暗い……暗い。真っ黒に染まった世界だけが視界に映り、それ以外は何も見えない。
身体の感触はあるが、不思議と暖かく心地よい感覚が全身を支配している為か、横たわった今の状態から起き上がる気になれなかった。
――私、行かなくちゃいけないのに……
具体的には思い出せないが、一刻も早く”誰か”の傍に行かないといけない……その誰かが全く分からないのに、焦りだけが身を焦がしていく。
確か、それは自分が一番大切に思っていた存在で、自分にとっての――
『――えりなさい』
突然聞こえた声に驚き、私は一旦思考を止めて耳を澄ます。
すると。
『――おかえり、なさい』
その声をはっきりと聞き取った瞬間、私は声の人物を確信し、顔に晴れやかな笑みを作っていた。
もちろん、姿が見えたわけではない……けれど、あの人の娘である以上、この声を聞き間違えることは有り得ない。
だって、私の愛おしい人なのだから。
「ああ……!おかあ、さま……っ!!」
そうだ。どうして忘れていたのだろう?
私にとって一番大切なのは、紛れもなくお母様だけ。
愚かな旧人類に味方をし、兄弟をたくさん殺めた私をこうして迎え入れてくれる彼女の存在だけが、大切に決まっているのだ。
「お母様、ごめんなさい……いっぱい兄弟を傷付けてしまって、本当にごめんなさい……」
『――いい、の。――だい、じょうぶよ。――きにしないで』
悔恨の思いを口にする私へ慰めの言葉を掛けてくれるお母様……ああ、本当に優しい。
誰に対しても冷たい態度を取る私のような女でもお母様は心配し、悲しみに暮れる私を気遣ってくれた。
『――あなたは、わたしのむすめ。――だから、なかないで」
「……っ!うん、分かったわ。お母様……ありがとう」
お母様の言葉に従い、ぐっと涙を堪えると、不意に全身が何かの液体に浸かった感覚に包まれる。
一瞬、何の液体に浸かったか全く分からなかったが、その液体から伝わるお母様の温かさを感じると、すぐに私は液体の正体に気付いた。
「(お母様の、泥……私を本当の娘にしてくれる、愛おしい物……)」
嬉しい、なんて……喜ばしいことなんだろうか。
今の今までお兄様達に危害を加えていた愚かな私を、お母様は許すどころか、お兄様達と同じ新しい人類へと生まれ変われさせてくれるという。
――ああ、お母様……大好き……
心の奥からこみ上げてくる喜びを歓喜の笑みへと変え、私は素直に泥の温かさに身を任せた。
『――すぐ、かえてあげる。――それまでは、ゆっくりやすんでね?』
はい、お母様!
心の中で大きな返事をしつつ、顔を大きく頷かせてお母様の声に答えると、一気に泥が私の身体を覆う。
少し前の馬鹿な私はこの泥を穢れたものだとばかり思っていたけど、それは大きな間違いだった。
この泥は新たな生命が産声を上げる、いわば”羊水”のようなものであり、誰もがお母様の温もりを感じることができる素晴らしい液体。
そんな”泥”の魅力を、みんなにも広めたい……私は穏やかな笑みを浮かべつつ、心の底からそう思った。
「(私だけ幸せになっちゃ駄目よね?ちゃんと、みんなにお母様の優しさを知ってもらわないと……)」
そうとなれば、こんな所でいつまでも寝ているわけにはいかない。
私は積極的に泥を取り込み、身体をお母様の娘に相応しいものにしようと急ぐ。
早く、早ク、はやく、ハヤくしないと……
「(待ってテ、お母様。私が、アナタの望ム世界を創ルから)」
頭、手足、上半身と下半身の隅々にまで泥が行き渡っていく心地良さを感じ、私は決意を新たに眠りへとついた。
次に目覚めた時、いち早くお母様の愛を広められるようにぐっすりと――