その子、霊愛
────これは、無数に存在するとも言われている並行世界の中でも、頭一つ飛び抜けて特殊な状況に置かれている、とある幻想郷のお話。
この幻想郷では、博麗の巫女である博麗霊夢は、既に人間ではなくなっている。亡霊?仙人?天人?いいや、そのどれも違う。
妖怪になっている。それも普通の妖怪ではなく、飛び抜けて邪悪とされている「悪魔」にだ。しかも悪魔の中でも飛び抜けて万能で、上位とされている上位悪魔────「吸血鬼」になっているのである。
これは、そんな博麗霊夢から生まれた4人の子供たちのお話……。
◆
「おかーさーん、今日の依頼は1件だけだっけー?除霊だか妖怪退治だかの依頼来たヤツー」
「そーよー。里に行くついでに米、買ってきてー。依頼料で十分に買えると思うから。米はある程度、程々の量ね。少しはお金、余らせなさいよ?」
「はぁーい」
霊夢は博麗の巫女の職を辞してはいない。しかし妖怪となってからは、自身は、出来るだけ人里には足を踏み入れないようにしている。
人里の人間達も霊夢が吸血鬼になった事は当然のように知っているし、受け入れてもいる。それでも1つのケジメとして、霊夢は、有事の際以外に里に足を踏み入れる事はしないと決めていた。
だから博麗神社に来た除霊やお祓いなどの依頼は霊夢の娘────とりわけ優秀な子で、霊夢の長女の博麗
見た目は幼女なのだが、実は彼女の実年齢は既に10代後半に差し掛かっている。見た目が幼いのは、単に彼女に流れる血が原因だ。
霊愛は、霊夢が吸血鬼となる前の子供。そして、霊愛の父であり霊夢の夫である男は吸血鬼。つまり吸血鬼と人間のハーフ……俗に言う半妖なのである。
そんな生まれなので霊愛は肉体の成長が緩やか。彼女自身は、そんな事は特に気にしていない。
「じゃ、いってきまーす」
「さっさと終わらせてきなさーい」
「は〜い」
外から神社内へ声を飛ばし、霊愛は里へ向かう。今日の依頼は1件のみ。妖精か妖怪かは不明だが、ここ数日、里の複数の比較的大きめな飲食店にて、奇妙な出来事が立て続けに起こっているのだとか。
皿が勝手に落ちるだの水の入ったコップが勝手に倒れて水をぶちまけるだの。店に損害を与えようとしてくる妖怪の仕業に違いない、と店長達は団結。皆で資金を出し合って、博麗神社に依頼に来た。
しかし霊夢から受け継いだ「勘」が霊愛にそっと告げる。これは妖怪の仕業などではない────と。
◆
「おばーちゃん、お米ちょーだい」
「はいはい、今日はどれくらい買ってくの?」
「んーと、とりあえず一番大きいの2袋」
「!?」
「お金は大丈夫だよ。さっき仕事してきたからさ、お金はあるんだ〜。えへへっ♪」
にひひっと可愛らしく笑って見せる霊愛。およそ人間離れしたその紅色の瞳は、彼女が普通ではない存在だと初見の者にも気付かせる。
米屋の店主の老婆は、昔から店をやっているので当然ながら霊夢の吸血鬼化も、霊愛が半妖である事なんかも知っている。それでも、焦りは隠せない。
「えっと、あのね霊愛ちゃん、お金の心配をしてるわけじゃなくてね?2袋だと、その、60kgくらいになるんだけど……霊夢さん来てるのかい?それとも、お父さんの……えっと、エスメラルダさん?」
「エスカルゴね」
「そうそう、エスカルゴさん来てるのかい?」
「来てないよ。でも大丈夫。私、半妖だから」
「ほ、本当に大丈夫かい?なんならうちの子供達に神社まで運ばせるよ?」
「おじさん達も仕事で忙しいでしょ。それに、もしそんな所お父さんに見られたら色々文句言われそうだから、私が運ぶよ」
「気を付けるんだよ?無理なら言っておくれね」
「うん!ありがとね!」
お金を払い、30kgの袋をそれぞれ片腕に抱えて、霊愛は店を後にする。里を出るまで空は飛ばない、これが霊愛の中での1つのルールだった。
半妖でも将来は博麗の巫女になる娘。せめて里の中では、可能な限りは人間として振る舞いたい、と思っているからだ。
しかし里を出る前に霊愛はあるものを目にする。
「あ……お父さんだ」
霊愛の父、霊夢の夫となった、元人間の吸血鬼。レミリア・スカーレットの義弟となって、その姓を授かった男、エスカルゴ・スカーレット。
この幻想郷、今はエスカルゴが中心となってると言っても過言ではない。何故なら、ハーレムを築き各地の勢力と強大な繋がりを持っているからだ。
彼が幻想入りして20年程度が経つ現在、霊愛から見て異母兄弟姉妹はとんでもない数になっている。
そんなエスカルゴは現在、赤い衣服に身を包んだ妖怪こと赤蛮奇と、連れ立って歩いている。しかも買い出しをしているようだ。
赤蛮奇は妖怪である事を隠さず飲食店で働いて、その能力を遺憾無く発揮しているようだ。ある意味重宝されている人材とのこと。
店の買い出しにこうして出掛けることもしばしばあるらしいとは聞いていたが、まさかタイミングが被るとは、と霊愛は内心、焦りを覚えていた。
何故なら、霊愛はちょっぴりファザコン気味で、本当ならば今すぐ父のそばに行きたいものの、当の父は赤蛮奇と買い物、もといデート中。父の邪魔をするのは無理だと、霊愛も分かっていたからだ。
それなのに────。
「おぉう、霊愛じゃねーか。買い物か?」
来た道を戻り、迂回して帰ろうと踵を返したその直後、父はワシッと霊愛の頭に手を載せる。そんな不意打ちに、霊愛はつい変な声を漏らしてしまう。
「うぇっ、お、お父さん!?どうして……」
「いつも通りばんきちゃんの買い出しの手伝いよ。ついでにデートしたり。なっ、ばんきちゃん♡」
「……子供の前で何言ってんの」
「もー、照れ隠ししちゃってまぁ♡」
「……うっさい……」
霊愛の「どうして」は「どうしてデート中なのにこっちに来てるの」という意味だったのだが、彼は
「どうして里に来ているのか」といった方の意味で受け取ったらしい。言葉とは、難しいものだ。
「というか……そんなデッカイ袋、よく2つも持って歩けるね……」
「あぁコレ?まぁ私、半妖だからね。力も強いし。そういうワケだから、お父さん、先帰ってるよ」
「おう。また後でな」
「うん」
エスカルゴの今日の「宿泊ローテーション」は、偶然にも、博麗神社の日であった。だから2人は、そんな言葉で別れを告げ、それぞれの道に戻る。
霊愛は、父が博麗神社に戻る前に米を炊く用意を済ませておこうと帰路を急ぐ。しかしその前に母に仕事の報告をしなくてはならない。
霊愛が神社に帰ると、霊夢は変わらず、コタツの中でのんびりと暖を取っていた。
「ただいま。米買ってきたよ」
「おかえり。思ったより早かったわね。雑魚妖怪か霊の仕業だった?」
「ううん、人間」
「人間?」
「うん。儲かってない店の店主が、儲かってる店が羨ましくて、夜に忍び込んで仕掛けをしたみたい。怪奇現象に怯えさせて店を畳ませようとした、とか白状してた。たまたま店に住み着いてた座敷童子が教えてくれたから、私でも特定は簡単だったよ」
「人間ならちゃんと自警団に突き出してくれた?」
「もっちろん。自警団からは、報奨金も貰ったよ。2袋もお米買ったのにまだこんなに残ってる。これ受け取ったお金ね」
「ん、ありがと。お疲れ様。ゆっくり休んで」
出納帳、家計簿を付ける為に、霊夢はノソノソとコタツから出てくる。気温のギャップで、ブルッと震えるのを見て霊愛は思わず笑いが込み上げてくるのを感じていた。
「お父さんそろそろ来ると思うよ。里で会ったし」
「え。……誰かと一緒に居た?」
「赤蛮奇と居たよ」
「じゃあ、あと2時間、いや2時間半は来ないわ。ゆっくり休んでなさい」
「買い出しって言ってたからそんなに掛からないと思うけどなぁ」
「バカね。アイツのデートのラストは、いつだって布団やベッドの中よ」
「……あー……」
ハーレム主ことエスカルゴは、幻想郷唯一にして屈指のヤリチンである。デートすれば、その終点はいつだってベッドや布団の中。
霊夢はエスカルゴにとって初めての妻なだけあり誰よりも彼を理解していた。
「……まだまだ、お母さんには敵わないなぁ」
同じ異性を慕う者として、どこかそれに対して、悔しさを感じる霊愛であった。