※この作品はR-18です。

好きでもないアイドルに告白をしたらどうなるのか?   作:なおちー

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送別会の修羅場がまだ続いている

プロデューサーは、すぐに止めないといけないと思った。

彼の右の側にアーニャがいるのだが、その反対側に夕美がいる。

 

夕美から発せられる静かなる怒りのオーラはもはや形容しがたく、

プロデューサーは怖くてそちらを振り向けないでいた。

ここで下手な発言をしたら衝動的になった夕美に殺されるかもしれない。

 

 

「その前に、千川を訴えるぞ」

 

「私を訴えるんですか?」

 

「安心しろ。弁護士費用を払えるだけのお金は持ってる」

 

「へえ。元中学教員の割には裁判の準備にも詳しそうですね」

 

「これでも仕事で少しばかり民事裁判に関ったこともあるからな。

 訴えるのはお前だけじゃなくてこの薬の開発に関った人間全員だ」

 

「それって原告はプロデューサーさんになるですか?」

 

「そうだ」

 

「裁判ですか。でも裁判って私が被告だとしたら私の側にも

 弁護士を付けられますよね。そしたら私、プロデューサーさんの

 秘密もあることないこと色々話してしまうかもしれませんよ」

 

「俺の秘密とは何だ?」

 

「プロデューサーさんが世間に知らされるとまずいことですよ。

 例えば346に提出した履歴書や職務経歴書の偽造、

 雇用保険被保険者証の偽造、年齢詐称、それから……」

 

「その程度の偽造なら君の罪よりは軽いな。

 俺の経歴で仕事で損失が生じたわけでもない。仮にもまもなく退職が

 決まる人間に対して346側が訴えるメリットがないだろう」

 

「私はまだ最後まで言い終わってませんよ。

 プロデューサーさんにとって一番困るのは、そうですねえ。

 夕美ちゃん。文香ちゃん。愛梨ちゃんとの肉体関係でしょうか」

 

「……」

 

「驚いた顔してますけど、私が知らないとでも思ったんですか?

 なんなら今まであなたが文香ちゃんをホテルに連れて行った回数と、

 そこの領収書のコピー(電子決済だった)をここに持ってきましょうか?」

 

「……」

 

「これってプロデューサーさんよりも彼女達の人生を狂わせてしまいますよね?

 だってすでにネット、テレビ、ラジオ、雑誌で有名になった子達ですから、

 完全な有名人です。そんな顔も名前も世間で知られてる人が実は

 裏方の男性とホテルで寝てたなんて知られちゃったら次の就職先なんて

 どこにもありませんよ。お金に困ったら水商売でもしますか?」

 

プロデューサーはもう言い返す言葉がなくなり顔が青ざめる。

 

彼が昔勤めていた会社のエネルギー事業本部には

原油など先物取引をする部署があるが、政治関係の変化など

急な相場変動を読み切れずに会社側に大損害を出してしまった時に

こんな気持ちになる。彼が青ざめるのは命に係わるほどの危機の時だけだ。

 

今がその状況だった。

裁判で訴えられないことが問題なのではなく、プロデューサーが

今後長期にわたって千川ちひろとの関係を経つことができなくなったことが

問題なのだ。彼は千川ちひろと一生の縁を切るつもりでこの会に顔を出したのに。

 

 

「あはははっ!! プロデューサーさんったら、ひどい顔してますよ♪」

 

ちひろが、気安く彼の肩を叩く。

 

「私は別にプロデューサーさんを訴えて困らせようだなんて

 思ってませんよ? 今のはただ、プロデューサーさんの方から

 喧嘩を売って来たので少しやり返してあげただけですから

 本気で訴えるつもりなんてありません。あなただってそうだったんでしょ?」

 

「……」

 

「そんなに怖い顔しないでくださいよ。今日はアーニャちゃんのための

 特別な席ですよ。さあ、難しい話は終わりにしてお料理を食べましょうか」

 

「そうですね」

 

「敬語使わないでくださいよ~。ほら。ちひろって呼んでください♪」

 

「分かったよ。ちひろ。シャンパンを取ってくれ。喉が渇いたんだ」

 

「はいただいま~~」

 

ちひろがグラスを持ってプロデューサーに渡そうとすると、

その手を夕美が掴んだ。

 

「夕美ちゃん? これは何の真似かな?」

 

「……千川さん。あなたには、人としての心がないんですか?」

 

「夕美ちゃんったら何言ってるの? 

 夕美ちゃんは本当は私に感謝しないといけない立場なんだよ」

 

「どうしてですか」

 

「夕美ちゃんは多分知らないと思うんだけどね、

 プロデューサーさんったら

 私達に内緒で海外に高飛びしようとしてたんだよ」

 

「アーニャちゃんとサハリンに逃げる計画だったら知ってますけど」

 

「その計画がもう一つあったのよ。オーストラリア」

 

「オーストラリア?」

 

「ですよねプロデューサーさん。うちの事務所を辞めた後に

 次の就職先に旧国際石油開発帝石株式会社、

 現インペックスを狙ってましたもんね。その会社の豪州での

 資源開発にプロデューサーさんは関わりたかったそうですよ」

 

「なにそれ!?」夕美

 

「ちっ。いったいどこまで知ってやがるんだ。

 もう隠しても無駄だろうから全部話すよ」

 

 

INPEX(東証プライム市場に上場)のイクシス事業。

 

1998年に本プロジェクトが位置する鉱区の探鉱権を取得し、

その後の探鉱・評価作業や基本設計作業などの開発準備作業を経て、

2012年1月に最終投資決定。

 

生産に必要な施設の建設作業や試運転作業を経て、

2018年7月に生産を開始し、その後、順次コンデンセート、

液化天然ガス(LNG)、液化石油ガス(LPG)各製品の出荷を開始。

 

2018年の生産開始以来、安定生産を継続しており、

2021年は117のLNGカーゴを出荷。

安全・安定操業に必要なメンテナンスを2022年7月から8月にかけて

約1か月程度実施予定、2022年度も月に10隻程度のLNGカーゴの出荷を見込む。

 

現在の年間LNG生産能力890万トンを引き上げ、

年間930万トンの安定生産を継続できる体制を2024年までに構築する。

 

 

同事業は資源に乏しい我が国に戦略レベルでの

LNGやLPGの安定供給を図るためのものでり、

国家安全保障上の観点からも重要である。

 

イクシスLNGプロジェクト周辺探鉱鉱区において

INPEXの出資比率60~100%に達する地域が大半を占める。

プロデューサーは前職での経歴を生かしてこの上流事業に関りたかった。

 

「確かに憧れてはいた」

 

プロデューサーが語る。

 

「コロナ化で俺が転職したいのはINPEXだったが、やっぱりやめたんだよ。

 アイドルのプロデューサーをしてる最中にウクライナ戦争が始まって

 転職活動どころじゃなくなったしな。でもアーニャを連れて逃げるんだったら

 北の大地の方がいいと思ってサハリンをだな……」

 

「正確には三井物産の子会社を狙ってたんですよね。

 かつて大手で働いてた人間からしたら出向扱いみたいになりますけど」

 

「なぜ君がそんなことまで知ってる? 

 それに企業のことについても随分と詳しいな」

 

「さあ? 私は色々なところに知り合いがいますからたぶんその影響ですね。

 それよりどうしてサハリンを選んだんですか?」

 

「シェルが撤退したからビジネスチャンスだと思ったんだよ」

 

 

ウ戦争勃発後、各国政府の関与もあり欧米の資源メジャーが

ロシア事業からの大々的な撤退を急ぐ中、当時の萩生田経済産業大臣は、

サハリン2でLNGを生産するロシア企業に出資する三菱商事、

三井物産の2社に対して事業継続の可否を国家にとっての

重大な戦略的事業だとの認識を示し企業側に判断を任せた。

 

 

ロシア政府は今回の戦争で敵対国として日本を指定。

日本企業との契約継続に当初難色を示していたが、

それがロシア外交特有の心理的揺さぶりなのをプロデューサーは知っていた。

 

ロシアには資源があってもそれを効率よく採掘して製錬する技術力が不足している。

世界的大企業のシェルが撤退した以上は日系企業に頼るしかない。

 

その後、22年の8月にロシア政府が設立した新しい運営会社

「サハリンスカヤ・エネルギヤ」に三井物産、三菱商事が継続して

出資参画する方針が決まった。

 

三井物産と三菱商事の新会社への出資比率は旧会社と同じとなる。

 

・三井物産12,5%

・三菱商事10%

 

一方、英石油大手シェルは事業撤退し、

その出資分(約27%)がロシア企業に売却される。

 

プロデューサーはそのニュースを知った時感動して

印刷した記事を壁に貼り付けておいたものだ。

まるで自分が露企業との契約にサインしたかのように。

 

 

「俺にとっては懐かしい話だよ。ユジノサハリンスク市長の顔を

 俺はまだ覚えてる。名前もな。セルゲイ・アレクサンドロヴィチ。

 顔が四角くて岩のように硬い意志を持つ男だった……。大したコネもないのに

 実力で市長にまで成りあがって、さらには中央の地位(政府)まで狙ってたな」

 

プロデューサーが遠い目をする。

 

「あの時は世銀(国際開発協会)の若い奴と狭い飛行機の中で

 サンドイッチを食べたんだ。小さくて古いロシア製の飛行機なんで

 ガタガタ揺れてコーヒーの入った紙カップがテーブルの上で踊ってな。

 採掘現場付近にある市街地は、それはもうひどい街なみだった。

 旧ソ連時代の建物が灰色のお化けみたいに並んでた」

 

「へー。すごいですね。私には全然想像もつかない話です。

 私はプロデューサーさんが素直に昔の話をしてくれてうれしいですよ。

 これからは学校教員時代の嘘くさい話はしませんよね」

 

「もう嘘をつく理由もないからな……。

 教員はなってみたいと思ったことはあるが、俺は教育学部の

 出身でもないし今さら教員免許を取るのも面倒だしな」

 

「ところでもう外国に行くのは無理ですよね?」

 

「ああ。無理だな」

 

 

ちひろは、改めて夕美に言った。私の薬のおかげで彼の海外逃亡を防げたのだと。

言われてみれば確かにそうなのだ。本来の彼は会社側には内緒で

退職の意志を固め、アーニャを連れて北の大地へ逃げようとしていた。

 

もしサハリンがダメなら豪州だ。仮にアイドルと一緒でなくてもいい。

もしアイドルを巡る恋愛関係でもめたら豪州へ逃げてしまおうと思っていた。

別に彼は日本での評判(スキャンダル)がどうであろうと、

遠い世界へ逃げてしまえば関係ないと思っていた。今回は失敗したが。

 

 

「夕美ちゃん。あまりこの人を信用しちゃダメよ」

 

ちひろが腕組する。

 

「少しでもこの人に自由を与えてしまったら、私達は全員

 捨てられてしまうわ。そう。最初から何事もなかったかのように。

 この人のことだから一週間もすれば新しい仕事のことで

 いっぱいになって私達の顔すら忘れるかもしれない」

 

「それはないでしょ……。

 だって私とプロデューサーさんは真剣に愛し合ってるんだもん」

 

「それが子供の発想なのよ」

 

ちひろは護衛の人に命じてアタッシュケースを持ってこさせた。

ケースを開けて一枚の紙を取り出す。

それは今日まで大切に保管していた重要書類だった。

 

「これは……」

 

「彼の本当の履歴書よ」

 

 

プロデューサーが自宅で保管してあるのとはさらに別の書類だった。

日本語の他に英語で書かれた書類もあり、

彼の詳しい職歴がかなり詳細に記載されている。

 

詩かポエムか判断のつかない文章も含まれていた。

自作の小説らしいものまである。

彼が使い古したポケットサイズの英単語帳も入っている

 

その中の一枚に色あせた古い書類があり、

それには決定的な情報が書いてあった。

 

・プロデューサーには妻がいる(25歳の時に結婚)

・娘(現在の年齢で考えると10歳)がいる

・現在別居中

 

 

(うそ……)

 

夕美は悪い夢でも見てるのかと思った。

衝撃が多すぎて言葉も出ないし指先が小刻みに震えてしまう。

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