レイナさんの家までの道は、丁度良く我が家の前を通る。
家の前で車を停めて勝負をかけた。
「ここ実家なんですけど、丁度今日は誰もいないんで、寄っていきます?」
数秒間が空く。長い。
「ごめんね。ユキオ君の事いいなって思うけど、さすがに歳離れすぎてるよ。」
フゥと息を吐く。
完全な拒絶ではないのだから、諦めるべきではないが、下手に押すのは悪手だろう。
「そう言うと思いましたよ・・・傷ついたんで、お詫びにまたデートしてくださいね。」
「オバ・・・・ ううん。私で良かったら。ホント、楽しかったからまた誘って。」
いくらかは葛藤してくれているんだろうか。寂しそうな笑顔に免じて、今日の所は引き下がる。
そのまま、レイナさんを送り届け家に帰ってきた。
「イケると思ったんだけどなあー」
独り言ちながら服を洗濯籠に突っ込みシャワーを浴びる。
唇に残るレイナさんの感触が、チクリと胸に痛い。
浴室を出て、冷蔵庫にあったビールを掴みリビングのソファに腰を落とした。
普段はあまり見ないテレビを点けた。
夜帯のニュース番組をボーっと眺める。ブラックな労働環境でまた人が死んだらしい。
退路を断たれ、肉体的にも精神的にも追い込まれるんだろう。
死ぬ程働くなんて。実家住みのフリーターの自分も、選択を誤ったらそうなる未来もあるのだろうかと漠然と思い、もやもやと胸に浮かんだものをビールで流し込んだ。
一本空ける頃に昨日は遅くまでケンジに付き合わされ、あんまり寝れてない事を思い返す。
そのまま、意識がふわりふわりと落ちていった。
懐かしい感じの木の匂いがする。
ふわっとしていた視界がゆっくりと晴れていく。
目の前に使い込まれた木の机があり、銀色の灰皿の中には数本のハイライトの吸い殻がある。
意識していないのに体がよじれ硬い座面の古びた灰色の椅子がギィと鳴いた。
見覚えがあった。ハルおじさんの部屋だ。
机の反対側には木製のダブルベットがある。
その上でカナがエロ本を眺めながら頬を朱に染め、チラチラとこちらに視線を送っている。
ふと目線が交わった瞬間、数日前のカナのそれの感触を思い出し、幼いカナの姿を見たばかりにとんでもない罪悪感に襲われる。
それを全力で思考の隅に追いやり、冷静を取り戻しながら一息吐き、「こんな事あったな」と頭の中で独り言ちた。
ハルおじさんはエロ本が好きで、部屋の隅にドサッと積み上げていた。
大人達がいないタイミングにこうして物色したりしていたのだ。
今はきっとこの家にはカナと二人なのだろう。
何故か手に取っていた文庫本に視線が落ちる。
目合い
め・あい?読み仮名があった。「まぐわい」と読むらしい。
交接・目と目を合わせて愛情を通わせる。
その瞬間だけでも、目と目を合わせて本気で相手を愛しなさい。社会性も服と一緒に脱ぎ捨てて、自分の全部を相手に預けなさい。
大昔のセックス指南書?なんだろうか。夜這いがどうとかも書いてある。
おじさんの愛読書なのか、結構ボロボロに擦り切れている。
不思議な本だ。確信めいた言葉がスルスルと胸に溶けていく。
カサリとエロ本を置く音がした。
「ねえ。ユキ・・・・・」
カナがベットから降り、何か言いかけた瞬間。ガンガン!ガンガン!と側頭部にガラスを叩く音が響いた。
ビクリと体が震えた瞬間、再び暗転した。
ハッと目が覚め、ガバッと飛び起きる。
リビングの大窓からガンガンとガラスを叩く音が聞こえる。リビングを広く照らすシーリングライトの明かりがレースのカーテンの向こうに見える誰かをうっすらと照らしていた。
訝しく目を細め、恐る恐る窓に近づきレースのカーテンをめくる。
「レイナ・・・・さん?」
かなり出来上がっているように見えるレイナさんと目が合った瞬間。
ガラスに遮られくぐもった声。嬉しそうな笑顔でレイナさんが言った。
「あ!ユキオ君!入れて!」
驚いた。こんな事がありえるのか。
「とりあえず玄関へ・・・」指を指して場所を伝える。
玄関を開くと、ジーンズにTシャツだけのレイナさんが雪崩れ込むように入ってきた。
とりあえず、レイナさんを受け止めソファに誘導する。
レイナさんが冷え切っていたので、妹がいつも使ってるタオルケットをかけ、お湯を沸かして紅茶を渡してレイナさんの隣に腰をかける。
「思ったより寒くてさー ありがとうユキオ君。気が利く男の子はモテるよねー」
「俺の事ふっておいて何言ってるんですか。」
「眠れなくて一人で飲んでたんだよねー ユキオ君のキスがあんまり上手だから。来ちゃった。」
カップを置いたレイナさんは、瞳を潤ませ、そんな事を言う。
「切なくなっちゃったんですね。どっかに相手いるんじゃなかったんですか?」
あえて突き放した言葉はレイナさんを加速させた。
パサリとタオルケットを放った音がした。
レイナさんはおもむろに俺にまたがり、目の前には大きな二つの瞳がある。瞳の中に自分が見えた。
「それ以上言ったらだめだよ。せっかくお酒のせいにして来たのに。」
瞳の中の俺が、ハルおじさんの文庫本を思い出せと訴えてきた。
「じゃあフッた俺に免じてお願い聞いてください。」
「君はワガママな子だね。今ならなんでもいいよ。」
「俺の目を見て「好き」って言ってください。俺も言うので。」
数秒沈黙が訪れ、レイナさんの顔が苦し気に歪む。
感情を吐き出すように、囁いた。
「好き。」
苦し気なレイナさんを見据え応える。
「俺も好きです。」
レイナさんの瞳から涙が一滴。
たらふく飲んだであろうキツイお酒はレイナさんの理性の箍をすんなりと外していた。続けざまにレイナさんは言う。
「ねえ、早くしよ?」
レイナさんの「好き」は、どっかの誰かに言った気がした。
ふわっと沸いた寂しさを飲み込み、また優しいキスをする。レイナさんの柔らかい唇で寂しさは呆気なく散った。
レイナさんも似たような気持ちなのかもしれない。
キスしながらレイナさんは待ちきれないとばかりにTシャツを脱ぎ捨てた。
放つ色香はあまりにも暴力的だ。それでも目をそらさずに素直な感想を伝えた。
「レイナさんは、綺麗すぎます。」
静かに泣くのが得意なレイナさんが零した一滴を指でふき取り、キスした。