俺は今、進路をどうするか悩んでいる。
俺は愛知県・名古屋市在住のしがないフリーター、岩馬雷児。
そんな俺は今、悩んだ状態で家の近くのスーパーマーケットにてパート業務を行っていた。
俺が所属しているのは青果部門。野菜や果物を取り扱う部門で、スーパーマーケットの顔ともいえる部門だ。
「ふぅ……」
商品棚に陳列された野菜と果物を見つめながら、ため息をつく。
ここ最近ずっと同じことばかり考えている。
――このままでいいのか? 俺は、このスーパーでパート社員から正社員になるお誘いを受けていた。
なんでも、俺が正社員並みに動いてくれるので、よければぜひ来てほしい、とのことらしい。だが、その話を受けるかどうかも迷っている状態だった。
「聖マリア国際高等学校」の学園祭に行くまでは。
俺は、現在同棲している天川財閥のお嬢様、天川三月の通うその高校の学園祭に足を運んだ。
そこで催し物などを楽しんだ。そしてこの学校の一大イベント「聖女の祝祭」にも参加した。
この「聖女の祝祭」、聞くだけではなにやら神聖な雰囲気があるようだろう。だが実際は、この学校に通う女子生徒による、パンツを丸出しにしてランウェイを歩くなどといったパフォーマンスなどが繰り広げられたり、最後には他所のお偉いさんと性交をしてしまうといった、なんとも淫らな行事だった。
俺は、岩馬の道場主の息子と言うことで、急遽VIP席での参加となってしまった。
その帰りに、学校内の保健室にてかつてお世話になった神城雪恵さんと、この学校で極秘裏にパンツを丸出しにして超人化する少女の研究をしている君島アラン博士に出会った。
そこで、彼らから「君島博士の手伝いをし、なおかつ天川の双子たちの護衛をしてほしい」との依頼が来た。
報酬は弾んでくれるし、天川財閥が絡んでいるのでその報酬もとんでもなく高価にするとのことだった。
正直なところ、俺は迷っていた。
今の仕事を正社員になり引き続き行うか、それとも、高価な報酬を得ながら三月たちと一緒にいるのか…。
最大の選択だった。
しかし、いつまでも保留しておくわけにもいかない。答えを出す日は刻々と迫っている。
今もこうして…。
「すみませーん」
ん?なんだ。聞こえてるけど、聞こえないなぁ…。
「すみませーん!」
大声でまた呼びかけられた。うるさいなあ……。誰だよ。
声の主の方を振り向くとそこには、女性客がいた。
「……はっ!どうされましたか……?」
俺は考え事をして、その客の存在に全く気付かなかった。ふがいない。
「あ、すみません。トマトってどこですか?」
どうやらその女性はトマトを買いに来たようだ。俺はすかさず案内をする。
「はい、こちらになります」
俺はその女性に近づき、丁寧に場所を教えてあげた。
女性はパックに詰められたトマトを買い物かごに入れて、野菜売り場を後にしていった。
俺はため息をついた。いかん。考え事で仕事に精が出てこない…。
今までは何事もなくやってきたが、今回の件を受けて、自分がどうするべきなのか分からなくなっている。
それに、天川姉妹の護衛についても、どこまでやるべきか、というのもある。彼女らはお嬢様だ。
彼女らの身に危険が及んだときに守れるかどうか不安だ。
いくら武術・剣術を会得しているとはいえ、守るものの大きさがだいぶ違う。
彼女たちの顔に泥を塗らないような男にならなければならない。
「う~む……」
俺は野菜コーナーの整理をしながら、考え込んでいた。
―――
夕方。バイトとして入っている三月が出勤してきた。
学校から直でやってきている。
長い白銀色の髪はポニーテールにしてまとめ、黒い縁の眼鏡をかけている。
普段は裸眼なのだが、バイトの時は決まって眼鏡をかけて雰囲気を変えている。
眼鏡をつけるとかわいいのは無論だが、知的な雰囲気も醸し出す。そんな彼女も魅力的である。
「じゃあ今日も頼むね」
「はい」
俺達は仕事にとりかかる。俺は18時半ぐらいに退勤、三月は閉店までの勤務となる。
いつものように淡々と仕事をこなした。
三月の仕事ぶりはいつ見ても感心させられるものがある。手際がよく、ミスもほとんどしない。俺よりも年下なのによく働く子だと思う。
そんな彼女には弱点という弱点はないんだろう。
成績優秀でスポーツ万能らしい。おまけにモデル体型だ。欠点がない。それが彼女の特徴であり魅力でもある。
「ねぇ雷児さん」
「ん?」
突然話しかけてきた。
「なんか最近思いつめた顔してますけど…。どうしましたか?」
三月に俺の表情を見られてしまった。表情が顔に出ているせいか、心配させてしまったんだろうか。
俺はあわてて笑顔を作る。
「いや。なんでもない」
「本当ですか?悩みごとがあるなら相談に乗りますよ」
本当にこの子は優しいな。
だが、これは俺の問題だから、あまり迷惑をかけるわけにはいかない。
「大丈夫だよ」
「そう……ですか」
納得したのか、それ以上は追及してこなかった。
あまり考えすぎてミスをしたらいけないな。俺は一瞬我に返り、残りの作業に取り組むのだった。
自宅であるワンルームマンションで三月と一緒に食事をしているときだった。
食べているのは、スーパーで買った総菜とインスタントラーメン。どちらも半額だったものだ。
食事中、俺はまた考えていた。
正社員になるか、護衛になるか…。答えを出しても、悩んでまた迷ってしまう、その繰り返しが毎日のように続いていた。
俺は、醬油ラーメンのスープをすする。いい匂いだ。
テーブルの向かい側に座る三月は、うどんをちゅるりと口に運んでいく。
そんな三月が、俺の顔をまじまじと見ている。
いかん、また顔に出てるところを見られた。
「んー…」
三月が少しうなり声をあげる。俺はひやりとする。
どうしたらいいんだ。三月がなにか言ってくるんじゃないかとドキドキしていた。
すると三月は言った。
「やっぱり何か隠してるんじゃないですか?雷児さん」
やはり見抜かれているのか?そうだ。ここは敢えて…。
「ああ、悪い。ちょっと働きすぎて疲れたんだよ」
俺はとりあえず体調が優れないことを言ってみる。本当はそこまで疲れてはいないんだが…。
三月は深く追及するかと思いきや、あっさりと引いてくれた。
「ふーん……。じゃあ早く寝てくださいね」
「おう……」
彼女は麺を箸で持ち上げ、ずるずると口に入れていく。
俺はほっとした。
「ごちそうさまでした!」
「はいよ」
俺より先に、三月の方が完食して食器を流しに持っていく。
俺はまだ半分以上残っているラーメンを前にして考える。
どうするべきか。俺は一体どうすればいいんだ。
「さて、洗い物しますか」
三月はエプロンをつけて腕まくりをする。ジャーッ、と、水道が流れる音が廊下から聞こえてきた。
キッチンは廊下に併設されている。
俺は、三月が洗っているので、テレビを見ることにした。
バラエティ番組を見ているのだが、どうにも頭に入らない。内容が入ってこなかった。
ただぼーっと眺めているだけになっている。
このままでいいのか、俺…。
私の名前は天川三月。今は岩馬雷児さんというフリーターの方の家にお世話になっている。
なぜこうなったのかというと、父からいきなり、あの男の監視でしばらく一緒にいろと言われたからだ。
父は天川財閥の会長をしている。その父が言うのなら、私は従うしかない。
監視と言っても、ただ普通に生活をして、あの人を監視するだけだと思っていた。
でも、違った。
彼は、私の身の回りの世話までしてくれていたのだ。
掃除や食事の準備など…。
私も世話になりっぱなしも悪いので、手伝いは頻繁にした。また、あの人の監視をする以上、仕事はどういうことをしているのかも気になったので、バイトも始めた。
雷児さんが手取り足取り教えてくれて、今ではすっかり仕事が板についてきた気がする。
そんな雷児さんが最近思いつめたような顔をずっとしているような気がする。
あれは学園祭が終わったあとだった。
私がマンションや職場のスーパーで雷児さんの顔を見ると、何やら悩んでいるかのような顔をしているような気がしてならない。
何か悩み事があるのかを聞いても「体調が少し悪いだけ」と言ってくるのだが、本当に体調が悪いのだろうか。
父は君島博士の友達らしく、今回の岩馬さんの監視はあの人が絡んでいる。
君島博士とともに仕事をしているとされるカメラマンの青年、黒金誠司さんから岩馬さんの連絡先を教えてもらった。
『もし彼が困っていたら助けてあげてほしい』と言われて。
そして、父の命令通り、彼をしばらく観察していたが、特に怪しいところはなかった。
怖そうな雰囲気もないし、率直に言えば凡人だが優しい人、といった感じだ。
空き時間にゲームをしているので、一般的な庶民的感覚もある。
私は、あの人を信用している。
彼のおかげで生活できているといっても過言ではないだろう。
もし仮に親元や財閥を離れて一人暮らしをすることになれば、この家の経験が活かせるだろう。
自分で料理も作っているし。
そんな私は今、保健室にいた。
特に体調が悪くてここに来ているのではなく、ある人物と話をするためだ。
その人こそ、この学校の学校医である、神城雪恵先生だ。
ウェーブがかった黒くて長い髪と、谷間を強調したシャツを着て、その上に白衣を羽織っている。
黒いミニスカートとストッキングが性的意欲をそそられそうだ。
「珍しいわね、三月ちゃんが私にひとりで相談だなんて」
雪恵先生はそう言いながら、椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。
「はい……。実は、同棲している男の人が、何やら曇った顔をずっとしていて。それでだめもとで先生に相談に来たんです」
「なるほどねぇ……」
私は雷児さんの名前を出さなかった。出したところで「誰?」と返されるのはわかっていたからだ。
すると、雪恵先生からこんな提案があった。
「雷児君のことかしらね」
「えっ!?」
私は驚いた。まさか雷児さんが雪恵先生の知り合いだったなんて…。
雪恵先生は見た感じかなり若々しい。この見た目でまだ20代くらいはありそうだが…。
雷児さんで現在23歳だ。
「雷児さんの名をなぜ知っているんですか?」
私は率直に質問をした。
「だって、昔はあの子の親代わり…みたいなものだったからね」
「はぁ」
親代わり?雷児さんの母親のようなものなのだろうか、この人は。
雪恵先生が話を続ける。
「あの子は確か8歳くらいにお母さんを亡くしてね。雷児くんのお父さんから、こいつらをかわいがってくれって言われたのよ」
「そうなんですか……」
8歳の頃ということは15年前くらいになるのか。
私がまだ2、3歳のころだ。
「よく家に上がり込んでお菓子なんかを作ってふるまったんだけどね」
「へぇ……」
「たまに遊びに来て、遊んであげたこともあったんだよ」
意外だった。こんな人が、同棲している男の人のお母さんのような存在だったなんて。
そんな話を一切教えてくれなかった。まあ、簡単に話してくれるとは思わないけど…。
「あと動物園とかにも行ったっけ…。あの子たち覚えてるかしら」
「あの子たち?」
「ええ。お兄さんと弟くんね」
「お兄さんと弟さんですか」
雷児さんには兄弟がいるそうだ。3兄弟か。
でも、なぜこの人は雷児さんのお父さんと再婚して一緒にいてあげなかったのだろう?
それはおいておこう。ここに来たのは、雷児さんの悩んでいることで来たのだから。
「えーと、話を戻すんですが、岩馬さんが悩んでいるかもなんです」
「ふむ……。何かあったのかしら?」
「それがわからないんですよ。何もないかのように振る舞っていて。でも明らかに様子がおかしいというか……」
「そうねえ…。これはあなたに話しておくべきかしらね」
そう言うと、雪恵先生からこんなことを告げられた。
「単刀直入に言うね。あなた、雷児くんのこと、どう思ってる?」
「えっ?ああ、まあ、いろいろお世話してくれる、優しいお兄さんだと思うんですが」
私は目を丸くした。すると、雪恵先生から飛んできた発言は…。
「じゃあもっと深く話そうか。異性として好きかどうか」
…………はい?
「あの、どういう意味でしょうか」
「そのままの意味よ。恋愛感情を抱いているのかなと思って」
「はぁっ!?」
私は顔が真っ赤になった。確かに一度だけだが、先生にもらった薬を飲んで、抱いてもらったことはあったが。
あれは不意打ちだった。
「ちょっと待ってください!なんで急にそんなこと聞くんですか!」
「あなたがあの家に来て、何かが変わったかどうかを聞いただけ。大きな豪邸暮らしのあなたでも、生活環境さえ変われば何かしら変化はあるでしょ」
「で、でもそれとこれとは…!」
「じゃあ聞くわ。あの人との生活は楽しい?」
「そ、そりゃあ……」
「それだけじゃないわ。あの人がいないと寂しい?」
「そ、それはもちろんですが……」
「あの人と一緒にいるだけで幸せな気持ちになったりする?」
「う、うん…」
私は突発的に肯定してしまった。
「そうよね。やっぱりそういうことなのね」
「あっ……」
「ごめんなさいね。試すような真似をしてしまって」
雪恵先生は謝ってきた。
「で、でもどうしてそんなことを……?まさか、私の心を読んで……」
「学園祭の終わりの時に、黒金くんに連れてきてもらって、話をしたの。あなたたち双子の側にいて、仕事をする気はないかって」
「あ、だから…」
点と点がつながったような気がする。
雷児さんは、自分の進路で悩んでいたのだ。
パート社員から正社員になるか、はたまた私たちを守る仕事をしてくれるのかを…。
「で、彼は何て言ってましたか?」
「時間をくれって。正社員になるか、こちらにつくかを考えたいって」
「そうですか……」
雷児さんは迷っているようだ。私としては、複雑なところだ。
君島さんたちのお願いを蹴れば、私は実家に帰らなければならない。となれば、また豪邸暮らしに逆戻りだ。
自分で掃除や食事の用意はしなくてよいが、やはり家事全般ができないのは不便である。
私はしばらく考えこんだ。そして、ある提案を雪恵先生にぶつけた。
「あの、雪恵先生。実はですね…」
俺はいきなり驚いた。
なんで驚いたのかというと、三月が急に俺とデートをしてほしいと言い出したのだ。
詳しいことは不明だが、突然だった。
まあ、別にいいんだが……。
「どうしたんですか?浮かない顔をしてますよ」
隣にいる三月から心配される。
「あ、ああ、いや……」
「悩み事があるなら聞きますよ?」
「なんでもないって言ってるだろ。それよりも…」
「あー、わたし支度してきまーす」
少し棒読み気味で着替えに行ってしまった。やれやれ。
俺も仕方なく、着替えをすることにした。
しばらくすると、着替えが終わった三月がリビングにやってきた。
白いTシャツに黒い上着を羽織っていて、ホットパンツを履いている。足には黒のハイソックスを履いていた。
「今日はどこに行くんだよ」
「私たちが決めます」
「なんだそりゃ」
俺はため息をつく。あと、何なんだ私「たち」って。この言い方だと俺たちで適当に決めてデートスポットに行くようなもんじゃないか。
すると、三月が話しかけてきた。
「あの、雷児さん」
「ん?」
「その、いろいろありがとうございます」
「は?え、ええ。いいってことよ」
急にお礼なんか言われても困ってしまう。
「おかげさまで、楽しい日々が過ごせています」
「それはよかった」
「はい。なので、今日はそのお返しをしたいなと思いまして」
「な、なるほどな」
「で、どこに行くんだ?」
「とりあえず家出ましょうか」
彼女に言われるがまま、部屋を出て、エレベーターに乗り、1階のエントランスにたどりついた。
エントランスに着いた。ここにはマンションの住民のポストがある。
それはどうでもいいとして、そこにいたのは…。
「遅かったわね」
三月…ではなく、彼女の双子の妹、弥生だ。
三月とほぼ同じような顔だ。白銀色の長い髪と、それを彩る可愛らしい青いリボン。
服装は、頭部に黒いベレー帽と、水色の長袖のブラウスに、紺色のミニスカートという格好だった。
あと、黒いフード付きの上着を羽織っている。
「なんでお前がいるんだよ」
「え?だって、デートするんでしょ?だったらあたしもついていかなくちゃと思って」
「えっ!?」
俺はただただ驚いていた。デートをするのは三月と弥生、つまり双子一緒にということだった。
普通は男1人と女1人でやるもんじゃないのか?
だが、こういう形のデートもいいのはいいんだろう。
「じゃあ、行きましょうか」
「そうだな……」
こうして、3人でのデートが始まった。
まず最初に向かったのは、動物園だった。
双子たちの要望で、俺は車をそこへと走らせた。
この動物園は植物園も併設された動物園なのだが、この動物園には、スカイタワーという展望塔がある。
このスカイタワー、ただの展望塔ではなく、名古屋市民の生活に欠かせないものとなっていた。
このスカイタワーから眺める景色は絶景そのもの。
晴れている日ならば、遠くの山々まで見えるし、名古屋の街を一望することもできる。
また、夜になればライトアップされてとても綺麗な光景が見られるのだ。
そんなわけで、俺たちは車を走らせていたのだが……。
「おい、弥生。ちょっと近くないか?」
「そうかしら?」
助手席に座っている弥生との距離が近いのだ。
「もっと離れろよ」
「どうして?恋人同士ならこれくらいの距離感が普通だと思うけど?」
随分と攻めている感じがするな…。『聖女の祝祭』のときにはっきりと「大嫌い」とか言っていたくせに。
弥生の言葉には少しツンの波動が感じられるが、どこかうっとうしくない感じがする。
三月に似ているというのもあるが、やはり双子だからだろうか。
それにしても、この2人は本当に似ている。
後部座席の三月のほうを見ると、彼女は微笑みながらこちらを見ていた。
「どうかしたか?」
「いえ、なんでもありません」
「変なやつだな……」
俺はまた前を向いた。運転に集中しよう。
自宅のマンションから動物園までは遠くはない。
車で30分ほどで到着した。
駐車場に停めて、俺らは園内へと入っていく。
チケットを買って中に入ると、たくさんの動物たちが出迎えてくれた。
「わぁ~!可愛いですね!」
三月が目を輝かせて喜んでいる。
「おお……。これはなかなかすごいな……」
俺は久々にこの動物園に足を運ぶこととなった。
子供のころに来たことはある。
天川の双子が通う『聖マリア国際高等学校』で学校医を務めている女性、神城雪恵と一緒に、兄弟と親父と来たことが。
まさかあの日、雪恵さんにあんな形で出会うとは…。
それはさておき、この動物園には様々な動物がいた。
雄々しい鬣を持つライオン、オーストラリアでは有名な灰色の毛を持つコアラ、東京タワーのような長い首を持つアミメキリン…。
これらをはじめとした動物たちが、俺たちの前に姿を見せてくれている。
「雷児さん、こっちです!」
三月が俺の腕を引っ張ってくる。
「わかったから引っ張るなって」
「いいじゃないですか。ほら、早く」
「はいはい」
俺も楽しかった。こんな風に誰かとデートをするのは久々だったからだ。
三月に腕を引っ張られ、俺はついていく。
「ああもう、二人ともイチャイチャしないでよ…」
弥生がぶつくさ言いながらもついてくる。
三月に連れられて俺たちがやってきたのはゴリラ棟だ。
ここにはこの動物園の顔ともいうべき存在がいる。
「おお、こいつか」
俺たちの目の前に現れたのは、一頭のゴリラだ。黒く輝いた毛、筋肉質の身体をお持ちだ。
そんなゴリラの顔をよく見ると、どこか顔が整っているようにも見える。
普通のゴリラだと、なぜかふてぶてしさが感じられるのだが、この動物園のゴリラはそうではなかった。
「SNSとかでイケメンとか話題になってるけど、ほんとにそうじゃない」
弥生がどこか感心したような顔をしていた。
「雷児さんは興味がないんですか?」
「まあな。あんまりそういうことに興味ないし」
「あら。意外ね」
弥生が首を傾げていた。
俺はそのゴリラを見ながら言った。
子供のころは図鑑とかよく見て、動物園とかに行って実物を見たときはあんなに興奮していたのに、今ではめっきり興味がなくなってしまった。
歳のせいなんだろうか。
俺たちはゴリラ棟を後にし、次に向かったのはスカイタワー。
ここで名古屋の街を見渡せる絶景を堪能していた。
「おお……すっごいな……」
エレベーターで展望台へ上ると、そこには名古屋の街が広がっていた。
名古屋のシンボルである名古屋テレビ塔も見えた。
名古屋の街並みを眺めながら、俺は呟いていた。
「綺麗……」
三月と弥生がうっとりとしている。
そんな二人をよそに、俺は塔の中を探索していた。
すると…。
「ん?『恋人の聖地』?」
なんとそこには変わった部屋があった。
真ん中の柱に『恋人の聖地』と書かれたプレートがあり、端のほうには多くのハートマークの紙が赤い糸で結ばれている。そして、柱には小さな鐘が取り付けられていた。
「これは一体なんだ?」
俺は不思議に思った。
「ああ、それはね……」
声がしたので振り向くと、そこにいたのは弥生だった。
「弥生?」
「ここはね、恋人たちの誓いの場って感じのところね」
「ほお」
スカイタワーの中には入ったことがない。だからここにどんなものがあるのか知らなかった。
「なんか面白そうだな」
「えっ!?」
弥生が驚いている。
「どうした?」
「いや、別になんでもないけど」
「そうなのか?じゃあいいか」
俺はまた歩き出した。
その後ろから弥生がついてくる。
「ねえ、雷児」
「何だよ?」
「どうして、そんなに平然としてられるの?」
「んん?さあ。なんででしょうね」
俺は敢えて答えを言わなかった。将来のことで悩んでいても仕方がないからな。
こうして、動物園を歩き回っていると、すっかり夕方に近い時間帯になっていた。
次に向かったのは、手羽先の店だった。
ここを選んだのも三月たちだが、どうしてそこを選んだんだろうか?
手羽先をはじめとする食べ物は食べられるとして、お酒はまだ飲めない年齢だ。
俺たちはとりあえずまず手羽先を頼んだ。俺だけビールを頼む。
「おお、美味しいなこれ」
俺はスパイスの効いた手羽先に舌鼓を打つ。
ビールが進むいい味だ。
「うぅ…。辛い…」
弥生には辛すぎて少々合わない模様だ…。もしかすると辛いのは苦手なのかもしれない。
追加でチャーハンや唐揚げなどを頼み、それを双子たちは食べていた。
今日の飯代は俺のおごり。フリーターの身分であっても、デートなので妥協はなしだ。
「ふう……。食ったなぁ」
俺は腹をさする。
「はい……。でも、ちょっと苦しいです」
三月が苦笑いしながら言った。
「私も結構きたわ…」
おいしく食べたものの、弥生は手羽先の辛さにまいっていたようだ。
俺たち3人は、こうして夕食を満喫したのだった。
…車で来たのに、なんで酒を飲んでいるかって?
安心してほしい。三月が勝手に名古屋駅近くのホテルを予約したので、俺はそのホテルの駐車場に車を止め、ホテル近くの店にいるってわけだ。
頼んだホテルはビジネスホテル。チェーン展開しているようで、今では日本のあちこちにあるそうだ。
既にチェックインは済ませ、外に出ている。
「今日は楽しかったですね」
「ああ。俺も楽しかった」
「本当ですか?」
「ああ」
「嬉しい!」
三月に抱き着かれる。
「おおっと」
「ふふふ……」
彼女は嬉しそうに笑っている。
「ちっ…」
弥生が何かを言いたげに俺たちを見る。
「あ、悪いな」
俺はそんな弥生に声をかける。
「ありがとう、弥生」
「ふん……」
弥生はそっぽを向いてしまう。どうやら機嫌が悪いらしい。
お腹いっぱいになった俺たちは、チェックインしたホテルへと戻ったのだった。