好きでもないアイドルに告白をしたらどうなるのか? 作:なおちー
夕食後は四人で一緒にテレビを見ながら賑やかな時をすごした。
話題の中心にいたのは美波だ。
美波がいるといつものギスギスした雰囲気が変わるのは確かだが、
これでは本質的な解決になってないじゃないかとプロデューサーは思っていた。
11時が過ぎ、寝る時間となった。
この家では早寝早起きが基本なので夜更かしする人はいない。
プロデューサーと夕美は夫婦の寝室で、
美波はアーニャの部屋に布団を敷いて寝ることになった。
美波とアーニャが一緒に寝るのはシンデレラプロジェクトでの
海辺の合宿の依頼である。みんなで真夏のうだるような暑さの中
ダンスレッスンで汗を流したものだ。
肌が白く日本人離れした美しさを持ち、
また姉妹のように仲良しな美波とアーニャは向かい合って寝ていた。
電気は薄明かりにしてるので相手の顔がほとんど見えない。
「私は夕美のこと、大嫌いです」
「そんなこと言ったらダメよアーニャちゃん」
「美波は知ってますか?
夕美は事務所にいた時に私にたくさんひどいことしました。
髪を引っ張ったり、私の分の紅茶を用意してくれなかったり、
他にもあります。たくさん、たくさんいじわるされました」
「夕美ちゃんだって本音では悪いとは思っているのよ。
アーニャちゃんの前では一度も謝ったことはないと思うけど」
「だったら夕美は私に謝りますか?」
「それは……たぶんしないと思う」
「やっぱりヤーはあの女が大嫌いです」
「またそんなこと言って。アーニャちゃんがそうやってとげのある態度を
取り続けちゃったらますます喧嘩になるだけだよ」
「美波は何か良い方法、思い付きますか?」
「私なりに色々考えたんだけど、時間かなぁ」
「時間?」
「ふたりは一人の男性を奪い合う関係だから女同士の嫌な争いに
なっちゃうのは普通のことだと思う。けどそれがなかったとしても
赤の他人と一緒に暮らすわけだから必ずトラブルは起きるよ。
だから我慢するしかないんじゃないかな? あとは時間が解決してくれると思う」
「我慢……。前にプロデューサーも同じこと言ってました」
「そうそう。我慢だよ。辛い時もあるけど耐えなきゃ。
これからも辛いことがあったら私に吐きだしてくれていいんだよ。
独りで悩まないでどんどん相談してよ」
「美波は優しいです。
夕美じゃなくて美波がこの家に住んでくれたら私は嬉しいです」
「(⌒▽⌒)アハハ……っ! ありがと。でもそれはさすがに無理だよ」
話してる最中に美波は眠気が襲って来た。
今日は人様の家にお邪魔している上に日々の仕事の疲れが溜まっていたのだ。
美波が何も話してくれなくなったのでアーニャも寝ようと思ったが、
突然控えめなノックがされた。押し殺した声で夕美が言う。
「アーニャ。まだ起きてる?」
「起きてます。何かありましたか?」
この扉越しの会話が、彼女らの1週間ぶりの会話だった。
恐るべきことに今日美波が来てから一言も話してなかったのだ。
「彼の様子が変なの。なんか苦しそうにしてる。
ちょっと私の寝室に来てくれる?」
「はい」
アーニャが寝室に行くと彼は息が苦しそうにしていた。
顔がすっかり青ざめており、もう自分の体で動くことはできなそうだ。
「プロデューサー、今すぐ充電をします」
「た、頼む」
アーニャは大胆にも彼に抱き着いてしまう。
手をつなぐよりも体全体で触れ合った方が効果が高いのは
夕美も知っているが、見ていて楽しいものではない。
「もう痛くないですか? 大丈夫ですか」
「大丈夫だよアーニャ。ありがとな。もう少しこのままでいてくれ」
「はい」
夕美はイライラしてきたのでリビングに行こうかと思った。
しかし一度彼らのやり取りを見てしまうと視線が釘付けになってしまう。
10分ほど抱き合っているとプロデューサーの顔色が良くなってきた。
お互いの体温を近くで感じるし良い匂いもする。
夜に男女がこうしてると嫌でも情欲がわくと言うものだ。
アーニャが今すぐにでも彼にキスをしそうな雰囲気だったので
夕美が声を荒げる。
「はいもう充電は終わったでしょ。
あとはまた明日の朝にしてくれたらいいから
アーニャは部屋に戻って寝て頂戴ね」
「私はまだこうしていたいです。プロデューサーはまだ辛そうですから」
「そうかなぁ。私には元気そうに見えるけど。
あとは寝るだけだからそんなに長く充電する必要ないでしょ」
「いやです」
「こら。私はお願いしてるの。彼から離れなさい」
「いやです」
「離れて」
「いやです」
「離れてよ」
「いやです!!」
夕美は頭に血が上ったのでアーニャの首根っこをつかんで
無理やり引きはがした。アーニャはベッドサイドのテーブルにぶつかった。
上から目覚まし時計が落ちて来てアーニャの頭にぶつかる。
アーニャの方も冷静さを失い、すぐに起き上がって夕美にビンタした。
「痛いわね……このっ!!」
夕美もビンタを返した。全力だったのですごい音がした。
アーニャはお返しにに夕美のお腹を蹴った。
「げほっ、一瞬息が止まった」
「先にやったのはそっちです」
「こいつ……。年下のくせにっ!!」
それからキャッツファイトになった。
互いの髪の毛を引っ張り合いながら床にごろごろと転がり、
罵声を浴びせ合いながら殴りつける。
『性格が悪いブス』『嫉妬深いロシア女』
『ファンの前で猫かぶってる』『肌が白すぎて気持ち悪い』
プロデューサーが聞きたくもない罵詈雑言が飛び交う。
プロデューサーは仲裁しなければいけない立場なのだが
まだフル充電には遠いので絶対安静の状態なのである。
フル充電するには最低でも1時間程度はアーニャと触れ合う必要があるのだ。
次第に年長者のためか夕美の方が有利になり、アーニャに
マウントを取って彼女の顔を殴り続けた。アーニャは痛みと恐怖で
泣いているが、それでも強い意志で目の前の女を睨み続けた。
「必要以上に私の旦那とイチャイチャするなって言ってるんだよ!!」
「そんなことしてません。充電のために身体を寄せ合っただけです」
「言い訳するんじゃないよこのブス」
「今の夕美の顔の方がよっぽどブスです。嫉妬は醜いです」
「それ以上生意気なことを言うんだったらここで殺してあげようか?
「私を殺したらプロデューサーもいずれ死にますよ」
「ちっ。またそれか。あんたみたいな奴でもいてくれないと彼が困るからね」
「最近の夕美、ほんとにおかしいです」
「全部あんたが私の秘密を美波ちゃんにばらしたことから始まったんでしょうが。
何自分が関係ないみたいな言い方してんのこいつ!!」
「いたたっ。やめてください、そんなに強く引っ張ったら髪の毛抜けちゃいます」
「あんたってホントに腹立つよね。
あんたが余計なことしなければ平和に暮らせたかもしれないのに!!」
プロデューサーはその喧嘩を見てるだけで何もできない。
そこへ天使がやってくる。清楚系アイドルの新田美波嬢だった。
「ふたりとも、なにしてるの……。
アーニャちゃんのオデコから血が出てるじゃない。
夕美ちゃんもうやめて!!」
美波がアーニャを胸に抱き、アーニャは安心感もあって泣き続けた。
美波は親友であるはずの夕美をこの時始めて睨みつけた。
「ふたりの仲が悪いのは知ってるけどこれはやりすぎじゃないのかな。
アーニャちゃんはまだ15歳なんだよ。家でいつもこんなことしてたの?」
「……」
「夕美ちゃん。怒らないで聞いてほしいんだけど、こんなこと
続けてたらいつかプロデューサーさんに愛想つかされて捨てられちゃうよ」
「私だって好きでこんなことしてるわけじゃない」
「それは分かってるよ。でも少しは我慢しなくちゃ」
「我慢ならしたけど、それでもやっぱりアーニャのことが許せなくて……」
重い沈黙が続いた。アーニャが嗚咽する音と時計の針の音だけが
むなしく響く。まさしく深夜の修羅場だった。
待っていても誰も話し始めようとしないので時間だけが過ぎていく。
美波は持ち前のリーダーとして素質で場をまとめる。
「……もう夜遅いから今日は寝ましょう。
また明日改めて話し合いをするってことでいいかな?」
「うん。今日は迷惑かけてごめんね」
「いいのよ気にしないで」
美波と夕美は最後に笑顔でお休みの挨拶を交わす。
美波はアーニャを連れて部屋に戻るのだが、
別れ際にアーニャが恐ろしく冷たい瞳で夕美を見たのだ。
獲物を狩る獣が見せるような恐ろしい目つきだ。
その瞬間に夕美の体中に静電気が走って髪の毛が逆立つ。
(あの子……そんなに私のことを)
アーニャはさっぱりしてる性格に見えて結構根に持つタイプだ。
これはロシア女性に多い特徴だ。もっともアナスタシアの場合は
ロシアと日本のハーフなので必ずしもロシア女性とは言い難いが。
あの時のアナスタシアの瞳は、夕美のことを完全に敵と認識していた
夕美は本当にいつか刺されてしまうのではないかと思い震えそうになる。
その前に殺してやりたいと思う怒りの感情もまた強いのだが。
こうして夕美とアーニャの関係は完全に修復不可能となった。
このままではやがて殺人事件に発展する可能性が高い。
(どうやら新田さんにはしばらくこの家に住んでもらった方が良さそうだな)
プロデューサーは密かにそう思ったのだが、
夕美もまた同じように考えていた。アナスタシアもだ。
彼らは共同生活での平穏を得るために
事務所で定評のある新田美波の優れた人格と人望を求めていた。