「牢から出ろ」
看守の一言に応じて緑陰涼音が牢から姿を現す。
「……早いのね」
「元から決まっていたことだ………」
首と手に枷をつけられながらも凛とした目をし続けている彼女に看守は憐れみの目を向けていた。
「言っておくけど、そんな目を向けても私は身体を許さないから」
「知っている」
その後、カンッ、カンッ、カンッと冷たい床を二人は無言で歩いていたが、不意に看守が口を開いた。
「そうげつ?だったか?」
「!?」
その言葉に涼音は反射的に身を引こうとするが……
「ああっ!ぐっ!」
ご都合チップが頭の中で頭痛を起こし涼音は地面に膝をついていた。
「それがお前の素の姿か」
「……そうよ、それがどうしたのよ」
涼音は目のみはキッと男を睨みつけていた。
「なぜ彼の名をを?」
「夜の見回りの最中に、あんたが寝言で言ってたぞ、そうげつ、そうげつって」
「(ああ、私のミスね)ごめんなさい、また歩き直すわ」
(それにしても随分と粗末なものを入れられたわね、性的な命令しか聞き入れないんじゃなかったの)
「そうげつ?がいれば、どうなる?」
「あいつがいれば?ここは荒地になるわね、まぁ言い過ぎだと思うけど、少なくとも悪人供が安らかに死ねることはないわ、あいつはそんな奴だけど……それができるレベルには強いわ。寄せ集めのSPも死体の山に変えるわ…?」
その返答に看守は……涙を流していた。
「大丈夫?どうして泣いてるの?」
「そうか……この地獄を終わらせられるのか…」
「……そう、あなたにとってここは…」
「ああ、取引先を怒らせて、表の仕事が出来なくなってここに来た。お金は良かったが……地獄だった。捕まったものたちの怒声や泣き声が……今でも耳に残る。その上に他の奴らが強姦をして価値が下がれば、全て俺の責任だ……お前に奉仕しようとされて黒焦げになった馬鹿がいただろ」
「ええ……もしかしてあいつら!?」
「ああ、奴らは馬鹿であり、権力者だ……俺もお前を引き渡し次第、俺はここを去る。奴らへの賠償金が追加されてな」
「賠償金って!?私…」
「いや、お前が謝ることはない。むしろこの裏仕事から離れられるだけで嬉しいと思うよ」
「でも…」
「着いたぞ」
その先の通路には二人の護衛をつれた男が、涼音を下卑た笑みで見ていた。
「どうも、今回のオークションの司会をさせていただきますナブールです」
「殴りたくなる面と名前ね」
涼音がナブールに放った第一声がこれである。
その言葉にナブールの護衛が銃を構える。
「…!すいませんナブールさん!私が看守をしてても部下が…」
看守は慌ててナブール相手に取り繕うが…
「別にいいですよ、ただあなたの脳に傷がついて価値が下がれば私でも買えるのではないかと期待してしまいますよ」
看守のことなど意に介さず、涼音の頭を見ながらナブールも下卑た笑みを崩さずに言い放った。
「誰が買ったって同じよ、私は犯され、豚のようになる以外にないわ」
涼音は淡々とそう言い放ち、看守からあっさりとナブールのそばによる。
「おや、雷は出さないのですね、私もそういう気でいたんですけどもね」
「触れば塵にするわ」
「おぉ怖い、二人とも手は出さないように」
ナブールの言葉に従い、護衛の二人は銃は降ろした。
「早く行きなさい、これ以上の時間稼ぎは不要でしょ」
「ふむ、わかりました、行きましょう」
とナブールが涼音を連れて行こうとするが…
「あ、彼にも残す言葉があるわ」
不意に涼音が思い出したかのように看守の耳に顔を近づけ、
「蒼月は必ず来るわ、彼はそう言う男だから」
ナブールに聞こえぬ声量で看守に伝えると彼に微笑みながらナブールの元に戻って行った。
「何の話をしていたのかね?」
「好きに妄想なさい、女に関する妄想はあんたらのお得意でしょ」
「ふっ、そう言うことにしておきましょ」
そう言いながら会場で歩いていく四人を尻目に看守は……
「蒼月か…もしここに来てくれるなら……この牢獄も壊してくれ……ここに閉じ込められてるのは……俺もなんだ」
そう言いながら取り出したスマホの画面には3年前に置いていった妻と今では小学生になっているであろう4歳児ほどの娘が写っていた。
ヨミハラのとあるホテル、そこはお金持ち御用達の高級ホテルであり……娼館と奴隷のオークション会場を兼ねている、しかし、無法都市にあるこのホテルに捜査の手が及ぶことはない。
そんな権力者の喜びの声と、洗脳された娼婦の悦びの声が中で響き渡る場所である。
そのホテルの入り口ではホテルのスタッフの一人が思いもよらない客の来賓に、いや、客の持っている荷物に驚きを隠せないでいた。
「Dr.サンダーさま!?これは一体?」
「はぐれ対魔忍の首だ。私の研究所のこと知ってるか?ものすごい荒らされてな、そのせいで護衛も雷獣もその親もこいつにやられてね、だから折角狩ったこいつの首を手土産に雷獣をつくりたいんだよ。あるだろ、雷の対魔忍がさ」
「で、ですが……」
「ですが?あんた、このホテルの上客であり、あたしを気に入ってる矢崎に伝えてもいいのか?お前……首飛ぶぞ。あいつを怒らせたら」
サンダーは親指のみを立てた右手で自分の首を横一文字に空を切った。わかりやすく言えば矢崎の名を使った脅迫である。
スタッフもこれに根負けし、
「……わかりました。それでは会場の中に…あ、匂いは」
「スライムで防腐してる、私だってTPOは弁えてるぞ」
そういったやりとりをしながら、ホテルに入り込んだのは先ほどまで蒼月が戦っていたDr.サンダー、ではない。
(侵入成功、後は涼姉をこれで買い取れるかどうかだな)
先ほどサンダーを打ち破った蒼月である。
彼は彼女の姿を借り、術で自分そっくりにした彼女の部下の首を持ちながら涼音を救うチャンスを伺っていた。
「しかし今日の商品のことを知っていたとは……」
「文句でも言う気?たまに探り入れてるからね、私だってモルモットが欲しいのよ、あっそうそう、この首をオークションの途中に突っ込んでくれない。金も吹っ飛んだからこの首売って金作りたいのよ」
「え?サンダーさま!?まさかこの首以外に持ち合わせが……」
スタッフが言い切る前に肩に両手が巻き付けられていた。
「頼むよぉ、足りないならこの身体担保にするしさぁ、私どうしてもあいつの代わりが欲しいのよ」
サンダーが後ろから抱きつくようにスタッフに懇願していた。
「で、ですが……」
先ほどまで自身を矢崎の名で脅していた時とは、180度態度を替えて色目を使ってきた彼女にスタッフは戸惑いを隠せないでいた。
「私はホテルの一スタッフですのでそういったオークション関係のことは、別の担当に……」
「すいません!Dr.サンダー様!あの、矢崎様から連絡が……」
と他のスタッフが電話を持ってきたと同時に、サンダーは両腕を解き、電話を受け取る。
「今受け取ったよ、なぁ矢崎、はぐれ対魔忍の首、高く買えるようにしてくれないか、この後オークションに入る対魔忍を買いたいのよ」
『ふん、その言い草だと私の大事な大事なメス豚娼婦を失ったみたいだな』
(チッ、豚はお前だろ、この贅肉害獣)
電話ごしの矢崎の言葉にサンダーは心の中で舌打ちをしていた。
「それほどまでに強かった、てことだ、お前、ビジネスパートナーを殺されたんだろ、その恨み、たっぷりとこの首に晴らしたらどうよ」
『なるほどな、だが首だけじゃなく身体も、と言うのなら取り計らってもいいがね』
「嫌よ、あの身体は研究材料になるからね、首だけでも感謝するべきじゃないの?」
(あの女が残してた書き置きやあの戦いでの言い草や性格からして、矢崎にも堂々と物を話せるような感じだし、後は……)
『チッ、これ以上は平行線か、なら…』
「私の身体、で良いかしら?このトロットロで……変幻自在なスライムの身体、矢崎にならいいかなぁ……だめ?」
『ふむ………』
しばらく長考の声が漏れ、電話ごしに矢崎が部下になんらかの確認をさせたような話がありながら数分後
『商談成立だ、はぐれ対魔忍の首のオークションについてはサクラを出しておくよ。だが君の身体については私以外にも…』
「はいはい、女はみんなで分ける主義だったわね、あなたは、じゃ、また会場で」
ピッと電話を切ったサンダーは…
(うまくいってよかったぁ)
矢崎を騙しきり、安堵の声を漏らしていた。
「……あの…」
「というわけでほら、早く案内して、ひまじゃないの私は」
「は、はい」
コロコロと性格を変え続ける姿にホテルマンたちが戸惑わせながらも、彼女…いや、彼はオークション会場に案内される。
(待ってろ、すず姉)
恩人を助ける。その真意を胸に秘めながら……
「……これでいいのか?」
誰もいないホテルの部屋の最上階で矢崎が独り言のように呟くと…
「そうそう、グッジョブだよ矢崎、まさか正体が筒抜けとは思わないよね、奴も」
狐面をつけた忍び装束の女性がアハハと笑いながら矢崎の前に現れる。
「言ったでしょ、あの女が捕まってるなら、奴は必ず現れるって、当たったでしょ?ちなみにこれ、証拠のサンダーのコア」
「……」
矢崎が彼女と会ったのは数日前、対魔忍たちをヨミハラにコネを作るフリをして売り飛ばしていた男が死ぬ数秒前、不意に現れた彼女が矢崎に警告と言う名目でどこから撮影したのか彼の殺害映像を片手に護衛の依頼を頼み込んできたのが始まりである。
「ああそれと、あんたのY豚ちゃんはまだ生きてるよ。さっき見てきたから」
その言葉を聞いて矢崎が目を見開く。
「何だと!?なら何故その時に回収しなかった?」
「えぇ、Y豚の回収は依頼内容になかったよそれ、してもいいけどあいつの仲間が回収するっていってたから無駄に戦うことになるの、だから……1000万だ、払えないならここから動く気はない」
(……ッ!)
彼女の言い放った法外な値段に矢崎は頭を抱える。
1000万などすでに護衛料として彼女に支払っており、そこから追加で払うなど娼婦業で金回りの良い今の矢崎でもすぐに支払うのは難しい話になってしまう。
(ふざけるな、オークションのサクラを雇うにも金がいるし、もし雇っていないとバレれば奴に殺されるかもしれないんだぞ)
「ほら、洗脳した女売って、金あるんだからさ、即金で用意してよ」
矢崎が悩む間にも彼女は急かすように金をせびってくる。
(………)
そして長考の末、部下の一人に連絡を取る。
「私だ。ルームサービスからアタッシュケースを持ってきてくれ。君なら私の名前を出せば良い、
ケースは部屋の前に置いてもらえれば結構だ。私はオークションに行ってくる、何名かサクラを用意してくれ、Dr.サンダーがはぐれ対魔忍の首を高値で売りたいそうだ、報酬として彼女の身体を優先的に弄らせてやる」
そう伝えた後に、怒りとも怯えとも取れる視線を向けられた彼女は再びアハハと笑い
「Y豚の回収ね、任されましたぁ」
「私はオークションに向かう。戻ってくるまでにユキカゼを回収してこい、いいな」
そう言い残しながらバタンと扉の閉ざされた部屋では
「それじゃああいつが戻れなかったら、回収の依頼なしで1000万かぁ、いいね、金もらったらずらかろ、どうせ双賀の怒りを買った矢崎もその弟ももう生きて地上の日は拝めないだろうからね」
そう言いながら再びアハハ、アハハと一人になった部屋で笑い転げていた。
「いやぁDr.サンダー君、久しぶりだね」
「あら久しぶり、すっかり弟さんと話に夢中になってたわ」
「ん?おい兄貴、護衛はどうした?いつものお前らしくないな」
そう言いながら矢崎が一人で現れたことに苦言を呈したのは矢崎の弟であり奴隷娼婦を専門とする娼館「アンダーエデン」の主であるリーアルである。
「すまない、少し一人でいたくてな」
「全く兄貴らしくないな、ここ最近対魔忍を奴隷にしすぎて恨みを買われすぎてるとぼやいていたのはお前だというのに、私の方から護衛を出してやろうか?」
そう言いながらリーアルがパチンと指を鳴らすと後ろに黒服の男たちとそれを率いるように過激な衣装に刀を携えた青髪の対魔忍が姿を現した。
「お呼びでしょうか?リーアルさま?」
「おお、我が肉盾兼肉奴隷の凛子よ、オークション中の兄貴と彼女の護衛をしてくれないか、報酬はたっぷりと私の金玉の中にあるからな」
そう言いながら凛子の尻を汗ばんだ手で揉みしだいているリーアルに対してDr.サンダーに扮する蒼月はリーアルへの溢れ出る殺意をグッと腹の奥底で抑える。
(天斬が狙ってるのはこいつらか、たまたま見つけて接触してみたが…凛子さん、まさかリーアルの側にいたとはな、しかもあの感じ、平気で奴の盾になりかねない、どうにかして涼姉と一緒に救えれば…「貴様….何の当て付けだ!こっちはお気に入りの奴隷娼婦を殺されているのだぞ!よくもまぁ兄の前でそんな態度ができるものだな!」!?)
考え事をしている最中に矢崎の怒号が隣で響いてきた。どうやら弟が女の身体を弄っていたことに激昂したようである。
「それに関しては彼女を売り物にしすぎて、管理を怠った兄貴の責任ではないのかね?」
「グッ!」
リーアルのグーの音も出ない反論に矢崎が口を閉ざす。
「先ほど彼女から聞いたよ、はぐれ対魔忍に攻め込まれたんだってね、それで運良く奴の首を刎ねれたからここに売りに来たことも知ってるよ、あぁそうだDr.サンダー君、もし君がそのまま逃げ帰っていたら、ね」
そう言いながらリーアルは先ほどの怒号で2度目のダメージを受けた右耳を押さえているサンダーの両頬を右手で勢いよく掴み、
「君を奴隷娼婦に堕とすところだったよ!兄の顔に泥を塗った恥晒しとしてだ!どんな貢献も関係ない!男の汚物すら喜んで食すような豚女にする所だ!いいか、今回は君が我々にとっての一番の障害を殺してくれたからこそ、このようなことに協力してるんだ!いいな?わかったな!」
リーアルが怒号を飛ばし終え、頬から右手が離れた後にサンダーが土下座をしながら叫ぶ。
「わ!?わかっております!だからこそ今回のオークションのご協力には大変感謝をしております!その暁にはと私の身体を差し出す約束も決して忘れません!今回は私の不手際で貴方さまの兄である矢崎さまのお気に入りの奴隷娼婦を殺されてしまい、大変申し訳ありません!」
「…ふん、貴様にしては珍しい、やはり女である以上、奴隷娼婦になると脅せば途端に牙を折られた獣のようになる、兄貴も言うことはあるか?」
「………ぁあ!貴様の失態は後で身体で支払ってもらう、それだけだ」
(?何だ?あいつの挙動、少し違和感が)
その違和感を考える間もなく何者かが頭上から声をかける。
「Dr.サンダー、いつまでも土下座をするな、もうすぐオークションの時間になる。リーアル様、Dr.サンダーと矢崎様の護衛、お任せください」
「凛子、サンダーにも様をつけろ、折角の商品を持ってきてくれたんだ、一応上客として扱え」
「はっ、行くぞ、サンダー」
「ええ、ありがとう」
不意に出したサンダーの礼に凛子は頭に?マークを浮かべていた。
「あ、あれ?私、変なこと言ったかしら?」
「いえ、礼など言われるとは思っておらず、このようなことをこなしても当たり前であり、失敗すれば触手によるお仕置きが待っておりますので」
(!?)
「おい凛子、早くこい、そいつに構うのはいいが、私の護衛を忘れないでくれ」
「はっ」
(………凛子さん…今は、少しだけ耐えてて…こんなこの世の地獄のような場所は……俺が壊す)
矢崎の命令にも人形のように忠実な凛子の後ろ姿を見ながらサンダーは手を固く握り締めていた。
P.M8:00
オークション会場、2階のVIP席に三人が座ると同時にオークション会場の中心にいた男が声をあげる。
「レディースエンドジェントルメーン!このオークションの司会を務めて頂きますナブールと申します!今宵の目玉商品はまるでダイヤモンドのようなクリスタルに、とある組織の忘れ形見の改造魔獣!そして対魔忍の奴隷娼婦!彼女は何と迫る男相手に雷を放ちまくり、返り討ちにした結果、未だに処女の対魔忍という奇跡の産物だぁ!!」
「「「おおおおおおおお!!!!!!!」」」
処女という言葉に反応した男たちの歓声にサンダーは耳を押さえていた。
「本当に下衆な奴ばかり、それにナブール?女の敵みたいな名前ね?」
「ん?ふむふむ……何ですって!?皆様、もう一つ、目玉商品の追加になります!何と、裏世界を騒がし続けた変幻自在の暗殺者兼復讐代行者、はぐれ対魔忍の首が入ったとのことです!奴に家族を殺されたもの!事業を潰されたもの!この首に恨みを晴らせるチャンスになりますよ!」
その一声が響き、一瞬の間の静寂の後、
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」
さらに耳を劈くような参加者たちの歓声にサンダーは未だにしばらく耳から手を離せないでいた。
「うるさいわね、さっきから右耳が痛んでばっかりよ」
「もう離しても大丈夫ですよ、もう先ほどの歓声は収まりましたので」
隣に立つ凛子の返答に応じてサンダーや矢崎、リーアルが耳から手を離す。
(ふぅ、騒音もやんだし、そろそろ対魔粒子をバレない程度に込めておくか、いざ撃つときに撃てないのは危ないからな、だけどサンダーの口調を忘れずに……)
「凄いわねあいつの首、出品されたって聞いただけであの咆哮とは」
「全く、とんでもなく恨まれているな、はぐれ対魔忍は」
「当たり前だ、私の奴隷娼婦を殺したのだからな……」
「それでは目玉商品の説明はこれまでにしていよいよ最初のオークションを始めたいと思います…」
(見てろよはぐれ対魔忍、その化けの皮をこの会場で剥がしてやる)
矢崎の目はサンダーに扮する蒼月をギロリと睨んでいた。
次回、バトル、入ります。