※この作品はR-18です。

好きでもないアイドルに告白をしたらどうなるのか?   作:なおちー

21 / 65
シュラバヤ沖海戦(2023年2月3日金曜日)Pのマンションにて

11時を過ぎた時。プロデューサーは夫婦の寝室に戻る。

鏡越しにドライヤーで髪を乾かしてる夕美がそこにいた。

 

まだ髪を乾かしてる途中だったがドライヤーの電源を切って

夫(まだ婚約の段階だが)の方を振り向く夕美。

風呂上がりなのでメイクは落としてるが肌がみずみずしいので

彼女の場合はむしろ「すっぴん」の方が美人だった。

 

「で、話はどうだったの」

 

「その前にちょっと話しておきたいことがあるんだが」

 

「うん。なに?」

 

「ちひろの言っていた家賃補助の件だが、あれはマジだった。

 アナスタシアのスマホに謎のコインが入金されてて、

 そのコインを電子決済することで今月分の家賃が払えるんだ。

 信じられるか? 今月分の家賃はちひろのおかげで8割も払ってもらえたよ」

 

「お金ちゃんともらえたんだね。

 その謎のコインってのがちょっと怪しいけど良かったね」

 

「いやーまじで俺収入が全然ないから助かったよ」

 

「うん。で?」

 

「ああ、そのことなんだが少し話が長くなりそうなんだ。

 改めて明日ゆっくり君と話したいとも思ってるんだが」

 

「じらさないでくれる? 私明日は大学の一限だから」

 

まず本題から話題をそらして会話を始めるのは

ビジネスマン特有のスキルだが、

夕美だってアイドルとしては社会人なのでその手には乗らない。

プロデューサーは今妻の機嫌を損ねないよう細心の注意を払っている。

 

「アナスタシアは君に嫉妬してたんだってさ」

 

「嫉妬?」

 

「このマンションで俺と夕美が事実上の結婚をして夫婦として暮らしてるだろ。

 アナスタシアは最初はそれで納得したようだったけど暮らしていくうちに

 自分の立場が彼女で夕美が奥さんなのが我慢できなくなったそうだ」

 

「ぷっ、なにそれ。バっカじゃないの。

 やっぱりあの子はプロデューサーの奥さんになりたかったってことじゃない。

 だったらつまらない嘘つかないで最初から正直に言えばよかったのに」

 

「しかし夕美の芸能人としての立場は相当不味くなっちまったな。

 俺との同棲をこのまま隠し続けるのは絶対に無理だと思う」

 

「問題はそれだよね……。これからどうしよっか。

 私まだ学生だし今アイドルを辞めたら収入がゼロになっちゃうよ」

 

「俺としても君にアイドルを続けて欲しいと思ってる。

 夕美は今が一番女性として輝いてる時期だ。この時期に

 大金が稼げるのにただ大学に言ってるだけじゃもったいないぞ」

 

「うん。ありがと。私もそう思う。それに今の仕事すごく楽しいよ。

 周りの皆もすごく優しいし新しいPともうまくやっていけると思ってた…」

 

夕美がスッと立ち上がり「やっぱりあの子に文句言ってくる」と言うので

プロデューサーが彼女を腕を取って止めた。

 

「それはダメだよ夕美。

 今アナスタシアと話をしたら喧嘩になっちまうだけだ」

 

「でも文句を言わないと私の気がすまないよ!!」

 

「気持ちは分かる。だが夕美がその態度だとアナスタシアもますます

 態度を頑なにして永遠と平行線をたどることになるぞ。

 夕美。俺は君のことを愛してるから言わせてもらうが、

 本当に焦った時こそいったん引いて作戦を立て直すんだ。

 俺は20代の時から仕事で困った時はそうやって成功してきたよ」

 

「たぶんあなたの言ってることは正しいんだろうけど、

 冷静になるなんてそんなの私には無理だよ。マジでアナスタシアのことが

 許せなくなっちゃったの。頭を引っぱたいてやろうかな!!」

 

「聞いてくれ。アナスタシアを怒らせたら俺の病気はどうなる?

 俺と夕美は夫婦だが、アナスタシアは愛人だから立場が弱いんだぞ。

 もしアナスタシアがこの家から出てくようなことがあれば

 俺の病気は悪化し続ける。もしかしたら死ぬかもしれないんだ」

 

「あなたの病気のためにあんな奴と一緒にいるのを我慢しなくちゃいけないの?」

 

「すまないな夕美。俺はこの通り病人だから立場が弱いんだ……」

 

「あっこっちこそごめん。私は別にあなたのことを責めてるわけじゃなかったの」

 

 

夕美の怒気が一瞬だけ収まったのを見てプロデューサーは抱きしめてキスをした。

 

「んっ……ちょっとぉ、このタイミングでキスしないで」

 

「明日は早いんだろ? 今日はもういいよ。また明日学校から帰ってから

 続きを話そう。ほらもうてっぺん(12時)を過ぎてるんだ」

 

プロデューサーが時計を指すと夕美も頷いた。

その日ふたりはいつものようにベッドの上で裸で抱き合いながら

夜を過ごした。彼らは気づかなかったが、その行為の最中に

アナスタシアが扉をわずかに開けて中の様子を見ていたのだが。

 

翌朝。

 

「じゃあ行ってくるからね」

 

「ああ。行ってらっしゃい。気をつけてな」

 

玄関先でキスを交わしてから夕美が大学へ行った。

彼女は芸能デビューしてからは大学に行くのにも変装をしていくようになった。

それに昨日のアナスタシアの件もある。

 

外に出るとどこにパパラッチがいるか分かったものではない。

夕美はイライラしながら駅までの道のりを歩いた。

 

 

さて。マンションに残されたのはアナスタシアとプロデューサーである。

ここでの立場は恋人じゃなくて愛人だ。妻公認の愛人であり病気の夫の

命の恩人となっている。非常に複雑な立場と言えるだろう。

 

今日は曇りのために外では寒さが身に堪えるだろう。

家の中にいる二人には関係のないことだが。

 

アナスタシアは廊下の陰で夫婦の朝のキスを見守っていたのだ。

 

「プロデューサーは、私のことが嫌いですか?」

 

いつもの上目遣いの愛らしい瞳でそう言う。

 

「……今日も相場が忙しい日だから仕事に集中させてくれるかな」

 

「そうですか。お仕事の邪魔にならないよう私はお風呂掃除をしておきます」

 

ふたりは廊下ですれ違う。

 

あと一時間で9時の東証が開く時間だ。

プロデューサーは仕事用のデスクに座り、昨夜のニューヨーク市場の値動きと

今朝のオセアニア市場の金利と為替の変動をチェックしつつ

ニュースサイトの膨大な情報を閲覧していく。

 

隣の部屋からは掃除機をかける音が聞こえる。

もうお風呂掃除は終わったのだろうか。

この家にはルンバがあるのだがお掃除好きのアナスタシアは

棚の裏など細かい箇所に掃除機をかけてくれる。

 

ガン!!

と何かがぶつかる音がした。まさか……と思ってプロデューサーが

見に行きたい衝動に駆られるが、今はアナスタシアと関わりたくない。

 

掃除機の音が止まる。

 

『мне не нравится эта женщина』

 

どうやら独り言らしいが、遠いのでよく聞こえない。

もともとプロデューサーはロシア語はほとんど話せないのだ。

 

『Если бы не эта девушка, я был бы с ним.』

 

アナスタシアはそれからずっと独り言を言い続けてる。

たまに笑い声も混じる。急に噴き出したような感じなのでなんとも不気味だ。

 

プロデューサーはそろそろ不快になってきたので

ヘッドホンで音楽でも聴こうかと思った。しかしアナスタシアに

病気のことでお世話になってる以上、アナスタシアが今

どんな精神状態なのかは把握しないといけない。逃げてはいけないのだ。

 

プロデューサーはニュースサイトの記事がまるで頭に入らなくなった。

ちょうどトイレにも行きたかったのでアナスタシアに会いに行こうと思い、

扉を開けてリビングへ。するとそのタイミングを見計らったかのように

アナスタシアとばったり会ってしまう。

 

「すみませんプロデューサー」

 

「な、何があったのかな?」

 

「お掃除中に手が滑ってしまって

 由美がコレクションしたお花を壊してしまいました」

 

プロデューサーは血の気が引いた。

 

夫婦の寝室に行くとベッドサイドに置いていた夕美のドライフラワーが

花瓶ごと粉砕されている。インテリアのおしゃれな一輪挿しの

色とりどりの花が、5つの透明色の花瓶にそれぞれ刺さっている。

 

夕美はこれを都内で開かれたイベントの際に買ったので今や非売品だ。

同僚であり友達の渋谷凛ともよくお花の話で盛り上がるそうだが、

とにかく夕美のお花に関するこだわりは強い。それと高い紅茶も好きだ。

 

「おいおい。なんてことしてくれたんだよアナスタシア……

 これは謝って済まされる問題じゃないぞ」

 

「アナスタシアじゃないです。アーニャと呼んでください」

 

「今それを気にするような状況か?

 まじでどうするか……。ああくそ頭いてえ。

 隠しようのないことなので早めに謝った方がいいな」

 

プロデューサーが後ろ髪を乱暴にかき乱す。彼の本気で焦ってる時の仕草だ。

 

「私が謝ります」

 

「いやそれはまずい。俺がアーニャの代わりに事情を説明するよ。

 ほとぼりが冷めるまでお前達はしばらく話をしない方がいいだろう」

 

「でもそれではプロデューサーが怒られます」

 

「もうこうなっちまったんだからしょうがないよ。

 はぁ……アーニャ。教えてくれ。どうしたらお前のイライラが収まるんだ」

 

「別れてください」

 

「……念のために聞くが、それは俺と夕美がってことだよな?」

 

「私は夕美にこの家から出て行ってもらいたいです」

 

「……たぶんあっちも同じこと考えてると思うよ」

 

「知ってます。夕美の私を見る目、凄く怖いです。

 事務所にいる時からずっとそうでした」

 

「3人での共同生活。こんなの夫婦ごっこなだけで

 ママゴトにすぎなかったか。まあ始めから分かってはいたんだがな。

 さ~~て。これからどうすっかなぁ。頭使わねえと」

 

プロデューサーは夫婦のベッドに寝転ぶ。

「あ~~くそ」と言い、天井を見つめた。

 

「プロデューサー……」

 

プロデューサーは真剣に考え事を始めてしまっているので

こうなるとアーニャが何を話し掛けても答えてくれない。

 

お仕事でパソコンと向き合う時の彼がいつもこうだった。

ブツブツと独り言を言いながらキーボードや電卓を叩き続ける。

俗にエリートと呼ばれる人間は常人には理解しがたいほどの集中力を持つのだ。

 

プロデューサーはこれからの生活が改善される何かがあるかと

ずっと考えていたのだが、昨夜も頭痛であまり眠れなかったこともあり

睡魔に襲われ、気が付いたら寝てしまった。

 

目が覚めるとアーニャはそこにいない。

自分ではかけてないはずなのに布団がしっかりとかけてある。

アーニャがやってくれたのか。

 

時刻は13時過ぎ。

もうこんな時間かとプロデューサーがリビングで茶でも飲もうかと

ふらふらと歩くと、そこでは地獄が繰り広げられていた。

 

 

「はいはい。その言い分は聞き飽きた。

 同じこと何度も言わせないでくれる。

 あんたは今夜にでもこの家から出て行ってくれないかな?」

 

「本当に私は必要ありませんか? 

 彼は私の力を借りないと生きていけませんが」

 

「それがどうしたの。彼のことは私がお世話するから

 心配しなくていいよ。それより早く出て行きなさいよ」

 

「……プロデューサーがそう言うなら出ていきます」

 

「もう彼の意見は関係ないよ。私は出て行けって言ってんだけど?」

 

「もともと私の彼を最初に奪ったのは夕美の方でした。

 事務所でも私にたくさん意地悪なことしたの、忘れましたか?」

 

「出て行って」

 

「夕美……話を」

 

「いっそ日本から出てロシアにでも帰れば?

 ロシア女。もうあんたの顔なんて二度と見たくない」

 

夕美は、包丁を握りながら話をしていた。

もうアーニャを殺したいくらいに憎いのだろう。

 

プロデューサーが夕美に訳を聞くと、今日の講義は午前中で切り上げて

急いで帰宅したとのこと。理由は女のカンで嫌な予感がしたからだ。

 

夕美の恐るべきカンの良さにプロデューサーは戦慄した。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。