それだけでなく、病み上がりだというのにストライカーを履いて演習に参加することに。
ニーカの運命はいかに……
<注意が必要な描写>
特にありません。今回は健全&カプ無です。
上記二人に加えて、オラーシャウィッチのダーリヤがでます。
目を覚ますと、最初に感じたのは冷たくて硬いコンクリートの感触だった。体のあちこちが痛い。唸りながら何とか体を起こすと、月明かり差し込む窓には格子が嵌っていた。私はどうしてこんな所に倒れているのだろう。半ば無理矢理にここへ連れて来られて、訳がわからないうちにカールスラント陸軍に手を貸すことになって。命令に従うならばアーリャ……あの人の身の安全は軍が保障すると言われて。ふざけるな。そんなの殆ど脅しじゃないか!
ちくしょう、あんな奴助けるんじゃなかった。こっちは撤退するので手一杯だったのに、支援に来ておいて奇襲であっさりやられた奴らなんて放っておけば良かったんだ。助けなきゃ因縁をふっかけられることも、あの人を巻き込むこともなかったのに。でも、もし今同じ状況に置かれたとしたら、やっぱり助けていたと思う。目の前で殺されそうになっている人を見殺しになんて出来ないから。
私の回復を待ってから、あいつはお前の能力が見たいなどと言って、既に基地にいたオラーシャのウィッチと演習をしろと命じてきた。たしかに引きずっていた右足は同郷のウィッチ・セラフィマの回復魔法で動かせるようになったが、三年間ほとんど寝て過ごしていたために鈍った筋肉や、失った感覚はどうにもならない。それでもストライカーの動かし方や、武器の扱いを覚えている体が憎たらしかった。
演習相手のダーリヤは、つい最近まで補給もままならない前線で戦い続けていた、これまた同郷のウィッチだった。新入りな上に病み上がりの私の相手をさせられるのが気に入らなかったらしく、最初から本気でかかってきた。応戦するどころじゃない。弾を避けるので精一杯だった。逃げ回るばっかりの姿が余計に気に障ったんだろう。魔導エンジン全開で体当たりしてきて、二人仲良く格納庫に突っ込んでしまった。
それから――私はどうなったんだっけ。降り注いでくる瓦礫からあいつを庇おうとした所までは覚えているんだが。本当、我ながらお人好しが過ぎると思う。
とにかく、くたばらずに済んだのは分かった。無傷ってわけにはいかないだろうから、普通なら医務室に運ばれている所だろうが、窓が鉄格子になっている医務室なんて聞いたことがない。ここは一体、どこなんだ?
どこからか視線を感じて、私はゆっくりと立ち上がった。外から鍵のかけられた鉄扉の覗き窓を睨み付けながら、痛む体を引きずっていく。私とよく似た色の青色がこっちを見ている。目が合うと笑顔の形に細められて、ふつふつと怒りが込み上げてきた。これが命の恩人に対する態度か。それともカールスラント流のもてなしは、病み上がりの兵士を痛め付けて晒し者にすることなのか。悪趣味過ぎる。
「またお前か」
「私だ。懲罰房の居心地はどうかね」
カールスラント陸軍大佐、クラリッサ・イェーガー。ウィッチとはいえ年齢に不釣り合いな高すぎる階級と、右頬に刻まれた傍目に目立つ大きな傷。三年前、あいつは癖っ毛を肩まで伸ばしていたはずだったが、今はまるで男のように短くしている。けれども面影はあった。忘れはしない、あの冬の村の戦いを。変わり果てた部下たちの屍を背に、復讐の誓いに瞳を光らせていた狩人の姿を。
そいつが何だって今、私を懲罰房なんかにぶち込んでいやがるんだ。お前が無茶やらせなけりゃ、ストライカーをぶっ壊すことも、格納庫に風穴を空けることもなかったのに。あの人と離れ離れになってしまったことだって。ちくしょう、全部お前のせいだ。助けなきゃ良かった。
「今度は何だ。嫌味を言いに来たなら帰れ」
「そうだ、帰れジャガイモ人間!」
急に割り込んできた声に驚いて、耳と尻尾を出しそうになった。固有魔法で探るまでもない。声は隣の房から聞こえてきた。どうやらダーリヤも閉じ込められているらしい。やっぱりカールスラントが〝魔女狩り〟してるって噂は本当だったのか?
「お前の発言は許可していないぞ、〝常連〟」
今度はあからさまに不機嫌そうに細められる青色。ガンガンと鉄扉を蹴っ飛ばす音に、眉間の皺がギュッと深くなった。私も本調子なら蹴っ飛ばしていたと思う。無様に伸びてる私のことを笑いにきたんだろ?
「お前、常連だったのか?」
「だからなんだよ! というかお前って呼ぶな! あたしはダーリヤだ!」
「じゃあ、〝ダーシャ〟か」
オラーシャには親しくなると相手の呼び方や自分の呼ばせ方を変える文化がある。もちろんダーリヤとはまだそこまで仲良くないから愛称で呼ぶのは良くないんだが、イェーガーに無茶振りされて、仲良く懲罰房行きにされて苛付いてる同士ってことで、なんだか親近感が湧いてきた。
「あっこら、その呼び方していいのはシーマだけだからな!」
「ずいぶん仲が良いんだな」
〝シーマ〟というのはセラフィマの愛称だ。私に回復魔法をかけてくれたウィッチ。三年前傷めてからずっと引きずっていた足を少し触っただけで完治させた彼女の能力には、目を見張るものがある。まだちゃんと礼ができてない。こんな所に閉じ込められているほど暇じゃないんだ。
「……聞いてるか? イヴシュキナ」
「お前に用はない」
階級から考えればこの態度はあり得ないんだが、今の私は少尉じゃない。どうせ無断離反の脱走兵だ。帰る場所なんてない。だったら、ここで足掻けるだけ足掻くのも悪くはない。カールスラントの、というかイェーガーの世話になるのは癪だが、仕方がない。
こいつもこいつでおかしい。私が楯突いても怒るどころか、楽しむ素振りすら見せている。恩人だから大目に見てくれてるのか、それとも他に何か狙いがあるのか。真意については、これからじっくり見極めさせてもらおう。
「ふん、まあいいだろう。そこで明日までじっくり反省したまえ」
「いつも通りなら三日じゃねえのかよ」
「なら貴様だけ三日入っていろ」
「はあぁ? なんでだよッ!!」
今度は壁を殴る音がした。それから呻き声。怪我してるだろうに無茶しやがる。そうだ、私はあの時瓦礫に向けてシールドを貼ったんだ。じゃなきゃ下敷きになってくたばっていただろう。まあ完全には防げなかったし、演習中にあちこち擦りむいてぶつけたのもあって、こうして体中傷だらけなんだが。
イェーガーは呆れ顔でため息をつき――それから私に向かって満面の笑みを浮かべて、手まで振って帰って行った。ほんと、なんなんだあいつは。
★ ★ ★
「……行ったか?」
「……ああ」
念のため空間把握魔法で探って、懲罰房に私たち以外の人間がいないことを確認する。別に聞かれたって構わないがなるべく面倒は避けたいし、なにより早く柔らかいベッドで寝たかった。
「あのカールスラント人ほんと感じ悪いよな! お前も脅されてたろ、〝隊長〟さん」
ダーリヤが私に敵意剥き出しだったのは、私がイェーガーから隊長を任せられたのも理由なんだと思う。自分を差し置いて新入りで病み上がりが隊長に任命されて、しかもそいつの部下をやれって言われたらムカつくのは当たり前だ。あいつ、本当余計なことばっかりしやがるな。
「まあな。だがこうなった以上は役目を果たすさ……〝ニーカ〟でいい」
「ニーカ、か。へへっ、よろしくな。あんたの一撃、効いたぜ」
「お前の砲撃もな」
姿は、表情は見えないけれど、私たちは声を潜めて笑い合った。とりあえず仲直りは出来たようだ。ここから出たら顔を突き合わせて話そう。私たちのこれまでのことと、これからのことを。
「久しぶりに骨のあるやつに出会えて嬉しかったぜ! あっそうだ、今度コウモリ料理振舞ってやるよ~」
「コウモリ?」
★ ★ ★
「些か、処分が甘すぎるのでは?」
扉の前で私を待っていた副官は、一糸乱れぬ敬礼の後にすぐ困惑の表情を浮かべた。盗み聞きを咎めるとすぐに謝ってきたが、その顔には不満の感情がありありと浮かんでいた。
演習用とはいえ貴重なストライカーを二台破損させ、その上格納庫を半壊。いくらウィッチとはいえ、たった二人がしでかしたには大き過ぎる被害だ。やはり私の目に狂いはなかった。あの反抗的な娘はともかく、イヴシュキナはやはり優秀だ。三年戦場を離れていたとはとても思えない立ち回り。早く本調子を取り戻して欲しいものだ。懲罰を明日の朝まで縮めたのはそのためだ。けっして甘くしているわけではない。
「あんな硬い床で寝るなんて私は半日でも勘弁だな。枕を持ち込めるならば話は別だが」
「はあ……」
副官は腑に落ちない様子で曖昧な返事をして、私の隣に並んだ。腕にはコートが掛けられていた。春先とはいえ夜はそれなりに冷え込む。私の体を心配して持って来てくれたのだろう。まるで世話焼きな母親のようだと思う。〝テューリンゲンの白百合〟の名に恥じぬ立ち振る舞いと気品。そこに見え隠れするいじらしさが何とも好ましい。
彼女はイヴシュキナのことをよく思っていないようだが、貴重な戦力であるし、何より〝アレ〟を動かせるかもしれないウィッチだ。手放すわけにはいかない。手放したくない、とも思う。あの日、命がけで私を助けてくれた人。ならば私も全力で応えよう。彼女と同じ、祖国のためにある陸戦ウィッチとして。
「明日から忙しくなるぞ、ティーリケ」
「ええ、存じ上げております。イェーガー」
アーリャに保護されてから失語症の廃人のまま三年を過ごしたニーカですが、クラリッサの荒療治によって復活しました。この辺の話もいつかやれたらいいな!
以降、ニーカ×クラリッサの百合話を投稿していきます。