※この作品はR-18です。

好きでもないアイドルに告白をしたらどうなるのか?   作:なおちー

10 / 65
女子大生組の三名が修羅場になったらどうなるのか?

3人の乙女たちがリビングで火花を散らしている時、

寝室にいるプロデューサーは、心地よいまどろみの中にいた。

 

懐かしい夢を見たのだ。総合商社を辞めてからプラプラしてた時に

たまたま求人で見つけた芸能事務所を受験した時の話だ。

 

まるで新卒向けと思われるクレペリン検査を通過した後、

面接は三回あった。一番最後の面接は常務と専務による個人面談だった。

 

あの時のピーンと張った部屋の空気は普通の人ならば緊張するのだろうが、

外国勤務の経験が多いプロデューサーからしたら

やはり日本だなあという安心感しかない。

 

(この人らも採用する側の立場だから大変だよなぁ)と思う。

むしろこちらの方が面接官を観察していた。

 

受験前に346プロダクションの沿革から事業内容、関連会社との

取引から決算資料(非上場だが)まで全部に目を通してある。

面接官が求める人物像など、テーブルに座る常務の

厳しい目つきを見ればすぐにわかると言うもの。

 

仮にこれでもダメならば縁がないと諦めるしかない。

そもそも外国政治や資源金融に関係しない仕事を始めて受けるのだから。

 

中年太りした専務が眼鏡のズレを直しながら言う。

 

「なるほど。○○さんはこの業界は始めてとのことですが、

 ズバリこの業界でアイドルに求められるのは何だと思いますか?」

 

「第一に個性です。他の芸能事務所には存在しない何かです。

 アイドルを売り出す我々の側が彼女達の個性を見つけ出せるかが

 鍵だと思います。またその個性とは我々が選定し、

 その方向性に沿ってアイドルを売り出すのが最善かと思います」

 

「なるほど。分かりました。では次ですが、○○さんは前職では

 中学校の教員をされていたとのことですが、

 担当アイドルが高校生から社会人の年齢の女性となった場合に

 適切な対応ができる自信はありますか?」

 

「はい。それは問題ありません。私は人間が大好きですから」

 

「ありがとうございます。

 それでは最後に資格や特技に関しての質問ですが、

 外国語スキルのところにロシア語会話が可能と書かれています。

 ロシア語は大学で学ばれたのですか?」

 

(しまった、消し忘れたか)

 

本来なら外国語は一切話せないとするはずだったがもう遅い。

 

「ロシア語は大学のサークルで趣味程度に学んだものですが、

 今でも簡単な会話なら可能という意味で記載しました」

 

「ほう。めずらしいですね。ロシア語か……」

 

専務が、三城常務に何事か耳打ちする。

常務が手元の書類を見ながら言った。

 

「私からも質問させていただきたい。

 ○○さん。あなたは、担当アイドルがロシア系の女の子だとしても

 うまくやっていける自信がありますか?」

 

「はい。問題ありません。むしろ楽しみです」

 

「そうか。気に入ったよ。

 後で連絡するのが手間なのでこの場で採用とする」

 

 

こうして彼はアナスタシアと出会った。

 

 

始めてアナスタシアと挨拶を交わした時、

彼はもうアナスタシアに夢中になっていた。

 

一目惚れだった。いつか結婚したいとそう思った。

 

 

(アナスタシア……)

 

彼は一度もアナスタシアを抱くことはなく、

彼女の裸を見ることもなく、夕美との結婚を決めてしまった。

 

物事とは、絶対に自分の思い描いた通りには進展しない。

アナスタシアと仲良しでいることを愛梨たちが快く思わなかったのも

意外だったが、それだけ自分に魅力がる証拠なのだと思うことにした。

うれしいのやら悲しいのやら。

 

プロデューサーは、廊下の壁によりかかりながら部屋を移動した。

ダイニングに着く。リビングスペースからはモノが壊れる音が聞こえる。

もう17時過ぎだが、来訪者たちはまだ帰ってないのか。

 

「おいみんな……」

 

足腰もろくに立たぬプロデューサーが扉を開けると、

夕美がすぐに駆け寄ってきてくれた。

 

「もう起きてて大丈夫なんですか?

 私は部屋のお片付けが済んだら夕飯の支度を

 しようと思ってたところなんです」

 

「部屋の片づけって……これはひどいありさまだね」

 

愛梨たちはとっくに帰っていた。

しかし口論の末に散々暴れ回ったので、割れた陶器の破片や

ぶちまけられた茶葉が床に散乱する。長い茶色の髪の毛がいくつも落ちてる。

まるで泥棒に入られた後みたいだった。

 

夕美はほっぺたに絆創膏を付けてる。

左腕も服越しではわからないが怪我してるのだろう。痛そうにしてる。

 

「みんな大学生って言ってもまだまだ子供だよね。

 少し正論を言われるとすぐ向きになって言い返すんだから」

 

「この様子では納得してくれたわけじゃなさそうだな」

 

「また来るとか言ってたけどさ、まあ何度でも無駄な抵抗を続ければいいよ。

 やればやるほど自分がむなしくなるってわからないのかな」

 

夕美の携帯が鳴る。今度はメールではなく電話の着信だ。

 

「んもーしつこいなぁ。こっちは片づけで忙しいのに」

 

「夕美。携帯を貸してくれ。俺が代わりに出るよ」

 

「え、でも」

 

「君は片づけを優先してくれないか。夕飯を作るにしても、

 これじゃ文字通り足の踏み場もないからな」

 

「はい……」

 

プロデューサーが夕美の携帯に出る。相手はちひろだった。

 

 

「プロデューサーですが、何の御用でしょうか。ちひろさん」

 

「え、プロデューサーさん!? ちょうど良かったです。

 今日は大事な用件があるのであとでプロデューサーさんとも

 お話したいと思ってたんですよ」

 

「そうですか。それで大事な要件とは、仕事関係ですか?」

 

「いえ。私的なことです。プロデューサーさんの最近の体調はどうですか?」

 

「良くはありませんね。たまに熱っぽくなるし今だって立ってるだけで精一杯です」

 

「実はその病気を治すための薬が昨日手に入りまして」

 

「本当ですか!!」

 

「私の親戚で横浜にある中外製薬の研究施設に勤めてる人がいましてね。

 その人のツテでプロデューサーさんの症状にぴったり合う経口薬を

 もらうことができたんですよ」

 

「……経口薬?」

 

「はい。経口薬。口から飲むお薬のことですけど」

 

「……そんな簡単に治る病気なんですかこれ」(そもそもお前が打ったよな?)

 

「全身麻酔のための注射液を投与したつもりだったんですけど、

 ちょっと効きすぎたみたいなのでその効果を中和するお薬なんです」

 

「それはすごい」

 

「このお薬は私の家で保管してます。コロナウイルスのワクチンみたいなもので、 

 一定以下の温度で保存しないとダメなタイプなので私の家の冷蔵庫に入れてます。

 ですからお手数なのですが、次の私の休みの日に私のマンションまで

 来てくれませんか? もちろん夕美ちゃんも一緒でいいですよ」

 

 

元エリートのプロデューサーを騙すにしては浅はかすぎる口上。

自分より10も年下の千川ちひろがバカには見えないから余計に怖い。

よってちひろの指示に従う必要など無いのだが……。

 

 

「すみません。

 これ大事な事なのに言い忘れちゃうところでした」

 

「なんですか?」

 

「アナスタシアちゃんがアイドルを辞めることが正式に決まりました」

 

「……」

 

「嘘だと思いますか? 今テレビで報道されてると思いますよ」

 

プロデューサーはリビングの大型テレビをつける。

確かに『アナスタシアがアイドルを卒業』とのテロップが流れている。

若い女性アナウンサーが悲しいのか嬉しいのか

よく分からない顔で一生懸命に報じてる。

 

「……すみません。こうなってしまったのは俺のせいです」

 

「あはは。謝らなくていいんですよ~~」

 

ちひろがなぜか楽しげに笑う。その腹の内は読めないが。

 

 

「アーニャちゃんは来週には飛行機で北海道に帰るそうです。

 その前に私の自宅のマンションで送別会をする予定なんですね。

 プロデューサーさんのお薬はその時にお渡ししようかなと

 思いまして。どうですか?」

 

「それなら俺が出ないわけにはいかないですね」

 

「でしょう? そういうわけですから、待ってますからね」

 

 

――みんなで、プロデューサーさんが来るのを待ってますからね。

 

 

電話が切れる。

 

そのあとすぐにLINEが送られてきてちひろの住む

マンションの地図が添付されていた。時間帯も指定されていて

できれば時間厳守で来て欲しいとのこと。

遅刻したら何か罰があると思わせているのかもしれない。

 

まるで北朝鮮にある強制収容所への招待状だと思われた。

どう考えても罠であり全てが疑わしい。いっそテレビの内容も

ちひろが電通や総務省とグルを組んで流したデマなのではと疑ってしまう。

 

その送別会とやらに当然文香や愛梨も出席するだろうし

修羅場になるのは確実だ。嫉妬のあまり殺されてもおかしくはない。

ならば一生この病気が治らないとしても直ちに会社を退職して

彼女らと縁を切るべきだろう。

 

プロデューサーはその日の夕食の時に

(片づけは1時間で終わった)夕美にその話をしたのだが、

 

 

「送別会いいね。出ましょうよ」

 

「しかし夕美……」

 

「言っておくけど私だって楽しみにしてるわけじゃないよ。

 あんな人達はもう知り合い以下の存在だと思ってる。

 プロデューサーさんのお薬だけもらってさっさと帰りましょうよ」

 

「そんな冷たい対応をするんだったら初めから参加しない方がいい気もするが」

 

「あなたが生きていくのにお薬は必要です。

 プロデューサーさんに打たれた怪しい薬の正体を知ってるのは

 ちひろさんだけ。だったらちひろさんに治してもらうしかないでしょ」

 

「そんなんで本当に大丈夫なのかな」

 

「大丈夫です。私があなたの護衛をしますから」

 

お世辞にも頼りがいがあるとは思えなかった。

敵地に丸腰で突撃するようなものである。

 

それにしてもこの自分の妻になる予定の18歳の少女(成人だが)が

あまりにも自信満々に言うのだから何か策があるのだとは思うが。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。