好きでもないアイドルに告白をしたらどうなるのか? 作:なおちー
それからプロデューサーは休職扱いとなった。
ちひろは今回の件をあえて会社側には詳細に報告せず、
表向きプロデューサーは自動車事故のために
最低でも全治30日以上と診断されたとした。
会社側には偽の申告書類(事故内容や保険の明細)
まで作って提出したのだから、その徹底ぶりはすさまじい。
また相葉夕美は学業に専念したいのでアイドル活動を
1か月間は休業すると宣言。
そして
プロデューサーのマンションにはプロデューサーと夕美が
夫婦のように暮らすのが常となる。夕美は夜になっても
神奈川の自宅には帰らない。親には世界一周旅行に出たから
一か月ほど帰らないと適当な嘘をついてある。無理があるが。
「あ・な・た ♡ お夕飯のお片付けが終わったので
お風呂に入りましょうね~~」
「ありがとな。夕美」
「うふ★ お礼なんていいんですよ。私が好きでやってる事なんですから」
アナスタシアとちひろの襲来事件から数日が経過したが、
プロデューサーは筋肉のしびれがまだ取れなかった。
普通の麻酔ならどんなに長くても半日もすれば効果が薄れるものだが、
ちひろが投与した薬はどうやら普通とは違うようだ。
(この薬のおかげでプロデューサーは私から離れられない★)
夕美はむしろちに感謝したいくらいだった。
愉悦に満ちた顔を彼に見せてはならないと、すぐに笑顔に戻るが、
実はその腹の内はプロデューサーにはバレバレだった。
しかしプロデューサーは彼女の腹黒いところが嫌なわけではなく、
今ではこうして自分の介護をしてくれる夕美のことを愛おしく思っている。
それに腹黒いのはお互い様だ。
プロデューサーは一度運命だと思ったことは信じてしまう。
彼は北海道の小樽市で生まれ育った影響で信者ではないが
ロシア正教(近所に大きな教会があった)の影響を受けている。
だから運命論者なのかもしれない。
ブブブ……
夕美の携帯が震えた。
「おい夕美。またメールじゃないのか」
「あー……またあの女か。しつこいなー」
心底嫌そうな顔をする夕美。雰囲気がさっきとは別人だ。
プロデューサーは彼女の世話なしでは生きていけなくなったので
夕美を怒らせないようには気を使ってるつもりだ。
「彼と、別れてください……。また同じ内容。飽きないのかな?
それとも頭が悪いから同じことしか書けないのかな?」
「アナスタシアか?」
「うん。いっつも同じ時間に送ってくるんだよ。
かといってちひろさんの命令で着信拒否とかにはできないし困ったね」
あの日の会合の後、ちっひに命じられたのは、プロデューサーと
夕美がしばらくこのマンションで暮らすことだった。たまに他のアイドル達が
ここを訪れることになるが、決して居留守を使うな。
電話もメールも一切無視するな。必ず返事をしろとのことだった。
夕美には意味が分からなかったが、なぜかあいつらは
彼のことを全然諦めてないから悪あがきを続けてることは確かだ。
かつての親友同士も一人の男を奪い合う関係となれば関係は破綻する。
より良い遺伝子を自らの体内に宿すための、女の本能によるものだ。
その男の愛が自分以外に女に向けられるなど考えれない。
夕美は今すぐにでも彼とサハリンに逃げてしまいたかったが、
肝心の彼の具合が良くなるどころか、ますます老人のようになってしまった。
あとで彼の痙攣を直すための方法をちひろから聞かなければ。
教えてくれたらの話だが……。
しかし要介護状態の彼と暮らす生活も、これはこれで悪くはない。
彼に自由がなければ逃げ出される可能性も、
夕美がまた殴られる可能性もゼロなのだから。
「あ、またメールだ」
「今度は誰からだ?」
「文香ちゃんからだ。明日はオフですので、美味しいお菓子を持って
そちらに遊びに行きます。首を洗って待ってなさいだって」
「おいおい。後半が穏やかじゃねえな」
「うん。あと明日は愛梨ちゃんも一緒に来るんだって。
夕美への怒りのパワーで作った超特大サイズのアップルパイを
プロデューサーに食べさせてあげたい。できれば口移しで?
気持ち悪っ。バカじゃないの?」
「結構まずい状況になりそうだな。
血を見ることにならなければいいが」
「あいつらがなんて言おうと、私達は大丈夫だよね?
だって私達は運命の赤い糸で結ばれてるんでしょ」
同業者では真っ赤なリボンをつけたアイドルの子が同じことを言っている。
いかにも夢見がちな子供の発言だが、今のプロデューサーはその運命と
やらを信じてもいい気持ちになっている。
「ねえねえ。キスしようよ」
「ああ。おいで」
湯船につかりながら、のぼせる寸前までキスをした。
狭い湯船の中で夕美がプロデューサーの首に手を回し、
彼の上にまたがる格好だ。彼女の秘所がちょうどプロデューサーの
元気になった部分の上にある。挿入する寸前のこすりつける状態を維持してる。
プロデューサーは痙攣していても性的な反応にだけは素直に応じる。
夕美にとって都合の良いペットに近い状態となっていた。
「んっんっ……ちゅっ……」
「ん……夕美……好きだっ……」
「私もぉ……すきぃっ……」
唇を離すと、透明の唾液が糸を作る。
湯気と情欲によって互いの頬がますます赤く染まる。
「私はまだ一度もあなたからプロポーズされてないよ」
「プロポーズって、結婚の事か?」
「うん」
「夕美は……本当に俺で構わないのなら言うが」
「私は構わないよ」
夕美が怖いくらいに真剣な顔だったのでプロデューサーは
彼女が望む通りのセリフを言ってあげた。
その日の夜は、いつも以上に熱い夜を過ごすことになった。
いずれプロデューサーの体の調子が良くなったら
一緒に結婚指輪を買いに行くこと、夕美の両親に挨拶に行くことを
約束して眠りにつく。幸せな夜だった。
だが、そんな幸せな時間は長く続かない。
夜が明ける。
今日は成人式なので世間は少しあわただしい感じがする。
お昼前の11時に来訪者が現れる。
鷺沢文香だ。夕美が明るく出迎える。
「お邪魔します」
「こんにちわ。文香ちゃん。さすがオフの日も時間通りだね」
「……」
「文香ちゃん?」
「あ、いたんですか。こんにちわ」
「……」
「そこに立たれると通行の邪魔ですので、少しどいてくれますか。
事前にネットで物件を調べたので何となく中の間取りは分かってます」
「ふ、文香ちゃんったら、新年早々、嫌だな~。
変なジョーク言わないでよ」
「……? 私は冗談を言ったつもりはありませんが」
大学生女子二人は玄関の前で睨み合いになってしまう。
引きつった笑顔の夕美が、スカートの裾を握りながら言う。
「文香ちゃんはさ、彼を取られちゃったのがくやしくて
おかしくなっちゃたんでしょ? でも文香ちゃんは結果的に彼に
選んでもらえなかったわけだよね。文香ちゃんはもう負けたの。認めよう?」
「……すみません。私はあなたじゃなくて彼に会いに来たのですから、
あなたが何を言うと関係ありません」
文香さんは涼しい顔をしたまま、スタスタスタ……と優雅に歩く。
「ちょっと待ちなさい!!
何勝手に彼の部屋に入ろうとしてるのよ!!」
「やはりここが彼のお部屋だったのですか。
教えてくれてありがとうございます」
「だから待てって言ってるんだよ!!」
ガシッ、と後ろから肩をつかむ。
「そんなに強くつかまれたら痛いじゃないですか。
あなたの汚い爪が食い込んでしまいますよ」
「彼とは何を話すつもりなの?
今日は私とお茶をしに来たんじゃなかったっけ」
「確かにメールではそう伝えましたが、それはあくまで口実。
そう。彼に会うための口実。そのために首を洗って待ってろと
文末に付け加えたはずですが」
「……」
「で? それ以上私の邪魔をするつもりなら
こちらもそれなりの方法で対処させていただきますが」
文香が大きなハンドバッグから何かを取り出そうとしているので
怖くなった夕美は距離を取る。直接的な手段に出るなら
こちらも応戦してやろうと思っていたからちょうど良い。
「お~い、夕美~~」
と間の抜けたプロデューサーの声が寝室から聞こえる。
夕美はこれからガールズトーク(地獄)をするからプロデューサーは
リビングには来ないでと伝えておいたのだが。
「そこに誰か来てるんだろ? その声は文香だと思うが、
文香が俺に話があるんだったらこの部屋に通してあげてくれ」
「そ、そんな……でも」
「夕美お願いだよ。俺の言ったとおりにしてくれないか。
別に変なことは考えちゃいないよ。
ただ穏便に事を進めたいと思ってるだけなんだ」
「あなたが……そう言うのでしたら私は従います」
「ありがとう。夕美」
扉越しなのに感謝の言葉を述べられた夕美が真っ赤になる。
その様子を見て文香は深いため息を吐いた。瞳に深い悲しみの色が浮かぶ。
「こんにちわ。プロデューサーさん。
もう1週間も会ってなかった気がします」
「こんにちわ。文香。お前は変わらず元気そうだな」
「ええ。おかげさまで」
「文香。挨拶はいいよ。ちひろさんから聞いてるとは思うが、
俺はこの身体だからな、長話をすると疲れるんだ。
さっそく本題に入ってくれないか」
「ではまず確認を。どうやらプロデューサーさんは
そこにいる女と共同生活を送ってるようですが、
今後本当に結婚なさるつもりなのですか?」
「そうだ」
プロデューサーは言い切った。
歯ぎしりする文香とは逆に夕美がまた愉悦の笑みを浮かべてしまう。
「文香。俺はな、夕美のことを愛してるんだ」
「……っ」
背筋を伸ばし、床に品よく正座した文香の息が荒くなる。
夕美は空に飛んでしまいそうな気分だったが。
「このことは文香だけじゃなくて、あとでアナスタシアや愛梨にも伝えようと
思ってる。ごめんな……文香。まるでお前達の気持ちをもてあそんで
しまったようで悪いことをしたとは思ってる」
まるで、ではなく現実にもてあそんでいたゲス野郎なのだが。
「今回はこうして皆に気持ちを伝える機会があって良かったよ。
じゃないといつまでも職場で恋愛ごっこをすることになっちゃうからな。
なあ文香。俺はもうこの仕事を続けちゃいけない。
だから夕美との結婚を機に退職しようと思ってるんだ」
「……休職明けに退職されるのはもう知ってます。
私が聞きたかったのは夕美さんを選んだ本当の理由です」
「俺が夕美を選んだのが気に入らないのか?」
「私は、プロデューサーさんが仕事の上で私達大学生組のことを
アナスタシアさんのおまけみたいに考えてたのを知っています。
それなのにアナスタシアさんを振ってまでどうして夕美さんを?」
「それは色々あってな」
「色々とは?」
「……」
「言えないのですか。それって一番大切なことだと思いますけど」
「分かってくれ文香」
「どう分かれと言うんですか……」
文香は黙ってうつむいた。
目元を完全に覆う前髪の奥は、もしかしたら泣いているのかもしれない。
プロデューサーは彼女にこんなつらい思いをさせるなら
いっそプロデューサーになんてならなければ良かったと思った。
出会いさえしなければ、別れて悲しむこともないのだから。
「う……頭が痛くなってきた……夕美……」
「は、はいっ!!」
夕美が急いで冷えピタを持ってきた。
しびれ薬の影響か、彼は精神に負荷がかかると発熱に近い症状がでる。
といっても熱は37℃以下なのでおでこを冷たくする必要は
ないのだが、要は気分的な問題だ。
「はぁはぁ……。ありがとう。少し楽になったよ」
「良かったです。あなた、今日は少し寝てた方がいいと思います」
「そうだね。夕美の言うとおりだ。でもこの後に愛梨も来るんだろう?」
「愛梨ちゃんが来るまでまだ時間がありますよ。それまで少しでも寝ててください」
「ありが…」
と話してる最中にインターホンが鳴る。
1Fのエントランスに愛梨が到着したのだ。
ドアホン越しにものすごく明るい声がする。同時に怒気も感じられる。
「愛梨ちゃん、来ちゃったみたいです」
「迎えてやってくれ」
「はい。でもあなたは会わなくていいですよ。
今度は私が話を付けておきます」
「夕美?」
夕美は文香と一緒に廊下に出た。そして愛梨を出迎えた。
「やっほー(^○^) ここがプロデューサーさんのおうちかぁ」
愛梨は天真爛漫な笑みを浮かべる。
両手には大きなアップルパイの入った箱を持っているが……
「夕美ちゃ~~ん。ここ最近連絡が通じないなぁって思ってたら
プロデューサーさんと同棲してたんだってね~。
ちひろさんから聞いた時はすっごく驚いちゃったよ★」
「ごめん。もうそういう嫉妬くさいセリフは聞き飽きた。
早く本題を言ってくれるかな?」
「はぁ~~? 今なんて言った?」
「今私の夫がね、具合が悪くなっちゃったから今日は早めに帰ってほしいの。
それで用件は何?」
「……」
「用件は何?」
「彼を返して」
「嫌だよ」
「……ふーん。嫌なんだ」
「逆に思うんだけど、返してって何言ってんの?
プロデューサーさんって別に愛梨ちゃんの男だったわけじゃないよね?」
「……あんたが奪ったんだよね?」
「は?」
「ん~~とね。この話の続きはお茶を飲みながらでも良いかな?」
「いいよ。こちらへどうぞ。広いダイニングがありますので」
「わあ。本当に広いね」
愛梨に続いて文香も無言で後に続く。
文香は彼にショックなことを言われてから
一言も言葉を発してないのが不気味だった。
良い木材のダイニングテーブルに着席した2人に対し、
夕美はお茶代わりにコップに入った冷たい水をよこした。
今日は1月9日である。
愛梨はコップごと夕美にぶん投げたくなるのをこらえた。
文香はコップを持って立ち上がり、そのまま中身を洗い場へ流してしまい、
次になんと自分で紅茶を淹れ始めた。すごい神経である。
「人の家の食器を勝手にいじらないでくれる?」
との夕美の指摘にも動じず。
窓ガラスに亀裂が生じるほどの完全なる修羅場である。
「ふ~~ん。そっかぁ。なるほどね~~」
愛梨が何かを納得してる風だった。夕美は視線すら合わせない。