レイナはベテランの看護師である。
レイナは仕事柄眠りが浅い。14年もの間看護師として働いているため、仮眠室で寝ていても呼び出されたらすぐ起きなくてはいけない。
眠りが浅く、少しの音で起きてしまう。所謂職業病だ。
なので、こうして男性と肌を合わせた後でもなるべくなら離れて寝るか、家に帰ってゆっくり寝たい。
じゃないと疲れが取れないからだ。
事が終わり、背を向けて離れるレイナに寂しげな男の視線を向けられ「なんで理解してくれないんだろう」と思い、うんざりする事も珍しくない。
なのに今は片時も離れたくないと思ってしまった。
打算も無く、虎の子の「生中出し」というカードも切ってしまった。
珍しく冷静さが欠片も無かった。入れたままとかそういうんじゃない。ただ、今だけは1mmも離れたくなかった。
それだけなのだ。
レイナは自分の体を知ってる。
セックスは二人でするもので、自分が良くなかったら相手も良くならないものだ。
演技をすれば良いなんて、そういうセックスをする男しか知らないんだろう。
良いセックスを知っている男にはすぐバレるからだ。
若い頃は、かっこつけたかったり恥ずかしかったりでそれどころじゃなかったりしたものだが、いかんせんレイナは酒を飲むとしたくなってしまう。
色んな男とする中で自分がどういう風にされれば良くなるのか、どういう触られ方でどういう角度がいいのか分かっているため「調整」を効かせられる。
だから、よっぽどの相手じゃない限り満足のいくセックスが出来る。そして、自分が満足できてるって事は相手も満足なのだ。レイナはwinwinなセックスが出来る女である。
なのに、ユキオには「預けて」しまった。
ユキオは赤ちゃんに触れるように触り。心の内を見透かすように見つめてくる。
絶対痛くされないって分かってしまう。全部分かってくれると思わされる。とてつも無い安心感が有った。二人では寝られないレイナがこの腕の中眠りたいと思ってしまう程に。経験豊富なレイナでも初めての経験だった。
前戯だけでお腹いっぱいになってしまった自分に対して、「じゃあまた今度」なんて、何人の男が言えるのだろうか。そんな事言われたら、全力で応えたいと思ってしまう。
それでもやっぱり、悔しかった。14歳も年下なのに。でも離れたくない。
せめてもの抵抗で顔を背けた。自分の半身みたいに扱ってくれるユキオに体を押し付け。髪を撫でられながら、凪いだ海みたいな心地よさを抱え、少女みたいに眠った。
そして、朝方、事が起こる。
安心し切って眠っていても、レイナは職業柄眠りが浅い。少しの音でも起きてしまう。
ベテラン看護師だから。
「ガタン」
窓の方から音がする。レイナはパッと目を覚まして辺りを見回す。
すると、レースのカーテンの向こう、窓に手をついて感情の無い瞳でこちらを見ている二十歳くらいの女の子がいた。
反射的に声が出る。
「キャッ!!」
ユキオ君がもぞもぞと動いて窓を見て、ため息と一緒に一言吐いた。
「だから地雷だって言ったんだ。」
「じ、地雷?」
「何でもないです。とりあえずシャワー浴びてきてください。着替えとタオル出しておくので。」
時は遡りユキオがパチンコ屋でレイナに話しかけていた頃。
大学の構内でのある一幕である。
「なるほどねえ・・・・」
涼子が面白くなさそうに呟いた。
「だから、ユキオ君の連絡先教えて欲しいんだ。」
ユナである。
あれから数日、ユキオの事を忘れようと努力していた。
自分にはまり込んでいる男と会ったりしたが、余計にどうにもならなくなってしまった。
「知ってしまった」からだ。
それでも、ここまで涼子にユキオの連絡先を聞かないでこれたのはユナの、女としての矜持である。
「でも、ユナはそれでいいの?」
「もう色々諦める事にしたんだ。もうどうなってもいいっていうか、それでも会いたくて・・・・」
「あんたなら男なんていくらでも捕まえられるでしょうが」
涼子が思いついたように言う。
「そうえば今夜、ケンジも暇だって言ってたからさ。三人で飲みに行かない?」
「え、うん・・・」
「作戦会議だねっ」
「ん?」
涼子のニヤリとした笑顔を見つめながら、ユナは聞く相手を間違えた事に今更ながら気が付いた。
若者が集まるバーである。
古びたビルの一階にあり、高低差の多い店内に所せましとテーブルが並ぶ。
やたらとお酒の種類があり、どんなお酒も500円のため、ただただ酔いたい若者にとってはうってつけであった。
ちなみにそんな店なので、朝までやっている。
上段の隅にある丸テーブルに3人は座っていた。
酒の入った女の下ネタは、男にとってはパンドラの箱である。迂闊に開いて、大けがしても文句は言えない。
右手で勢いよくポテトにケチャップを付けながら涼子は言う。
「でさ、その男がコンドーム付けた時に、そのままの勢いで出しちゃったんだよね。」
「分かるよー 挿れた瞬間出ちゃう人とかいたー」
自分が今まで相手にしてきた女性も、自分の話をこんな風に女同士でネタにされていたのかもと思い、ケンジは戦慄する。
「でさ、ユキオとはどんな感じだったの?」
「ユキオ君はねー 安心感がやばいんだよ。絶対に痛くしてこないし。私が考えてる事言わなくても全部分かってくれるの。」
「キャー 何それー ヤバイやつじゃん。」
「ほんとヤバイんだよ。産毛撫でるみたいに触ってくれて、キスが本当にすごいんだー」
「あの感じだもんねー 私も何回か誘ったんだけど、全然乗って来てくれないんだよ・・・」
特に仲の良い友人の赤裸々な性生活の話を聞いて、罪悪感を覚えるケンジであった。
だが、そこで飛び交う言葉は色々な意味でカルチャーショックを受ける。
すごいキス?産毛を撫でる?分かってくれるとか、痛くして来ないとか根本的に意味が分からなかった。
普通、二十歳そこそこなんてそんなものである。キスは押し付けてレロレロとするもだし、触り方なんて考えた事もない。痛いと言われればやめるが、濡れた所で勢いよく挿入し、逝くのをぐっと堪えてパンパンやるのがセックスである。
女子達の本音合戦を目の当たりにし、ケンジのセックスにおける価値観がぐらりと揺らいだ瞬間であった。
そんな折、姦しくしていた女子に水を向けられる。
「ユキオって高校生の時とかどんな感じだったの?」
少し思案したケンジがおもむろに口を開く。
「高校入ってすぐの頃に、同級生と付き合ってたことあって、半年くらいで別れたんじゃなかったかな。」
「その後は彼女とか作ってないの?」
「俺が知る限りはそれから一人もいないと思うよ。ただ、学校帰りに年上のお姉さんの車に乗っていくのは何回か見たことあるな。あいつ、妙に落ち着いてるっていうか、高校時代からあんな感じだったからさ。」
「じゃああれはお姉さんに仕込まれてたんだねー」
思い出し、ニヤニヤとするユナ
「そんなの、私もしてみたい。ズルイ」
そんな爆弾を投げ合うような飲み会は、一定のテンションを保ったまま若者の体力が尽きかけるまで続く。つまり、朝までである。
作戦会議と称したその飲み会が動いたのは明け方であった。
「もうさ。行けば?行けばいいんだよ。そんな言うなら。」
「そうだそうだ。あいつ今日仕事だったから家に居るって。」
「でも、こんな時間なのにさ。てか今何時?」
「いいんだよ。時間なんてさ、ばっと言ってばばっとやってこいよ」
「えー じゃあもう行っちゃうー」
すんなりユキオ家の住所をゲットしたユナはフラフラとした足取りでタクシーを捕まえ、ユキオの家に向かう。
完全に酔っているので、もう色々どうでもいいのだ。
やがて、タクシーを降りたユナ。明け方の冷えた空気は酔った頬に気持ち良く、ユキオに会える喜びだけを胸にユキオの家にフラフラと歩を進める。
「ユキオ君いるかなー」
道路に向いたリビングと思わる大窓にレースのカーテンだけが掛かっていた。
うっすらと、誰かが寝ているのが見える。
思わず目を凝らし近づいていく。
「あれ?ユキオ君?」
よく見るとソファに寝ているのはユキオであったが、覆いかぶさるように髪の長い女性が抱き着いていて、かけてある毛布は落ちかけていた。裸だ。
寝るのにはいささか不自然な体制であるのだが、しょうがないのだ、入れたまま寝てるのだから。
ユナの胸に最初に沸いた感情は嫉妬であった。
ユキオの家で、裸であんな密着して。あの女はなんだのだ。
でもそれもすぐ打ち消された。最初のセックスでオモチャを使われ連絡先の交換すらしていない。
悲しみが胸にうずまく。
気付けば酔いが醒め、嫉妬と悲しみが打ち消し合った今、すっかり思考は停止してどんな顔をすればいいのかよくわからなくなっていた。
ユナはユキオが思うほど地雷ではないのだ。
だが、悲しい事にユナが取っている行動は、地雷女と呼ばれてもおかしくないそれであった。
そんな自分に気づいた瞬間、ふと足元がゆらいだ。ただの飲みすぎである。
勢いのまま窓ガラスに手を付いた瞬間、「ガタン」と音がした。寝ている筈なのにものすごい反射速度で女性の顔が上がった。
びっくりして感情の無い表情の二人が目を合わせる。
ユナと、ベテラン看護師との邂逅であった。
「キャッ!!」