何が起きてもおかしくない、それが人生。
とは言え、あんまり現実離れしていると対応できないもの。
はてさて、どうしたものか。
どうしたものか、と天井を仰ぎ私は溜め息を吐く。いや、まあどうしようも無いんだけど。
なにしろ今の私は部外者で、かかわり合う義理さえ無いんだから。とは言え、だ。袖擦り合うも多生の縁、まして――好きになった相手だ。一度はフラれたけれど、好きだった事実は消えやしないし諦めてはいない。
バカ大喜は千夏先輩が好き、それはどうやっても変えようがない。
ならばここでごねるより、今は二人を支援するのが正しい「友達」としての姿だろう。
恋人にはしてもらえないけど、せめて女友達としての立ち位置は維持したい。いつかそこからジャイアントキリングを決めるために。
しかしまったく浅ましいな、私と来たら。天下御免の美しき赤毛の女、無敵の蝶野雛は何処へ行ったんだか。
まあでも、とりあえずは明日だ。明日の朝、大喜と話そう。さっき起きた、とんでもない事を。
私の目には、まだありありと焼き付いている。千夏先輩以外見えていないあのバカが、
ここ数日空模様は安定し、時期の割には気温も高めな夜の町。私はコンビニの袋片手に、日課となりつつあるお散歩中。中身は買い物じゃない、単に――カモフラージュだ。本当の理由を、気付かれない為の。
最近大喜は虫歯気味だそうで、部活が終わって一旦帰宅してから歯医者に行く。匡と大喜の立ち話をこっそり聞いてそれを知って以来、私は毎日こうしている。偶然を装ってでも、大喜に会いたいから。
我ながら未練がましいと思うけど、でも辛いのだ。いっそ好きになってくれなくても良いから、せめて昔みたいにバカを言い合って笑いあいたい。それくらいの気軽な関係に、戻りたい。ここまで自分が弱っているなんて、思いたくもないけど。
――と。
歯医者のある通りから出てきた大喜の姿を見付けた私は、でも咄嗟に隠れてしまう。大喜は一人じゃない、誰かが側にいたのだ。
それは千夏先輩ではなく、メガネをかけた知らない女性。高校生かどうかも分からない、ただ大喜は彼女と口論になっているように見える。
どうしよう、出ていって止めるべきか。それを口実にすれば仲直りできてもおかしくない、だけど。
なんだろう、あの雰囲気。抜き身の真剣のような、触れれば斬れそうな程の
それは大喜も分かっているんだろう、でも退かない辺りが大喜らしい。
「――生意気なんだよ、ナツの彼氏くん」
その瞬間、私は見た。彼女が触れた途端柔道の技を受けたみたいな勢いで、大喜の身体がガクリと崩れるのを。そしてふらついた隙を突かれ、路地の裏へと引き摺り落とされるまでを。
堪らず駆け寄ろうとした、でも私の足はその場所へと辿り着く手前で止まってしまう。まるで、二人の様子を覗いているような格好で。
「あぁ、別に痛い目にあわせようってんじゃないから。ただね、ちょっとだけ――
組倒した大喜を見下ろしながら彼女は抵抗しようとする大喜の顔へと、……自分の顔を振り下ろした。
ここからは見えないけど、でも
私とキスしかけた、あの時。囃し立てようとするクラスメイトに大喜は、「そういう事を言わないで欲しい」と言った。それは自分が千夏先輩に誤解されたくないからじゃない、私を護るためでもあったんだ。
キスはとても大事な事、気安くしてはならない事。
それをこんな、暴力的に奪われた。
「随分
その声は場違いなほどに明るく、そしてそれ故に恐ろしい。
この人、おかしい。完璧に頭が壊れてる、異常だ。
そしてその異常さが際立ったのは、大喜の服の隙間から蛇のように入り込む手の動き。その手は下半身へと及んで、そのまま――。
「ん、……っと。あぁ、顔に似合わず立派じゃない。ナツなら怖じ気づくかな」
大喜の、その……オトコノコを引きずり出してしまったのだ。
寸足らずの蛇のようなそれに、彼女は躊躇いもせず顔を押し付けていくのが見えた。
私だって、経験はないけどそれなりに知識はある。オトコノコを舌や口で
それなのに、あんなにもあっさりと。あんなにも激しく、強引に。抵抗しようとする手を事も無げに払いのけ、大喜を支配していくなんて。
私がまるで別世界の出来事のようにそれを見詰める事、どれくらいか。不意に大喜の身体が跳ね上がるように痙攣し、そして手足がぐったりと投げ出された。
何が起きたのか、私は数瞬の後にそれを知ることになった。大喜の腰から離れた顔、そして外気に触れ湯気さえ立てているようにも見えたオトコノコには、粘性の強そうな白い塊がへばりついていたから。
あれはきっと、精液だ。大喜を射精させた、屈服させたんだ。
助けなければ。そう思えど、手足に力が入らない。
そんな私が見ているなど、気づきもしないように。或いは気付いた上で、意に介していないかのように。
あの女は大喜の身体を跨ぎ、そしてさっきまでオトコノコが屹立していたはずの場所へと――
悲鳴のような呻きと、グチャリという肉の合わさる音がユニゾンし、空気を震わせる。
私の目の前で大喜は、私が知らない女に犯された。その事実だけが、ここにある。
スクワットのように女の身体は上下に動き、それに合わせて粘液質の濡れた音が響く。
余りにも非現実的な光景に、認識が着いていけずオーバーフローを起こしている。何が起きているのかさえ、もう分からない。
ただそのまま私は、隠れながら見続ける事しか出来なかった――。
あちこち汚れた格好のまま帰ったせいで親には怒られたけど、そんなのはさっぱり頭に入ってくれない。あれから何時間も経つけど、私はあの場面を反芻しては溜め息を吐いている。
まさかあんな事態を、この目で見てしまうとは。そして何も出来ないまま、至近距離で
なのに身体が動くようになって即、脇目も振らずに逃げ出すなんて。
大丈夫だったかな、大喜。いや大丈夫じゃないだろう、ああいう事をされたんだから。
それにしてもあのメガネ女、何者だろう。ナツと言うのはもしかしたら千夏先輩の事だろうか、だとしたら知り合いかもしれない。しかし「ナツの彼氏くん」と認識した上で、あんな凶行に及んだのならそれこそ狂っている。味見なんて話じゃない、頭おかしい。
――どうしよう、どうすれば良い。私に何ができる、何をするべきか。
悶々としながら、それでも意識は睡魔に飲まれていく。
意識を手放す刹那に過ったのは、あの夏の日に見た大喜の笑顔。
翌朝教室で見掛けた大喜は、県大会で負けた時と同じくらいに痛々しく思えた。空元気でどうにか自分を保っている、そんな姿。クラスの誰もその理由を知らない、知るわけがない。私以外の、誰も。
「あ、……おはよう大喜」
「雛、あー……おはよう」
久し振りに交わした挨拶も、どこか上滑りしていく。こんな状態で、昨日の事なんか話せるものか。例え話せても、ただ気まずいままで終わってしまう。それじゃ
大喜はいつだって悩んでいた、自分が千夏先輩を好きでいて良いのかと。追い付くことさえ出来ないのに、憧れるなんて烏滸がましいと。
それでも最近は、……悔しいけれどその想いは緩みつつある。私を振ったのも、そのせいだ。好きになる気持ちに、正直になったから。
だけど、それは踏みにじられた。強引に一方的に、身体を汚された。そんな状況で、千夏先輩を好きでいてはいけない。
――ここでこの傷口に付け込んで完全に諦めさせれば、こっちを向かせられる。救うふりをして、そのまま絡め取れる。だけど、でも。
そんなのは、私じゃない。いつだって正々堂々、どんな相手にも真正面から真っ向勝負。それが蝶野雛、誇り高い赤毛の美しい女の在り方なのだから。この髪が赤い限り、私は私であり続けなければならない。
きっと大喜の傷は癒える事がない、でも痛みを取り去るくらい出来るかもしれない。そしてそれを果たせるのは、私じゃない。
焦燥感にかられながらも昼休みを迎え、私は教室を飛び出した。
スカートを翻して廊下を駆け抜け、一気に階段を跳ね上がる。目指す先は、ただ一つ。大喜を救える、唯一の人の所。
千夏先輩のいる、2-Bだ。
「……そう、か。それで元気無かったんだ……。ユメカも何考えてるんだか……」
苛立ちを隠そうともせず、千夏先輩はガリガリと頭を掻きむしる。全て聞いて尚大きく取り乱さない辺り、この人の胆力も相当だ。いや、でも完全に平生という訳ではないのは分かる。そもそも本当に冷静なら、こんなのまず信じやしない。あり得るか、こんな事。
それにこの人だって、万能な訳じゃない。出来ることがあるとしたら、恐らくは――。
辛い記憶を覆い隠すこと、やり直させること。
「大喜は、……千夏先輩が好きなんです。だから先輩なら、大喜を助けられる」
あの女に無理矢理されたことを、千夏先輩が上書きする。
それはもちろん、良いことではない。安いAVじゃあるまいし、これで全部うまく行くなんて世の中はそこまで甘くないだろう。
それでもきっと、今よりは救われる。少なくとも、今よりは。
そしてそれは、千夏先輩にも伝わってくれたようだ。
細かいことは言わなくても、通じたと分かる。同じ人を好きになった間柄だから。私たちはこれからもずっとライバルだけど、だからこそ通じるテレパシーがある。……多分気のせいなんだろうけどさ、こんなの。
「――そう、だね。私なんかで忘れてくれるかは分かんないけど、可愛い大喜くんの為だし
そう言って笑うその顔は、悔しいけれどとても綺麗で。ああ、こりゃ強敵だわ、と私は思ってしまう。
夜もとっぷり更けた頃、ベッドの中で私は火照る身体を持てましていた。頭の奥に火が付いたようで、眠るに眠れない。
きっと今ごろもう千夏先輩は、大喜と――してるんだろう。そう考えるだけで、身体の芯が疼いていくのが分かる。
生まれてはじめて見たセックス、その記憶に千夏先輩が重なっていく。
大喜は千夏先輩とのキスを、受け入れる。「嫌そうな顔」なんかしない、幸福感を抱いてキスをする。
先輩に触れられて大喜のオトコノコは悦び勇んで、そして優しく千夏先輩の中に包まれる。
ああ、ああ――まったくもう。
うまくすれば、それを私の役目にできたのに。しないけど、さ。それでもやっぱり、何処か悔しい。
その思いを込めて肌の上を滑る指、快感を呼び込むその動きに大喜のイメージを重ねてみる。
ぎこちなく私に触れ、おっかなびっくり愛撫する大喜。想像するとちょっとおかしくて、でも楽しくて――。
なんて考えたせいか、私の身体には想定外の変化が起きていた。
「ん、え"。あ……れ?」
足の間に感じた違和感は、直ぐに確信へと変わる。まるでお漏らしでもしたかのように、ショーツの中はドロドロになっていたのだ。
普段はこんなに濡れないのに、大喜の事を思ったせいか。これはまた、恥ずかしいったら。
まあ、うん。こうなったらなったで、別に良いか。オナニーして傷付くのは、自尊心だけだ。どうでも良い話じゃないか。
蕩けきったそこへ触れると、殆ど抵抗もなく肉の合わせ目がクチュリと音を立てて口を開いた。もっと触ってと訴えるようで、持ち主としてはやっぱり恥ずかしい。それでも快感の蕾はどんどんほとびていく、それが止まらない。
これがもし、大喜だったら。大喜のオトコノコが、私を割り拡げているのだとしたら。
指だってあんまり深くは入れたことがないから想像も付かない、それに昨夜のあれも表情は伺えなかった。だけどなんとなくのイメージが、更に興奮を煽り快感を連れてくる。
ああ、未練がましい。だったら千夏先輩に任せるな、私。
でも仕方ない、よね。私はずっと大喜を「好き」だったわけじゃない、千夏先輩を好きになって頑張る大喜を「好き」になったんだ。大喜と千夏先輩がうまくいけば、それはそれで私にとっても幸せなんだから。
そんな思いにかられたまま、気がつけば私は激しく自分の中を掻き回してた。揃えられた人差し指と中指は根本まで埋まり、一掻き毎に稲妻にも似た快楽の波が脳に叩き付けられていく。グチュグチュという淫らな水音に獣じみた喘ぎが重なり、なんだか自分の身体から出ているとは思えない卑猥なセッションを奏でつつ意識が焼かれていく。
「う"、あぁ……っ」
限界を超えた最後の一撃で、私の理性は遂に消し飛んだ。緩んだ下半身が汚液を垂れ流してベッドを汚していくのが、他人事のように止められない。
脊髄を貫き身体を劈いていく甘い電流、そしてそれが通りすぎて残るのは強い倦怠感。
このまま寝たら朝が大変だ、とは思えど全身が鉛のように重くなって動くのがもう億劫。
良いやもう、寝てしまう事にしよう。
明日になったら、それとなく大喜に先輩との顛末を聞いておこうかな。
うまく行くと良いけど、な。でもあの人、意外と行動が読めないんだよね。
まあ――良いかな。きっと大丈夫、きっと。私が好きになった人は、そんなに柔じゃないんだし。
……だけども。だけども私は考えていなかった、世の中はいつだって想像以上なのだ。
「昨夜、千夏先輩が突然……夜中に跨がってきて……」
空元気を張るどころか誤魔化す気力さえ無くなったらしく、大喜は教室で死にそうな顔をしている。まさかその原因の一つが私だとは、言えないな。
というかそもそもの時点で、千夏先輩が色々とおかしすぎる。ユメカとか言ってたあのメガネ女と、大して変わらないんじゃないかってくらいに。
ええい、こうなると分かってたら私が慰めてあげてたのに。ここからまた一発、となるとそれこそトラウマになって匡辺りと結ばれかねない。それはそれでキュンキュンする胸踊る展開なんだけどさ、いやナマモノはキツいかな。
違う違う、そうじゃないそうじゃない。
「ま、あね。千夏先輩だってさ、大喜が好きだからそんなことしたんだってば。よかったじゃん結ばれてさ、うん」
とりあえずフォローだ、大喜はバカなんだから考えさせない方がいい。
愛で始まる関係もあればカラダで始まる愛もある、っていうし。ここでなし崩しに一度くっついてしまえば、余計なこと考える暇も無くなって心の傷を意識しなくなるだろう。
私としては色々と複雑ではあるけれど、だけど大喜が幸せでいられればそれが一番いい。大好きな人の幸せを願うのは、当然だからね。
なにせ私は赤毛の美しい女なんだ、いつだって前を向いて突き進む。
それにまだまだ、私は負けた訳じゃない。人生は始まったばかり、ここからの大逆転だって十二分に有り得る。恋は一度と決めてました、なんて昭和の名曲じゃないんだから。その内喧嘩もするだろう、そこから二人の関係が自然消滅する事もあるだろう。大喜には傷ついてほしくないけど、人間生きていれば色々あるもの。
さぁ、面白くなってきたじゃないか。
自慢の赤毛を揺らして吹き抜けるアオい風を感じながら、私は心の中でそう呟く。
吹き荒れろ、何処までも何時までも。私の髪が赤い限り、この命が続く限り青春は終わらない。
「俺の知り合う女子、みんなろくでもないんだけど」
「待てコラバカ大喜、私までそこに入れんな」
「いや、雛だって十分アレじゃん……。突然告白するし、返事要らないって逃げてたじゃん」
「本当の事でも言って良いことと悪いことがあるんだよ、これだからバカ大喜はさぁ……」