第七特異点の世界を飲み込み、ギルガメッシュが治めるウルクの人々をラフムへと変えていったビースト・ティアマトの権能――ケイオスタイド。
カルデアの面々や、女神達、ギルガメッシュなどが”泥”から逃れた後も、生命の海からは新しい生命が次から次へと生まれていた。
もちろん、生まれるのは殆どラフムだが、珍しく人の形を保った新しい人類が誕生したようだ――
「ん……っ……ぁ……」
横たわった状態からゆったりと半身を起こしたのは、かつてメルトリリスと呼ばれたサーヴァント。
誰しもを魅了する華奢で可憐な身体を持ち、艶のある紫がかった髪を備えた美しき少女……であったはずの彼女は、その身を異形の物へと変えていた。
透き通るような白さであった肌は、所々赤い筋の入った泥色へと変わり、髪は全て白髪に染まっている。
霊衣については特段変化したようには見えなかったが、よく見ると彼女の髪留めはラフムの口を模した物になっており、女性器の部分を隠していた金具も同様の物になっていた。
そんなメルトリリスは、魔神柱を思わせる攻撃的な紅色の瞳で、ボーっと自身の身体を見つめた。
「ふふ……すご、ぉ……ぃ……♡」
”お母様”の娘になれたことを一番に喜びつつも、こんなに美しい身体になれたことを”お母様”へと感謝するメルトリリス。
その顔には、淫らな笑みが浮かんでいた。
「(……綺麗。なんて、綺麗なんだろう……)」
メルトリリスがゆっくりと目覚める間にも、果てしなく続く生命の海からは兄弟達が続々と生まれ、すぐさま旧人類の生き残りが居る方向へと向かっていく。
その悍ましい光景をまるで芸術作品を鑑賞するかの如く、嬉々とした表情で見つめるメルトリリスは、もはや正気ではない。
いや、ティアマトの娘となり新しい人類となった彼女にとっては、これが常識であり正気の状態なのだ。
「(あ――そうだ。せっかく、お母様に脚を
脚がおぼつかない様子で、生命の海の中にて立ち上がるメルトリリス。
先程は泥に紛れて分からなかったが、かつて彼女の持っていたはずの美しき鉄の脚は汚染され、完全にラフムの脚へと成り代わってしまっていた。
自分に絶対的な自信を持っていた本来のメルトリリスであれば、嫌悪感を露わにするだろうが、ビーストの眷属になった彼女にとっては、
「楽しみだわ……この脚で旧人類を切り裂いたら、どんな声を上げるのかしら……!」
ジグラットの方向を見つめ、一人心躍らせる堕ちたプリマドンナ。
周囲のラフムがジグラットへ向かうのに倣い、自身もその一歩を歩もうとした時――視界の端に一体のラフムが映った。
すると。
「……っ!?ぁ……」
浮かべていた蕩けたような笑みを怯えたような表情へと急変させ、急いでそのラフムの方へと向き直るメルトリリス。
お大袈裟に思う程に息を荒くし、身体を震えさせる彼女が見つめる先に居るラフムは、ティアマトの娘となったメルトリリスにとっては仲間であるはず……それでも怯えるのには理由があった。
「6gqkt?」
「は、はい……お兄様。無事に生まれることができました……」
「uo、9tzq」
たどたどしく応答するメルトリリスに淡々と質問をぶつける、右肩に穴を開けたラフム。
その開いた穴は、汚染される前にメルトリリスが鉄の脚で開けてしまったもの……兄を傷付けてしまった証拠でもあった。
「toq@f、q@ed@942@t?」
「大丈夫……大丈夫よ、お兄様。それより、お兄様……その……」
「s@4dq?」
一瞬言うべきかどうか迷いつつも、自分の中で渦巻く罪悪感を払拭するため、メルトリリスは意を決して言葉を発した。
「ごめんなさい、お兄様……私があの時大人しく諦めていれば、こんな傷を負わせることなんかなかった。あの時にお母様の偉大さに気付けなかった愚かな妹を、許して……」
深々と頭を下げ、そのままピクリとも動こうとしないメルトリリス。
――このまま、首を落とされても文句は言えないわ……
本来は、お母様へと逆らった時点で死は免れないはずの自分を、お母様の娘になる手助けをしてくれた目の前の兄には感謝しかない。
だからこそ、そんな兄に殺されるなら本望であった。
「……」
ラフムは頭を下げ続けるメルトリリスの目の前に立つと、しばらく無言で彼女を見つめた。
死を覚悟し、ひたすらに謝る妹の姿を眺め、一言も言葉を発しようとしないラフムであったが、不意に自身の脚をメルトリリスの頭上に浮かべた。
そして、そのまま脚を振り下ろし、首を落とす……ということはなく、ラフムはメルトリリスの頭をポンポンと数回程優しく触り、彼女に言葉を掛けるのだった。
「キニスルナ」
「え……?」
兄の予想外の行動に思わず顔を上げ、固まってしまうメルトリリスに対し、ラフムは彼女の頭を今度は撫でつつ、自分を責め続けるメルトリリスを宥めた。
「モウオマエハ、イモウト……ダカラ、キニシナイ」
「だけど、私は……みんなを――」
「ダイ……ジョウブ。キット、ユルシテクレル」
濁った泥のような涙を流し、嗚咽を漏らすメルトリリスを変わらず慰め、見守ってやるメルトリリスの兄であるラフム。
表情の変化が分かりずらい彼らではあるが、この時だけは少しばかり悲しげな表情をしていたように思えた……
「(お母様も、お兄様もこんなに優しい……私はなんて、愚かなことをしてたんだろう……?)」
思い出せば思い出す程に悔やまれる、過去の自分が行ってしまった愚行。
お母様の子供であり今や自分の兄弟でもあるラフムを殺し、その事を何とも思っていなかった自分を恐ろしく思うのと同時に、あの時の自分に対して怒りと憎悪の念が湧き上がってくる。
――やっぱリ、お母様やお兄様を傷付ける旧人類は、皆殺シにしないト……私ガ、みンなを守ルンだから!
メルトリリスは兄の前で泣きじゃくりながらも、心の中で旧人類に対しての憎しみを増大させ続け、その思考を歪んだものへと変えていった。
……
…
「モウ、ナキヤンダカ……?」
「ええ、お兄様。心配掛けてごめんなさい……」
すっかり涙を晴らしたメルトリリスは、心配する兄に満面の笑みで応じると、いきなり兄へと口付けを行った。
「……!!」
突然の事に驚くメルトリリスの兄であったが、彼女の口から流れ出る甘い泥が流れ込むにつれ、逆に彼女の口内へ舌を入れ込み、積極的に接吻に応じた。
もちろんメルトリリスとラフムでは、ちゃんとした接吻というものはできず、互いに舌を絡め合うだけになってしまっていたが、それでも二人は熱心に行為に集中する。
「んちゅ……れりゅ、おにいひゃま……ぁ♡どうれすか……?わらひの、どろ♡」
「……!?ナン、ダ……?」
右肩が疼くような感触に違和感を抱いた兄がその箇所を確認すると、先程までぽっかりと開いていた穴がみるみるうちに泥で修復されていき、気付けば兄の肩は元通りになっていた。
「ふふ、よかった……っ!お兄様の肩も、これで元通り……でも、これだけじゃ物足りないわ。お兄様には、私の”アルブレヒト”になってもらわないといけないんだから」
そう言って、再び兄と口付けを再開し、泥を流し込んでいくメルトリリス。
すると、すぐさま兄の身体に変化が起きる。
「ゥ……グ、ァアアア……ッ!!」
一旦メルトリリスとの接吻を止め、苦しそうな呻き声を出しながら背中の辺りを気にする兄の姿。
そして数秒後、メキメキという音と共に、兄の背中から黒き翼が生えてきた。
本来その翼は、ラフムの上位種ベル・ラフムだけが持っているはずの物だが、事実としてメルトリリスの兄の背中にはベル・ラフムに劣らない程の立派な翼が備わっている。
「素敵よ、お兄様。……れる、じゅるる……!――だから、もっと素敵な姿になって」
兄へ更なる変異を促すため、ケイオスタイドをより多く兄の口内へと流し続けるメルトリリス。
そのケイオスタイドには、とてつもなく濃い魔力が含まれており、通常の霊基であれば消滅を免れぬ量の魔力を兄へと譲り渡していく。
それでも消滅しないのは、彼女がティアマトの眷属となったことにより、ティアマトの持つ無尽蔵の魔力を好きに使うことができるからだ。
「オ……ッ!?ァ……ァ……!」
妹によって、身体を作り替えられていくメルトリリスの兄。
気付けば四本脚で立っていたはずの彼は旧人類のように二本の足で立っている。そして、残りの二本の脚に関しても、完全に旧人類の腕や手となっており、ベル・ラフムと呼んでも差し支えない姿へと変化した。
少しだけ他のベル・ラフムと違うのは、何故か異様に腹筋が割れており、筋肉が異常に発達している所だろうか?
「完成、ね。やっぱりお兄様は、私のアルブレヒトに相応しいわ……♡」
「コレガ、オレノ……カラダ……?」
呆然とした様子で自身の身体を見つめ、困惑する兄であったが、身体の底から湧き出る力……魔力を瞬時に感じ取ると、満足気にメルトリリスへと感謝を伝えた。
「アリ、ガトウ。コレデ、オカアサマノタメニ、ハタラケル……」
「ううん……感謝なんかしないで。これは、お兄様を傷付けた贖罪代わりにやっただけだから……」
「ソウ、カ……」
楽しそうにしていた表情を一転させ、一気に表情を暗いものにしたメルトリリスの様子を、兄は心配そうに見つめる。
「お兄様は、先にその翼で旧人類の所まで行ってて。私は他の兄弟と一緒に行くから……!」
やはり兄を傷付けた後ろめたさがあるのか、メルトリリスは何かを堪えつつ、作ったような笑顔で兄を見送ろうとする。
だが、今にも再び泣き出してしまいそうな妹を放っておくわけにはいかないメルトリリスの兄は、そんな彼女の顎を不意に上へと向かせた。
そして……
「お、お兄さ――んん……ッ!?」
困惑の言葉を上げる暇もなく、突然兄の口付けを受けるメルトリリス。
すると程なくして、口内に大量のケイオスタイドが流れ込んでくるのが分かった。
「(濃い……お兄様の泥、こんなに濃いなんて……っ!)」
自分の泥よりも更に甘く、十二分に魔力が含まれた泥。
先程譲り渡したものを、そのまま流し込んでいるわけではなく、しっかりと兄の泥の味も感じることができ、尚且つ魔力に関してもわざわざ自分に馴染むように調整してくれているようだ。
「おい、ひぃ……♡おにいひゃまの泥、さいこぉ……ぉ……っ!」
まるでココアのように甘く、のどごしの良い泥を飲んでいくうちに、メルトリリスの身体に変化が訪れた。
それは、兄と同じ背中の部分と、胸の部分であった。
「ぁ……ッ!ぅ……ぁ、変わる……♡私もお兄様と同じ翼が生えて、く……ッ!?る……ぅ!」
背中に針を刺されたような激痛に口付けを中断し、一瞬だけ苦悶の表情を見せるが、すぐさま顔を歓喜の笑みへ変え、身体の変化を受け入れるメルトリリス。
平らであったはずの胸がハンドボールのような大きさへと膨らむ中、背中から吹き出た泥が一瞬の内に黒き泥の羽を形成し、いつの間にか……メルトリリスの背中には兄と同じ立派な翼が出現していた。
「ふふ……くくっ、あはははは……ッ!素晴らしいわ!これで私も、お兄様と同じ……!」
兄と一緒に飛ぶことができ、兄を悦ばすことができる程に大きく膨らんだ乳房。
――全ては、お母様とお兄様のために……
そんな信条を持ったメルトリリスにとって、それが何よりも嬉しく、喜ばしいことであった。
「ありがとう!お兄様……!でも、どうして私なんかに泥をくれたの?」
「オマエガ、カナシソウダッタカラ、ハヤクゲンキニナッテホシカッタ……」
「……っ!……お兄様、大好き♡」
兄の優しさと温かさを再認識し、彼へと軽く口付けをすると、兄は照れ隠しをするかのようにして、おもむろにジグラット方向へと顔を向けた。
「アソコニ、テキガイル。オマエモ、ツイテコイ」
「え。いいの?お兄様……?」
「アア、オマエノチカラガイル」
不安がるメルトリリスへと大きく頷き、力強く言葉を掛けるメルトリリスの兄。
すると――
「分かったわ、お兄様!お兄様の妹として絶対にアナタを守り、旧人類を皆殺シ……いいえ、私達の仲間にしテあゲることを誓ウわ!」
新しく備わった羽を元気よく動かし、兄へと決意を誓うメルトリリスの瞳。
その瞳には、汚染される前持っていたはずの気高い志は映っていない。
映っているのは旧人類に対する憎悪と怒り、お母様と呼ぶティアマトへの感謝と忠誠、そして兄への愛だけであった。
「それじゃあ、行きましょうか?お兄様。愚かな旧人類の元へ……」
「アア。イクカ、イモウトヨ」
大好きな兄と手を繋ぎ、メルトリリスは兄と一緒に翼をはためかせる。
どこまでも幸せそうな笑みを崩さぬまま、”お母様”の望む世界を創ることだけを頭に浮かべ、空へと飛び立つ。
かつて、自分が一番好きだった人間のことも忘れて……