車通りの少ない海岸線をひた走る。
海沿いの街並みが好きだ。
内陸には無い草木が生え、海の傍は歴史が長いのか、潮風のせいなのか、錆びた看板や建物がやけに多く、違う時代に迷いこんだみたいだ。
美咲ちゃんは終始笑顔だった。
昨日の事については、話してない。
俺に何をして欲しいのかは分からないが、その時を待つしか無いのだろう。
はっきり言って、彼女の考えは未だよく分からないが、放ってはおけなかったという理由だけでここまで来てしまった。
度々、車を降りてコンビニに寄ったりする姿は、何処にでもいる普通のカップルにしか映らないのだろう。
少し大きめな街に入った、知らない街だ。
ここになら、大き目の病院があるのかもしれない。時間はまだ午前10時頃だったが、なるべく早く検査を受けたいだろうからという事で、まず病院を探して向かった。
一人では行けないと言うので、産婦人科の病院に一緒に入る事にする。
車を降りると潮の匂いが鼻をくすぐる。ピンク色の少しくたびれた建物だった。
ある程度は気づいていたが、はっきりとした事実を突き付けられ、漠然とショックだった。
美咲ちゃんは一通りの検査をして、アフターピルを貰って来た。
検査結果は、たまたま空いていた事もあり、急いでしてくれるらしく、今日明日には結果が電話で連絡が来るようだ。
アフターピルはすぐ飲むと言った。
病院内での一連の話を、何も言えずにただ頷いて聞いた。
彼女の抱えているであろう事を想像するだけで、胸がギシギシと音をたてて軋む。
しかし、その時ふと違和感を感じた。自分は美咲ちゃんの事をまだよく知らない。
美咲ちゃんが物事をどう見て、考え、感じるのか知らない。ただの自信なさげな、小さくて可愛らしい女の子という表面的な事しか知らない。
起きてしまったであろうその出来事を、美咲ちゃんがどう考えて、どう処理しようとしているのか、俺には何も分かっていないのだ。
この小旅行が終わり、肉親でも無い、家に帰って美咲ちゃんに生涯を捧げるわけでも無い俺の、一時的で一方的に決めつけたような同情心は、「今は」普通に振る舞いたいであろう美咲ちゃんの心に影を落とすだけだ。
ただ、今の所分かっているのは、美咲ちゃんがここに居る事を望み、俺が傍に居る事を望んで、なるべく笑顔で居たい。それだけなのだ。
それと同時に、未だかつてない程の献身的な考えに自嘲する。助けを求められた電話の時に、「今だけ」という言葉を美咲ちゃんが使い、それならばと思ってしまった自分が居るからだ。
自分はこれまでの人生、その時だけの快楽を即物的に貪って生きてきた。
高校の時に初めてできた彼女に向けられた、打算的で、所有欲と嫉妬心にまみれた、ドロドロとした眼差しを受け、昨日までの彼女は誰だったのかと落胆し、嫌気が刺した。
その後に覚えたのは、上手に後を濁さずに飛び去る、やり方だ。
皆、表面的な美しさの奥に深い業があるのだ。表面的な美しさを保っている間に深くまで潜り、捕まえられる前に飛び去るのだ。必要以上の時間は刺激を失い、輝きを失い、慣れ合いが残る。だからその前に飛び去り、後には小ぎれいな思い出だけが残り、5年もすれば、顔も思い出せなくなるだろう。
人と長く居るのは、辛い。単純に自分には、それに立ち向かい、巻き取られ、抗い、傷つく度胸が無いのだ。
自分は、それでも、傷付きたくなくても、誰かに触れたいだけの、取るに足らない寂しがり屋なんだろう。
そんな人間が今になって自分以外を知ろうなんて、美咲ちゃんを知ろうなんて、ただの傲慢だ。
ならば、美咲ちゃんが求める「今だけ」の時間を深く潜り、いつものように後を濁さずに飛び立てばいい。
気持ちを切り替え、たまたま目に入った少し錆びた海洋公園の看板を指さして言う。
「あそこ、行かない?」
「はい」
美咲ちゃんは、また笑った。
少しだけ空気は冷たいが、気持ちの良い秋空だった。
だだっ広い公園で、遠くに展望台のようなものがあり、そこまでコンクリートの道がまっすぐ伸びている。
よくわからない展示物がポツポツと置いてあったり、船が置いてある。テントが立っていたりもするので、キャンプしに来る人もいるようだ。
展示物の周りで子供が走り回っていた。
それを横目に、ブラブラと歩く。
途中、ガラス張りの建物があり、そこの前に露店が何軒か出ていた。
そこで何かを食べる事になり。カツドックとやらを二つと特産品なのかホタテカレーを買った。
外に置いてあるプラスチックの椅子とテーブルに並べる。
味は普通だったが、気持ちの良い天気と開けた場所で食べるそれは、思いの外美味しく感じた。
美咲ちゃんはまた笑顔だった。ただ少し瞳が潤んでいるように見えた。
少し冷えたので、ガラス張りの建物の中で二人でホットコーヒーを飲む。
外は少し日が落ち始めていた。それを眺めながら美咲ちゃんが言う。
「暗くなりそうなんで、ホテル取りませんか?」
「そうだね。」
スマホでホテルを探し、すぐ入れそうなビジネスホテルに電話する。美咲ちゃんに、あえて聞いた。
「ツインでも大丈夫?」
「ツインがいいです。」
美咲ちゃんが微笑む。
普通の、よくあるビジネスホテルだ。
小ぎれいで立派な外観と打って変わって、まさに寝るだけ。と言う部屋で、グレーのカーペットとカーテンに木の机。そしてセミダブル程のベットが二つ。部屋は3色でまとめると統一感が出ると何かで読んだが、そういう狙いなのかもしれない。
今日連絡して取れる部屋なんてこんなものなのだろう。
そんな折、美咲ちゃんのスマホが鳴る。
「もしもし。」
「はい、そうです。あ、検査結果ですか。」
息を吐く。
「はい・・・・そうですか。分かりました。ありがとうございます。」
電話を終えて、美咲ちゃんを支えていた何かが外れたかのように、ベットに倒れた。
自省して、納得していても、キリキリと胸が軋む。でも少しはマシなようで、声は出せそうだ。
背を向けて倒れる美咲ちゃんに話しかける。
「大丈夫かい?」
「うん、全部陰性だった。」
美咲ちゃんに聞こえないように、小さく息を吐いた。
「良かった。」
「ユキオさん。昨日の事、聞いてくれます?」
背を向けたままの美咲ちゃんを見詰め、背筋に思わず力が入る。
「うん。俺で良ければ。」