でも、いつもより多少長めになっています。
再会
柔は今、アメリカのニューヨークの地に降り立った。何の問題も無く入国審査などの手続きを終え、荷物を受け取る。
耕作に食べさせてあげたくて、日本から食料も持参して来ている。もちろん、書類も提出して日本から持ち込める物だけだが、インスタントのご飯や味噌汁の素やふりかけは、アメリカでは重宝するだろう。
とにかく、耕作に会う為の準備は万全に整えて来た。
(耕作さん…どこにいるかな?来てくれてるはずだけど…)
柔はずっと、今日のこの日を楽しみにしていた。耕作と恋人同士になってから初めて会えるからだ。電話や手紙は交換し合ってはいたが、実際に会えるのは、やはり気持ちが全然違った。
(耕作さん…!早く、早く会いたい…!)
柔は逸る気持ちを抑え、懸命に大好きな恋人の姿を探した。周りは背の高い人ばかりで、柔は埋もれて隠れてしまう。
なかなか恋人の姿が見つからず、柔は少し不安になるが、必ず迎えに行く、と言ってくれたから、必死にその姿を探す。
「柔さん!柔さーん!」
その時、微かに自分を呼ぶ声が聞こえた。大観衆の中でも彼の声だけ聞こえる、という能力を持つ柔は、咄嗟に声のした方に振り向いた。
「…耕作さん!」
柔のその目が、彼の姿を捉えた。柔は、大きな荷物を携えながらも、彼に向かって駆け出す。
「柔さん!」
耕作も柔の姿に気付き、柔に向かって駆け出した。そして、成田で別れた時と同じ様に柔が耕作の胸に飛び込んで、二人は再びしっかりと抱き合った。
「耕作さん!会いたかった!」
「柔さん、俺も会いたかったよ。ずっとこうして抱きしめたかった」
耕作は、ギュっとしがみつく様に抱きついてくる柔を優しく抱きしめて髪を撫でながら、そう言った。
柔は、耕作の逞しい腕に抱かれながら、溢れる涙を堪える事が出来なかった。柔は、耕作の腕の中が心地良くて、いつまでもこうしていたかったが、何とか心を落ち着かせ、体を少し離して大好きな恋人の顔をしっかりと見た。
「柔さん、落ち着いたか?」
耕作は、自分を見上げてジッと見つめてくる恋人に内心ドキドキしつつ、平静を装って訊いた。
「はい、もう大丈夫です」
柔は、実はこの時、耕作との初キスを期待していた。柔は耕作とキスしたくて、わざとジッと見つめてみたのだ。だが、鈍い耕作は気付いてくれる事は無く、柔は少しガッカリしてしまった。柔も、恋人が出来たのも初めてで、しかもシャイな性格である為、キスして、なんてストレートに言えるはずも無く、この場ではキスはお預けとなった。でも、柔はこのアメリカ旅行を決めた時、耕作に対して今までの様な酷い態度では無く、もっと素直になろうと決めてここに来ていた。もう、自分が素直になれないばかりに経験したあんな思いは、二度と柔はしたくなかったからだ。
(まあ、まだ来たばかりだし…チャンスはあるわよね。耕作さん、お仕事あるし、忙しいだろうけど、少しでも長く一緒に過ごせたら良いな)
耕作は、柔が落ち着いたのを見計らうと、柔の荷物を取って言った。
「じゃあ行こうか。駐車場に車停めてあるんだ」
「え?車ですか?耕作さんが運転してきたんですか?」
柔が驚いて聞き返した。柔は、これまで耕作が車を運転しているのを見た事が無かった。車はいつも鴨田に運転してもらっていたし、耕作はバイクにずっと乗っていたから、車は運転出来ないのだろうと、柔は勝手に思っていた。
「…ああ、俺、車の運転出来るよ。でも、バイクの方が好きだから、日本ではバイクばっか乗ってたけど。でも、こっちは車社会だし荷物もあるから、バイクより車の方が都合良いんだ」
柔は、その事実を聞いて少し複雑な気持ちになった。知り合って六年経っていて、ずっと想い続けていたのに、彼が車の運転が出来る事さえ知らなかったなんて…。自分は一体、彼の何を知っているのだろう?
「柔さん?どうかしたか?」
駐車場に向かって歩きながら、耕作は少し表情が暗くなった柔を心配して声をかけた。
「耕作さん、車の運転出来たんですね。あたし、知らなかったです。あたし、耕作さんの事で知らない事がたくさんあるなぁって思って、ちょっと寂しくなっちゃって…」
「…え?いやいや、俺達まだこれからだろ?俺は、日本じゃ全然車の運転してなかったし、ただの一介の記者と選手っていう関係だったんだから、知らなくても無理無いよ!」
耕作は努めて明るく言ったが、柔は立ち止まって首を横に振り、まっすぐに耕作を見た。耕作も、思わず立ち止まって柔を見た。
「…違います。耕作さんはずっと、あたしにとってはただの一介の記者なんかじゃなかったです。あたしの事をずっと見守ってくれて、励ましてくれて、支えてくれた、あたしのとっても大切な、たった一人の特別な人でした。いつの間にかあたし、耕作さんの事をすごく好きになってました…」
柔の真剣な言葉と眼差しに、耕作は素直に嬉しくなった。そして、耕作も柔の想いに応える様に、優しい眼差しで柔を見つめながら言った。
「柔さん…ありがとう。でも、さっきも言ったけど、俺達はまだ始まったばかりで、まだまだこれからだよ?今は俺の事よく知らなくても、これから知ってくれれば良い。それよりも、俺達がお互いの事を想い合ってる、その事の方が重要で大切な事じゃないかな?それって、きちんと俺の内面を見て好きになってくれたって事だろ?」
「…!!」
柔は驚いて耕作を見た。それは、耕作の言う通りだったからだ。自分は、不器用だけどとっても優しくて、誠実で、情熱的で、はっきり言うべき時はきちんと言ってくれたり、そういう真っ直ぐさも持っている彼の事を好きになった。自分は、彼の内面をしっかりと見て、そこに惹かれていた。自分は彼の素敵なところを、もうたくさん知っている。耕作の言葉が、柔の心を軽くしてくれた。
(そうよ、あたし、なんて小さな事でウジウジ考えたんだろう。ちゃんと耕作さんの事、たくさん知ってるじゃない。それにこれから彼の新しい事もたくさん知れるって事よね。それってすごく楽しみな事じゃない?)
「耕作さん…あたし、やっぱり耕作さんの事大好きです!」
柔はそう言って微笑むと、耕作の頬にキスをした。ここが日本だったら、自分から頬にキスなんてしないし、出来ない。日本ではマスコミやファンの目があり、そんな事したらいつスクープされるか分からない。でも、ここはアメリカで、誰も自分達の事なんて気にしていないし、見てもいない。柔は、日本にいる時よりだいぶ解放的な気分になっていた。そのアメリカという環境が、シャイで臆病な自分を助けてくれていると実感していた。
「…!!」
耕作は突然柔から頬にキスされて、驚いて固まってしまった。耕作も、まさか柔の方から例え頬とはいえキスしてくるなんて思いもしなかったからだ。今までの柔なら、そんな大胆な行動するなんて考えられなかった。
(柔さん…なんか大胆というか積極的じゃないか?キ、キスしてくれるなんて…俺への気持ちもちゃんと伝えてくれてるし、嬉しすぎる…俺も、その辺、しっかりしないといけないよな)
「さ、早く行きましょ!耕作さんが運転してるところ見てみたいし、どんなところに住んでるのかも早く知りたいです!」
先程までとは打って変わって表情が明るくなった柔を見て、耕作は一安心した。自分が柔にかける激励の言葉や声が、柔にとって効果絶大である事を、この時点では耕作はまだ知らない。
二人は駐車場に着き、停めてあった車に荷物を詰め込み、車に乗り込むと早速出発した。
「この車、社用車だからちょっとボロいけど、まあ、無いよりかは全然マシだから」
柔は、そう言いながら車を運転する耕作をずっと見つめていた。車を運転する彼を初めて見た柔は、とても新鮮な気持ちになった。柔は、バイクに乗っている耕作がカッコ良くて好きである。後ろに乗った時は怖い思いもたくさんしたが、バイクだと後ろから堂々とギュッと抱きつけるから、何気にすごく嬉しかったのだ。でも、車を運転している彼はまた別の魅力があり、柔にはとてもカッコ良く見えていた。
「そんなジッと見てても、何も出ないぞ?」
前を向いたまま、耕作が笑顔で言った。柔があまりにもずっと見てくるので、耕作は運転しながら少し緊張していた。
「だって車の運転してるところ初めて見るし、なんか新鮮だし…会ったのも久しぶりだからずっと見ていたいの…ダメですか?」
可愛いらしく、ダメですか?なんて言われて、ダメなんて言える訳が無い。完全に耕作の負けである。惚れた男の弱みというものだ。
「い、いや、ダメじゃないよ、ハハハ…」
耕作は柔に見られる事を結局受け入れる事にしたのだ。緊張はするが、柔がそうしたいならそうさせてあげたいと耕作は思った。
そんな中、柔はある事に気付いていた。日本ではほとんど聞かないクラクションの音が時々あちこちから聞こえてくるのだ。それが柔は少し怖いと感じていたが、耕作は慣れているのか、全く動じる事無く安全運転に徹していた。彼はバイクだけでなく、車の運転にも長けていた。日本でほとんど運転していなかったなんて信じられないくらいだった。
「柔さん、アパート行く前にちょっと寄りたいとこあるんだけど、寄っても良いか?」
「え?寄りたいところ…ですか?」
耕作の運転姿にポォッと見惚れていた柔は、不意に彼から声をかけられてドキッとした。だが、ずっと前を向いたままの耕作は、柔の動揺には気付かなかった様だ。
「こっち来てさ、色々店を探してて見つけたデリなんだ。そこなら野菜サラダとか結構置いてて、そこ行けばバランス良い物食べれるからさ。今日の夕飯はそこで買っていかないか?」
柔は耕作からそう言われ、少し考えた。久しぶりに彼に自分の手料理を振る舞いたい気持ちもあったが、そうなると材料が足りない。これからスーパーに行って材料を買っても良いのだが、そうなると夕食の時間が少し遅くなってしまうかもしれない。日本にいる時は、いつも彼の部屋を掃除してから作っていたからだ。それに、もう出来ている物を買おうというのは、自分に対する彼なりの気遣いかも?と思い、柔は耕作の提案を了承した。
「そうか。じゃあ行こうぜ」
それから数分後には車はデリに到着した。店の近くのパーキングに耕作けは車を停めた。
「あの店だよ」
車を降りて耕作は店を指差すと、自然に柔の手を取り歩き出す。その耕作のさりげない行動に、柔はドキドキと胸をときめかせてしまう。好きな人と街を手を繋いで歩く…そんな恋人同士のごく当たり前の事を自分もしたいと、ずっと憧れていた事が今、現実になっている…それが柔にはたまらなく嬉しかった。柔は、彼の大きな手をそっと握り返した。自分のこの気持ちが、大好きな彼に伝わる様に。
耕作は店のドアを開けると、どうぞと柔に先に入る様に促して、自分は後から店に入った。すると、すぐに店員から声をかけられる。
「あら、松田くんいらっしゃい…あら?今日は女の子と一緒…あ!もしかして彼女さんかしら?こんにちは!」
気さくに、しかも日本語で声をかけられて柔は驚く。まさかここで日本語を聞くとは全く思っていなかったからだ。
「ああ、紹介するよ。俺の彼女の猪熊柔さん。俺に会いに、わざわざ日本から来てくれたんだ。柔さん、この人はここのオーナーの奥さんで、二人でこの店やってるんだ,。旦那さんも日本人だよ」
「あの、初めまして」
柔は丁寧に頭を下げて挨拶した。彼女、と紹介されて、また柔は嬉しくなる。
「どうぞ好きな物選んでいってね。サービスしておくから」
店員はそう言うと、店の奥に入っていった。少しすると店の奥から男性が出て来て、耕作に話しかけた。
「やあ、松田くん。いらっしゃい。彼女さん連れて来たってウチのから聞いたから挨拶しておこうと思って」
どうやらこの店のオーナーらしい。彼はそう言うと柔に挨拶をした。柔もお辞儀をして挨拶を返した。
「ゆっくりしていってください。あちらで食べる事も出来ますから」
オーナーは柔に微笑むとまた奥に戻って行った。
「オーナーはここのシェフでもあるんだ。普段は二人とも俺が英語が早く上達する様にって、英語て話してくれるんだけど、今日は柔さんがいたから日本語だったな」
それから二人はローストビーフのサンドイッチとエビとアボカドがレタスに乗ったサラダを選んで購入した。
「これ、サービスしておくわね。二人ともたくさん食べてね、ウフフ」
彼女はそう言うと、もう一つの袋を差し出して耕作に渡した。中を見ると、ポテトサラダとコーンスープが容器に蓋をしてある状態で入っていた。
「え…こんなにたくさんもらっちゃ悪いよ」
「何言ってるのよ、せっかく恋人が来てくれてるんだもの、サービスするって言ったでしょ?それに…猪熊さん、ちょっと彼借りるわね!すぐ返すから安心して」
柔に一言告げてから、彼女は耕作に従業員スペースに入る様促し、柔に内容が聞こえても分からない様にする為が、英語で耕作に話しかけた。
「 耕作くん、八日はちゃんと彼女、ここに連れて来てね。あと…余計なお世話なのは分かってるんだけど、あなた達アレはまだしてないんでしょ?もしかして、ソレも彼女の誕生日に…とか、ロマンチックな事考えてたりしてる?」
「…え…」
彼女の明け透けな問いかけに、耕作は思わず絶句したが、彼女が真剣な表情をしていたので耕作は姿勢を正して真面目に答えた。
「まぁ…そうしようと決めてた訳じゃないですけど、少し頭をよぎったりはしましたね。でも、すごいですね、綾子さん。なんで分かったんすか?」
「まぁね…。それよりあの子、柔道金メダリストの猪熊柔さんでしょ?それに、彼女相当シャイな子なんじゃない?」
「…はい、そうです。その猪熊柔さんですし、性格もそうだと思います」
「そうでしょ?…もしも今日、あの子があなたとしたいって少しでも望んできたら、きちんと受け入れてあげるのよ。シャイな子がソレを望んで求めるのって、すごく勇気と覚悟が要る事よ。もし拒否したり流しちゃったりしたら、彼女相当傷付くと思う。彼女が金メダリストだとか、あなたの気持ち的に色々あると思うけど、彼女の誕生日にっか拘らないで、彼女の気持ちを一番に考えてあげて。でも、あなたの方からリードする方がより良いけどね」
耕作はもちろん柔としたいと思っていたが、もし富士子と花園の様に子供が出来てしまったりしたら大変だと思っていた。柔の祖父である滋悟郎からも何を言われるか分かったものではない。色々深く考えてしまっていたのは事実だった。でも、綾子からは彼女の、柔の気持ちが一番大事だと諭されてしまった。もう柔を泣かせたり傷付けたりしたくはない耕作は、覚悟を決めた。
「分かりました。彼女の気持ちを優先して考えます」
綾子は頷いて微笑むと、柔に向かって振り向いて言った。
「ごめんなさいね、待たせちゃって。彼、アメリカ中走り回って頑張ってるわ。このお店に来てくれる様になったのは、日本にいる恋人が食事の心配をするから、野菜を摂れる様なお店を探しててここを見つけたんですって。あなたも、遠距離恋愛で大変だと思うけど、二人で乗り越えて頑張ってね。松田くんに、あなたがしっかりしなさいって今お説教しておいたから!」
「あ、はい。ありがとうございます」
しばらくの間放置されていた柔は少し不機嫌になっていたが、綾子からかけられた心のこもった言葉と、英語を聞き取り、普通に会話していた耕作に感心し見惚れていたので、何か大事な話しがあったのだろうと思い直して、素直にお辞儀をして挨拶した。
「待たせてごめんな。じゃあ行こうぜ」
店を出て車に戻る途中、二人が話していた内容がやはりどうしても気になってしまい、柔は耕作に尋ねた。
「さっきあの人と何話してたんですか?お説教しといたって言ってましたけど…」
「…まあ、俺達が遠距離だから頑張らないといけないって言われたんだ。あとは…君の誕生日の時、あの店で二人でディナー食べないか?夜は店閉めて、俺達の貸し切りにしてディナー用意してくれるって言ってるんだけど…」
「…え?ディナー用意してくれるんですか?」
「うん。パーティーするとかじゃなくて、邪魔しないで二人だけでゆっくりさせてくれるって言ってるし、あの店、結構味も良いんだ。どうかな?」
柔はその提案を聞いて少し思案した。誕生日当日は二人だけで過ごしたいと考えていたからだ。夕飯も自分で作ろうかとさえ思っていたのだ。
「今すぐに決めなくても、少し考えてくれても良いよ。でも、せっかくのご厚意だし、君も自分で作らなくてもいいから、良い話しだと思うんだ」
柔は、その提案を受け入れる事にして頷いた。彼が、仕事が忙しい中でもこうして人脈を築いている事に、素直に感心したのだ。内向的な自分にはとても真似出来ないと、柔は感じた。
「そうか。じゃあ8日はあの店に行こう!」
耕作は、柔の承諾を得られた事に一安心したのだった。
女性従業員の名前、綾子さんです。
ついに二人が再会しました。私が書きたい、松田さんの事が大好きすぎる柔ちゃんを少しでも表現出来る様に頑張ります。