好きでもないアイドルに告白をしたらどうなるのか? 作:なおちー
プロデューサーの携帯に懐かしい番号から電話がかかって来た。
「お疲れ様です。武内ですが」
「ああ。久しぶりだね武内君」
「ご無沙汰しております。
私の担当のことで相談があるのですが今お時間の方は」
「問題ない。むしろこちらから話そうかと思っていたが、夕美の事か?」
「その通りです」
姿は見えないが電話先で武内Pが深く頷いた気がした。
「相葉さんは最近欠勤が多すぎます。
仕事のドタキャンがこうも相次ぎますと
こちらが先方に言い訳をするのも限界があります」
「……」
「これ以上休みが続くようだと、相葉さんがレギュラーをされている
料理番組のディレクターより代役を使うとの申し出がありまして。
しかもその代役が困ったことに同じ所属の三村かな子なのです」
「三村さんってあの太った感じの女の子か」
「太ってるのではなく、少しふくよかなだけですが」
「あ、すまん」
武内君は不快そうだった。たとえ元同僚の口から出た言葉でも
自分の大切にしてるアイドルに対する中傷は許さないのだ。
それだけ仕事熱心だしアイドルを大切にしてることが伝わる。
「夕美の番組の役の交代はまずいな。他の局への評判も悪くなる。
これから君の所に所属を変えて頑張って行こうって時にこれじゃな」
「そちらからも本人と何かお話はされていますか?」
「もう話どころじゃねえ。今は完全に落ち込んじまってるよ。
少し前にアーニャとかなりやり合ったんだが、あれから新田さんに
厳しめに説教されたのが効いたみたいでおとなしくなったのは良いんだが、
もう全部がめんどくさいって朝も起きなくなったんだ。
ご飯の支度もしないし学校にも行ってないみたいだぞ」
「仕事だけでなく大学にも行かなくなってしまったのはまずいですね。
どうしたものか……。
話は変わりますが新田さんはまだそちらの家でお世話になってるのですか?」
「ああ。不思議なことに本人が帰りたがらないんだよな。
いや俺は別に構わないんだよ。新田さんは夕美の大切な友達だし相談役だからな。
ただそっちの方はどうなってる? 女子寮の方とはちゃんと話はついてるのか?」
「女子寮の方は管理人さんから何か言われない限りは問題はなさそうです。
管理人さんの話では戻りたい時に戻ればいいそうなので」
「そもそも女子寮って家賃とかはどうなってんの?
会社から金出るのか?」
「残念ながらうちはアイドル事業所なので出ません。
あまりこんなことは言いたくありませんが、
アイドル自体が流行り廃りのある水物の業界ですので。
新田さんの場合は親御さんが半年先まで家賃を払ってくれてます」
「金持ちなんだな」
「うちの所属アイドルの方は親御さんが裕福な方が多いですよ。
昭和の時代からアイドルは実家がお金持な人が多いじゃないですか」
「そうだったな」
武内は営業外回りの途中だったらしいので電話を切った。
最後にまた近況を報告し合うことを約束した。
武内は性格上絶対にアイドルを見限ったりしないのは分かっているから
安心だが、あとは夕美本人のやる気次第だ。
プロデューサーは肩がこったので椅子の上で伸びをする。
後ろにの人の影があった。
「さっきの電話、隣の部屋まで聞こえてたよ。なんか迷惑かけてごめんね」
「夕美。起きてたのか」
「もう10時過ぎだから自然と目が覚めちゃったよ」
「……体は大丈夫か?」
「私は健康だよ。ただちょっと何もやる気にならないけど」
(それは健康とは言えねえよ)
「夕美。気分転換にたまには外に出かけないか」
「外に?」
「外にだよ。寝起きでご飯食べてないだろ。たまには外食でもどうだ?」
「……誘ってくれるのはうれしいけど、あまり行きたくないかも。
変装するのも手間だしファンとか人目を気にするのも疲れちゃった」
「夕美……」
夕美は一日中パジャマで過ごすことも珍しくない。
先ほども話題が出たが、夕美はかなり厳しく美波に説教されたのだ。
美波はO型なので普段はお気楽な女子大生を
演じているが、実は細目まで目が届くタイプだ。
まずここでの共同生活でプロデューサーの体調を維持するために
最重要なのがアーニャだと見抜き、逆に3歳年上なのに大人げない態度を
取り続ける夕美を叱りつけることを選んだ。
『あなたはプロデューサーさんの妻として選んでもらえたのに、
彼の体を第一に考えなくてどうするの』と。
彼の体を考えるならアーニャとの体の関係など認めてしまえとのことだ。
しかし所詮は赤の他人の意見。夕美も最初は腹が立ち言い返したが、
美波の正論に言い負かされてしまう。
本気で喧嘩をしてみると美波は驚くほど理性的で頭が良いことが分かった。
夕美は言い負かされてしまったことが悔しくて無気力になってしまう。
自分に自信がなくなってしまったのだ。ファンを元気にさせるのが
仕事のはずのアイドルが無気力になってしまうのは職業人として致命的である。
この状況で無理に仕事をやっても絶対に失敗するだろうから
家にいるしかないのだが、これで一番困るのは武内プロデューサーである。
「ごめん。買い置きの食パンだけ食べてからまた部屋で寝てるから」
「まだ午前中なのにまた寝るのか。最近寝てばっかりだが本当に大丈夫か?」
「今は何も考えたくない気分なの。お願い。一人にさせて」
「分かったよ夕美……。武内君には俺から伝えておく」
「うん。ありがと。よろしくね」
夕美は夫婦の寝室にこもりっぱなしになっている。彼女がこの家では
主婦の役割だったので食材の買い出しやご飯の支度に困ってしまう。
最初はプロデューサーが料理をしようと思ったが、
アーニャに危ないからと止められた。確かに彼は本来なら歩行不能な
レベルの重病人なので包丁を使うのは危険かもしれない。
かといってアーニャもやりたくないらしい。
なぜだとプロデューサーは問う。以前はボルシチをプロデューサーへの
お弁当として持って来てくれたじゃないか。料理が嫌いになったのか。
『あの女が使ってるキッチンで料理したくないんです』
なんとも子供らしい理由だった。確かに炊事場に女が二人いるともめそうだが。
それに夕美が主婦(正妻)を気取りたがるのでアーニャはその通りに
させてあげようと意地になっていた。
しかし夕美が料理を放棄してしまえばそうも言ってられず、
アーニャがキッチンに立つことになった。
アーニャはまな板の上で食パンを半分に切り、表面にマヨネーズを塗り、
手慣れた様子でキュウリやトマトをパンの上に乗せていく。
サンドイッチを作っているのだ。楽しいのか鼻歌を歌ってる。
やはり料理は嫌いじゃないのだ。
11時。プロデューサーはリビングの
オーディオラックに積んであるCDケースを手に取る。
アーニャの持ってきたコレクションには美波のCDがあった。
彼女の代表曲のヴィーナス・シンドロームだ。
プロデューサーはこの曲は大好きだ。
ジャケットの美波のあまりにもエロい水着姿に目を奪われる。
すぐ近くのキッチンで料理をしているアーニャに
ばれないように美波の写真をジーっと見つめた。
「美人だな。大学でミスコンに選ばれるだけのことはある。
生で見るともっと綺麗だけどな」
「ただいま戻りましたよ~~」
「!?」
プロデューサーは美波の声が玄関から聞こえたので急いでCDを隠す。
美波はパタパタと元気に廊下を歩いてこちらにやって来た。
「プロデューサーさん、そこで何してるんですか?」
「いえなんでもないんです。ちょっと料理ができるのを待ってただけで」
「……? まあいいです。今日はパンを買って来たので一緒に食べましょ?」
「パンですか。いいですね。でもアーニャもちょうどサンドイッチを作ってるんです」
「それなら両方食べればいいじゃないですか!!
食べ比べってことで。私もアーニャちゃんのサンドイッチ食べたいです」
「そうですね。さすが新田さん」
「なにがさすが、なんですか~~!! あははっ!!
プロデューサーさんったら、今のは少し私の担当の人に似てますよ」
「は、ははっ」
プロデューサーは妙に美波のことを意識していた。
妻も愛人もいる身で何を言ってるのかと叱られそうだが、
彼は自分の気持ちをはっきり認識していた。美波のことが好きになってしまったのだ。
この気持ちを夕美とアーニャに知られたら文字通り殺されるだろう。
「そういえば新田さんは今日は大学じゃなかったんですか?」
「今日はオフの日ですよ。久しぶりに寮の皆のところに挨拶に行ったんですけど、
その帰りに美味しそうなパン屋さんがあったのでそこでお昼を買って来たんです」
「さっきから良い匂いがしますね。どんなパンなんですか?」
「えっとですね。私のお勧めは……このクロワッサンと…」
美波は袋を持ったまま無防備にも体を近づけてきた。
プロデューサーと距離が近いのに気にした様子がないのは性格的なものか。
(この人は何でこんなにエロいんだ……)
美波から良い匂いはもちろんする。
今日は色気のないパンツルックのはずなのに全身から色気を感じる。
なんていうか本能的に男性を狂わせる何かを持っている。
(プロデューサーさん、さっきから顔が怖いけど機嫌悪いのかな?)
意外なのはこれほどの魅力がありながら美波に男性経験がないことだった。
高校でも大学でも彼氏がいたことはない。
これといって気が合いそうな人がいなかったからと美波は言うが
実際に本人に聞いてみないと真実は分からない。
美波は彼の後ろにあるCDケースに気が付いた。
「あっ、それって私がソロデビューした時のCDですよね」
「……実は俺この曲が好きなので毎日聴いてるんです」
「ほんとですか~~。うれしいです」
いつまでも二人で話してるのでアーニャが割って入るのだが、
それに気が付かないほど話に花が咲いてしまっていた。
アーニャが少し怒鳴るとようやく二人は会話を止めてくれた。
まるで恋人同士の会話に見えてしまったので
アーニャが根に持つのは当然の流れであり、
その日の夜に瞳からハイライトが失われたアーニャがこう言った。
「プロデューサー。今日のお昼は美波と楽しそうでしたね?」
「……気を悪くしたのなら謝るよ。ごめん」
「浮気はダメです。分かってますか」
「分かってるよ」
「私のこと愛してますか」
「愛してるよ。アーニャ」
プロデューサーはアーニャの気が済むまで遅くまで抱いてあげた。
彼がどんなにアーニャと肌を重ねたところで
皮肉にも美波への想いが強まるだけだった。