好きでもないアイドルに告白をしたらどうなるのか? 作:なおちー
「どうして……」
「……」
「どうして急にキスなんて」
「俺、ずっと愛梨の事が好きだったから」
「は?」
プロデューサーは自分でも不味い言い訳をしてると思った。
相手は天真爛漫な女の子だが仮にも大学一年生である。
こんな子供だましの演技が通用するわけもなく……
「そんな安っぽい口説き文句を言えば、私を騙せると思ってるんですか?」
声が低い。
彼が愛梨のこんな声を聞くのは初めてだった。
この子の担当になって8か月が経ち、お互いに色々な経験を積んできたが
やはりこの子にはプロデューサーの知らない面がたくさんある。
「プロデューサーさんは、私じゃなくてアーニャちゃんと
キスしたいんじゃないですか? ねえそうですよね?」
「愛梨……」
「ちょっと。まだお話の最中なのにどうして抱き着くんですか……」
「好きだ」
「やめて」
「俺は、君のことが好きなんだ」
「やめてってば」
「愛梨。愛してる」
「やめてくださいよっ!! ふざけてるんですか!!」
そうは言いつつも、愛梨の頬が赤くなってるのをプロデューサーは
知っていた。優しく手を握ろうとすると、しっかりと握り返してくれる。
恋人繋ぎだ。ならば、と今度は唇を近づけると愛梨の方からキスしてくれた。
「愛梨。アナスタシアのことで君が怒るのは当然だと思う。
今売れっ子なのが、ちょうどあの子だったからな。俺は仕事上の理由で
あの子に付きっきりにならないといけない事情があったんだ。
アナスタシアが一人前になったら次は愛梨のプロデュースに
力を入れようと思っていたんだ」
「……」
「俺の言ってることが嘘だって思うか?
俺は愛梨のことが好きなのは本当だぞ。
好きでもないのにキスをすると思うか?」
「ふ~ん。ちゃんと私の目をまっすぐ見て言い切れるんですね。
でしたら、私と今日から正式にお付き合いしてくださいよ」
「いいよ」
「はい!? 今なんておっしゃいました?」
「だから、付き合おうぜ」
「な……プロデューサーさんは、アイドルとはそういう関係にならないって!!」
「もちろん周りには内緒だ。ばれないように担当アイドルと付き合ってる奴なんて
ざらにいるよ。ほら、すぐお隣の事務所のさ、あのガタイの良いプロデューサー
知ってるだろ? あいつも佐久間まゆと陰で付き合ってるんだよ」
「それはみんな知ってますけど」
「そんなわけだから、結局誰と付き合おうが本人たちの勝手なわけだ。
俺は愛梨が好きなんだ」
「ふ、ふ~ん。あなたは私のことが好きなんですか」
「愛してるよ」
愛梨は身体が火照ったので上着を脱ぎたくなった。
真冬だが愛梨は薄手のシャツ一枚なのでこれ以上脱ぎようがないが。
プロデューサーは愛梨を情熱的に抱きしめてまたキスをした。
そしてプロデューサーは愛梨をホテルに連れてき、男女の関係になってしまう。
これは決定的な過ちだったのだが、反アナスタア派の筆頭である
十時愛梨を沈黙させることには成功した。
しかし、
「プロデューサー、今日は私のレッスン、見てくれないんですか?」
「アナスタシア。ごめんな。今日も事務仕事が山ほど残ってるんだ」
「どうして、ですか」
「アナスタシア。分かってくれ」
プロデューサーはそっけなくアーニャのもとを去ってしまう。
(そうじゃないです。どうして私のことをアーニャと呼んでくれないのですか)
これはプロデューサーが望んだことではなく、愛梨からの命令だった。
彼が確かにアーニャから距離を取る条件としてまず呼び名を変えること、
そして愛梨の許可なく彼女に近寄ることは禁止された。たとえ仕事であってもだ。
(愛梨ちゃんの様子が怪しい)
そう思ったのは、大学生アイドルの相葉夕美。
神奈川県出身で趣味はガーデニングだ。
今時珍しい絵に描いたような家庭的で優しく天使のような
女性の彼女は、異常なほどに人間関係の変化に敏感だった。
植物を育てることが好きだからかもしれない。
「ねえ愛梨ちゃん」
「ん? なーに? ごめん。今メールしてるからあとでいいかな?」
「誰となの」
「なーに? ごめん。あとで~」
「誰とメールしてるのかなって」
「……」
「……」
事務所の休憩スペースのソファで気まずい沈黙が訪れる。
愛梨は流れの中で無視しようとしたが、
由美の追及からは逃れられそうにない。
夕美はソファから腰を上げ、何気なく愛梨の後ろに回り込もうとしたが、
愛梨はすぐに姿勢を変えて画面を守ろうとする。
「私思ったんだけどね、愛梨ちゃんってさあ!!」
「……」
「もしかしてプロデューサーさんと連絡先を交換してたりして!!」
カチャン、とカップが床に落ちた。
落としたのは愛梨ではない。その隣で紅茶を飲んでいた文香だ。
「愛梨さん。それ、本当なんですか?」
「ちょ、文香ちゃん。顔怖いよ?」
「これは人から聞いた話なんですけど、先週末にプロデューサーと
女子大生くらいの若い女性が喫茶店に入って行くところを
誰かが目撃したそうです。その時のプロデューサーは確か私服姿だったとか……?」
「ふ、ふ~ん。そうなんだ~」
愛梨はトイレに行ってくると言い、その場をやり過ごす。
(もうばれてるんだ……どうしよう……)
何時までもトイレに閉じこもるわけにはいかない。
覚悟を決めて再び休憩スペースへ戻るが、そこにはアイドルに尋問される
プロデューサーがいた。これはもうダメだと思った。
「プロデューサーさんったら酷いなぁ。
アイドルとはそういう関係にならないって言ってませんでしたっけ?
私達にはそっけないのに、愛梨ちゃんだけは特別扱いってひどくないですか?」
「ご自分で考えたはずの規則を、ご自分で破るなんて……。
プロデューサーさんに幻滅しちゃいそうです」
プロデューサーは逃げられないように夕美に腕をつかまれていた。
文香は彼のもう片方の腕を抱きながらジト目で問い詰める。
怖いのは夕美の方だ。あの時の愛梨のように瞳から光が
失われている。まだ文香の方は普通の嫉妬に思えるから可愛いのだが。
「ち、違うんだよ。愛梨と映画館に行った件は、たまたま外出先で
ばったり会ったからであってだな、別に陰で付き合ってるわけじゃ……」
「はいはい。もう言い訳は良いです。ここまで証拠がつかめただけでも
十分ですから、あとは上司に報告すれば、ぜーんぶ終わりです」
「なに!? おい、夕美。お前まさか」
「常務に直接報告しちゃいますね」
「ゆ、夕美!!」
衝動的に夕美を抱きしめてしまった。またこのパターン。
彼は自分でも情けないと思うが、もうこれしか方法がないと思った。
隣で見てる文香が目を充血させているのに。
「そ、それはだめだよ夕美。もし俺が部署移動にでもなったら、
もう君とは会えなくなってしまうだろ」
「確かに会えなくなるのは困るね」
「だろ? だからもう少しだけ待って欲しいんだ。
俺は夕美のことが好きなんだ。夕美と離れ離れになりたくない」
「私だって、そんなの嫌だよ……。でもプロデューサーが悪いんでしょ。
陰で私達の気持ちをもてあそぶような真似をしてっ……!!」
「夕美っ!!」
「んっ!?」
キスをする。これも愛梨の時と同じパターンだ。
違うのはすぐ近くに文香がいることだ。
文香の瞳は深海魚のように濁ってしまっている。
早くこちらのケアもしないと大変なことになるだろう。
「俺は夕美のことが大好きだ。
大好きな夕美とこれからも一緒に仕事がしたい」
「うん。大好きって言われると正直うれしいよ……」
「なあ夕美は俺の事好きか?」
「そんなの。言われなくても知ってるでしょ」
「お願いだよ夕美。俺をずっとお前のそばに居させてほしい。
俺だって一人の男だ。皆に好かれても誰か一人だけを
大切にすることはできない。だから不器用だけど、こんな形でしか
君の気持に答えることはできないんだ」
「私も子供じゃないからプロデューサーの立場が色々と大変なことは
分かってるつもりだよ。でもアーニャちゃんの件は腹が立つし
陰で愛梨ちゃんと付き合ってたのは今でも許せないよ」
「それでも、俺は君のことが好きなんだ」
「……」
「夕美。俺の顔を見てくれ。俺は夕美のことが好きだ」
「本当に?」
「愛してるよ」
「う、うん。どうしてだろう。涙が出ちゃう。
その言葉、ずっとプロデューサーさんに言われたいと思ってたから」
夕美は急に泣き出してしまい、プロデューサーの胸に顔を埋める。
プロデューサーはそんな彼女の頭と背中をポンポンと叩いて落ち着かせる。
「私は」
文香嬢が口を開く。
「お邪魔みたいなので、今日はもう帰らせていただきます」
プロデューサーは夕美をソファで休ませてから、すぐに外に飛び出した。
文香はすごい勢いで廊下を駆け、エレベーターの中へ入ってしまう。
プロデューサーはギリギリのタイミングで同じエレベーターに入った。
「文香!!」
「きゃあ!!」
思わず押し倒してしまった。
ちっす。読みにくい文章でサーセン