至高の御方々。NPC達が大仰にそう呼ぶ、かつてのアインズ・ウール・ゴウンのメンバー達。
なるほど確かに、41人という少人数でギルドランク9位に君臨し、ワールドアイテムの数々を掌中に納めた彼らは確かに、類を見ない強者達だった。
しかし、ただそれだけである。
一度リアルに戻れば、そこにいるのは固定化された社会の理不尽に翻弄されるだけの下層民でしかない。
ボクとは住む世界が違う。
彼らと共にユグドラシルを旅しながら、リーパの胸には常にその思いが渦巻いていた。
民衆の上に立ち、管理し、搾取するべく生まれた自身とは、本来なら決して交わることの無い、隔絶した断崖があると。
巨大複合企業の代表、その子として何不自由無く育った自分と、まともな教育すら受けていない仲間たち。
世界によって定められた、明確で絶対の勝者と敗者。
本来であれば、この二者が同列に語られること自体が烏滸がましい。
(でも、それもついに終わる)
傍らに浮遊する黄金杖。宝石を咥えた七匹の蛇が絡み合うそれは、AOGの象徴たるギルド武器。ギルド長たるモモンガが消えた後、その後釜に座ったリーパのみが扱える権能を発動させる。
『※※※をギルドから追放しますか?』
『はい』
『ヘロヘロをギルドから追放しますか?』
『はい』
『モモンガをギルドから追放しますか?』
「ふふっ、くくくっ…!勿論さ、見るだけで不愉快だ」
開かれたコンソールに映る、最後のギルドメンバー達を次々と選択し、削除していく。
彼女が長年友人として接してきた仲間達に向けていた感情は、友情などではなく、ただただ深い憎悪のみだった。
「上位に立つのはいい。傅いて奉仕するのも大好きだよ。…でも」
対 等 なんて 赦 さ な い。
いつもは挑発的に輝くその瞳が、淀んだ憎しみと殺意の黒に染まる。
彼女はどうしようもないほどに歪んでいる。
人の上に立つ者として生まれ、支配を好む。
他人の感情を踏みにじり、心も体も襤褸切れになるまで凌辱する悦びに酔いしれるのが好きだ。
しかしそんな自分が、薄汚い路地裏で春を売る売女のように男に侍り、股を開いて精液を強請る。そうした無様を晒す自分に、どうしようもなく欲望を震わせてしまうのだ。
犯す快楽、犯される快楽。どちらも彼女にとっては、酔いつぶれるほどに甘美な悦楽なのだから。
だからこそ、ギルドメンバー達が次々と引退していく様を見ても、特に感情を揺り動かされることもなかった。
犯すでもなく、犯されるでもなく、気安く自分の肩を叩いて笑顔を浮かべる彼らが、縊り殺したくなるほどに憎かった。
「でもねモモンガ…いや、
玉座から立ち上がり、両手で自らの肩を抱きしめながら、クルクルと回り、リーパは踊る。その身から放たれる緑色の炎が、掲げられた仲間の旗を次々と焼いていく。
「本っ当にキミは、
他のメンバーが去っていっても、しぶとく残り続けたモモンガ。ナザリックで会う度に、気色の悪い、執着心に塗れた声を浴びせてきた男。
「残念だよ。こうなるって分かってたら…ボクはキミを殺さなかったのに!」
燃え残ったモモンガの旗が宙を寂しげに舞って床へと落ちる。
それを踏み躙り、狂った笑みを浮かべた口から唾を飛ばして、自分が殺めた男を嘲笑う。
「何度も殺して、何度も蘇生させて!あんな、1発の銃弾で終わるような殺し方はしなかった!」
この世界で、あの骨を踏み砕き、彼が執着したナザリックの総力をもって嬲り殺せれば、それはどれだけの愉悦だっただろうか。
骨の体を引き裂き、彼の頭蓋を飾った玉座でする自慰は、きっと脳髄を蕩けさせるような快楽だっただろう。
「あぁ…♡勿体なかったなぁ…♡」
燃え尽きて灰となったモモンガの旗に頬を染め、リーパは儚く消えた愉悦を夢想する。
「リーパ様。ご命令通り、ナザリック地下大墳墓が階層守護者、御身の前に」
天を仰ぎ、想像の中の快楽で体を震わせるリーパの前に、アルベドが優雅に跪く。その背後で同じ様に膝を付く守護者達。彼らの目には、唯一絶対の、ただ1人の至高の君への忠誠が浮かんでいる。
「…ナザリックの全ての下僕に命令する。この世界を、ボクに献上しろ」
・
・
・
それは突然だった。
村を襲うスレイン法国の蛮行を阻止すべく、急行したリエスティーゼ王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ率いる王国戦士団と、彼を亡き者にせんと待ち構えるニグン・グリッド・ルーインが率いるスレイン法国の特殊部隊、陽光聖典。
陽光聖典によって皆殺しにされた、カルネ村という開拓村の近くで激突した両軍は、今やその殆どが、物言わぬ焼死体として焦げた大地に骸を晒していた。
「ーーーーー!」
燃え盛る炎の竜。突如空から飛来したそれは、戦士団も陽光聖典も関係なく、動く者全てを焼き尽くしていく。
群がる天使の攻撃を物ともせず、炎の体は近づいた戦士達を真っ黒な炭へと変えていく。
絶え間なく撃ち込まれる魔法にも、鬱陶しい羽虫を払うかのように身じろぎするのみ。
「おぉぉォッ!!」
「させるものかァ!」
しかしそんな怪物を相手に、ガゼフは迷うことなく吶喊し、ニグンはガゼフを襲う業火から彼を守るように天使を召喚する。
国も思想も、何もかもが違う二人。
ガゼフにとっては罪なき民を虐殺した怨敵。
ニグンにとっては人間種の存続という大義を忘れた国の愚かな戦士。
しかし互いにとって看過できない強大な竜を前に、両者は言葉を介すことなく、共に竜へと立ち向かう。
「ーーーーーオォォォ!!」
「ぐ、ぉ…!」
しかし、そんな人間の事情など知ったことではないと、竜の熱波を伴った咆哮が、ニグンの召喚した天使ごと、ガゼフを吹き飛ばす。
その圧倒的な破壊力を前に防御すらままならず、ガゼフは地面へと叩きつけられる。
それでも即座に立ち上がって剣を構える辺り、周辺国家最強と呼ばれるに相応しい英雄なのだろう。
だが、最早趨勢は決していた。陽光聖典は壊滅状態であり、戦士団は原型を保っている者の方が少ない。
ガゼフ自身、立ち上がるのもやっとという有様で、対する竜は、ガゼフに視線を向けることすらしていない。
「敵とすら思わんか…!」
その態度に怒りを覚えるも、事実勝敗は既に決したようなもの。例え敵わずとも、命を賭けて痛打を与えてみせると、そう覚悟を決め、最後の力を振り絞って剣を握る手に力を込める。
「下がれ!ガゼフ・ストロノーフッ!!」
「…ッ!」
しかし、そんなガゼフの下に、ニグンの叫びが響き渡る。その声の意図を察する前に、ガゼフの体は反射的にその場から飛び退いた。
そして振り返ったガゼフの目に、眩いばかりの輝きを放つ水晶を掲げたニグンの姿が映る。
「見るがいい!最高位天使の尊き姿を!!『威光の主天使』ィ!!」
その瞬間、焼け焦げた死体の匂いが消え失せた。天から舞い降りたその天使に足や頭はなく、無数の翼が折り重なって形作られた異様な姿をしていた。
しかしその手に持つ黄金の王笏から発せられる聖なるオーラは、この場に存在するありとあらゆる不浄と邪悪を浄化させるほどのものだった。
「邪竜ごときが、神の威光の下に滅ぶがいい!『聖なる極撃』を放て!!」
勝利を確信し、勝ち誇った笑みを浮かべたニグンの言葉に従い、『威光の主天使』は王笏を砕く。王笏の破片がリングとなって『威光の主天使』を取り巻くと、天から降り注ぐ極光が、竜を飲み込んだ。
「ーーーーオ、オォォ!!」
「これは…苦しんでいる、のか…?」
極光の中から響く、竜の咆哮。しかしそこに先程までの覇気は無く、苦痛に悶える悲鳴のように聞こえた。
「当然だ、ガゼフ・ストロノーフ!人類には決して到達できぬ第七位階魔法!神の御業に等しいこのチカラの前には、邪竜ごとき…ッ!?」
「なっ…!?」
突然、凄まじい衝撃波と共に、光の奔流が弾け飛び、膨大なエネルギーの余波が周囲の土地を地形ごと薙ぎ払っていく。
巻き上げられた土砂によって土埃が辺りを覆い、それが晴れると同時に、
夜が訪れた。
ガゼフとニグン、竜すらも纏めて覆った黒いドーム。
月も星もない、あらゆる光を遮断する暗闇の中、ふわりと甘い香りがニグンの鼻孔をくすぐった。
「ふふっ…ダメじゃないか、自分の部下達をイジメたら」
鈴の音のように軽やかな声がニグンの耳元で囁いた。幼い少女の声だ。
それにもかかわらず、全身から冷や汗が噴き出す。
感じた事のない底冷えする恐怖に襲われ、歯がカチカチと音を立てる。
「えぁ…んぢゅ…ひどい汗だね。…何か、怖いことでもあったのかな?」
生暖く湿ったものが、首筋を這った時、ニグンは直感した。
自身の背後にいるのが、人の皮を被ったバケモノだということを。
そしてそのバケモノは今まさに自分の体に牙を突き立てようとしているのだ。
「大丈夫、殺したりしないよ。…キミに聞きたいことがあるうちはね」
「……神よ」
ケラケラと笑うバケモノに、ニグンはこれからの運命を悟って静かに祈りの言葉を呟いた。
どうか願わくば、苦痛なく死ねるようにと。
ちょっと短いですが、キリのいいとこで切りました。
次はリーパ視点のカルネ村予定です!