ここはとある場所にある、謎の施設の内部。
黒いサングラスを目に付けた、外国人風の男が廊下を歩いている。
その男は黒い軍服のような服を身に纏っており、その服にはエンブレムがつけられている。
肌の色は黒く、まさしく真っ黒といった風貌だった。
「……」
彼は無言で、目の前の扉の前に立つ。男が扉の前に立つと、シューッ、と音を立てて、扉はスライドして開いた。
その部屋の中には複数のモニターがあり、そのモニターの前には一人の女性が立っていた。
女性は白衣を着ており、髪は青みがかった黒色をしている。
顔立ちは非常に整っており、どこか幼さを残している顔であった。
背はあまり高くなく、見た感じでは年齢は女子高生くらいといったところだろうか。
「あら、お帰りなさい、アレク」
その女性が、アレクという名の男性に声をかける。
アレクが、その女性に一礼して頭を下げた。
「タダイマモドリマシタ。ウミカサマ」
女性の名前は「うみか」というらしい。
彼女の名前は「村雲海花」という。
制服のような服装に白衣を羽織っており、どこか知的な雰囲気を漂わせている。
履いているプリーツスカートは短めだ。彼女はモニターを見ながら、何やら操作をしていたようだ。
「えっと…。君島アランは見つかったの?」
「ハイ。デスガ、ホカクニハイタリマセンデシタ、モウシワケゴザイマセン」
アレクは海花に謝罪をした。
しかし、海花はそんなアレクをとがめることはしなかった。
「いいよ。君島の存在がわかっただけで、それだけでもいい収穫だった」
海花の言葉を受けて、アレクはこくりと首を縦に振った。
「ところで、君島以外にも気になる奴はいなかった?」
海花のその発言を受け、アレクが反応する。
「ハイ。ヒトリハワカイオトコヒトリ。モウヒトリハ、テンカワザイバツノレイジョウ、フタゴノアネノホウデシタ」
アレクは、海花が探し求めているという科学者「君島アラン」の捕獲目的で、名古屋のとある町へと降り立っていた。
そこで、君島をかくまっているであろう、男と女に遭遇したという。
女の方は目星がついていた。天川財閥の令嬢、天川三月だった。
白銀色の長い髪を青いリボンで彩った、美しい美少女。聖マリア国際高等学校に通う、成績優秀、スポーツ万能の女子高生。
もう一人いた男は…。アレクはわからなかった模様。
「天川三月か…。庶民の生活などし始めて、何のつもりなのかな」
海花は少しいら立っているような顔で、モニターを見つめている。
「まあ、それはいいとして……。それで、もう一人の男については何か詳しい情報は?」
海花からそう尋ねられ、アレクはその問いに対して首肯した。
「ソノモノハ、ワタシノシルカギリデハシラナイオトコデス」
アレクは本当にその男が誰なのかを知らなかった。海花も、これ以上追及して情報を汲もうとしても仕方ない、と判断したのか、アレクのところまでいき、
「そうか。ありがとう。その気になればいつでも君島は捕まえられる。ご苦労さん」
と、彼の肩をポンと叩く。すると、アレクの姿はシュンッ、と一瞬にして消えてしまった。
海花はそれを見届けると、ふうっ、とため息をつく。
「それにしても……。まさかあの男は岩馬家の…?」
海花が発した「岩馬」の名。まだ謎は多そうだ。
海花は再び、作業をしていたモニターの前に戻り、作業を再開したのだった。
俺は名古屋市在住のしがないフリーター、岩馬雷児。ついに今日、あの娘がこの部屋を出て行ってしまった。
あの娘の名というのは、「天川三月」。天川財閥出身のお嬢様だ。双子の姉の方だ。
彼女は俺を「監視」の名目で俺と同棲し始めたのだが、その真の目的というのが、三月の護衛に相応しい人間かどうかをみきわめるためだったそうだ。
俺はその仕事に就くことになった。今働いているスーパーマーケットは今年の3月末までで、4月以降は本当に天川の護衛をする仕事をすることとなる。
まだ実感はわかないが、刻々とその時間は迫りつつある。
三月は今まで通り学校に通いつつ、家では俺と家事をしていたりしていた。
そんな生活に慣れてきて、これからという時に、突然こんな形で別れることになるとは思わなかった。
俺は一人になった部屋の中で、ボーっとしている。
「……」
俺は終始、言葉を発さなかった。
いや、三月が出て行くまではしゃべってはいたんだが。
三月の荷物が無事に俺の部屋からなくなり、とうとう三月がこの部屋を出て行くときの話だ。
「それでは雷児さん、ありがとうございました」
三月が俺に向かって一礼をする。
三月の荷物整理には、俺と三月だけではなく、ここにたまたま来ていた怪しげな博士、君島アラン博士や、天川財閥のお手伝いさんも協力してくれた。
大人数で整理を行ったためか、予定より早く終わることができた。
だが、そんな最中に「招かれざる客」が来たので、俺も三月もその「客」をもてなしていて、時間がロスしてしまったのだが。
「楽しかったぜ。また遊びに来い」
俺はそう言って、玄関で靴を履いている三月に話しかけた。
「はい! 必ず!」
三月は満面の笑みを浮かべて、俺にそう返事をした。
「……あれ? 君島博士?」
ふと、君島博士の存在に気が付いた。彼は顔をちらっとのぞかせていた。
先ほどのあの外国人が君島博士を狙いに来ていた。下手に目だったらまた襲撃が来そうなので怖いのだが、いま、俺の部屋の中にいるのだから、目立つということはなさそうなのだが…。
そんな君島博士を見て、俺は少しため息をついた。
君島博士は出発直前の三月に、手を振っていた。先ほどのハイテンションはどこかにいってしまったようだ。
それも無理はない。あの男は本気でこの人を狙っていそうだったし。
「……」
君島博士が、無言で右手を上げ、親指を立てた。
そして、そのままサムズアップをして、笑顔を見せた。
「じゃあ、私はこれで。またどこかでお会いしましょう」
三月は俺たちに笑顔を見せて、部屋を出て行ったのであった。
ガチャン、と、扉が閉まる音がする。
「…頑張れよ」
俺はそう彼女にエールを送った。
残るは…。ここにこもっている状態の君島博士だけだった。
その君島博士はというと、勝手に俺の部屋にあった、コンソメ味のポテトチップスを開けてパリパリと音を立てて食べている。
まあ、これは本来三月が買ってきたものなので、俺としては気にはならなかったが。
さっきまであんなに地球が滅びそうな感じの空気を醸し出していた男と同一人物とは思えないほど、今のこの人はおかしな感じに戻っていた。
なんだろうな、この人は…。
「うーん! このお菓子はおいしいね~」
君島博士はニコニコしながら、ポテチを食べ続けていた。……なんか子供みたいだな。
まあ、普段からあんな感じなので、つっこむのも今更って感じだが…。
「パンツ」に関する研究をしてたら、そうなるか。…いや、元からそんな感じか?
「あ、えっと…。君島さん」
俺は彼に声をかける。
「どうした?君もこれが欲しくなったのか?」
口周りをポテトチップスのかけらで汚している君島博士が俺の方を見る。
「そうじゃなくて…。これからどうするんですか?また狙われそうですけど」
このまま一人で帰してもいいのだが、そうするとあの外国人の男にまた狙われそうだ。ついでにこの人、殺されるかもしれない。
そう不安に思っていた俺に、君島博士はこんなことを言ってきた。
「あ。黒金君を呼んでくれたまえ」
「え、黒金?」
黒金というのは、俺の友人でカメラマンの「黒金誠司」のことだ。
俺が三月や君島博士と出会うきっかけを作った男だ。
しかし、未だに黒金がこの人たちとかかわりがあるのかは俺もよくわからない。
君島博士は黒金に用があるようだ。俺は博士に言われるがままに、黒金に電話をしてみることにした。
自分のスマホを手に取り、黒金に電話をかける。
トゥルルルル…トゥルルルル…
電話の音がスマホから聞こえてくる。
ガチャ、と低い音がした。黒金が出てくれたようだ。
「おお、雷児か」
「ああ、いきなりすまない。俺だ」
久々に聞く友人の声だ。
「どうしたんだ?」
「それがな、君島博士が今家にいるんだが」
「博士が?なんでだ」
黒金のその声は疑問に満ち溢れていた。
「俺にもわからん。ちょっと君島博士が俺に電話してくれって言われてなあ」
「ん?自分からかけないなんて、何か意味ありだな」
「そうなんだ。実は、話せば長くなりそうなんだが、黒い軍服を着た、黒い外人のおっさんがこの辺の近くに来ててな、博士を探してるらしい」
俺の話を聞いた瞬間に、黒金は黙り込んでしまった。
「……わかった。すぐ行く」
「悪い、助かる」
俺はそう言って、通話を終了した。
「で、どうだった?」
君島博士が俺に話しかけてきた。
「こっちに来てくれるみたいです。少し時間がかかりますんで、ゆっくりしていってください。あ、あと、窓を開けたり、勝手に外に出たりしないでくださいよ」
「わかっとるよ」
俺の忠告を聞いているのか聞いていないのか、君島博士はポテトチップスをつまんでいた。
相変わらず気楽だな、この人…。
まあ、これで一応安心できるかな? そう思い、俺は、三月の荷物整理で疲労した身体を癒すために、リビングにゴロンと寝ころんだ。
数分後。
ピンポーン、と、チャイムが鳴る。
誰か来たようだ。
「はいはーい!」
俺は玄関に向かって走った。
ドアを開ける。
そこには、友人・黒金誠司がそこにいた。
「悪いな」
俺は黒金に言う。
「いいってことよ」
黒金はニッコリと笑って答えた。
「まあ、上がってくれ」
俺の催促を受け、黒金は靴を脱いで俺の部屋へと上がる。
「お久しぶりですね、君島博士」
黒金が君島博士を見て言った。君島博士はポテトチップスを食べ終えて、テレビを見ていた。
「おぉ! 黒金君じゃないか!」
君島博士はやってきた黒金に手を振った。
「博士も元気そうで何よりです」
黒金も笑顔で答える。
「二人は知り合いなのか?」
俺は二人に訊いた。
「ああ。仕事でも世話になってる人さ」
「し、仕事?お前、カメラマンじゃ…」
俺は君島博士と黒金を見た。
「あぁ、博士の手伝いもしつつ、カメラマンもしてる人間なんだよ」
黒金は衝撃の事実を告げた。しかし、衝撃という言い方はおかしいかな。
「えぇ!?」
俺は思わず大きな声を上げてしまった。
「そうかあ。お前には言っていなかったっけ」
黒金は頭をポリポリ掻いている。
「この子はね、俺の助手なんだ」
君島博士が割り込んで話してきた。
「この子の撮影技術はすごいぞー。最新の機材を使って、精巧に撮影しちまうんだからなあ」
「ほぉ」
黒金がカメラでの撮影が上手なのは俺も知っていた。
大学に在籍しているときは、シマエナガを撮影した写真が雑誌に掲載されて、話題になったこともあった。
その後も黒金は何度かその撮った写真が大学の広報なんかに掲載されるようになり、それが功を奏し、プロのカメラマンへと進路を進めることができたそうだ。
「……そんなことはどうでもいいですよ。博士、一体どうしてここに?」
黒金が本題に戻した。君島博士は腕を組んで考えている。
「それはだねえ……。雷児くんの家に遊びに来たんだよ」
俺はその言葉を聞き唖然とした。いや、遊びに来たのか?
俺からすれば…。もうすぐこの人の助手と、三月の護衛をするための仕事をするから、それについてどう感じているか、確認しにきたとしか思えないのだが。
随分適当にいいやがって。
「そうそう、俺、この人の手伝いをすることになった。三月と弥生ともまた一緒にいれることになったんだ」
俺は黒金に報告した。
「『パンツ』の研究に携わることになるなんて、俺も変態だなあ」
「俺もだけど」
俺と黒金は笑い合っていたが、それをバカにしていると認識したのか、君島博士が、
「コラーっ!私の実験は、遊びじゃないぞ!」
と、怒鳴ってきた。
「はいはい。わかってますよ」
俺は適当にあしらっておいた。
「ところで、博士、これからどうするつもりなんですか?」
黒金が君島博士に話しかけてきた。」
「うむ。実は、あの男から身を隠して帰りたい」
君島博士はそう言った。
「できれば…。早いうちに帰してあげた方がいいかもしれん。またあいつがここに戻ってこないうちに…」
俺もそう言った。黒金が少しどこかうんざりした顔をしたが、
「わかった。だが、当分この人は俺の家であずかろうと思う」
「へっ?」
君島博士がすっとぼけたような声を発する。
「あいつらがとうとう動き出したんだ。しばらく様子を見て、ほとぼりが冷めたら普段通りにしようと思う」
「まあ、俺はそれでいいけど」
「私も賛成だ」
君島博士も同意した。
「よし決まりだな。博士、よろしくお願いしますよ」
黒金は頭を下げていた。
「ああ。こちらこそ、よろしく頼むよ」
君島博士は黒金の住居で隠れることになったようだ。
あの男が現れた場所から近いここよりも、あちらの方が安全だろう。
しかし、いつまでもつかわからない。それに、君島博士がこのまま大人しくしてくれるだろうか?
「博士、絶対に外に出たりしないでくださいよ。俺がいいって言うまでは」
黒金は君島博士に念を押した。
「わかってるよ」
君島博士は面倒くさそうに答えた。
本当に大丈夫かな?この派手なおっさんは隠れ身になるが、いつ勝手に動くかわからない。
こんな姿だから、何をしでかすか…。
こうして、君島博士は黒金の運転するプリウスに乗せられ、黒金の住む住居へと向かっていったのだった。
俺はマンションのベランダから、その様子を静かに見守っていた。
これであの博士が狙われないといいのだが。
しかし、なぜあの男は博士を狙っていたのだろう?
誘拐して、あの技術力を奪おうとしていたのか、はたまた殺すためだったのか。
考えれば考えるほど疑問が湧く。今は、とにかく博士の安全を祈るしかない。
というわけで、そんなこんなで、友人も、少女も、今後の仕事先の上司(といっていいのか?)も、ついさっきまでいたのだが、俺の部屋から出て行ってしまった。
俺はひとりぼっち。こんな生活が、また戻ってきたのだ。
久しぶりに、この部屋を独り占めできるというわけだ。
「うーん。やっぱり一人は最高だな」
そう呟いて、俺は誰もいなくなったこの部屋で、ゆったりとした時間を過ごしていた。