私は天川三月。
天川財閥の令嬢として生まれてきた。双子の妹に私と同じような顔をした、弥生がいる。
そんな私は、今、実家である天川の豪邸へと、リムジンで向かっていた。
ついさっきまで岩場雷児という男性の家にお世話になっていたのだが、それも今日で終わり。
荷物をまとめ、実家へと戻っていたのだ。
「ふぁ~あ……」
眠い目をこすりながら、大きなあくびをする。
リムジンの座席の座り心地がいいのもあったが、荷物整理をしていればさすがに体力を消耗してしまう。
普段から鍛えてはいるのだが、それでも慣れないことをすれば疲れてくる。
(でも……もうすぐ家に着くし)
そう思うと少しだけ元気が出てくる気がする。
それにこれからのことを想像すると、ワクワクもしてくる。
私は車窓から見える景色を眺める。
都会から少し離れていく光景が、車窓からわかる。
私の住んでいる豪邸は、少し都会より離れている場所にあるのだ。
しばらく景色を見ているうちに、リムジンは家の前まで到着していた。
運転手さんがドアを開けると、そこにはメイド服を着た女性がいた。
「おかえりなさいませ」
メイドが深々と頭を下げる。ロングスカートのエプロンドレスなんて、生で見たのはいつ以来だろうか。
いや、あの家に住み込んでいる間は1年も経っていないので、そんなにというわけでもないが。
「ただいま戻りました」
私もそのメイドに一礼をする。そして、私は豪邸の中へと入ったのだった。
そこには久しぶりに見た、豪邸内の豪華な内装が広がっていた。
私が生まれ育ったこの家は、日本でも有数の大富豪だ。
その財力には誰もが一目を置くほどだった。
その中で私を待っていたであろう、執事が私にこう話しかけてきた。
「お嬢様、旦那様とお母上がお待ちです」
「弥生は?」
「弥生様ですか。ご自分のお部屋です」
妹は自分の部屋か…。何をしているのだろう。
それよりも、母親がここに帰ってきているのが気になる。
彼女は何しろ、台湾の方へと行っていたのだ。
その目的は旅行ではない。私がいまいる場所は、財閥の豪邸。…となれば、海外の企業との大事な商談のためだと予想できる。
母も立派な天川財閥の人間だ。結婚してそちら側になったが、私達双子を出産した後も仕事をしている。
「わかりました。すぐに行きます」
私は執事に案内されながら、母親の元へと向かうことにした。
…………………………
「久しぶりね、三月ちゃん!」
母親はいつも通りの様子で出迎えてくれた。
青緑色のドレスを着ており、若草色の上着を羽織っている。
黒く長い髪に、整った顔つき。私が幼い頃から、あまり変わりのない美貌。若干しぼんだかもしれないが、それでも大きく豊かな胸。谷間が確認できる。
名前は天川月実。私の母親だ。
「はい。お母さんこそ、お帰りになってて…。予定よりも早く帰れたのですね」
「えぇ。意外と事が早く進んでね…。」
海外の仕事から戻ってきた母は、満足そうな笑みを浮かべていた。
その隣には、父がいた。名は、天川玄洋。
銀色の髪は短めのウルフカットになっており、頭頂部付近だけが長いアシンメトリーとなっている。
私達が産まれてから10数年経っているが、それでも若く感じるほどの男らしさと、男性特有の色気が醸し出されている。
黒い和服を身に包んでおり、座っている椅子には「雲切丸」と呼ばれている日本刀が、鞘に収められた状態で置かれている。 この刀は天川財閥が開発した、特殊な合金によって作られた日本刀だ。私は実際に持って振ったことはないのだが、なんでも凄い斬れ味を誇る代物なのだとか。
私は使いこなせなくても、雷児さんなら扱えるだろう。
何しろ彼は武術・剣術に精通している「岩馬」の血を引く人間らしい。
「三月…。よく帰ってきた」
父がそう言って迎えてくれた。
威厳のある風貌だが、温かみを感じる喋り口調だ。
私は安堵し、空いている椅子に腰掛けた。
元旦にも一度父と会った際に座ったときと同じ椅子だ。ふかふかした感触がどこか気持ちがいい。
「元旦に一度お会いしましたが、どこか変わりはありませんか」
「私はいつも通りだ。優しいな、三月は」
はっはっは、と父が笑っている。相変わらず笑い方は変わっていない。それが父親というものなのか。
しかし、父は仕事のことになると厳しい面を見せることもある。それは家族でも例外はない。
「それで…。雷児くんはうまくやってくれそうなのか?」
「はい。もちろんです」
父の質問に、私は答えた。
完全な形で家に帰ることはできたが、財閥の人間として父と話すのは変わらずどこか緊張する。
しかし、私の護衛をしてくれる雷児さんも、財閥ではないが、似たような家系なのは確かだ。
武術の伝承を代々続けている家柄らしく、そうした厳しい家訓に耐えて生きてきたのだろう。私はその家の人間ではないので、わからないのだが。
「そうか。それならば安心だ」
「それと……。あとひとつ、聞きたいことがあるのですが」
「言ってみろ」
父が反応する。
母も私の今から話す内容に興味を示している様子を見せた。
私が父に聞きたい話…。それは、今日、雷児さんの住むワンルームマンションの近くの公園に、謎の男が現れたことだ。
その男は黒い肌の外国人で、黒い軍服を身に包んでいた。
その男は、なんでも君島アラン博士を探しているそうで、探して見つけ、何をやらそうとしているのかはわからなかった。
それどころか、聞き出そうとした私と雷児さんに襲いかかったのだ。
しかもその男、片手を剣に変形させてきた。普通の人間ではないのは確かだった。
「片手を剣のようなものに変化させた、外国人の男…。今日遭遇したのですが…。」
こんな話し方で通じるのだろうか。私は悩んだ。
それもそうだろう。こんな話、馬鹿げているとしか思えない。
ましてや、財閥を束ねる父が聞いたら、何を言い出すかわからない。
叱責されるのを覚悟した。…が、意外な答えが返ってきた。
「なるほど…。とうとう動き出したのか」
何やら思いつめたような声だった。「え……?お父さん、何か知っているんですか!?」
「あぁ。実は最近、怪しい黒い人物が名古屋で目撃されている、という情報があったのだ」
「え……?」
私は驚きを隠しきれなかった。
まさか、それ以前にあの男が確認されていたなんて、思いもしなかった。
名古屋か。大阪や東京などではどうなんだろうか…。
「確か…。奴は君島が開発していたであろう、バトルアンドロイドのはず」
あの不気味な外国人が、アンドロイド…。つまり、所謂人造人間ってこと?
「アンドロイド…?」
「ああ。お前や弥生が履いているその下着…。それを開発したのは君島アランだが、やつはその前にも発明品を作っていたそうだ」
父が苦い顔をして答えてくれた。
「お前たちが身に着けている、超人的な力を発揮するパンツ。君島の傑作とされているが、それ以前にも傑作はあった。だが…」
「だが」
私は神妙な顔をして父の顔を見る。
あの男がアンドロイドなのはなんとなくわかったが、次の情報を聞きたいところだ。
雷児さんもあいつに目をつけられて、危ないかもしれない。そう思った。
「パンツの素材が異界からの材料だけなのはわかっているだろう。そいつも、異界からの材料を寄せ集めて作られた存在だった」
私が今履いているパンツ。白くてシンプルな下着だ。ズボンやスカートを脱いで丸出しにした状態になれば、たちまち超人になれてしまう。
怪力は発揮できるし、突風を起こしたりできる。この力を作り出したのは、紛れもなく君島アラン博士だ。
「それがどうして、生みの親である君島博士を狙っているのでしょうか」
「さあな……。ひとつだけ可能性があるとすれば、何者かにアンドロイドのメモリを操作されて、君島を狙うようにプログラムされたと思われる」
「はぁ」
アンドロイドの脳内…。恐らく、記憶や記録を保存する部分があるはずだ。
そこに誰かが細工をして、博士を襲うようになってしまったということか。
「プログラムを書き換えた存在が特定できれば、こちらでも動きやすく行動できるのだがな」
「一体誰が、あのアンドロイドを操ったのでしょうね」
「それはわからない。あ、三月、ひとつ聞きたい。お前もそいつを見たというのなら、着ていた服になにか気になった物がついていた、ということは覚えているか?」
父は、私にあの男が着ている服について聞いてきた。
それを聞き、私はしばらくしてはっとした。
そうか。服を着ているのなら、どこかにワッペンやバッジのようなものがついているはずだ。
私は今日遭遇したときのことを思い出した。
しかし、そこまでまじまじと見てはいないので、詳しくはよくわからなかった。
とにかく君島博士を助けようと頭がいっぱいだったので、そこまで相手の特徴を掴む余裕はなかった。
「すみません。黒い軍服で黒い肌の男だったことしか思い出せません」
「そうか……。もしかすると、着ていた服も着せ替えられた可能性もあるわけだ」
父は少し残念そうな様子を見せたが、仕方ない、と言いたげな顔で余所見を一瞬した。
それを聞き、あのアンドロイドはもともと違う服を着ていた、ということもあり得ると私は思った。
君島博士のことだ。あんな黒くてどこか威圧感のある服なんて、博士は着せるとは思えない。
変態な博士の事だ、あんな服を着せるくらいなら、もっと目立つ服を着せているはず。ふとそんな事を考えていた。
「博士はこれからどうするんでしょうね。狙われているとなると、どこかに身を隠さないと」
「さあな……。雷児くんや黒金くんに頼みたいところだが、さすがに彼らに負担をかけるわけにもいかないしな」
父の表情は複雑だった。
すると、執事の一人がやってきて、父に耳打ちをしていた。何か連絡があったらしい。
執事の言葉に、父がうんうん、と、頷いている。これはなにかありそうだ。
私は心の中で気になっていた。
「そうか。わかった」
父にそう言われた、報告に来た執事がお辞儀をして部屋を出た。
「いいタイミングでの知らせだ。君島だが、黒金くんのもとでしばらく、身を隠すこととなったらしい」
黒金というのは、雷児さんの友人で、今はカメラマンをやっている黒金誠司さんのことだ。
彼の撮影技術は相当なもので、新聞などで特集が組まれたり、展示会が開かれるほどの腕前を持っている。
その彼が今、住んでいる家がある場所は、名古屋だ。
名古屋のどこに住んでいるのかまでは知らないけど、あのアンドロイドが現れた場所もまた、名古屋なのだ。
遠くの方に、なおかつ不必要な動きさえしなければ、そう簡単に見つからないとは思うが、それもいつまでもつかわからない。
「黒金くんが当分守ってはくれるから、しばらくは安心だろう」
「そうですね」
とりあえずしばらくは安心できる。だが、黒金さんも巻き込まれないだろうか。
黒金さんもまた、君島博士の知り合いで、なおかつ仕事では一緒になることもしばしばだ。もし博士に何かあったら、彼だってただじゃ済まないはずだ。
「お父さん。もしものことがあれば……」
「ああ。すぐに動けるように、いつでも用意はしておく。三月、お前は念のため、弥生と共にトレーニングはしておけ」
「わかりました」
私だって戦える。パンツ丸出しにならないと戦力にはならないとは思うが…。
弥生もだ。妹だって立派なパンツを履いた戦士だ。ひとたびそれが姿を見せれば、どんな格闘家の男だって、敵わない。
そういう変な自信が、かえってピンチを招きかねない。
「お父さん、お願いです。雷児さんや黒金さんには、無理なことはさせないでください」
「わかっているよ。だが、奴はおそらく君島を狙っている。だから、我々も動かなくてはならないのだ」
「そう……ですよね」
私は納得してしまった。君島博士は天才科学者だ。彼がいなければ、超人的な力を発揮するパンツは生まれなかったかもしれないし、そもそも超人的な力を発揮するパンツというもの自体、存在しなかったかもしれない。
それほどまでに、彼は偉大な存在なのだ。
「君島のことは心配しなくて大丈夫だ」
父のその言葉に、私は少しだけほっとした。
しかし、あの男はなんだったんだろう。アンドロイドだということは間違いないと思うが……。
私と父のやりとりを、母は割り込まずに、黙って聞いていた。
流石に事が大きいので、割り込みなどができる状況ではないのだが。
それから数時間後のことだった。
天川玄洋の妻である、台湾から戻ってきた妻の月実は、ある人物に連絡を取っていた。
右手に持ったスマートフォンを、右耳にあてている。
月実のいまいる場所は、豪邸内の応接室だった。応接室の中にはソファーがあり、そこに座って彼女は電話をしている。
『久しぶりね、月実さん』
「こちらこそ、雪恵ちゃん」
電話の相手は、娘2人が通う高校「聖マリア国際高等学校」の学校医である女性「神城雪恵」だ。
君島とは知り合いで、彼女も彼と面識がある。
『君島博士が襲われたんですって?』
「え?こっちにも知らせが来ていたのね」
『ええ。黒金くんが君島博士をしばらくかくまうらしくって。雷児くんの家の近くに現れたんですって』
情報が回るのが早かったようだ。この様子だと、君島博士が襲撃された話は、すでに知っているみたいだ。
「そうなの……。でも、どうして襲ったのかしらね」
『わからないわ。それに、博士は狙われているわけだし、あなた達夫婦も狙われる可能性があるわね』
「そうね、でも、夫と娘2人が強いから、守ってくれるはずよ」
『だといいんだけど…。相手がどれだけ強いかわからないのが厄介ね』
雪恵の声がどこか複雑そうだ。
月実は、雪恵にある提案をした。
「ねえ、雪恵ちゃん。三月と弥生の面倒を見ているんですってね?それなら、一つお願いをしたんだけど」
『え?それは…』
「あの2人に特訓をしてほしいの」
月実の提案に、電話の向こう側の雪恵は戸惑っていた。
彼女の声からは戸惑いだけでなく、驚きも感じ取れた。
『えっと、どういうことかしら?』
「そのままの意味だけど?」
『私が……ですか!?』
「そうよ。お願いできるかしら。先輩の頼み、聞いてくれるかな」
どうやら、雪恵は月実の後輩にあたるようだ。
「お願い。あの子たちを守ってあげて」
「いきなりで不安なのはわかっているわ。ただ、私も台湾から帰国した身。私と一緒に、帰ってきている者たちがいるから、その人たちと一緒にやることにしてほしいの」
月実は台湾から帰ってくる際、そこから別の者たちを連れてきているそうだ。
雪恵は若干わだかまりを感じてはいたが、決心したようで、
『……わかったわ。やってみます。ただ、厳しくいくから覚悟していてね!』
と返答した。
「ありがとう!助かるわ」
月実はお礼を言った。こうして、月実の娘2人は、これから雪恵から特訓を受けることとなる。
一方その頃、月実の娘2人はというと……。
「なんか変な感じね。三月が帰ってきてるなんて」
そう言っていたのは、双子の妹の弥生だった。
三月同様、白銀色の長い髪を青いリボンで飾っている。
胸も高校生にしてはかなりの大きさだ。
そんな三月と弥生は、久々に実家内の部屋で談笑をしていたのだった。
「私だって、まさかまたここに戻ってくることになるとは思わなかったよ」
「まあ、いいじゃない。こうして久しぶりに姉妹で話す機会ができたんだし」
「うん……」
三月は、どこか寂しそうな表情を浮かべている。
弥生はそれを見逃さなかった。
「三月、雷ちゃんと暮らせないのが寂しいの?」
それを聞いた三月が顔を赤らめ、
「いやいや。そんなことないよ!確かに寂しいけど、こっちの方が広くて落ち着くし…」
と否定した。
「エッチができなくなったのは心残りかな…」
「ホテルでやったのも含めると、2回だけだけどね」
「あんたもでしょ」
2人で笑い合う。
「ねえ、三月」
「ん?」
「君島さんのことなんだけどさ、何かあったら、すぐに私に連絡して。すぐに助けに行くから」
「弥生……」
「私も三月と同じ、君島博士に選ばれた戦士だからね」
弥生のその言葉には、強さと優しさが込められていた。
三月はその言葉を聞いて安心する。
「ありがとう。弥生」
「当然だよ」
「じゃ、そろそろ寝ようか」
「そうだね」
三月と弥生は、それぞれのベッドに入って就寝することにした。
三月は自分の部屋に戻っていった。