女は溜息をついた、最近はバブルの頃が懐かしいと思ってしまう、だが、それ以上に感じるのは働きたくないということだ。
自分は決して若くはないが、もう少しゆっくりしたい、遊びたいという気持ちになってしまうのだ。
周りが次々に結婚をして中には海外移住、日本には当分戻らない、永住するつもりだという話を聞くと羨ましいだけでなく、何故と思ってしまう。
自分は彼女たちに対して決して劣っているとも負けているとも思っていないだけに笑顔で話を聞いていても一人になるとがっくりとしてしまうのだ。
思い切って結婚しようと思った、だが、現在、付き合っている男性の中に結婚を考えている男性はいない。
結婚したら共働きというのが少し前までは普通だったが、自分にその選択はなかった。
贅沢な生活をしたい、それだけの価値が自分にはあると思っていたのだ、自分磨きの為にエステや化粧には金をかけていたし、そこそこに男からの誘いはある。
ただ、結婚を視野にいれるとどうしても躊躇してしまう、どうせなら羨ましがられるような結婚、生活をしたいと思っていたのだ。
そんなとき、同窓会のはがきが来た。
大学の時に仲の良かった男友達の顔を思い出す、何度かデートをして付き合おうと相手から言われたときもあった。
あのとき、付き合っていたら何か変わっただろうかと思ったが、今更、後悔しても遅い、だが、残り物には福があるなんて言葉を思い出し、行ってみることにしたのだ。
「池上、凄いじゃないか、テレビでよく見るぞ」
「忙しいんじゃないのか」
「あとでサインをくれないか」
会場のレストランに集まったのは四十人ほどだ、家庭や仕事で忙しいのだろう、だが、ネットの普及でメールやタブレットでスカイプで会話をしているので、もしかしたら、ほぼ全員が参加しているような、そんな雰囲気さえ感じてしまった。
そんな中、注目を集めている人物がいた、池上章人(いけがみ あきひと)皆に囲まれている姿を見て女は誰だと不思議そうな顔になったのも無理はない。
自分の記憶、印象にあまり残っていないからだ。
だが、周りの会話を小耳に入ってくると気になってしまった。
最初は社会情勢だったが、若い人にも理解しやすい話し方だと人気が出てきたので色々な分野に年齢を問わずにコメンテーターとしてテレビに出ているらしい。
それだけではないラジオが動画など、無料配信も行っているので人気もあるのだろう。
学生時代の彼の顔は、どんな感じだったろうか、思い出そうとしたが記憶にはない。
だが、少し離れたところから見ると決して悪くはないスタイルだし、顔つきだ。
それに芸能人というのが気になる、結婚はしているのだろうか、いや、芸能人なら妻以外の女性がいても不思議はない。
「久しぶり、池上君、覚えている、あたしのこと」
不思議そうな顔になった男だが、名前を呼ばれて女はにっこりと笑った。
男の困惑した、いや、照れたような笑いに、この瞬間、女は自分の未来を現実にしてみせると思ったのだ。
池上章人が結婚していたというのを知ったのは二回目のデートの時だった。
だが、三年で別れた、子供もいないということを知って女はほっとした、都合が良いと思った。
どうして離婚したのと理由を聞くと、躊躇うことなく、仕事で忙しかったからだという。
池上もだが妻も仕事を始めて互いに忙しくなり、日常の生活、時間のズレが大きくなった、昼夜逆転ということも珍しくなくなり、別れたのだという。
もう、結婚はしないのと聞くと池上は忙しいからという言葉が返ってきた。
脈有りではないかと思った女は自分から思い切って切り出すことにした。
だが、自分から付き合ってといいだすのは正直なところ、気が引けた、もし断られてしまったら、それこそプライドがズタボロだ。
付き合ってくれと言われて振ったのは自分からだが、その反対はと、考えただけで、気分がよくない。
もう少し、付き合いを深めてからにしようと女は思った。
駅構内にある、こじんまりとした居酒屋に沢木裕はたまに立ち寄る、酒は嫌いではないが、泥酔するほど飲まないのは仕事とバイトに支障を出さないためだ。
舞台役者という自分が名前を知られるようになったのは、ここ最近の事だ、若い頃はバイトの掛け持ちは当たり前だった、だが、できることなら役者だけで食べていきたいと思っていたのだ。
自分は役者ですと言えるようになるまでの道のりは決して楽なものではなかった。
数年前にwitterのアカウントからの連絡は懐かしい女性からだった。
木桜春雨、本や映画が好きで、その点で話があったのだ。
舞台を観に行くからと、それだけだ。
日、時間を教えてくれたら、そのときに会って話もしたいと思っていたのに、いかにも彼女らしい文面に思わず笑ってしまった。
ところが、Twitterの伝言から一週間後、自分に愛他に来た男性に沢木は驚いた。
自分より若い男だが、スーツに身を固めた男はただのサラリーマンという感じではなかった。
「弁護士さん、ですか」
自分に一体、どんな用なのかと思ったのも不思議に思ったのも無理はない。
「実は、お渡ししたいものがありまして」
目の前に出されたのは映画のパンフレットだが、随分と古いものだ。
「これにはプレミアで、かなり高額になります」
沢木は、それを見て驚いた自分は、これを以前見たことがあると思い出したのだ。
「実は、一度、日本のオークションに出品されましたが、事情故、取り消されました」
「これは木桜春雨、彼女のものじゃないか」
弁護士は頷き、もし出品するおつもりなら、自分が正式な手続きを踏んで、現金に代え、あなたに渡したいと言われ、混乱した。
意味が分からないというと、彼女は亡くなりましたと青年は静かに頭を下げた。
「これは親族によって出品されましたが、それは違法です、親族には渡したくないという彼女の希望です、あなたはどうされます、これを、それと、ご心配なく、これをあなたに譲渡したことが他人に知ることはありません」
彼女が亡くなった、疑問が顔に出たのかもしれない、病気といっても完治する見込み、治療もできない状態と言われて沢木は無言になった。
「あなたのTwitterを見つけたのは偶然だったのかもしれませんが、あなたに、これを渡したいと言われたときは驚きました、その、親しかったのでしょうか」
「いや、学生時代に」
弁護士は、そうですかと頷くと、実は娘さんがいるのでずかと言葉を続けた。
「娘、結婚していたんですか、それなら、これは」
自分が受け取るわけにはいかないというと弁護士は事情がと、声を落とした。
「娘さんにも打診しました、確認したいのですが、あなたが持ち主になれば、これを世に出すことはできません、高額ということもありますが」
「彼女が、自分にというなら」
受けとります、自分にはそれしか選択はないと沢木は目の前の相手を見た。
すると、青年はほっとしたような笑顔になり、よかったですと小声で呟いた。
自家用ジェットで日本に行くと男が言い出したとき、成金趣味丸出しだと女は呆れた顔で自分の上司を見た。
しかも一番大きなプライベートジェットだ。
「まさか、娘さん、彼女を、帰りに連れてこようなんて思ってませんか」
「もし彼女が、海外に興味があるならいいだろう、君の報告では芝居や映画が好きだというじゃないか」
「そうですか、大事なこと忘れてませんか」
何だ、男は不思議そうな顔で女を見た。
「彼女は退院して、バイトも初めているんです、日本人はまじめです、いきなり仕事を休ませてくれなんて」
「労働基準棒はどうなっている、バイトというがどこで働いているんだ」
居酒屋ですという言葉に男の眉間に皺が刻まれた。
あっ、これは絶対、変な勘ぐりをしているなと女は思った。
「もしかして、ドレスを着て男の隣でお酌をしてるなんて思ってませんか」
違うのか、男の言葉に女は当たり前ですと、きっぱりと言い切った。自分の周り、世界がそうだからって、何故、居酒屋と聞いてそうだと思ってしまうのか。
「仕事帰りの社会人が多い店です、そうですね、若い子向けの店とはいいがたいです、渋くて、酒もですか、つまみがおいしんです」
「んっ、どういうことだ、まさか、店に行った、いや」
「下見の為に一度だけです、なかなか、良い店でした」
「彼女はいたのか」
女は無言だった、その顔、態度から何かを感じ取ったのかもしれ内、何かあったのかと男は尋ねた。
池上さんは芸能人で顔と名前はある程度知名度あり、沢木さんも舞台だけでなくTV出演もありです。
ボスより先に日本に来る有能秘書。