好きでもないアイドルに告白をしたらどうなるのか? 作:なおちー
(ここが、大人の人たちの同棲場所なのか)
蘭子とアーニャは広いリビングに案内された。
夕美はイライラしながらも客人の二人にハーブティを用意する。
「それで美波ちゃんが勝手に私の引き出しから婚姻届けを出してね……」
夕美はテーブルに肘をつきながら、いつまでも美波の悪口を言い続けた。
アーニャでさえドン引きするレベルだ。
とにかくイライラが収まらないので口で発散しないと気が済まないようだ。
これからの作戦を立てるのだと思っていアーニャはびっくりした。
今までアーニャが夕美の愚痴の聞き手になったことは一度もない。
(これが大人の恋愛か……。なんと奥が深い)
蘭子はそんな夕美の姿に憧れを抱いていた。
夕美は長年連れ添った旦那のことで悩んでいる主婦のように見えなくもない。
少なくとも中二病の彼女にはそう見えてしまった。
実際は夫に捨てられてしまった哀れな女子大生にすぎないのだが。
(大人はインテリアにも凝っている。無駄がなくて美しい配置となっている)
キッチン周りや窓際などに夕美の趣味のお花がいくつも飾ってある。
ミニマムサイズの鉢に色とりどりの草花がさりげなく並ぶ。
本物の花に交じって造花もある。
絨毯(じゅうたん)も上品だ。まさか本物のペルシア絨毯だろうか。
夕美はこの時間に食事の支度でもしてたのかエプロン姿
だったので蘭子はその姿にも憧れた。
(美波さんの部屋はどうなってるのだろう)
蘭子は夕美に話しかけてみる。
「あ、あのぉ」
「なに?」
「ひっ。ごめんなさい。何でもないです」
「私そんなに怖いかな? 別に謝らなくていいから、なに?」
「そ、その。美波さんは今どうしてるんですか?」
「寝てるよ」
「え……。寝てるんですか?」
「なんか眠いらしいからベッドで休んでる。
あなたは美波ちゃんの様子を見に来たんだっけ?」
「私は美波さんにはお仕事でいろいろお世話になったので、
せめて挨拶だけでもしておこうかと思ったのです」
蘭子はうつむき、人差し指を重ね合わせながら言う。
美少女がオドオドしながら話す姿は男性からしたら愛らしいが
イライラしてる同性からしたら腹が立って仕方ない。
夕美はこの子にさっさと帰ってもらいたかったのでこう言った。
「そんなに気になるなら見てきていいよ。
部屋は廊下に出てすぐ右側の部屋ね」
蘭子は例を言い、部屋を覗いてみた。
「え……」
言葉を失う。
美波は全裸だった。長い手足を惜しげなくさらし、ベッドの上で寝ている。
寝てると言うより気絶している。
冬なのに布団も掛けてないし、この寝室には暖房が効いてない。
おまけに白い肌にはムチのようなもので叩かれたのかアザができている。
蘭子はまず床に落ちている布団をかけてあげた。
尊敬する美波さんに悪いので裸をできるだけ見ないようにしながら。
「美波さん……美波さん……起きてください」
「んん……もう電動バイブいやなのぉ……」
(で、電動バイブ、なんたる卑猥なる言葉(ことのは)の響きであるか)
美波が変なうわごとを言ってるので蘭子が優しく彼女の頬を叩く。
「う~~ん。夕美ちゃん。もう許してぇ」
「私です。神崎蘭子です」
「らんこ……ちゃん……なの?」
「美波さんっ!! しっかりしてください。
ずっと裸で寝てたんですよね。風邪ひいてませんか?
今お飲み物を持ってきますから待っててください」
リビングへ駆ける蘭子。夕美に事情を説明したら適当に茶でも
持ってきなさいと冷たく言われ胃が痛くなるが、
美波のために紅茶を淹れて持っていく。
「暖かい紅茶なんて久しぶりに飲んだ気がするわ。
ん~~最高。これオレンジペコ? 生き返ったわ。ありがと」
蘭子は頬を赤くしながらも目をキョロキョロさせ、
やっとの思いで疑問を口にした。
「夕美さんと喧嘩……したんですか?」
「まあちょっとね」
「喧嘩の理由は、大人の恋愛だからですか?」
「そうね。私達は大人の恋愛をしているのよ。気になるの?
蘭子ちゃんは大人の人のことが気になる年齢だもんね」
美波はまだ全裸だったが、蘭子の頭をなでてあげた。
蘭子はくすぐったいのか子猫のように目を細める。
「あの美波さん。こんなこと聞いていいのか分かりませんけど、
美波さんの彼氏さんはどうして逃げちゃったんですか?」
「話すと長くなるんだけどね、う~~ん。どこから話そうかな。
でもその前に夕美ちゃんをぶち殺してあげたいから
それが済んでからでいいかしら?」
「はい?」
蘭子は聞き間違えであってほしいと思ったが、美波の目はマジだ。
どうやら美波は夕美に制裁されたことで復讐の鬼と化してしまっている。
美波はムチを手に持ち、他にも武器になりそうなものを探していた。
(ここで美波さんを行かせてしまったら取り返しのつかないことになる!!)
正義の心を持つスーパー蘭子ちゃんは、美波にしがみついた。
「蘭子ちゃん……そこから離れてくれないと
夕美ちゃんに仕返しができないじゃない」
「美波さんはそんなこと言いません」
「んも~~。お姉さんの言うことは聞かないとダメよ?」
「ダ、ダメです。美波さんを夕美さんの元には行かせません。
人は話し合いをすれば分かってくれるものだって、
美波さんは私にそう教えてくれましたよね」
「今回はそういう問題じゃないの。ヤルかヤラれるかってこと。
話はこれで終わりだからもう離れなさい」
「私は絶対に離れません!!」
「しつこい子ねっ!!」
美波が腰にしがみつく蘭子の頭を押しのけようとするが、
蘭子は涙目になりながらも抵抗をつづけた。その姿は天使のようである。
「美波さんの心は悪魔に支配されているんです!! 悪魔よ。去れ!!」
「あ、悪魔ですって……。
中学の時に同級生の女子に言われたことがあるわ。
男を惑わす悪の女だって。他には魔女とも呼ばれたわね」
「悪魔め!! この人から去るのだ!! 新田美波さんを返して!!」
「だから悪魔って呼ぶの止めて。私の古傷えぐらないで」
「こうなったらエクソシストが必要たい!!
新田美波さんは完全に悪の心に支配されてる!!」
「おどりゃぁ、なに言いよんや!! われコラええかげんにせぇよ!!」
(この謎の言語は広島弁……?)
プロデューサーの前でさえ見せたことのない地元の方言を出す美波嬢。
「夕美に復讐するんじゃけぇ。復讐せにぁうちゃ気が済まんの」
「させんたい。例え命ばかけたっちゃとむるたいね」
「あんた何言いよるの? 日本語しゃべってよ」
「日本語ばい。そっちん日本語も変ばい。お互い様たいね」
絶世の美少女と美女が方言で会話する姿は新鮮だった。
読者諸兄も知っての通り神崎蘭子の地元は熊本県だ。
「夕美の味方をするってこたぁ、
あんたはうちの敵うてことになるけどそれでもええの?
うちゃ敵とみなした人間にゃあ容赦せんわよ」
「敵も味方もなかとです。だって皆しゃんな
家族だってプロデューサーしゃんが言いよらしたばい。
美波しゃんなたいぎゃ好きな人ん言いよることば忘れっしもうたと?」
「……」
「プロデューサーさん。夕美さん。美波さん。アーニャさん。
皆しゃんは家族たいね。
家族なら喧嘩することもあるばってん最後は仲直りするはずばい」
(まさか子供に正論を言われるたぁ思わんかったわ。
14歳の女の子じゃ思うとったのにぶち成長したものね)
美波に神々しい何かが舞い降りる。
蘭子はその感動的な瞬間を確かに見た。
美波の背中に天使の羽のような、幻想的な何かが見えた。
いやそんなはずはない。きっと幻覚だとは思う。
しかし今の美波の神々しいまでの美しさは、
まさにこの世に舞い降りた女神と称するに値する。
「蘭子ちゃんありがとね。蘭子ちゃんに諭されたおかげで
私はまた一つ成長できた気がする。アイドルとしての新田美波。
大学生としての新田美波。そして彼の妻としての新田美波」
(妻……? 家族やなかと?)
「今まで私は自分の事しか考えてなかった。
だから夕美ちゃんにもアーニャちゃんにも迷惑をかけてしまったの。
でもそんな子供っぽい私は過去のもの。私はそんな安っぽい人間じゃない。
今までのことを反省してこれから夕美ちゃんとアーニャちゃんに謝りに行くわ。
そして最後はみんなで力を合わせて……」
美波は息を大きく吸った。
――文香ちゃんをこの世から消し去りゃあええのね?
蘭子は衝撃のあまり椅子から転げ落ちる。問題は全く解決してなかった。