喜多ァ!イクよっ! 作:マイケルみつお
虹夏ちゃん曇らせ展開が苦手な方は今話を飛ばして次話を読んでみて下さい。ルート分岐前の共通部分は次話でも描きますので遠慮なく飛ばして下さい。
「あっはっはー! ぼっちちゃんばんざーい! 春日部トラウトー!!」
ライブハウスSTARRY。ライブもなく観客もいないこの場で、星歌というストッパーを失った廣井きくりは──荒れに荒れていた。両手で酒瓶を持ち、お気に入りの後藤ひとりに全力で絡んでいる。ヒモと郁代はバックヤードで個人練習。虹夏は星歌と共にヒモを呼び戻しに。そしてリョウは──
「どうして逃げるんですかリョウさーん!」
廣井きくりから逃げるためか、この場に残された哀れな犠牲者はひとり一人だった。
「く、臭い......」
いつにも増して酒臭いきくりに抱きつかれてひとりは白目を剥く。いつもの「ひとりのような表情」になるためのカウントダウンが始まった。だがきくりの横暴もここまでだ。
「何をやっているんですか??」
「ヒィッ!」
きくりの唯一と言ってもいい天敵、ヒモが伊地知姉妹に連れられてやってきたからだ。
「ヒ、ヒモくんどうして......」
「私が連れてきたんです! (キターン)」
ライブがない日だからこそ、何の警戒もせずにSTARRYに遊びにきていたきくり。この後の自らの結末を悟り顔面は蒼白する。先ほどまでの酔いも一瞬にして醒めた。
「きくりさん。取り敢えずぼっちさんから離れましょうか」
「ハイ」
「やっぱり晶羅くん強烈だなぁ。後は任せた」
きくりの流れるような正座を見て星歌は仕事に、ひとりはトラウマを思い出したのかいつもの発作が始まった。ヒモは冷たい視線できくりを見下ろす。
「いつも言っていますよね? 酒の飲み過ぎだって。ぼっちさんが優しいからこれだけで収まっていますけど──」
「......ハイ」
ヒモの止まらぬ説教にきくりは俯いて枯れた返事をする事しかできない。きくりの脳内にはヒモに対する恐怖が、本能に刻み込まれているのだ。
「全く......そんなにお酒を飲んでいたらいつか本当に取り返しのつかな......」
「?」
普段通り、また年下の青年に雷を落とされ長い説教が始まると思ったきくりはヒモの異変にきょとんと首を傾げる。ヒモが最後まで言葉を紡ぐ事ができなかった理由は至極当然......
「(酒で取り返しのつかない事をしてしまった僕が言える事じゃないね......。きくりさんは本当に取り返しのつかない事はやっていないし。それに比べて僕は......)」
脳裏に浮かんだのは昨夜の映像。ヒモは酒に酔い、きくりと違って取り返しのつかない事をしてしまった。今の彼に、きくりに対してどうこう言える資格はない。
「......いや、飲みすぎると身体に悪いから気をつけてね」
「ハイ。......あれ、これで終わり?」
「何? もしかして怒られたかったりとか?」
「そ、そんな事ないよ! じゃ、じゃあね! ぼっちちゃんにみんな!」
いつもより遥かに短かったお説教タイムにきくりは目を丸くしながらも、ヒモの気が変わらない内に退散しようと走って逃げていった。
「............」
そしてその様子を虹夏は冷ややかな目で見ていた。
「ねえヒモくん。この後ちょっと時間あったりする? 今日STARRYの片付け少し多くて......。手伝ってくれないかな?」
「ん? いいよ。分かった」
──────
「よし、これくらいでいいかな? 虹夏」
「うん、ありがとうね」
結束バンドの練習も終わり、STARRYも本日の営業を終了して残っていたのはヒモと虹夏だけ。ひとりや郁代達はとうに帰宅し、店長の星歌も既に上階の自宅に戻っている。と言うのも......
「(そんなに片付けの量は多くなかったんだけど......)」
わざわざヒモに男手を頼るものではなかったから。STARRYの片付けは人に手伝いを頼むほどの量はなかった。つまり虹夏がヒモを呼んだのは......
「(STARRYの片付けとは違うところにある)」
ヒモの角度からは虹夏の顔を見る事ができない。ただし彼女の背中からは怒り、哀しみなど負の感情が発せられている。けれど分からない。ヒモはなぜ虹夏がこうも怒っているのかが分からない。
「......ねえヒモ君」
「うわっ! どうしたの?」
そんな虹夏が向こうを見たまま話しかけてきたもんだから、ヒモはだらしのない声をあげてしまった。
ライブの時とは違い照明も暗く、互いの表情も伺い知れない。ヒモは虹夏の意図が分からず思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「ヒモ君さ......喜多ちゃんと凄く仲良いよね」
「えっ......?」
虹夏の問いかけはヒモの予想の埒外からくるものだった。
「いや、凄く仲がいいって事は......。結束バンドの皆とそんなに変わらないと思うよ」
「でもキスしてたよね」
「えっ......」
「私、さっき見てたんだ。ヒモ君と喜多ちゃんがキスしてたところも、ヒモ君が喜多ちゃんの事を下の名前で呼んでたところも」
「............」
「昨日まではそんな事無かったよね? 昨日のライブの打ち上げの後──何かあった?」
「............」
ヒモは罪悪感から虹夏の言葉に対して上手く言葉を紡ぐ事ができない。
「お酒が絡んで──間違いが起こっちゃったんだよね?」
「......喜多さんから聞いたの?」
「見てたら分かるよ」
ヒモに対して背中を向けていた虹夏は反転し、ヒモとの距離を縮めていく。
「私も、喜多ちゃんと一緒でヒモ君の事、ちゃんと見てたんだよ」
「............」
「喜多ちゃんとはどこまでやったの?」
「......それは」
「答えて」
「......その......最後まで......です」
虹夏の真っ直ぐに貫く視線が──なんだか浮気を詰められる旦那のような緊張をヒモに与えていた。
「そっか」
そう言った虹夏の表情をヒモは直視する事ができない。
「......ねえヒモ君。こっち見て」
「(虹夏は......怒っているだろうな。それもそっか。彼女が大切にしてきたバンドを──僕が壊してしまったのだから。......甘んじて裁きを受けよう)」
覚悟を決めて顔を上げたヒモを襲ったのは──唇に触れる柔らかな感覚と鼻腔をくすぐる甘い香り。
「ちょっ! 虹夏何を......!」
「喜多ちゃんも結束バンドの皆と変わらないんでしょ?」
「うわっ!」
虹夏はヒモを、ステージの段差に上半身だけ押し倒してから再び唇を重ねる。
「ねえヒモ君。喜多ちゃんと付き合っている訳ではないんでしょ」
「それは......うん」
「なら問題ないよね」
「......え?」
「お願い......。私を──大人にして」
経験はないはずだが、虹夏はその器用さでもってヒモと唇を合わせながら片手でズボンのチャックを下ろしていく。
「ダメだ!」
しかしヒモは虹夏のその手を阻む。がしりと彼女の手を強く握るヒモからは──強い拒絶が表れていた。
「(僕は郁代の件で、二度と過ちを犯さないと誓った。今、感情に流された虹夏に手を出せば──それは既に傷つけた郁代を更に傷つける事になる)」
「なん......で......」
好きな人から向けられた明確な拒絶は今まで彼女の中で溜まっていた何かを決壊させた。
「喜多ちゃんとはしたんだよね?」
「......うん」
「......喜多ちゃんとはしたのに私とはできないって事?」
「......そうだ」
「......どうして......」
虹夏の手は震え、瞳からは涙が溢れ出す。その涙は重力に従って落下し、ヒモの衣服を濡らす。
「虹夏の言う通り、僕はかつて過ちを犯した。......その過ちを繰り返す訳にはいかない」
「過ちって......! 私は!」
「僕は自らの過ちによって傷つけた人の責任を取らなければならない」
虹夏と交わる事は、自分の過ちによって傷つけた郁代に対する明確な裏切りだ。
「......僕は自分が思ったより何倍も最低な人間だった。だから、もうこれ以上過ちを犯す訳にはいかないんだ」
「......何で......どうして......ッ!」
「......ごめん。本当に......ごめん......ッ!」
ヒモは声にならない虹夏の泣き声を背に受けながらSTARRYを後にした。
次話は虹夏ちゃん救済ルートですが、気が向いたらこの曇らせルートの続きも描いてみたいなと思います。