「ぐ……ッ、逃げ、逃げろぉ!」

 

 私は何も言えません。言えるはずがありません。

 

 何を言っているのでしょうか? 

 いったい何を言っているのでしょうか? 

 

 私の事を好き? 今までの言葉はうわ言でも、受け売りでもなくて、本心からのもの……? 

 

「笑わせるなクソ無能! お前のような、嫁の実家しか取り柄のない中年オヤジが、好きだのなんだの身の程知らずにも程がある!」

 

「う……ぐぅ……!」

 

 馬乗りになった次長が吠え、容赦のない罵詈雑言を浴びせかけながら拳を振りおろし続けます。素人の殴り方ですが、一撃ごとに課長の血飛沫が飛び散り、眼鏡や鼻骨が折れます。

 

「だいたい何だそのダサいスーツは!? センスのかけらもない! 髪もボサボサ! 肌も手入れが甘い! こんな汚い中年親父が女に好かれるわけないだろう! キモイんだよ! キモイんだよ! キモイんだよ!」

 

「あっ、あ、う、……っっっ!!!」

 

 それでも、まだカメラだけは手放しません。それどころか強く握り直すことで抵抗の意思を示しました。

 

「いつまで経っても部下の信頼を勝ち取れない! 仕事もできない! 給料泥棒! 役立たず! 社会のダニ! 底辺の中の底辺! 無能の無能の無能のカスっ! いい加減気づけ、このクソオヤジがっ!」

 

「……っ」

 

 課長の瞳から涙の粒が溢れ出し頰を伝います。それはきっと痛みのせいだけではなく、悔しさや惨めさや情けなさといった感情が入り混じっているのでしょう。

 

「くっ。ははっ。見ろよブライア君、このみっともない泣き顔をよお~?」

 

 フラフラになった課長の首根っこを捕まえて引き起こします。そして私の顔の前に突きつけました。

 

「うっ……うぅ……ッ、逃、げ……っ」

 

 確かにみっともない姿です。センスのない眼鏡は粉々だし、髪は乱れ放題、唇は切れて血まみれで、頬も腫れ上がっています。

 顔中をボコボコに腫らしたその姿を見ていると、なんだか無性に腹が立ってきました。

 

(こんな人が……私の……私の……!)

 

「ほら、ほら、見ろよ。私のほうがゲルゲスなんかよりよっぽど魅力的だろう?」

 

 次長はこれ見よがしにネクタイを外し、ワイシャツを脱ぎ捨てていきました。声には得意の響きがあり、自信に満ちています。

 

 確かに顔は整っているし、体型もガッチリして引き締まって、年齢よりもずっと若く見えます。割れた腹筋や太い腕も課長と比べたらずっと男らしい。

 

「ほら見比べろ、言ってやれ! 『このハゲオヤジ、キモイ! 次長の方が魅力的』ってよぉ!」

 

「…………そうですね。私も、キモイ、と思っています」

 

 ああ、吐き気がこみ上げてきました。

 

 ミハエル・ゲルゲス課長。本当に醜い人です。脅して犯した女を守るため必死になって、ボロボロに傷ついて。こんなに無様で滑稽な人を私は他に知りません。

 

 この男と出会ってしまったばかりに、私の人生は全く別のモノへと変わっていくのでしょう。これから、()()()()をかけて、まだ予想もできない方向へと……。

 

「……おえっ」

 

 吐き気が止まりません。でもそれは、嫌悪感からくるものではなくて……修練を重ねた殺し屋の肉体が、体内の異物を排除するために動き出した結果。

 課長の奮闘が、力を蓄える時間を与えてくれた。

 

「おえぇぇええええ……」

 

「あ、ああっ……ヨルくん」

 

「ハ ハ ハ! ほら見ろ! 吐くほどキモいってさ!! ざまあみろゲルゲスゥウウッ!!!」

 

 次長は、勝ち誇って大笑い。心底嬉しそうでした。課長の顔は青ざめていき、決壊した涙腺からは止めどなく涙が溢れ出します。

 

 思わず、微笑んでしまいました。()()()()()()()()()()()()ながら、心の底から可笑しくて笑ったのです。

 

 男って、本当にバカなんですね。女が言うキモイとか魅力的とか、そんな下らない言葉で一喜一憂して。()()()()は、そこに無いのに。

 

 さて、いつまでも馬鹿なことを続けていても仕方ありませんね。

 ──そろそろ、終わりにして差し上げましょう。

 

「もう一回言ってやれブライア! 今度はもっと大きな声でだ! 『ゲルゲス、キモイ!』ってさあぁ!」

 

「──いいえ。キモいのはあなたです、次長」

 

「なっ!?」

 

 ああ、スッキリしました。こんなに晴れやかな気分になったのはいつ以来でしょうか? 

 

 驚く次長の顔を真正面から見据え、すっくとベッドの上に立ち上がります。

 手足に力がみなぎり、筋肉が活性化して、視界に映る全てがクリアになりました。脳のリミッターが外れる音さえ聞こえそうです。

 

 ここにいるのは、ただの哀れなヨル・ブライアではなく──

 

 

 

女はし屋だった。

 罪なき人々のため、の仕事に身をやつす

 コードネーム、〈いばら姫〉。

 

 

 

「キモいのはあなたです、次長。ただ気まぐれに女の体を弄びたいだけ、それだけのために違法な薬物を使用するなんて最低です。気持ち悪いです。軽蔑します。吐き気がします」

 

 殺意に気づいたか、次長が後ずさりました。

 

「……ま、ま、ましな方を選びなよ、ブライア君っ。私は仕事もできるし、女も腐るほど抱いてきた、君を満足させてやれるっ。それにゲルゲスと違って独身だ。君の頑張り次第じゃ、いずれ結婚することだって……!?」

 

「国をむしばむ魔の薬、法も許さぬ人でなし、私が掃除(しまつ)いたします」

 

「ヒッ!」

 

 コキンと鳴った指、気圧された短い悲鳴。

 

「お命、頂戴してもよろしいでしょうか」

 

 跳躍。

 数多の女が魔悦に泣いたベッドが軋み、私を宙に舞い上がらせます。視界が急転回する間に、両腕は次長の頭部を捕らえていました。

 

「……っ、かっ」

 

 即死させたかったので、空中で体をひねって首をへし折ります。

 

 ゴキッ。

 

 小気味良い音を聞きながら着地すると、首と胴が反対を向いたゴミが、どさりと足元に転がりました。

 

「お掃除、完了です」

 

 ◆◆◆

 

「大丈夫ですか? 弱いのに無理をしてはいけませんよ?」

 

「は、はい……すみません……」

 

 ここは私の部屋。後始末を組織に依頼して、こっそり課長を連れ込んだのです。

 今頃は専門の「業者」があの部屋をキレイにしていることでしょう。薬物の出どころもいずれ判明するはずです。

 

「敬語なんて必要ありません。私たちは上司と部下ですよね?」

 

 傷の手当てをしてあげながらニコリと微笑むと、包帯だらけでベッドに横たわる課長が居心地悪そうにしました。

 

「は、はいっ、わ、わかったっ、わかったよ……ヨルくん……」

 

「ええ、それで結構です」

 

 ……まるで怯えた小動物みたいで、とても可愛らしいですね。このまま食べてしまいたいくらいです。ついつい包帯を巻いた指を唇に押し当てて、歯で甘く噛んでしまいます。

 

「あ、あの、その、手……」

 

「うふふ……」

 

 ほとんど家具もない部屋ですが、絶対に課長を入れたくなかった私の聖域。

 でも、今日からは違います。淋しかった部屋の空気に課長の体臭が混じっても、不思議と嫌な感じがしません。いいえ、それどころか……。

 

「ねえ、課長? どうして私を好きになったのですか?」

 

「そ、それは……」

 

 少しいじめたくなって尋ねれば、課長は顔を真っ赤にして口ごもりました。もう、往生際が悪い。私は課長のお腹に手を当てて、ちょっと圧をかけてあげました。それだけで情けない声を出して震えます。ああ、面白い。

 

「ひっ!? や、やめてぇ……!」

 

「早く教えてくださいよ~。私も知りたいんです。あなたが私なんかを好きになってくれた理由が」

 

 自分で言うのもなんですが、市役所での私は浮いた存在です。ただ正体を隠すため、波風立てずに人間関係をやり過ごす「個性的」な職員。

 

 そんな私に好意を抱く人間がいること自体信じられませんでした。しかもその相手がよりによって自分の上司だなんて! 

 

「うっ……うう……」

 

「教えてくれないと、こうですよ? ふふっ」

 

 再びお腹を撫でてあげました。手のひらから伝わる内臓の感触はとても柔らかく、力加減を間違えれば殺してしまいそうです。それが楽しくて面白くてたまりません。

 

「うぁあっ……! き、き、君が書類を拾ってくれて、その時に手を握ってくれたんだっ! ぼ、ぼくはその日から君の事が頭から離れなくなってっ! き、気づいたら君を好きになっていたんだっ!」

 

「……えっ? それだけ? 手を握って、えっ、たったそれだけのことでですか……?」

 

「……うん」

 

 恥ずかしそうに頷く、四十歳で小太りで頭が薄くて包帯まみれのおじさん。でも、その仕草は幼い少年のようでした。

 

(ああ、この人、本当に私のことが好きなんだ)

 

 笑われるでしょうか。子供のような理由で恋をされて、それが不思議と嬉しくて、胸が切なくなるなんて。

 

 でも、笑わないでください。私は二十七歳まで恋を知らずに生きてきました。こういうものなんだと、今ここでインプットされてしまったのです。

 

 疑う気持ちはカケラも湧きません。だって課長は、私のために傷つき、私のために涙を流してくれたのですから。

 

 ただ、でも。

 

「……だからって、私を脅して犯した事実は消えませんよね?」

 

「うぐっ!?」

 

 ギクリとした様子の課長に顔を近づけます。私の吐息が頰にかかると、ビクビク震えていました。……やだ、可愛いです。すごく可愛いです。だからもっと虐めたくなります。

 

「じゃあ課長。今ここで、もう一度私を脅迫してください」

 

「……へっ」

 

仕事(ころし)、また見られちゃいました。私、あなたの口封じをしたいのですが?」

 

 にっこりと笑ってみせます。課長は怯えきった表情で硬直していました。それでも目を離さないでいてくれることが嬉しかったです。

 

「さあどうぞ。私の弱みを握って、脅して犯して、無理やり従わせてください。抵抗できないように縛っていただいても構いませんよ?」

 

 ベッドに上がり、一枚一枚ゆっくりと脱いでいく様をしっかりと見せつけます。ブラジャーを外す時にはわざと胸を揺らし、パンティに指をかけてスルリと脱ぎ去る時には脚を広げてあそこを見せつけるようにします。

 

「う、うおっ、うおっ、うおっ……!」

 

「あはっ、すごい目……っ」

 

 下着を全て取り去った私は一糸まとわぬ姿で課長の上にまたがります。そして、彼のシャツに手をかけると、ボタンを引きちぎるようにして脱がせていきました。

 

 次第に、課長の呼吸が荒くなっていく。ギラギラとした目が私の肢体に釘付けになり、熱い視線が女の芯を炙るようです。

 

「……! ば、ばらされたくなかったら……!」

 

「そう、それです……!」

 

 ああ──ゾクゾクします。この官能は、忌まわしい薬物の後遺症だけではないと信じたいです。

 

 これから私は、どんな風に汚されてしまうのでしょう? きっとあの、

 

 テントのように張り詰めたズボンの下にある、

 命の危機でビンビンに勃起している肉棒が、

 私のナカを抉って貫いて掻き回して、

 子宮の中にたっぷりと熱い精液を吐き出して、

 そして──ああ──とっても楽しみです!!

 

 私、ヨル・ブライアは、生まれて初めてセックスの予感に心を躍らせていました。

 

(続く)

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