令和四年、二月八日火曜日。午後六時。
「~~~っ! ハルくんのっ……っ!」
ばか、と言いかけた口が、耐えるようにきゅっと閉じられた。
彼女はリア。ハルくんと呼ばれた男、ハルキの恋人だ。
がたん、と椅子が音を立て、ブラウンのミディアムヘアが揺れる。
やや遅れて、縦セーターのえり元で深く長い谷間を見せる乳房が「ゆさっ」と重たげに弾んだ。
「……も、もう知らない! 勝手にすれば!」
彼女は千円札を置いて乱暴に席を離れた。足早にレストランの出口に向かう。
カツカツ鳴るのは、デートに合わせて新調したらしい白いパンプス。ひるがえるのは黒いロングスカート。
「あ……皆さん、お騒がせしました」
自動ドアから出る直前、振り返って店内に一礼した姿は、いかにも育ちの良さをうかがわせるものだった。
イタリアンレストラン、「サ○ゼリヤ」の店内は今日も満席に近い。
カップル客の一組が居心地悪そうにうつむき、店員たちがそわそわと視線を交わす。
「痴話げんかぁ?」
「あのカレシ、ちょっと貧乏くさ~い」
「でも筋肉ヤバすぎぃ」
「暴れたりしなきゃいいけどぉ……」
高校生らしき女子グループのささやきが、うつむくハルキの耳に届いた。
「……」
彼の前にあるのは、リアの好物であるミラノ風ドリア。美味しい上に財布に優しい、サ○ゼリヤの看板メニューだ。たっぷりのチーズが、湯気と共に食欲を誘う香りを立てている。
(やっちまった)
しかし、ハルキのフォークは一向に動かない。しなくてもいい言い争いをした後悔で、ハルキは頭をいっぱいにしていた。
リアは小学校の先生だ。多忙を極める日々を送っており、今日も二週間ぶりのデートだった。
忙しすぎて料理するヒマもないと言うので、ついつい『もっと楽な仕事に……』と余計なことを言ってしまい、それが口論の原因になった。
彼女は教師という仕事が大好きだ。熱心なだけでなくコミュ力にも長けていて、生徒や保護者からの人望も厚い。
だから、ただ恋人に愚痴をこぼして『そうなんだ、お疲れ様。今日は二人でのんびりしよう』と言ってほしかっただけなのだろう。
最も、ハルキにだって言い分はある。
彼もリアも、もう二十五歳だ。四捨五入すれば三十路。アラサー。結婚を意識する年だ。愛する人の人生を背負いたい、そう思って何が悪い。
(いや、でも、悪いのは俺だ。リアを背負う力のない、俺だ)
ハルキはグラスワインをひっつかみ、一息に飲み干す。
一杯百円の赤ワインは、彼の財布からすれば十分に高級品だ。無駄にはできない。
「ふ~…………」
──リアは飛び切りのいい女だ。顔立ちは童顔ながら、穏やかな光をたたえる黒い瞳は知性を感じさせるもので──なのに、その肉体ときたら女の盛り真っ只中といった具合なのだ。
大きく広がった骨盤が形作る豊満なヒップラインは「いつでもママになれる」と婦人科医に太鼓判を押されるほど。
それでいて腰回りはキュッとくびれていて、まるで女性美を極めたかのような美しさだ。
性格は朗らかで素直、気配り上手で家事も得意。ついでに言えばセックスも巧い。掛け値なしに最高のパートナーだ。
──ええい、ぐだぐだ悩むのは俺らしくない。行動あるのみ。
多少酒の力を借りたところもあるが、それはいかにもハルキらしい思考だった。
「すみません! これ、持ち帰り用の容器ください!」
野太い声を発すると、それだけで店内の喧騒が静まり返る。
立ち上がると、徹底した筋トレによって鍛え上げられた全身の筋肉が「ぐわっ」と盛り上がった。その身長は二メートルに近い。
ハルキは、筋肉モリモリマッチョマンの大男なのだ。
──今夜は、自分の安アパートには帰らない。
◆◆◆
「ん……ハル、くん、苦し……♡」
リアが住むマンションの呼び鈴を連打して、
出てきた彼女を抱きすくめて、
玄関の扉に押し付けて、
ハルキは強引に唇を奪った。
リアは驚いて目を見開いたものの、すぐにうっとりと目尻を下げて、両腕を首に回してきた。
彼女の方もずっとこうしたかったのだと、その反応が物語っていた。
「んちゅっ、ふぅっ、ちゅっ、くちゅっ」
「リア、リア……!」
リアの身長は160センチ。決して小柄なほうではないが、ハルキと比べれば体格差は歴然だ。
すっぽりと彼氏の胸板に包み込まれながらも、リアは必死に背伸びをして、首にぶら下がるようにしてキスに応じた。
「ちゅうっ、むぷっ、れろっ、ちゅばっ、はあっ、ん~っ……♪」
女は男の首筋を愛おし気に撫で回し、いつ隣人が通りかかるかも分からない廊下でぺちゃ、ぴちゃ、じゅぞ、ずずっ、と淫らな水音を響かせる。
キスの角度を変えるたびに大きな胸は柔らかく押し潰され、服越しに二つの果実がひしゃげる。
女は、自分の胸に感じた熱っぽい体温に「はぁ……♡」と感じ入った吐息を漏らした。
「んっ、んっ、んっ、んっ……はぁ、はぁ……♡」
二人は舌を絡めあい、互いの唾液を交換し合い、喉を鳴らして飲み下していく。
男は女の髪を優しく撫でながら、夢中になってキスを続ける彼女を巧みに誘導し、より一層激しく己を貪らせていく。
「はぁ……んっ、はぁ……ん、れろっ……♡」
どれほどそうしていただろうか。やがて女は名残惜しげにゆっくりと顔を離すと、つうと伸びた唾液の糸を赤い舌で舐め取った。
「はぁ……んっ、はぁ、んっ、はぁ、はぁ……♡」
「リア、ごめんな、許してくれ」
「はぁ、はぁ、はぁ……あ、謝るのは、私のほうだよぉ……」
リアはとろんと潤んだ瞳で見上げ、ハルキは真剣な顔でそれを見下ろしている。
キスと謝罪の順番が逆だが、互いの瞳が「早く仲直りしたい」という思いを雄弁に語っていた。
二人の結びつきは、そういうものなのだ。
「それに……こんな強引なハルくんも、好き。でも、どうしよう、キスだけでこんなになってるカタくて大きいの、ちょっと怖いかも……♪」
女は男のたくましい胸板に顔をうずめ、そっと股間に手を伸ばす。
ズボンの上から膨らみを指先でさすると、それはぴくっと脈打ち、布地の下で確かな熱を帯びていた。
「う……リアが嫌なら、何もしない。このまま、仲直りのハグだけして帰ろうか?」
「やぁ、そんなのダメぇ……あのね、私ね……」
リアの性欲を、ハルキはよく知っている。意地悪く訊ねると、リアは恥じらいつつも甘えた声で手にきゅっと力を込めた。
自らスカートのサイドファスナーを下ろして、男の手をその中へと滑り込ませる。
「リア……?」
「久しぶりのデートだったから、通販で、その、大人向けの大胆な下着買っちゃったの。ねえ、分かるかな……♪」
指先から伝わる感触は、花柄のレースだろうか。大胆な下着と言う割には、かなり布地の面積が大きい。
しかし、柔らかな素材に指を這わせていると、その感触はすぐに薄れた。あるべきところに、あるべき物がないのだ。
「! リ、ア、これ」
「やだ……ハルくんの目、ギラついてるぅ……♡」
女は男の両手を掴むと、ぐいっと玄関の中へ引っ張り込んだ。バタンとドアを閉め、錠を掛けると、そのまま壁に手をついてお尻を突き出す。
「うふっ♡」
ごくり。
生唾を飲み込む音が聞こえるほどに、室内は静まり返っていた。
「電気、着けて? 明るいところで、私のお尻をじ〜っくり見てほしぃな……♡」
女はハチミツのように甘い声音で男を誘惑する。
──パチン。スイッチが押されてLEDの灯りが玄関を照らし出す。
「わあ、ハルくんのエッチな目、お尻に突き刺さってるみたい……♡ 恥ずかしいけど、すっごくドキドキするぅ……♡」
黒く長いスカートが床に落ちる。ハルキは息を呑みながら、愛しのリアがスカートの下に隠していた秘密を凝視した。