好きでもないアイドルに告白をしたらどうなるのか? 作:なおちー
それはプロデューサーを5回もイかせたあとに
彼の自宅を捜索した結果、見つけた資料だった。
8畳間の仕事部屋にあるパソコンデスクの周辺には、
いくつものA4サイズのファイルがある。信じられないくらいの膨大な資料だ。
いっそここに文香がいてくれたらと思う。
業務用で使われる分厚いファイルが6つ。小さなファイルが40もある。
印刷された枚数は3,000枚はくだらないだろう。
いったいどれだけの印画紙とインクを使用したのか。
「なにこれ……」
英語で書かれた資料が多い。どうやら現地のニュースサイトの
記事を印刷してるようだった。OPEC関連の中東のニュースが多い。
政府、軍関係、金融と思われる資料も。国内においては不動産市場に関する本。
他には日本円、米ドル、ユーロ、ロシアルーブルの為替の見通し及び
各国の政策金利の推移のグラフが書かれた資料が。
彼のデスクの引き出しには三菱UFJ証券代行部からの
手紙が入っており「ロシア関係の上場投資信託の取引中止のお知らせ」と書いてあった。
ブリティッシュ・ペトロリウム(BP)の第4四半期の英語版の決算資料は
その辺の床に投げ捨ててある。内容が気に食わなかったのだろうか。
「プロデューサーさんって何者?
うち(346)に来る前は普通のサラリーマンを
してたって本人は言ってたけど……」
夕美は決定的な資料を見つけた。
デスクの引き出しの一番底に隠してあった彼の履歴書だ。
パソコンにてA4ファイルで作られた顔写真付きの履歴書と
職務経歴書なのだが、それがなんと4種類も用意されていた。
1種類が本物。
残りの3種類が偽物(フェイク)だと注意書きがある。
偽の書類のひとつを現在の職場に提出したのだろう。
本物の書類を見る。
本名○○
(夕美が事務のちひろさんから聞いていた名前とは名字が違う)
顔写真は相手を威圧するような圧迫感がある
(プロデューサーとしての彼とは別人の印象)
満35歳
国内の某一流大学の政治経済学部を卒業
三井物産に入社
エネルギー第二本部に所属
エネルギー第一本部に転属
液化天然ガス(LNG)の開発計画、サハリン2プロジェクトに参加する
同プロジェクトはユジノサハリンスクの州知事と税制面での
折り合いがつかず、また地元の漁業組合からの環境問題への反発もあり、
相次ぐ計画延期を経た末に完成。
当プロジェクトは2008年に原油の通年生産・出荷、2009年にLNGの出荷を開始。
彼が参加したのはプロジェクト終了後の日本国へのLNGの供給事業(上流事業)
※
ロシア国有石油会社ガスプロム、シェル(旧ロイヤル・ダッチシェル)、
三菱商事、三井物産の4社が共同出資して完成したサハリン事業だが、
ウ戦争開始後にシェルが同事業から完全撤退したたために
外資勢としては日本が権益を独占してる。
主な仕事内容
・エネルギー資源の採掘・開発の指導
・エネルギー資源の輸入に関る外国間取引
出張経験のある国
イラン、イラク、ヨルダン、オマーン、イスラエル、
アゼルバイジャン、ロシア、英国、豪州など
ビジネスレベルの外国語
英語
日常会話レベル
ロシア語、アラビア語、中国語(北京語)
資格取得
FP1級、日商簿記1級、宅地建物取引士1級、
秘書検定2級、TOEIC,910点,普通自動車免許
(これって経歴詐称だよね……?
だってプロデューサーさんは30歳だって言ってた。
今の日本では年齢詐称なんて通じるわけないよね。
それに保険証や免許証でバレるはず。
それって私達アイドルには嘘をついてたってこと?)
ブブブ……と彼の携帯が鳴る。
夕美の知らないスマホだ。
試しに触ってみるとパスワード無しで簡単に画面が開けてしまう。
「外国の人からのメールだ……」
夕美は大学生なので英語が分からなくはない。
頑張って分かる部分だけを翻訳していく。
「会社に……戻れ? みんな待ってる?
日本にいるのは……うえいすてっどタイム、時間の無駄……?」
それは外国ライバル企業に勤めている古い友人から引き抜きの声だった。
同じ声は三井物産にいる古い同僚からも来ている。
夕美は他のメールも読んでみるが、英語ばかりだ。
英語だけど英語圏の人とも限らない。どこの国の人だろうか。
夕美は見てはいけないものを見てしまった気がして怖くなってきた。
「おい夕美」
夕美は、心臓が止まりそうになる。
「そこで何をしている?」
生まれて初めて男性の鬼をそこに見た。
人ではなく鬼だった。
こんな冷たい目つきを、夕美の知ってる彼がするわけがない。
その場限りの嘘とは言え、夕美を優しく抱きしめてくれたはずの彼が。
互いに肌の温もりを確かめ合ったはずの彼が。
「あ、あの。これは……」
夕美が言えたのはそれまでだった。おかしい。プロデューサーは
最後の一滴まで搾り取られて骨抜きになったはず。こんな早く目覚めるわけがない。
時計を見る。まだ16時過ぎ。行為が終わってから50分余り。なぜ目覚めたのか。
「俺の個人的な資料を、どこまで見た?」
「えっと……」
「どこまで見たんだ?」
「あの、っていうか私は……そのね」
「質問に答えろ。どこまで見たのかって聞いてるんだよ!!」
「ひっ!!」
すごい勢いでビンタが飛んできた。か弱い夕美は床に力なく倒れこむ。
プロデューサーの容赦なさは夕美の顔に傷がついても構わないと言わんばかりだ。
「夕美。君はしょうがねえ子だな。ああ、本当に。最初は軽い気持ちで
俺のマンションに誘ったんだが、まさかこんなことになっちまうとはな。
あはははははは!!ふはははは!! もう笑うしかねえな!!
なあお前はもう知ってるんだろう? 俺が今年の秋に何を計画してるのかを」
「あああ、秋の計画? なにそれ? ぜんぜん、そんなの知らないよ」
「嘘つくんじゃねえよ!! どうせあの計画書まで読んだんだろ!!」
「し、知らないよ!! 本当に知らないの!! お願いよ信じて!!」
プロデューサーは夕美の胸ぐらをつかんで持ち上げる。
彼の本当の顔を近くで見てしまった夕美は震えが止まらない。
相手は大人の男性だ。力で勝てるわけがない。
それに中小企業で使えない営業マンだったとしか聞いてなかった
彼の経歴が、良い意味で全くの嘘だったことがショックだった。
心の底からの恐怖を感じた夕美は奥歯がガタガタと震える。
「も、もうぶたれるの嫌だぁ……嫌なのぉ。許してください」
「その目、どうやら本当に読んでないようだな」
プロデューサーは夕美を解放した。胸元が苦しかったのでゲホゲホと咳をする夕美。
もうこんなとこにはいられないと思った夕美は一目散に逃げようと思った。
しかしその動きを彼女の予備動作だけで察したプロデューサーは、
何と彼女の背中を蹴飛ばした。
「いたっ」
バランスを崩した夕美は本棚に突っ込み、痛む肩を抑えた。
プロデューサーは彼女の腕を取り、逃げられないようにする。
一切の感情を押し殺したふたつの黒い瞳に見下ろされた夕美は
また本能的な恐怖を感じた。依然と立場が逆転。
愛梨との影の逢引を知った時は夕美がこうして彼の手を抑えたはずだ。
それが逆にやられる立場になってしまうとこんなにも恐ろしいとは。
「誰が帰っていいと言った? 俺の秘密を知ってしまった以上、
お前をただで帰すわけにはいかないな。お前は今日俺の家に泊まりなさい」
「で、でで、でも、あの、私は明日学校が」
「そんなもん、休めばいいだろう。自主休業だ」
「アイドルの仕事は……?」
「調整可能だ。スケジュールを組んでるのは俺だぞ」
「じゃあ神奈川の家にいる親にはなんて言いばいいの!!」
「誤魔化せ。適当な嘘をつけ。
お前も大学生なら知恵は回るだろ」
「……友達の家に泊まるってことにしておくよ」
「そうだ。それでいい。今俺が見てる前で親に電話しろ」
「はい……」
夕美は母の携帯に電話したがつながらない。
自宅にも電話したが不在だった。
仕方ないので母の留守番電話に音声を残しておいた。
「最低でも明日の夜までは俺のマンションで暮らせ。
俺が良いと言うまで外に出るな。
外部との連絡も取るな。ちょっとお前の携帯を貸せ」
「携帯はちょっと……」
「別に壊すわけじゃねえよ。今からお前の携帯にスパイウェアを送る。
お前が通信した内容は瞬時に俺の携帯とパソコンに自動転送されるようになる。
そうすればお前が俺の情報を漏らしたのがすぐにばれるだろ?」
「……」
「分かってると思うが、俺の秘密に関することをばらしたらただじゃおかないぞ。
ただし同僚や親兄弟と普通の会話をするのは構わない。いいか?」
「……」
「分かったかって聞いてるんだが?」
「ひっ、ごめんなさい。ちょっと頭の理解が追い付かなくて考えてたんです」
「反対してるわけじゃないんだよな?」
「はい。反対しません」
「そうか。それならよかったよ。夕美」
プロデューサーは、にこりと笑顔を作った。
あんなのは営業スマイルの典型だと夕美は思いつつも、
魔法がかかったように彼の顔に見とれてしまう。
「俺には今の人生の全てをかけてでもやりたいことがあるんだ。
それは誰にも知られちゃいけないことなんだ。だから夕美に秘密を知られたら
俺が一年もかけて考えた計画が台無しになってしまう。
分かってくれ。本当は夕美を傷つけたいわけじゃないんだ」
(何言ってるのよ。どうせ嘘でしょ。
私の事なんて都合のいいように利用して最後は捨てるくせに)
――そうだ。この人は私の事なんて仕事の道具かそれ以下としか
思ってないんだ。本性は冷たい人なんだ。きっと冷徹な仕事人間だったんだ。
アイドルなんてお金を稼ぐための道具。道具に恋なんてするわけがないか。
夕美はそう思うと涙が止まらなくなった。なぜこんな人に恋をしていたのか。
確かに仕事上の付き合いはあったがお互いの全てが知れたわけじゃない。
ママやパパだって長年連れ添ったって互いのことが全部理解してるわけじゃない。
こんなにも身近に、こんなにも計り知れない人物がいたとは。
夕美はまだその残酷な事実を受け止めるのに時間が必要だった。
「ひどいよ……プロデューサー……。
どうして私にこんなひどいことするの……」
「夕美……」
「私がそんなに悪いことしたの?
ちょっとプロデューサーの仕事部屋を覗いただけじゃない。
ねえ、その壮大な計画ってなんなの?
私にはそんなにも知られたくない内容なの?
まさかテロとか犯罪系じゃないよね?」
「今はまだ話せないが、早ければ明日の夕方に話せるかもしれない」
「どうして夕方なら大丈夫なの」
「色々とやることがあるからな」
「……」
「すまないが詳しい内容まで話せない。
夕美は賢い女の子だから分かってくれるよな?」
「うん。またぶたれるの嫌だから黙ってるよ」
「ははっ。もうぶたないって」
「……」
「夕美に伝えてないことがあった。このマンションにはロックをかけてある」
「ロック?」
「指紋と吐息認証のセンサーだ。俺以外の人間ではどの出入り口を使っても
物理的に外に出れないようになってる。もし夕美に勇気があったら試してみるといい。
詳しくは説明しないが、たぶん後悔することになる」
「なんか大変なことになりそうだね。私はそんな危険なことはしないよ」
「そうだったら助かるんだがな」
実は大ウソだった。
そんな高度な警備システムなどこのマンションに備わっていない。
玄関はごく普通のオートロック式で、内側の鍵から簡単に開けられる。
プロデューサーは三井物産時代から交渉術において「はったり」を利かせるのが得意で
逆に相手側の時間稼ぎの交渉にはガンガン切り込んで追い詰めるタイプだった。
この時点の夕美は知る由もないが、彼が夜寝た後にこのマンションから出るのは容易であり、
この暴行事件を世間に公表すれば彼を即首に追い込める。また彼には経歴詐称の件もある。
プロデューサーが夕美に暴行したのは、まず夕美に逆らえば
殴られることをインプットさせて抵抗の意志を奪う事が必要だと判断したからだ。
プロデューサーは仕事用の椅子にドカッと座り、LINEでメールを始める。
夕美は所在なさげに床に座り、そのやり取りが終わるのを待っていた。
「おい夕美。明日はアナスタシアがこのマンションに遊びに来ることになった。
悪いが大切な話をするのでお前は別の部屋で待機しててくれないか?」
「別の部屋って、どこでもいいの?」
「空き部屋の一室をお前様の寝室として使ってもらいたい。
時間は明日の夕方。アナスタシアとの話が少し長くなると思うが、
その間はできればトイレにも行かないで部屋にこもっててくれ」
「なによ……それ。二人きりで何を話すの」
「……」
「言えないんだね……そうだよね。私なんかに伝える価値ないもんね」
「じゃあどうする。俺達の邪魔をするか?」
「……いいえ」
「ならいい」
プロデューサーはその空き部屋に夕美を案内して布団を用意してあげた。
広い8畳間には何も余計なものが置いてない。まるで刑務所のようだった。