恋縛のユーフォリア~青髪美少女TS転移者ちゃんの強制ガチ恋身体改造人生終了クエスト~ 作:クマノミの実
「はぁ…………」
気持ちの良い天気の下、穏やかな森の中をとてつもない美少女が、しかしとても沈み込んだ様子で歩いている。
何を隠そう、つい先程美少女にTSして異世界転移させられたばかりの有である。
(とりあえず、人の居る所に出なきゃね。でも、はぁ……、この姿で人と話さなきゃならないの……?)
自分の肉体を失ってしまったという、衝撃の展開に沈み込んでいた有だったが、しかし異世界のどことも知らない場所に放り込まれた現状は、彼ならぬ彼女が呑気に沈み込んでいる時間を与えてはくれなかった。
一見、穏やかに見えるこの森だって、どんな危険があるのか定かではないのだ。
落ち込むのも何をするにしても、まずは身の安全を確保してからだと、沈む心を押しこんで街か何かに出るのを願って、とぼとぼと歩いているのである。
それは、一体どれだけ時間がかかるのか、そもそもゴールがあるのかすら定かではないマラソンの様な苦行であったが、しかし意外にも直ぐに変化は訪れた。
森の中で、放置された小屋の様な物を見つけたのである。
しかもそこに入っていく、人の姿まで見ることが出来た。
ただそれは――
(あれ?もしかして
――自分と同じ制服を着た男子の姿であった。
つまりは、同じく邪神による異世界転移に巻き込まれたクラスメイトの内の1人と言う訳だ。
転移場所はランダムの筈だったが、偶々近くに現れた上に川沿いを歩くと言う考えが一致していたのだろう。
極めて貴重な同胞との接触のチャンスであった。
(ど、どうしよう……?声、掛けた方が良いよね……)
にも関わらず有が躊躇したのは、見つけたのが苦手な相手だったからだ。
そんな彼がどんな人間かを一言で簡単に表すのなら――キモオタであった。
学校の休み時間中に、明らかに学校に持ち込むのは相応しくない肌色面積の多い女の子のキャラが映った漫画や小説、ゲームなどを我関せずとニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべながら見ている人間だった。
だから、いじめられていると言う訳ではないが、クラスメイトたちからどこか敬遠されているのが達夫と言う男子生徒の実情である。
気弱で押しが弱い有としても、自分の世界に入り込んで捲し立ててくるタイプの達夫は、正直苦手であった。
少なくとも、身体がこんな風に変わってしまった状態で気軽に話しかけたい相手ではない。
それに何故か
ここで取る選択肢を間違えたら、人生が終わってしまう様な気すらしている。
……幸い、達夫の方は有の姿に未だ気が付いていない。
今ならば、何も見なかった事にして、この場を立ち去る事も可能だ。
(……駄目だよね、そんな風に決めつけちゃ。それに肝川君だってこんな場所で1人で心細い筈だし)
けれども、有の中の優しさが、彼女にその選択肢を選ぶ事を許さなかった。
幼い頃に周囲からのレッテル貼りに悩まされた自分が、直接的にとても嫌な事をされた訳でも無い相手の事を勝手に決めつける様な真似をしてはいけないと思ったし、それに邪神曰くとても強力なスキルとやらを運よく入手した自分は、クラスメイトの手助けをするべきだと考えたのだ。
だから有は達夫に話しかける事に決めた。
――結論だけ述べるなら有はこの時、達夫の事を見捨てるべきだったのだ。
まず1点。有が先ほど突如として覚えた凄まじい悪寒は、苦手な相手に対する嫌な予感等と言ったちょっとしたものなどでは決して無い。
それは、邪神から与えられたSSRスキル『戦乙女』が持ついくつもの有用な力の内の1つ。
『直観』と言う、自身の身に降りかかる良い出来事や悪い出来事を、その種類と度合いに応じた予感を覚える事で知らせてくれる能力による物だった。
もし仮に、その事に気が付けていた後だったのなら、有はもっと警戒をしていただろう。
そしてもう1点。それは邪神からの忠告にもあった言葉だ。
禍福は糾える縄の如し。幸運と不運はコインの裏表。だから大きな幸運が起きた時には、不運に足を掬われない様に注意すべし。
有は、自身の身に降りかかった不運を女性の体と成ってしまった事だと思ったが、それは違う。
そもそも、邪神の暇つぶしで始まった此度のクラス全員異世界転移。
その難易度は、まあ酷い物だ。
50%の確率で引いてしまうNスキルは、殆ど意味のないゴミ。
47%のRスキルは、ピンポイントで役に立つ場面はあるが、それは必ずしも異世界で生き抜くのに必要な方向性ではない。
ほぼ3%の低確率のSRスキルを引き当てれば流石に多少は楽になるが、それにしたって身寄りも信用も無い身で、異なる世界に放り出される代わりになるかは怪しい所だ。
故に、手井江洲高校2-C組30人のこれからの運命は酷い物だ。
殆どが死ぬか奴隷に墜ち、偶々上手く行った数人だけが、なんとか辛うじてやっていける程度と言う地獄絵図。
しかし、奇跡的な確率を潜り抜けSSRスキルを引き当てた有だけは、その例外だ。
SSRスキルは、正しく英雄への直通列車。他のランクのショボいスキルとは一線を画すチートである。
もしも仮に有がこのまま何事も無く時間を過ごせたのなら、彼女に待ち受けているのは輝かしい栄光の運命だった。
奴隷墜ちしかけていた幼馴染の少女や、異世界の美少女たちをスキルの力で颯爽と救い、彼女たちから慕われる順風満帆な異世界ライフ。
そんな素晴らしい運命が有には待ち受けている筈だったのだ!
だから有は、女になった程度では無くならない程に、自分が未だ幸運であったと認識しておかなければならず、そして、その揺り戻しの不運を細心の注意を払って警戒するべきでもあったのだ。
何故なら、『戦乙女』のスキルに未だ全然慣れていない、今この時、この瞬間こそが、有にとって最大最悪の死地だったのだから!
*****
「あ、あの……」
「んん?」
人気のない小屋の中、琴の音の様に澄んだ声で、有は不健康そうなガリガリノッポの男――達夫に声を掛けた。
それによって有の存在に気が付いた達夫だったが、有の姿を見た瞬間に彼の動きが一瞬止まる。
そして次の瞬間に、彼は逆に激しく動き始めた。
「り、リアルゆーたんキターーーーーーーーーーーーーーーーー‼‼‼‼」
「……え。えっ……?な、なに……?」
行き成り騒ぎ始めた達夫の姿に有は激しく混乱する。
確かに、ボクの名前は有だけど、ゆーたんなんて呼ばれるほど親しくないし、そもそも親しくてもそんな呼びかたはして欲しくないと、目を丸くする。
しかし、有が口下手で上手く言葉を紡げない間にも、達夫の早口キモオタトークが捲し立てられていく。
「ああっ!ゆーたんってのは、俺の今の一押しソシャゲのユグドラシルファンタジー、通称ユグファンに出て来る嫁の事なんだぁ。その名も『天の踊り子』ユーフォリア!青髪爆乳の美少女でぇ、種族が天使って設定だからちょっと普通の人間とは感性がズレててぇ、無口でクールな不思議ちゃんなんだぁ!あ、でもでもぉ~、最初はそっけない態度だったけど1度デレてからは甘々でぇ、この前のイベントでなんか1日中おっパイ枕で添い寝してくれたり~」
(き、聞いてないのにっ。それにそんな事を話している場合じゃ……)
「あの、ボク――」
「ボクっ娘キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼‼」
「ひぅ⁉」
「キミ、本当にゆーたんにそっくりだよぉ!……まぁ、おっぱいが足りてないのだけがちょっと残念だけどぉ」
「ひっ……」
(視線が粘ついて……)
達夫の舐め回すような視線に、有は生理的な嫌悪を感じた。
それにしても全く話を聞いてくれない。
やはり、こういったとにかく捲し立ててくるタイプはとても苦手だった。
しかし状況が状況故に、そんな事も言っていられない。
「とにかく、ボクの話を聞いて……!」
「ん~?」
有が彼女にしては珍しく声を荒げる。
そこまでして漸くマトモな会話が出来るようになって、有はなんとか現状を達夫に伝える事が出来た。
「――と言う事なんだ」
「へぇ~。まさか、キミが本原君だとはねぇ」
(よ、漸くマトモに会話出来た……)
如何な達夫とて、いくら何でもクラスメイトの事くらいは覚えていたらしく、流石にかなり驚いている様だった。
「そうなんだ。スキルの影響で――」
「?イキナリ黙ってどうしたんだい?」
(そ、そうだ!スキル!スキルだよ!)
有は達夫と話している最中に、とある事を思いついた。
スキルの所為で変化してしまった肉体。ならば、元に戻せる様なスキルもあるかもしれない、と。
「……スキル。肝川君のスキルはどんな?ボクの身体を戻せるものだったりしない?」
「ああ、スキル。スキルね……。ふひっ!」
「肝川君?」
有のすがるような願いを聞いた達夫が奇妙な反応を返す。
なにかに気がついた様にハッ!とした後、厭らしい笑い声を零したのである。
「ああ、ごめん、ごめん。何でもないよぉ。それで、俺のスキルだったね。う~ん、残念だけどぉ、大したスキルじゃ無いんだぁ。何が出来るかはぁ――まあ、実際に見て貰った方が早いと思うからちょっと近づいてくれない?」
「う、うん……」
そう言って達夫は、有に向けて自らの手を翳した。
それに、何処となく不穏な雰囲気を感じた有だが、自分から質問した手前、気弱な彼女は達夫の言う通りにすることしか出来ず、彼に近づいてしまった。
「それじゃあ、発動まで少し時間がかかるからちょっと待ってねぇ……。10、9、8、7、6――スキル『劣化愛の矢(1本限り)』‼‼‼」
「………………え?」
カウントを無視して、達夫が勢いよく何かしらのスキルを発動させた。
途端に、彼の手から有に向かって、ピンク色のエネルギー体で出来た、先端がハートの形になっている矢の様な物が飛び出した‼
……もし。もしも仮に、有が後、数日。最悪1日だけでも新しい肉体と、スキルに慣れる時間が合ったのなら、この状況から躱すことも可能だっただろう。
何故なら『戦乙女』のスキルは、少しも鍛えていない現状ですら、銃弾を見てから躱せるほどの身体能力を有に与えてくれているのだから。
しかしどれだけ高性能なスーパーカーだとしても、アクセルの踏み方すら知らないようでは、その真価はまるで発揮出来はしない。
有は、虚を突かれた事も相まって、自分に向かってくる桃色の矢を、ただ呆然としながら見つめることしか出来なかった。
そしてエネルギー体の矢は、そのままの勢いで有の額にぶち当たる。
それによって有に傷が付く事は無かったが、しかし代わりにピンク色の矢が、まるで溶け込む様に、有の頭の中に消えていって――そして、その瞬間。
「あがががががががががががががががががががががががががががが⁉⁉⁉⁉⁉⁉」
有の口からとても大きな叫び声が上がる。
それは、ひとの口から出ては絶対にいけない類の怪音だった。
*****
一体、有の身に何が起こったのか?
それを説明するためには、達夫が邪神から与えられたスキルを説明せねばならない。
彼が、スキルガチャで引いたのは、Rスキル『愛の神の加護(劣化版)』。
効果としては、
・性技・淫具作成の技能の成長率が増加する。
・スキル『劣化愛の矢(一本限り)』が使用可能。
と、言うものである。
そして達夫が、先程有に向けて放ったスキルこそが、『劣化愛の矢(一本限り)』であり、その効果は以下の通りになる。
○『劣化愛の矢(一本限り)』
・対象を決めてエネルギー体の矢を手から放ち、それが当たった場合対象の自分に対する感情が【愛情】に変更するまで感情値を与える。
・このスキルは生涯で1度のみ発動可能。
・このスキルは異性に対してのみ発動可能。
・このスキルは対象の状態異常耐性を貫通する。
・このスキルが発動した場合、その事を対象者はその事に気が付く事が出来なくなる。
・このスキルの影響は、スキルの発動から1年後に消失する。
要は、当てた相手を恋に落とせる矢を1度だけ放てるという事である。
さて、この説明を聞いた者の中には、なんて強いスキルだ!なんて思う人も居るかもしれない。
まるで、エロ漫画やゲームに出てくる強力な洗脳・催眠能力みたいだ!と。
しかしそれは大きな間違いだ。実はこのスキル。本来、そこまで大したものではない。
まず1つ。とても重要なのは、このスキルにはそう言った洗脳能力における重要な部分が存在しないという事である。
それは、与えた感情を維持する機能。
要は、このスキルに出来るのは当たった相手を恋に落とす事
例えば、普段、自分の事をキモがっている女子相手にこのスキルを使ったとしよう。
その場合、少しの間だけ相手を恋に落とせる訳だが、その後すぐに「私、何でこんなキモい奴を好きになってるんだろう?」と好感度が下がって言って、また嫌われる訳である。
つまり、このスキルで恋人なりなんなりを作りたいのなら、そもそも相手に好かれるような人間でなくてはならないという事で…………それならそもそもこんなスキル使わないよ、と言う話だ。
また、もう1つ。このスキルに、恋をさせる以外の認識・常識改変の能力は無いということだ。
一応、スキルの発動と効果に違和感を覚えれなくなる効果はあるが、それは本当にそれだけの効果でしかない。
人妻に使えば「私、夫が居るし……」となるし、家族に使えば「いや、家族だし……」となってしまうだろう。
だから、このスキルは本当に大したものではないのである。
そもそも、有に此処で出会っていなかった場合、達夫は近くの街で好みの女性にこのスキルを使い恋に落とすのだが、前述の通りすぐに嫌われて1度のセックスすらすることなく放り出され、そのままどうすることも出来ず死亡する――そんな運命が待ち受けていたのだ。
そんな程度の大した事の無いスキルなのだ。
ただしそんなゴミスキルにも、一応裏ワザ的な使い道は存在する。
まあスキルの裏ワザというよりは、人の心や頭の機能の誤動作と言うべきなのだが、一度に大量の感情を与えた場合、それが焼き付いて戻りにくくなるのである。
要は、人が人を好きになる状態の数値を100だとするのなら、このスキルはその数値になるまで感情値に+を与えるものである。
そしてその場合、最初から自分に対する感情が99の相手に使っても効果はたったの+1だが、0の相手に使えば+100、-100の相手に使えば+200と相対的に効果が上がっていき、致命的な影響を及ぼしやすくなるということだ。
そういう意味では、人に好かれやすいハイスペックなイケメンよりは、キモオタである達夫の方が活かしやすいスキルではあると言える。
しかしながら、この裏ワザにも明確な難が存在している。
それは、相手に完全に恋心を焼き付かせるためには、一度に相当な量の感情を与えなければならず、そこまで嫌われるのは並大抵の事では無いのである。
それこそ、「こいつ、マジキモい……。生理的に無理……」
人が人を嫌うというのは案外パワーを使うもので、生理的に無理なんてのは表現としては使われても、実際にそこまで嫌える事は中々無いのだ。
それこそ、エロ漫画に出てくる洗脳能力レベルで効果を発揮させようと思ったら、幼い少女の眼の前でその家族全員を惨殺して復讐心を植え付けて、10年以上復讐者として自らを追わせた末に使うくらいはしなければならない。
だから、そんな面倒くさい事を出来るなら、もっといくらでもやりようがあるだろ⁉と言う話である。
しかもそこまでやっても認識改変は出来ないのだから、最悪無理心中されかねないのだから、どれだけ使い難いのか分かろうと言うものである。
纏めれば、この『劣化愛の矢(一本限り)』と言うスキルは、無意味とまでは言わないが、額面ほどには強くなく、とても使いにくい能力だと言うことだ。
――では、どうしてそんな大した事が無いはずのスキルを食らっただけで、有はこれほどまでに異常な状態になっているのだろうか?
スキルの効果がそこまででは無いことは、先程まででくどいほどに説明をした。
ならば、この異常の原因はスキルを受けた側――つまり、有に何かしらの問題があるという事である。
そう、その問題。それは有がTS娘であると言う事だった。
今でこそ女性の肉体になってしまった有だが、その性自認は完全に男であり、また恋愛対象も普通に女性である。
だからこそ、有にとって達夫に恋をするなんて、それこそ
どれだけ仲良くなったとしても、発生する感情は【友情】であり【愛情】では決してない。
そこにあるのは『常識』と言う余りに巨大で硬い壁。
天に浮かぶ太陽が突然落ちてくると真面目に思う人が居ないように、踏みしめている大地が突如消失すると警戒する人が居ないように、有にとって男性に愛情を育むなんて事は、考えすら浮かばない事であった。
けれども今、
結果として有に与えられるのは、件の全てを奪われて復讐者にさせられた場合の時すらも、遥かに上回る恋心の大津波。
成功を約束されていた筈の有の未来が、ここに来て完全にズレて穢され始めた。
*****
「ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎっっっっ⁉⁉⁉」
(あたま、いたいっ…………!)
注がれる。注がれる。注がれる。
腐った蜂蜜のような、甘い腐臭を放つ偽りの恋心が、際限なく有の頭の中に注がれる。
まるで、脳みそをかき混ぜられているかのような感覚。
瞳は虚ろで、口は半開き。腕はだらりと垂れ下がり、全身が時折強力な電流を流されたのかの様に、ビクン!ビクン!と痙攣している。
「ほへっ、ほひょっ、ほへへ~~~~っっ⁉⁉」
(ボクは……。ボクは、肝川君の事が、スキ……?)
有に抗うすべは無い。遂にその本来誰にも侵されざるべきであるはずの聖域である恋心が、土足で踏みにじられる。
「はひっ……?はひひっ……?」
(でも、何で?何で、なんで、なんで、ナンデナンデナンデナンデナンデナンデ……ソウダ。小さい頃カラ、いつも助けてくれていたカラ……)
ただでさえ、生涯最悪の目に遭っている有だったが、そんな彼女に容赦のない追い打ちがかかる。
小さな頃から好きだった幼馴染の少女。そんな彼女との思い出やそれに付随する感情が、有の中で達夫に対しての物だと差し変わり始めたのだ。
先も言ったが、スキル『劣化愛の矢(1本限り)』に、この手の認識改変能力は存在していない。
しかしながら、実際に起こってしまっているのは、やはり人の機能の誤動作による物だった。
人間の記憶や認識と言う物は、しっかりしている様で、意外とあやふやな所がある。
あまりに辛い出来事が続き別の人格が作られる。砂漠で脱水症状で死にかけてありもしないオアシスの姿を幻視する。記憶喪失の人間が周囲の言葉に影響されて、間違っている筈の記憶を真実の物だとして思い出す。 そんな例は枚挙に暇がない。
そして、たった今。有の身に発生しているのもそれらに似た事例だった。
男に恋愛感情を抱くなど、そもそも考えの端にすら浮かんだ事すらなかった有。
そんな彼女に、達夫に対する愛情を覚えさせるべく、偽りの恋心が注ぎ込まれる。
それは余りに大量で、しかも致命的な物だった。
有の感情の中でいくつもの矛盾が発生して、下手をすれば精神が崩壊しかねない状況だったのである。
そんな未曾有の危機に対して、有の肉体が選択してしまったのは、少しでも偽りの整合性を整えて、精神崩壊を防ぐという物だった。
それこそが思い出の捏造。
幼馴染の少女との思い出を、達夫と過ごしたものだと差し替えれば、かなり精神にかかる負荷が弱まるのだ。
それは、熱い物を持ったら反射的に手放す様な肉体の反応で、仕方のない物ではあったが、しかし今の状況においては最悪の一押しだった。
確かに、そうする事によって、この場で直ぐに精神崩壊に至る事だけは避けられる。しかしながらそれは同時に、極僅かに残っていた逆転の目が無くなる事も意味していた。
もしも仮に有が、幼馴染の少女への思い出を達夫との物だと差し替えられず、また精神崩壊もせずにこの場を乗り切れていたのなら、その思い出と、少女に対する想いで、達夫に与えられた偽りの恋心を少しづつ下げて行って、その呪縛から逃れられた可能性があったのだ。
無論。容易い事ではない。
言ってしまえば、針で山を崩すが如き万に一つもない可能性だが、しかし確かに奇跡の逆転の芽はあったのだ。
しかし今、その芽はアッサリと見つかってほじくり出され、何度も何度も靴の裏で執拗に踏みつぶされてしまっているのである。
「ほげっ……。ひぎっ……。かひゅっ……」
(そうだ、肝川クンは、何時もヤサシクて……)
「こら、アンタたち!また有の事をいじめて!」――「デュフフフ。キミたち、ゆーたんの事をいじめるんじゃないぞぉ!」
書き変わる。差し変わる。入れ替わる。
微笑ましく大切な思い出が、偽物になっていく。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛――!」
(イツモ、守られて、バッかりだったけど、イツカ、ボクが守りたいって――)
「大丈夫、有はわたしが守ってあげるからね!」――「ふひひひひっ。ゆーたんは、俺が守ってあげるからねぇっ……!」
小さな。しかし暖かく、輝かしい目標が、薄汚い欲望に踏みにじられる。
「…………………………あ」
(――――――だからボクは、彼の事が好きなんだ)
そして遂に、胸に秘めた純な恋心すら奪われた。
よりにもよって、助けようとしてくれていた相手に、こんな真似をする下衆に。
こうして、本原 有と言う少女(少年)は、肝川 達夫と言うキモオタにガチ恋させられてしまった訳である。
*****
「お~い。ゆーたーん」
「ん、あれ。ボク……?」
「どーしちゃったのぉ?突然」
そうして、有は再起動を果たした。
自分が、何らかの干渉を受けたと言う事実を、『劣化愛の矢(1本限り)』の効果で認識することの出来ない有は、自分に起きてしまった悲劇など知る由もなく、顔に微笑を浮かべた。
「……あ、ゴメン。
そう喋る有には、最初の時の気まずさが一切見られる、ただ溢れんばかりの親しみに満ちていた。
それを見た、達夫は、ニチャァ……と、気色悪く顔を崩した。
「いやいやぁ。色々と会ったから仕方が無いよぉ。でも、ゆーたんと合流出来たのは、不幸中の幸いだったなぁ」
「うんっ!達夫と離れ離れにならなくて良かった――!」
「…………!でも、体がそんな風に変わっちゃって、大変そうだね、ゆーたん」
「そう、だね。正直、かなり気が沈んじゃってるかも……。だけどその分、強い、らしいから。何時もとは逆に達夫を守れるって、ポジティブに思うことにするよ」
「……いつも?」
「うん。こんな時に言うのもなんだけど、達夫は小さな時から、ボクの事を守ってくれてたから……。今度は、ボクが頑張る番だよね!」
「………………いやぁ。
「えへへ……。頑張るね♪」
有は、胸の前で可愛らしく両手をぎゅっ!と握りしめた。
その微笑ましさとは正反対に、達夫は爬虫類を思わせるようにじっ……と、有の事を観察していた。
自分のスキルがどれほど有に効果を発揮したのかを見極めていたのである。
そして彼は、どうやら自分が有にとっての幼馴染の少女の立ち位置を乗っ取った事に気がついてしまったらしい。
「それはそうと、何時までも、ここで喋ってる訳にもいかないよねぇ。とりあえず、川沿いを歩いて人が居る場所を探そうよぉ」
「あ、うん。そうだね」
「さ、行こうか」
そう言うと、達夫は有に近づいて、馴れ馴れしく彼女の肩に手を回した。
「……?どうしたの、達夫」
「いや、ちょっとね。ほら、これからも仲良くやっていこうよって言う意思表示……みたいな?」
「ふふっ、変な達夫」
達夫の突然の行動に、有は疑問こそ浮かべたものの、しかし不快感は一切表さなかった。
それを確認した達夫は、あろうことか有の小ぶりな、しかし確かに女の子らしい膨らみと柔らかさがあるおっぱいを、服の上から揉み始めたのだ。
「……っ。た、達夫?」
「……………………」
「あの……。えと……」
有の困ったような言葉に、達夫は答えない。
もみもみ❤もみもみ❤と、本来、彼の様なキモオタには一生縁のない、超絶美少女のおっぱいを無遠慮にひたすら揉みしだく。
それに対して、一瞬何かを物申そうとした有だったが、結局口に出すことは無かった。
彼女は、その極めて整った顔を林檎の様に真っ赤に染めて、達夫のなすがままにされていた。
片や胸を揉みながら、片や胸を揉まれながら、何とも言い表し辛い行動を取りながら、2人は互いに無言で川沿いの道を歩く。
「ひひひっ――!」
「…………っ⁉」
現時点でもう既に、好き勝手に動いている達夫だが、押しに弱い有が抵抗出来ないのを良い事に、その行動を更にエスカレートさせ始めた。
体が全体的に一回り小さくなった影響で、ぶかっ、とした有のワイシャツ。
達夫は、その胸元から自分の手を差し込んだのである。
マシュマロの様に柔らかくてすべすべな、生おっぱいが下品な手つきで撫でまわされる。
有は、思わずビクッ!と体を震わせたが、しかし達夫は気にしない。
そのままその指先で、綺麗な桜色の突起を摘み上げるなんて蛮行に出て――
「――痛いっ⁉」
「おっとぉ!」
「き、興味があるのは分かるけど……。流石にもう止めて……?」
「ごめん、ゴメン!ちょっとやり過ぎちゃったよぉ。それにしても、適当に触っても簡単には気持ち良くならないんだねぇ」
「えっちな漫画じゃないんだから、そんな風にはならないよ……」
「うーん。リアルはやっぱり二次元とは違うなぁ。後、ゆーたんの今の姿、ユーフォリアたんにそっくりだけど、胸が小さいのだけが残念だなぁ」
「一杯、触った後に残念そうにしないで……?それに、これで胸まで大きかったら、感覚が違い過ぎてボク、混乱しちゃうから良かったよ」
「え~。俺としては健やかに育って欲しいけどなぁ、ふひっ!」
「嫌だよ……」
流石に我慢できなくなった有の口から、制止の言葉が飛び出した。
達夫も深追いはせず、有の胸元に差し込んでいた手を直ぐに引き抜いた――ただし反省の色は一切見えなかったが。
途中まで、されるがままになっていたとは言え、散々凄まじい干渉を受けたと言われた割にはマトモな反応を見せる有だが、それも当然の事だ。
何度も言ったが、有が達夫のスキルによって変わってしまったのは、極めて大きな恋愛感情を持たされたのと、幼い頃の思い出が乗っ取られてしまった事
少し触れられただけで、気持ち良くなってしまうエロゲヒロインボディになった訳でも、常識を弄られて恥ずかしい事を恥ずかしいと思えなくなった訳でも無いのである。
……ただ、それが有にとって幸運か?と問われれば、答えるのは難しかった。
(――っ。た、達夫にあんなに触れられてっ……!うれし――だ、駄目だ、こんな風に思っちゃ!ぼ、ボク、男の子なのに、喜んじゃったなんて知られたら、達夫に気持ち悪がられちゃう……!)
「……?どしたの、ゆーたん。ぼーっとして」
「――ぁっ⁉何でもない、何でも無いよっ!さ、暗くなる前に、人のいる場所が見るかるように、早くいこっ?ね?」
「んん~?まあ、良いかぁ。それもそうだね。これからの事は落ち着ける場所で話せば良いもんねぇ」
表面上は何とか取り繕っている有だったが、その内面はぐちゃぐちゃだった。
基本的に恋愛感情以外は弄られていない――それはつまり自分が男であり、男性は恋愛対象者ではないという常識を持ったまま、しかし同性である筈の達夫に対して底が見えない程の愛を感じてしまっているという事だった。
――達夫に何かをされると、凄く嬉しい。求められると、心が一杯弾んでしまう。
けれどもそれはおかしな事で、表に出してしまったら変に思われてしまう。
そんな、苦悩が有を苛んでいた。
どうせ、無茶苦茶にされるのなら、常識や人格も一緒にされてしまえば、少なくともこんな苦悩は感じなかっただろうに。
これでは、精神的な拷問も同然だった。
「それじゃあ出発~。ふひひっ、これから楽しみだねぇ、ゆーたん」
「……う、うん」
(ボクが、達夫の事が好きなのはバレない様にしないと……)
偽りの恋心に翻弄されて、有は1人悲壮な覚悟を決める――その相手は、自分に欲望の限りを尽くそうとしていると言うのに。
これより彼女の人生を終了させる、逃れようのない、淫らで淫靡なクエストが始まる――。