俺、名古屋市のしがないフリーター、岩馬雷児は、ひょんなことから名古屋では有名な「聖マリア国際高等学校」に通う、天川財閥のお嬢様、天川三月と一緒に暮らすこととなってしまった。
なぜそうなったかというと、詳しい理由はわからないのだが、カメラマンをやっている友人の黒金誠司が三月の友達らしく、おそらくはその黒金がかかわっているのではと思われる。
俺の自宅は築約1年ほどのワンルームマンションだ。一人だけで生活していれば荷物がそこまでないと一人でも十分広すぎるほどなのだが、女の子が突然こんなところで23歳独身の男の家に上がり込んでくるもんだから、一気に狭さが増してしまった。
服をはじめとする三月の私物、学校の教材などが俺の住まいに流れ込んだ。
まだ彼女と暮らすことになって間もないのだが、部屋が狭くなったため不自由さが増えてしまった。
前のようにリビング全体でゴロゴロすることもできない。
食事だってそうだ。キッチンで一緒に料理なんてしようものなら、狭いこの空間じゃあどうしても密着してしまうことになるだろう。
まぁ……別に嫌ってわけじゃないんだが。
ただ、いきなりすぎて心の整理ができないというか、なんというか……
俺は今、マンションの自室内の掃除をしていた。
三月が突然来たときは掃除もろくにしていなかったので、少し汚れていたのだ。
こんな空間にまだ高校生の女の子を長い間住ませていれば、美容に影響があるやもしれん。
そう思った俺は、今日がパートが休みなのを利用して久々に大掃除をすることにした。
まだ10月なのだが、半年以上は恐らくやっていないので、ちょうどいい。
三月は今日学校から直接バイトに行くらしく、帰ってくるのは閉店後なので21時半ほどになるだろう。
三月はお嬢様なのだがどういうわけか俺の職場であるスーパーマーケットに、それも俺と同じ青果部門でバイトをしている。
最初は俺も驚いた。天川財閥といえば日本でも割と知れた財閥だ。
その娘さんがスーパーで働くとは誰も思わないだろう。
俺は彼女の金銭事情などわからない。だが、何かできることがあればなんなりとやるつもりだ。
玄関のすみっこに置かれた段ボールに掃除用具が収められていたので、そいつらを使って掃除していく。
床、キッチン、トイレ、お風呂…。とにかく彼女が頻繁に使いそうな場所は率先して清掃していった。
こういった頻繁に身体を動かすことであれば普段の仕事で手慣れているが、久しぶりの大掃除なので、少々疲れてきた。
休憩でも挟もうかなと思った矢先、家のインターホンが鳴る音が聞こえた。
誰だろうか? 宅配便が来る予定はないはずだが……
俺は1階へ向かい、エントランスに行くと、そこには見覚えのない人物が立っていた。
「こんにちわ。元気にしてるかい?」
その男は、なんとも奇抜な格好をしたおっさんだった。
大きく丸い眼鏡をかけており、髪はは左右にはねておりお笑い芸人を連想させるものだった。
黄色い背広とズボンを着用しており、胡散臭さが尋常ではなかった。
「あの…。あなたは?」
俺は警戒しながら尋ねた。すると男は笑顔を絶やすことなく答えた。
「僕は君島アランっていうんだけど……。君は岩馬雷児君であってるかナ?」
その名前を聞いてピンとこなかったが、一応確認のために答えてやることにした。
「えぇ……そうですけど……」
この男は黒金誠司じゃない。身長もだいぶ違うし、肌の色もこんなに白くはない。
最近会ったばかりなのでよくわかる。あの時のあいつの肌は少し黒かった。
まあカメラマンなので、外での仕事の影響で日焼けするのは珍しくもないのだが。
君島アランとかいうその奇抜な名前と容姿の男性は、ニタニタ笑みを浮かべていた。
不審者という言葉がこの男にはお似合いだ。
「あぁ~。黒金くんから話は聞いてるかな~?天川三月が君の監視の名目で住んでいるってことは」
「か、監視!?」
その言葉を聞き、俺は目を見開いた。あの少女がまさか俺を見張るためにバイト先で働きはじめたり、住み始めたりしたのか…。
だが、何のために。俺はそれが知りたかった。
「まあまあ、そんなに慌てることはないよ。ただ単に君に興味があって会いに来ただけだからサ」
興味だと?ますます意味がわからなくなってきたぞ……
「まあ立ち話もなんだから、中に入れてくれないかナ?」
「いや、ちょっとそれは……」
マンションのセキュリティの関係上、こんなわけのわからない男を部屋に入れるわけにはいかなかった。
だが…。
「ここで長話したら怪しまれるシィ~。な?俺、全然怪しいやつじゃないからサ」
ホップな感じのしゃべり方とテンションだ。掃除で疲れていた俺を更に疲れさせてくる…。
まあ、この男の言ってることももっともだ。この男は本当に怪しそうな雰囲気があるので、もしここで長く会話をしていたら、最悪通報されかねない。
俺ははぁ、とため息をついた後、
「わかりました。ですけど、ちゃんと俺の質問には答えてくださいね」
とあきらめたような表情で部屋に入れてやることにした。
「んもォ~。心配症さんだネ」
君島は小躍りをして、俺についていった。
部屋の中に入ると、早速彼はキョロキョロと辺りを見渡していた。
「ほぉ~う。なかなか綺麗にしてあるじゃァないか!さすがは独身!」
「あんまり変なこと言わないでくださいよ……」
俺は彼を用意した座布団に座らせ、お茶を出した。
君島はお茶を出された後もへらついている。その顔が妙にムカッとする。
まあ、仕方ない。黒金と三月のことを何か知っているかもしれないので、ここで聞きたいことは聞いておこう。
俺は君島の向かいに座った。
「ええっと…。改めて名を。俺の名前は岩馬雷児です」
「いい名前だ」
「ありがとうございます。それで、あなたは三月さんの知り合いですか?」
まずはそこから聞かないと始まらない。
すると君島は頭をポリポリとかきながら言った。
「そうだ。もっと言えば天川財閥や君の友の黒金誠司ともつながりがある」
俺の質問に答えるその顔には先ほどのにやけた表情は消えていた。
まあ、いつでもこんなテンションもさすがに疲れるか。それとも、スイッチを切り替えて質疑応答に対応することにしたのか。
いずれにせよ、彼が真剣に話してくれていることだけはわかった。
「僕がこうしてここに来た理由は他でもない。君にある情報を伝えようと思ってきたんだ」
「情報……?なんのことでしょうか」
「ああ……。天川三月。彼女は君も知っているとは思うが、聖マリア国際高等学校に通っている。この高校について君に問おう。あの学校はどんな高校か知っているか?」
目が真剣だ。眉毛が少し面白いことになっているが。
「はい。女子高で、ここから多くの名門大学や有名な企業への進路を進めているところですよね」
俺はスマホで検索して得た情報をそのまま伝えた。
それを聞いた君島は目を数秒つむり、それからしばらくしてから俺の方を見た。
「表向きはだがね」
「えっ?」
「あの学校、知られてはいないのだが日本に誇る戦乙女の養成をしているところなんだよ」
「えぇ……?」
正直、彼の言っていることが理解できなかった。
戦乙女?いわゆる「ヴァルキリー」なのか?さっぱりわからない。
俺の考えている顔を見て、君島が言った。
「すまん。こんな言い方は少し理解に苦しむ感じだったか。わかった。単刀直入に言おう。あの高校では私たちが選んだ少女たちの肉体を改造し、そしてあるものを身に着けてもらっている」
「あるもの」の意味がなんとなくわかった気がする。
黒金に見せてもらった三月の双子の妹、弥生のことをすぐに思い出した。
スカートを下ろしてパンツ丸出しになり、そのとたんに恐ろしく面妖な力を開放していたこと…。
「…パンツ?」
「ご名答。あの学校の一部の生徒は、ある特殊な力を持ったパンツを履いてもらっているんだ」
「…………」
俺は言葉を失った。
この男、何を言ってるんだ?
「まあ、いきなり言われても信じられないと思うだろう。だが事実なんだ。私は今、あの学校に秘密裏に作られた研究所で研究と開発をしている。もっとも、あそこで働いているのは私だけではないんだがね」
喋りすぎた口を潤すかのように、俺が用意したお茶をすする。
君島の向かい側に座っていた俺は腕を組み、うーん、と考えるときにでる低いうなり声を出す。
奇抜な格好のこんな男が女の子を改造して特殊なパンツを履かせて人体実験…か。
そんなことが現実で起きているなんて。俺はこれをノンフィクションなのだと言い聞かせる方法を考えていた。
「どうだい?信じてもらえたかナ?」
「はい……。一応は」
「そりゃよかった」
君島は満足そうな顔をしていた。俺は他のことも考えていたので、半分から返事で返答してしまった。
「あんな巨乳でスタイル抜群の美少女が君の生活を彩ることになるなんて、思いもしなかったよね」
にやっとした顔を再びしだした。この男は年齢はいくつなんだろうか?にやっとした時に顔のしわがすごいことになっている。
「財閥育ちなので、下手にやらしい真似したら、俺が抹消されかねませんけどね」
「はは、それは怖いねぇ~」
「それにしても、あなたは一体何者なんですか?三月さんとどういう関係なんですか?」
「さっきも言ったが、僕と三月は研究者と実験体の関係だ。肉体関係?なもんないよ」
冗談がすぎるぞ。というツッコミはさすがにしといた方がいいのかな。でも三月と君島の仲が悪いように見えないのは気のせいじゃないはずだ。
「三月は僕の大切な研究対象だ。僕は彼女に特別な感情を抱いていない。ただ、彼女のことを見守っているだけだ」
「…じゃあここで聞きますけど。あんなおっぱいがでかい女子高生と深く関わってて、欲とか出てこないんですか?」
俺の口からどぎつい質問が飛んできてしまった。いくら男だけの空間とはいえ、こんな下品なことは…。
「抑えてなんぼだ」
まじめに返答された。顔も強張っている。
「自分の欲望を抑えて実験に取り組めてこそ、一流の科学者ってもんだ。だから、今は彼女に対して何も思ってはいない」
「そうですか……」
「しかし、彼女は本当に強い子だよ。どんな状況にも負けない意志を持っている。そこだけは認めてるつもりさ」
君島が言っていることは正しいようだ。返答にはきちんと答えてくれるし、ふざけた容姿とは裏腹に割とまじめさも感じられる。
俺の用意したお茶はもうなくなっていて、湯飲みは空だった。
俺はその湯飲みをキッチンの流しまでもっていき、その後リビングに戻った。
リビングでは君島が勝手にテレビをつけて再放送のバラエティ番組を見ていた。
テレビを見ていた君島の顔の方向が俺に向く。
「僕の実験は、テレビ番組のようなやらせや芝居なんて微塵もない。本気の心での取り組みだ」
まじめにそう語っているが、いかんせん女の子とパンツが絡んでいるのでどうも本気で受け取れない。
「女の子にパンツを晒させているのがですか?」
「ああ、そうだ」
「なぜそこまでして……。女の子にパンツを丸出しにさせて超人化させようと?」
俺の問いに対し、君島は真剣なまなざしになった。
「私はね、日本独自の兵器を作りたい。そのためなら自分のやりたいことを実現させたい。その面持ちで研究に励んでいるんだよ。ま、まだ童貞そうな君には考えても一生理解はできんと思うけどね。もっと自分の見解をより深く、奈落の底まで到達するほどにならないといけんと」
「はぁ」
パンツ丸出しの少女たちが今後の日本の「兵器」なのか。兵器に恥を晒して戦わせるとは、なんとも物騒な話だ。
「おっと、話に熱が入ってしまったな。とにかく、あの学校は表向きは女子高だが、裏は戦乙女養成学校なんだよ」
「戦乙女……」
「そうだ。まあこの話はあまり表にバラさないでほしい。君と黒金くらいだろうな。聖マリア国際高校が裏ではそんな学校ってことは」
そう言って君島はリモコンでついていたテレビを消した。君島がそう言っていたころにはバラエティ番組は終わっていて、ファーストフード店のCMが流れていた。
「他に聞いておきたいことがあればここで聞こう」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
俺は頭を下げて礼を言うと、君島は座布団から立ち上がり玄関の方へと歩いていく。
「あっ!ちょっと待った!」
俺は彼を呼び止める。何か忘れていることでもあったのか?
「何だい?」
「今後どうなりますか?」
俺は三月からの監視生活について少し聞くことにした。君島は意味深に笑みを浮かべ、
「今後の結末は神が決めるってな。じゃ、元気でやってくれ。チャオ」
右腕を上にあげてサムズアップを決め、君島は部屋を出た。
「……なんか変な人だな」
俺が呟いた後に、スマホが振動する。画面を見ると、メッセージアプリの通知だ。
「ん?誰からだ?……あ、黒金からか」
『どうだった。君島博士は』
黒金はどうやら今日君島が来るのを知っていたようだ。まあ、君島が黒金と知り合いなのでそれを知っているのも無理はないか。
俺は彼に返信のメッセージを送った。
『今日家に来たけど変なおっさんじゃないか』
ありのままの返信だ。すると数秒してしばらくすると返信がきた。
『ははは。そりゃそうか』
『あのおっさんにも住所教えたな?』
これは確信だ。黒金が君島と繋がっている以上、あいつが俺の家に来ることをわかっていて、事前に準備していたんだろう。
『すまんな。これから来るお前の人生のためにも仕方がなかった』
俺の人生のため?まあ待ってくれ。俺はもうすぐパートから正社員になろうとしているんだぞ。
あいつは知らないだろうが、俺はもうすぐ晴れて立派な社員としてスーパーの部門をけん引していく予定だ。
誰かに俺の人生をいじくられてたまるかってんだ。
…でも、天川三月は俺の家に上がり込み、パート先まで来て、俺を監視していると言っていた。
これはどういう意味だ?まさか、俺と結婚してほしいから俺と接触したとか?
いや。この理解しがたいできごとに「パンツ」が絡んでいる。本来なら見られては恥ずかしい部分を見せて超人化なんて、オカルトにもほどがある。
俺には彼女がいない。考えてはならないとは思うが、これはある種のチャンスか何かだろうか?
君島にも言われたのだが、俺は童貞だ。当たり前だが性経験なんてない。
男根をしゃぶられたこともないし、腰を振って快楽に浸らせたこともない。
だが、わけのわからない博士の来た日の朝に、俺は見てしまった。
むちむちで輝いた生の太もも。そして、股間を守る役割を果たしている、青いリボンのみで彩られた、純白のパンティ…。
三月は上半身についている大きなお胸のたわわさは完璧なのはもちろんのこと、下半身のむっちり具合も100点満点だった。
そのボディに、俺の息子が反応してしまったというわけだ。
23の俺も捨てたもんじゃないな。こんなかわいい女子高生に、あんな刺激的な光景を見せられるなんて。
「って違う!!俺のバカ野郎!!」
一人でノリツッコミをかました。近所迷惑だから静かにしないとな。
「はぁ……」
ため息をつく。俺は一体どうしたらいいんだ。
その日の夜。岩馬雷児のもとで同棲を始めることになった天川三月は、ある場所に来ていた。
そこは、中学生のやんちゃ者たちが根城にしているとされる、公園である。
三月は学校から直接バイト先に来たので、制服姿であった。
青いセーターとネクタイとミニスカート姿だ。足にはふくらはぎまで包む白いハイソックスと、黒いスクールローファーを履いている。
「ここね……」
三月がなぜこんな人気なく寂し気な場所に来たのかというと…。
場面は数時間前の、三月がバイトをしているスーパーマーケットにての出来事だった。
夕方でのことなのだが、中学生の少年が万引きをして、事務所に連れられていた。
少年が万引きした商品は、ファミリーサイズのコンソメ味のポテチ、炭酸飲料入りのペットボトルが数本だった。
当然、少年は店長から 責を食らっていた。
「君ねぇ…。どうしてこういうことをしたんだ」
「仕方なくやったんだよ!」
「何を言っているんだ!そんな言い訳が通用すると思ってるのか!」
「じゃあどうしろっていうんだよ!このクソオヤジ!」
気になった三月が事務所に近づいてみると、一方的な叱責が一変、言い合いに変わっていた。
慌てた表情で三月は事務所に入っていった。
「失礼しまぁーす…」
まったく無関係の彼女がどうして入ったかというと…。
「あの~、なんで言い争ってるんですか…?」
恐る恐る店長に事情を聴いてみた。
「ああ~。この子ね、万引きしたってのに反省の色がないんだよ」
「だってしょうがねえだろ。仕方なかったんだよ」
「馬鹿者!君はそれで済むと思っているのかい!?」
「じゃあどうすりゃいいんだよ。このハゲオヤジ」
「口がなっていないな。こうなりゃ…」
店長が少年に手を上げようとしていたので、慌てて三月は静止した。
「あー、ダメダメ!ねえ、私でよければ事情は聴きましょうか?」
三月の顔を見て、おっ、とした顔をした。先ほどの眉間にしわをよせて店長に食い掛っていた様子とは打って変わって、落ち着きを取り戻した様子だ。
「あんたに関係ないよ」
「まあまあ、そう言わずに。君の名前は何ていうのかな?」
三月が優しく問いかけると、少年は少し照れながら答えた。
「大浦真也…。それが俺の名前」
「私は天川三月。よろしくね」
大浦真也というその少年は、三月の整った顔つきはもちろんだったが、彼の目にはもう一つひきつけているものがあった。
仕事先の制服をつけていてもわかる、大きめの胸。
中学生の真也は思わずくぎ付けになってしまっていた。今まで生でそんなものを間近で見たことがなかったような様子だった。
「ええと…。俺は通ってる学校の半グレの集団にこきつかわれてて…。やらなかったら殺されるから仕方なく…」
店長と話している時とは態度がまったく違っていた。落ち着いている真也の顔は、どこか安心したような顔をしている。
「そうなのね。かわいそう…。で、聞きたいんだけど、その不良たちは学校にいるってわけ?」
「学校はもちろんだけど、近くの公園を根城にしてるんだ。学校にいかず、そこで自分のやりたいこと好き放題してることだってあるんだ」
「ふーん…」
深刻な顔で真也の話を聞いていた。一方の店長はというと…。出る幕がないせいか事務所の端でさみしく棒立ちしていた。
真也からはいじめられている不良たちの情報をもらっていた。
真也はいままで、彼らから数多くの仕打ちを食らっていたそうだ。暴力はもちろんのこと、万引きなど犯罪行為にも手を染めさせられていたらしい。
その不良たちは今夜あの公園にいるかもしれない、と言っていたので、三月は今回彼らに会いに来た、というわけだ。
話をするだけなので、武器といった危険なものは持っていない。持っているのは学生鞄だけだった。
いまの三月には恐怖の感情はなかった。彼女にあったのは、罪も犯していない真也を救いたい、という気持ちだけだった。
財閥育ちの彼女だが、身分の違う者であっても困っている人は放っておけない性分だった。
三月が訪れていた例の公園に、彼らはいた。
制服を着崩し、ある者はスマホをいじっており、ある者はアダルト向けの雑誌を見ている。
またある者は、公園に設置されている遊具で遊んでいた。
「おい、あれ見ろよ。かわいい女子がいるぜ」
一人の男が三月に気付いた。
「おお……。マジだ。かわいいじゃん」
「ちょっと声かけてみようぜ」
三月の存在に気付き、不良の中学生たちは三月に近づく。
「あ、お姉さん。ここに何か用?」
話しかけてきたその少年は左耳にピアスをしていた。髪に黄色のメッシュがある。
「あなたたちが万引きの引き金ね」
三月は真顔で答えた。それを聞いたピアスの少年が舌打ちする。
「しくじりやがって」
そう呟くが、それは三月の耳にしっかり届いてしまっていた。
「へえ。しくじった…。あなたたちもしくじってない?」
少し煽り気味に三月は言った。
学ランのボタンをすべて外し、赤いTシャツを見せている少年が答える。
「俺たちは無能じゃないぞ。無能なのはあの野郎でしょ」
それを聞いた三月はちらっと赤のTシャツの少年の方を見る。
「で、何しに来たの?あいつに変わってやめろとか言いに来たの?」
そう言ったのは、ピアスの少年の隣にいた、アッシュヘアーの少年だ。
スマホをいじりながらしゃべっている。
「あ、先に謝っておく。事が大きくなって申し訳ない、と言っておいて」
ピアスの少年はそう言ったが、その言葉に反省の色はなかった。それは三月も感じ取れていた。
三月はこの少年たちに怒りを感じ始めていた。
「なんで万引きをさせるよう仕向けたの?」
三月は不良たちに問うた。
「なんでって……小遣い稼ぎだよ。別に悪いことじゃねえだろう」
「悪いですよ。ちゃんとお金を払わないと、こっちも困るもの」
「どう困るんだ?」
「売り上げが取れなくなるし、評判も悪くなるし、最悪つぶれてしまう」
三月の言葉を聞いて、不良たちは笑い始めた。
「なに言ってんだよ。お前が店長やってるのか?」
「違うけど……。でも、あなたたちだって困るでしょ」
三月は真剣なまなざしで不良たちをなだめようとしていた。
しかし、少年たちは何を言っているのかわからない状態だった。
「はぁ…。お姉さん。無関係なのに俺らの事情に首突っ込んでもらうのやめてくれる?今ならいいぜ。さっさと立ち去ってくれたら、あなたに危害は一切加えない。これだけは約束する」
赤シャツの少年は少しうんざりした顔でそう答える。
「それはできないわ。万引きは犯罪よ。見逃せないわ」
三月はきっぱりと断った。
「あーもう……。面倒くせえな!あんた、あいつに近付くなとでも言いたいわけ?」
「あの子がどんな子なのかは私もわからない。でもあの子の瞳は悪意がなかった…。優しそうな目をしていた。そんな子を、どうしてあなたたちがいじめて使い走りにしているか、理解できないんだ」
三月には、真也は純粋に悪さをする少年でないことは、事務所で出会って感じていた。
彼はこの心の荒んだ少年たちに意のままに操られ、時には傷つけられていた。
そんなことがなぜ起きたのか、彼女には理解できなかった。
「俺たちがあいつを使ってるのは、ただ単に都合が良かったからだ。あいつは、自分から進んで俺たちの手下になった。それで良いだろ?」
「あの子はあなたたちの手下なんかじゃない!」
三月ははじめて、感情的な声を上げていた。
「あなたたちはまだ中学生。それも真也くんと同じ学び舎で学ぶ仲間たち。時に助け合う関係のあなたたちが、どうしてそんなことを?」
「助け合う?…あほくさっ」
アッシュヘアーの少年がいらついているのか、足で地面をコツコツと叩いている。
「どこの誰かはわからないけど、これが最後の警告にする。痛い目を見たくないなら、さっさとここから立ち去ってくれ。俺たちも暇じゃないんだ」
「…」
三月は少年たちに反論せず、凝視していた。青い瞳は、鋭い形を作って彼らを見ている。
赤いTシャツの少年はやれやれ、とした仕草をする。
三月が静かに、こんなことを言い出す。
「…そう。あなたたち、こんな話を知ってる?」
「はぁ?」
「自らの大切なものを守る布を晒し、面妖な力を操る者の話を」
三月がいきなり意味がわからない発言をするので、少年たちは戸惑いを隠せなかった。
「お姉さんさぁ…。こんな時にふざけてる場合?」
「ふざけているかどうかは、あなたたち次第」
いらつきを隠せていないピアスの少年は、しびれをきらしたのかこう言った。
「おい、もう我慢できない。やっちまっていいか」
「女だから丁重に扱えよ…。あ、この女、よく見たらでかいな。あと脚もムチムチで太めだ。ちょうどたまってたんだ。大人しくなったら好き放題できそうだ」
三月は一切言葉を発さない。ただただ少年たちを睨んでいる。直立立ちで、全く動いていない。
赤いTシャツの少年の手が、三月のスカートをめくっていた。
純白のパンティに覆われた三月のお尻が露わになっている。
「ほぅ!これは芸術的なお尻だ。ぷりっぷりだ」
「やべぇ、触りたくなってきた」
「俺は舐め回したいね」
少年たちの下品な言葉にも、三月は全く動じなかった。
そして、彼女は右手を握りしめながら言葉を発する。
「では。サービスとしてこれはいかがでしょう、健全な紳士の皆様方」
三月はそう言った後、自分のスカートを脱ぎ捨てた。
履いていた青いミニスカートは地べたに落ちる。
「おお!?」
「お、お姉さん……」
三月はスカートを脱ぎ、自らの股間を覆う、真っ白なパンツを丸出しにしたのだ。
そのパンツには青色の小さなリボンだけが付いており、模様や柄などはない。
さすがお嬢様なだけあって、清楚で清潔な下着をお召しのようだ。
三月は恥ずかしがる様子は一切見せていなかった。むしろ、この非道な少年たちを懲らしめ、自分たちの行いを思い知らせるしか方法はないと思っていた。
それなのに、なぜスカートを脱いでパンツを見せるという、前代未聞な行動に出たのだろう。
「え?ここでやっていいんすか?いいんすね?」
わかりやすく鼻息を荒げて、アッシュヘアーの少年が物欲しげに近づいてきた。
三月との距離が数センチになったその時…。
アッシュヘアーの少年が吹っ飛ばされて身体が公園の木に打ち付けられていた。
何があったのかというと、三月がその少年を蹴り飛ばしたのだ。
少年と、当たった木はだいぶ離れてはいたが、彼女の蹴りの威力が相当だったものが、先ほどの出来事で理解できる。
「な、なんだこいつ!」
他の不良たちも、驚きを隠せないでいた。赤いTシャツの少年は、仲間が吹っ飛ばされた様子を見て、少し身震いをしていた。
「さあ、かかってきなさい。あなたたちの性根を叩き直してあげる」
三月は両手を広げ、不良たちを挑発する。
しかし、不良たちは困惑している。戦うべきか、戦わずにそこで謝罪するべきか。
彼らはそんな選択肢を迫られていた。
まだ中学生の二人の目の前には、制服のスカートを脱いでパンツを丸出しにした豊満なスタイルの女子高生がいる。
彼女はたったの一撃で、仲間の一人をただのキックで長距離まで吹っ飛ばしてしまった。
こんな破廉恥な姿なのに、あんな超人的な力を発揮していたことに驚きを隠せなかった。
「ち、調子乗るなよ…!」
赤いTシャツの少年が無謀にも殴り掛かってくる。
そんな彼の攻撃が三月にとってはワンパターンだったのか、隙を見つけてそれを回避し、背後から強烈なかかと落としを食らわした。
「グッ…!」
少年は地面に突っ伏した。相当な衝撃なのか、地面に大きな音が放たれた。
三月は足で少年が動かないように背中を押さえつけている。片足で踏みつけただけなのに、強力な力だった。
「あ、あぁ……」
赤いTシャツの少年は恐怖を感じていた。
「まだやる?」
三月はそう言いながら足に力を込めていく。
「うぐぅ……もう、やめて……ください……」
足で押さえつけられた赤いTシャツの少年が許しを請う。
一度も攻撃を受けていないピアスの少年はその様子を見て腰を抜かしていた。
同じくらいの年齢の人間をこき使う力はあるのに、さすがに年上の人間には敵わなかった模様だ…。
「わ、わかりました!今後あいつには一切関わりません。いじめもやめます。だから、許して!」
ピアスの少年は完全に戦意を失っており、歯をカチカチと震えさせて怯えていた。それを聞いた三月は足をどけた。
「よろしい」
三月は脱いだスカートを手に取り、履く。
そして、倒れたままの赤いTシャツの少年に向かってこう告げた。
「もしまた真也くんに手を出すようなことがあれば、次は容赦しないから。これでも手加減してるんだけど、今日はどうも調整が難しくって」
そう言った三月の目は、本気そのもの。
この女なら、本気で俺たちを殺すかもしれない。
少年たちはそう思った。
「ひぃ!?」
踏みつけられていた少年は起き上がる。そして、真也をいじめていた少年たちは一目散に逃げていった。
「ふぅ。生意気もここまで来ると深刻ね」
三月はため息をついた。そして、公園には彼女以外誰もいなくなる。
用がないことを確認した三月は、中学生が根城にしていた公園を後にし、帰っていった。
「な!?あんなことがあったのか?」
俺はパート勤務でスーパーマーケットにいた。
どうも昨日、中学生による万引きがあったらしく、その中学生は通っている中学校の不良たちにこき使われて犯行に及んだそうだ。
不良たちから彼を救うために、三月が不良たちにカチコミにいったそうだ。
不良たちは三月になすすべなく倒され、今後はもう悪さはしないし、万引きした少年にも関わらない、と泣きながら言っていたとのことだ。
夕方の従業員たちのあいさつでそんなことを話された。
当の三月はというと…。表情一つ変えず、自慢げになることもなく、そこにいた。
家に帰ってくる時間がなんか遅いと思ったら、そういうことだったとは…。
「じゃ、今日も一日お願いしまーす」
店長がそう言うと、俺たち従業員も
「お願いします!」
と返事をした。
俺は慌ててバックヤードに連れて行き、三月から事情を聴くことにした。
「なあ、昨日のことなんだけど…」
「すみませんね。友達と食事と言いましたけど、あれ嘘でした」
三月はあっさりと認めた。
「いや、それはいいんだ。ただ、やりすぎたことはしなかったか?」
「彼らの将来を思って、ちょっと本気出しちゃいました」
俺のその質問に対し、三月はてへっ、とした表情をした。
「いくらグレた奴だったとはいえ、相手は君より年下だったんだぞ?」
「それはわかってましたよ。ただ、あの子のことを思うと許せなくて」
俺はひとつ、あることが頭に浮かんだ。それは、三月のパンツのことだ。
まさか、あんな中学生相手に、パンツ丸出しでお仕置きをしたのだろうか?
おいおい。そんな新手のAVみたいなことがほんとうに昨日の晩にあったんだろうか?
俺はその日、部屋の掃除や君島博士の対応でバタバタしてて、大変だった身体を癒すべく、一人さみしくビールをたしなんでいた。
俺がのんびりしているときに、そんなことがあったなんて。
しかし、彼女は君島の作られた「兵器」だ。もし運が悪ければ今頃彼らは…。
「どうしました?明日の方向を顔が向いてますけど」
三月が俺の顔を覗き込んでいた。整ったかわいくて美しい顔が、俺の顔のすぐそこにある。
「わっ!?」
俺は驚いて後ずさりした。それもそうだ。無理もない。
同棲しているとはいえ、美少女に顔を覗き込まれたら男は誰だってドキっとはする。
「あー、すまん。昨日一人だったもんで、調子に乗って飲みすぎたな。酔いが抜けてなくて」
俺はとりあえず嘘を言ってみた。実際飲みすぎたといっても2缶だけ開けて飲んだだけだが。
「そうですか。まぁ、昨日は色々ありましたからね」
三月はそう言いながら、売り場の方へと姿を消した。
三月がいなくなったバックヤード内で、俺は明日の準備を進めていた。