俺の名は岩馬雷児。名古屋市在住のしがないフリーターだ。年齢23歳。
そんな俺は今日もスーパーマーケットでのパートの仕事に精を出していた。
俺が所属しているのは野菜や果物を取り扱う青果部門だ。
一緒に働いているパート仲間のおばさん達とは長い付き合いであり、それなりに仲良くやっているつもりである。
そして今は仕事を終えて帰り支度をしているところだった。時刻はもう18時。
昼に出勤して、夕方に退勤する時間帯のシフトをとっている。
着替えや片づけを一通り終わらせて店の裏側から出るとき、俺と同じ部門で働くおばさんが声をかけてきた。
「あ、岩馬くん。明日、夕方からの時間帯に新しい子がバイトで入ってくるんですって」
「え、そうなんですか」
「そうよ~。あ、言い忘れてたけど、その子の指導係をお願いね」
「了解です」
指導係……つまり新人教育ということだな。
このスーパーでは新しくアルバイトに入る人がいると、ベテランパートさんが新入りの教育係になることになっている。
ちなみに俺は今までにも何度かその役を引き受けたことはある。まあ、ほんの数か月だけで働いていたり、学業や介護などで忙しくなってしまい辞めてしまった、なんて人が結構多かったが。
勘違いしないでもらいたいが、俺は新人の指導にあたってパワハラやセクハラは一切しない。
むしろ、「ほめて伸ばす」を大切にして、教育を行っているのだ。
しかし、いきなり明日新人の子の教育か。となると、帰る時間とかも変わるかもしれない。
事務所に確か店長かチーフが作業してたっけ。俺はその人たちに時間の確認をとりにいくことにした。
自宅のワンルームマンションに帰ってきた俺。
俺が住んでいるのは去年完成したマンションで、かなりきれいだった。
俺は荷物を部屋の隅に置き、今日の夕飯を手に持っていたビニール袋から取り出す。
今日の夕飯はサラダと餃子だ。冷蔵庫からペットボトルのお茶も持ってきて、それを机の上に置く。そしてテレビをつけると夕方のニュースが流れており、そこではとある事件が報道されていた。
『―――昨日、午後10時頃。名古屋市内に住む男性(27)が何者かに刃物のような物で刺され、病院へ搬送された』
どうやら、誰かが殺されたらしい。
区は違ったが、俺の住んでいる名古屋市で起きたことだ。こんな物騒な事件、いつ起こるかわからない。
ニュースによると、幸い男性は一命を取り留めたようで、警察が犯人を捜しているそうだ。
俺は、明日入ってくるバイトの子がどんなのか気になっていた。
性別、年齢など。突然入ってきた仕事になるが、例の新人が気になっていた。すると、その時スマホが鳴る音がした。画面には「電話着信アリ」の文字がある。
誰だろうと思いながら電話に出てみる。
「もしもし?」
『……』
相手は何も言わない。イタズラだろうか? それとも間違い電話なのか? だが、何も言わないならこちらから言ってみることにした。
「俺は岩馬雷児です」
とりあえず名前だけ言ってみて、電話を切った。
それから5分後くらいに再び電話が来た。また出てみた。
「はい」
『……わたし、メリーさん。今あなたの後ろにいるの』
「…………」
一瞬振り向いたが、誰もいなかった。当然だ。なんだこいつは。
さっきと同じように何も言わず切ろうとした時だった。
「待って! 本当に誰なんだ?」
思わず言ってしまった。まさかこのタイミングで都市伝説に出てくる有名なセリフを言うとは思わなかったからだ。
俺は後ろを振り向いた。誰もいない。だが、再び電話がかかってきた。
「だから誰だよ!」
『わたし、メリーさん。今あなたの家の前にいるの』
今度は家の前にいることを言ってきた。さすがに気味が悪い。だが、俺のマンションはセキュリティが厳重なため、そう簡単に入れるわけがない。
たとえいたずらであっても、門前払いを食らうのは当然だ。
「悪い。今どきメリーさんの真似なんて、ここじゃ通じないよ。もっと新手のいたずらをしてほしいな」
俺は正論をぶつけてみた。しかし、どういうわけか返答はかえって来なかった。正論をぶつけられたのか、何も言えなくなったのか。
俺は気になったので部屋から出て、エレベーターに乗り、エントランスの方に向かった。
すると、ひとりの女子高生らしき女の子がいた。
その姿は、まさに美少女といえるものだった。
白銀色のロングヘアを青いリボンで可愛らしく飾っており、顔も身体も整っている。
青いセーターとネクタイとミニスカート姿だった。
「…君は?」
俺はその美少女に話しかける。その少女は口を開いた。
「メリーさんは嘘なんです。驚かせてしまってごめんなさい」
先ほどの電話はさすがに度が過ぎていたのか、少女は頭を下げて謝罪した。
俺はなぜか落ち着いていた。無論最初は驚いていたが、なぜか怒りなどの感情は芽生えなかった。
「えっと。なぜ俺の番号を知ってる?」
俺はひとまず電話の件について尋ねてみた。
「あなたのご友人の黒金さんから聞きまして。それで電話をかけてみたんですが」
俺の友人の黒金誠司がこの少女に俺の連絡先を教えたらしい。
この黒金誠司という男は現在カメラマンをやっている。以前彼の仕事に付き合ったことがある。
…というのも、ただ彼についていっただけで、一緒に仕事をしたというわけではないが。
その際に俺は信じられない光景を見ている。履いているホットパンツを脱いで、パンツを丸出しにして船の上で舞を踊り、大量の魚を呼び寄せた様子を。
舞を踊ったのは漁師の娘なのだが、黒金曰く「オカルトでない」らしい。
「あのー。俺に何か用かな?」
俺は彼女に聞いてみた。
「はい。実は、お願いがあって来たのですが……」
彼女は俺に用があってきたようだ。そりゃそうか。
でなければこんなワンルームマンションに来るわけがない。
「ひとまず、挨拶にまいりました。明日はお願いしますね」
彼女はまた改めて頭を下げて礼をした。その際に、彼女の大きな胸がぷるん、と揺れたような気がする。
きれいなつるつるの美脚をしていて、あの脚で蹴られたら男にとってはご褒美だろう。
「あ、あぁ」
俺は思わず返事してしまった。腕に着けている腕時計を見た。もう19時か。そろそろ夕飯の時間か。
「えっと、君はひとり?」
俺はなぜこの少女がこのマンションに来たのか疑問に思わず、名前すら聞かずにそんなことを聞いていた。
「今は、ね。ここの近くに迎えの車が止まってるので、それに乗って帰ります」
どうやら近くに車を停めてあるらしい。俺はなんとも思っていなかったが、もし誰かに見られたらどうするつもりなのだろうか。
「では、私はこれで」
そう言って、彼女は立ち去った。
一体何者なのだろうか。それにしても、黒金に見せてもらったスマホの動画の少女にどうも雰囲気が似ている気がする。
いや、着ていた制服が違っていたので、おそらくは他人の空似だろうか。
外は日が落ちてすっかり暗くなっている。
一人になった俺は、部屋に戻って夕飯にすることにした…。
その翌日。新しいバイトの子が来る日だ。
俺はその日もせっせと品出しや店内の掃除に精を出していた。
この日は前日が安売りセールの日だったため、その反動か来ている客は割と少な目だった。
バックヤード内の掃除に関しては、忙しいとなかなかできないため、客が少なく商品の減りが少ない場合にやることが多い。
床の隅にはカットした際に出た野菜のくずが積もっており、これは掃除のし甲斐があった。
たまったごみをほうきで器用に集めてゴミ袋に捨てる。
すると、突然ドアが開かれた音がした。俺は気になってそちらを見る。
「こんにちは、岩馬さん。今日からお世話になります、天川三月です」
俺はその姿を見て、目を丸くした。
今日から入ってくれるバイトの子は、昨日俺のマンションに来た女の子だった。
昨日の制服姿ではなく、店から支給された白いエプロンを着けている。
そして、長い白銀色の髪をポニーテールのように後ろでまとめていた。
後、黒ぶちの眼鏡をかけており、どこか知的な雰囲気をしていた。
「ああ。こちらこそよろしく。最初だからきついとは思うが、頑張って仕事を覚えてくれ」
俺は笑みを浮かべて、その天川三月という美少女に挨拶をする。
俺はひとまず、仕事の概要から説明していくことにした。
三月は物覚えがよく、教えたことはすぐ飲み込んでくれた。そのため、俺は安心して見ていられた。
「えっと、このメモに書いてある品物を探せばいいんですよね?」
「そうだよ。あとは在庫が少なくなったら補充してくれればいい」
「わかりました」
礼儀も正しい。まあ、昨日の態度がああだから、当然か。
俺はそんな彼女を気に入っていた。…別に好きになったというわけではない。
簡単な作業をしている三月に仕事場は任せ、俺は少し休憩をとることにした。
従業員が休憩をするための休憩室で、俺は紙コップに注がれた自販機で買ったコーラを飲み、スマホを見ていた。
スマホを開いてみると、友人の黒金からラインが来ていた。三月に俺の連絡先を教えた張本人だ。
ラインにはこう来ていた。
「どうだ。自分の職場に美少女が来て気分はいかが?」
ラインを開く2分前に送ってきたようだ。
「最高だよ」
俺は黒金に返信する。
「ところで、お前はあの子とどういう関係なんだ?」
黒金宛に送るラインに、続いてこんな返信をしてみる。
「前の動画に映ってた子に似てるけど、同一人物?」
質問が多いが、とりあえずここまでにしておこう。馬鹿正直に一気に送っても相手が疲れてしまう。
ラインを送った後、俺はコーラで喉を潤す。
すると、早速黒金からラインが返ってきた。
「動画の子の双子の姉だ。後、今はあの子とどんな関係かは言えん」
そっくりと思っていたらやはり双子だったようだ。あの顔も、スタイルも、どうも瓜二つに見えるわけだ。
しばらくすると追加で返信が来た。
「あの子は財閥の令嬢様だ。手厚く対応してくれ」
その返信を見て、俺は目を見開いた。今日来てくれた子が、まさか財閥のお嬢様とは…。
しかし、お金持ちの彼女がなぜ庶民の来るところにバイトに来たんだろうか?
もしかして、庶民のことを知るために勉強しに来たんだろうか。
「わかったよ。連れの頼みなら、喜んで受けよう」
そう返信を友に送る。
その後、俺は彼女のバイト終了まで三月と一緒に働いた。
彼女の働きぶりはとてもよく、効率よく作業をしていた。
お嬢様というだけあって、厳しい教育を受けた賜物なんだろうか。
バイト初日ということもあり、俺は彼女のことを気にかけていたのだが、それも不要だったらしい。
「今日はありがとうございました」
三月がお礼を言ってきた。
「いや。こちらこそ。働きっぷりがよくて助かったよ」
「いえ。また明日もお願いしますね」
彼女は微笑んで頭を下げる。俺は、黒金から送られたラインを思い出し、少し彼女と話をすることにした。
「あ。三月ちゃん。少しだけでいい、時間あるかな?」
「ええ。いいですよ」
「黒金さんとはどういう関係?」
「えっと、友達です。私、高校2年生なんですが……」
「へぇー。高校2年なのか。どこの高校?」
「聖マリア国際高等学校です」
「あぁ、あそこの女子か…。しかし、年齢が離れてる男と友達なんてな」
俺はズボンのポケットに手を突っ込んでいた。
「私の親と知り合いでして。縁あって友達です」
「ふぅ~ん。そうなんだ」
「はい。そうです」
「じゃ、そろそろいこっか」
バックヤードの照明を落とす。俺は三月を連れて、店を出た。
「今日もありがとね。暗いから気を付けて」
俺はひとりで帰る三月を気遣い、そんな言葉をかける。
「はい。では、失礼しますね」
「うん。気をつけてね」
俺が手を振ると、彼女もそれに合わせて小さく手を振り返す。
そして、三月は歩いていった。
三月の姿が見えなくなった後、俺は自宅のマンションまで徒歩で帰ったのだった。
時を同じくして、場所はとあるビジネスホテル内のシングルルーム。
小さなスタンドライトの照明一つで照らされた暗い部屋で、カメラマンの黒金誠司は何者かと連絡をとっていた。
机には灰皿と煙草の箱が置かれており、灰皿には2本吸われた煙草の吸殻があった。
「ええ。あいつの職場にとりあえずは姉の方を送っておきました」
友人の岩場雷児、自分とは違いスーパーマーケットでフリーターをしている友人のことだ。
彼の勤務しているスーパーに、三月を送りこんだのは黒金のようだ。
「妹の方も送ろうと思いましたがね、いきなり双子まとめて送ると彼が色んな面でまいってしまいそうなので様子見というわけで」
黒金はさらに言葉を続ける。
「ええと、第2ラウンド行ってしまってよろしいでしょうか」
電話の相手は返答した。
「いいだろう。天川側にも連絡は忘れるな」
黒金の意味深な問いに、電話側の人間はあっさり承諾した。どうやら話し声からして男性のようだった。
歳はそれなりにいっているようで、渋みのある声だった。
「了解です。それでは早速連絡の方をさせてもらいます。それでは」
そう言って、黒金は相手との通話を切る。
通話後、スマホを机の上に置き、ふーっ、とため息をつく。
「さて、次はあっちに連絡だ」
黒金はスマホを手に取り、電話をかける。
「もしもし、黒金です。実は娘さん、お姉さまの方ですね。それについてですが…」
黒金が電話しているのは先ほど言った、天川財閥の人間のようだった。
彼は何を相談しているのだろうか。