我妻善逸は猛毒に侵されていた。体の自由が効かない。眼前では上弦に匹敵する羅刹が文字通り牙を剝けているにも関わらずだ。しかし恐怖を感じない。そういった感情は全て陶酔や情欲の念に上書きされているらしい。禰豆子の露出された胸元に善逸は釘付けになる。豊満で色白な乳房には梅の花を思わせる色彩の乳頭。鬼化で発育が進んだ影響もあるだろうが普段の印象より艶めかしい。恐らく普段のちんまりとした禰豆子ちゃんも想像より成熟した体つきなのだろう。こんな状況でも善逸はそんなことを考えていた。
「ふふ、善逸さんったら私の胸元じろじろ見っちゃって、そんなに裸観たいの?」
その提案はダメだ。それを見てしまえば俺の理性は今度こそ崩壊する。善逸は確信した。
「でもまだ駄目よ。男の子なんだからまずは貴方が全てをさらけ出さなくちゃ」
そう言うと禰豆子は善逸の服を丁寧に脱がせる。病衣を少し厚手に縫製した寝巻きは簡単に外され、善逸の上半身が露わになった。
「‼」
唐突な刺激に思わず身体を震わせた。禰豆子が不意を突いて善逸の乳首を舐めたのだ。
「これくらいでびっくりしちゃダメよ。これからもっと凄いことするんだから」
遂に寝巻の洋袴を脱がされ、隆起した一物が露出する。これは今まで彼が経験した勃起とは全く違う物だった。異常なほど充血し、浮かび上がった血管は複数の蠕虫が這っている風に見えた。これでは俺の方がよっぽど化け物じゃないか、善逸はそう自嘲した。だが禰豆子はソレが愛おしい物に見えた様だ。
「善逸さんの..思ってたよりずっと逞しい…でもこれくらい簡単に搾り取っちゃうから」
禰豆子は四つん這いになって善逸の亀頭を口に含む。彼女の温かい吐息と唇に包まれジワジワとした刺激に体の芯が熱くなる。禰豆子の体勢は口戯をするには負担が強そうだが意に介してる様子は無い。禰豆子は陰茎の先端を口に含んだ状態で丹念に嘗め回す。
「あっ..禰豆子ちゃん...ダメだ..それ以上は...」
もう少しやられたら簡単に射精してしまいそうだ。女の子の目の前であっさり果ててしまう姿を見られてしまうことへの恥じらいもあるが、彼女の可愛らしい美貌を己の体液で汚したくないと思ってしまった。だが禰豆子は彼の制止を聞き入れるどころか更に深くまでくわえ込む。熱く柔らかい感触が襲う中、善逸の陰茎に硬い物が触れた。それは禰豆子の歯だった。しかしそれは人間の歯では無い。鬼の牙、それは屈強な男の筋肉を容易く切り裂き、密度の高い骨ですら一晩中煮込んだ軟骨の様に粉々にかみ砕ける硬さと鋭さを持っていた。だが最も恐ろしいのは咬合力である。噛みつく時の顎の力は鰐すら凌ぐだろう。そんな恐ろしい鬼に自分の身体の一部を咥えさせる等正気の沙汰では無い。善逸はなんとなくそう思い出すが、どうしても抵抗する気力が湧かない。寧ろ流動的な快楽の波に襲われ呼吸すらままならない中、時折禰豆子の牙が触れ背筋が凍り付く感覚。言わば『暖の快楽』と『寒の怖気』が奇跡的な調和を遂げたことで善逸はもはや禰豆子に己の男根を捧げるしかなかった。
「善逸さんの必死に耐えてる顔..可愛い。でもそろそろ限界そうね、今楽にしてあげる」
どうやら今まで耐えていられたのは、単に遊ばれてるだけだったからみたいだ。禰豆子はとっくに確認出来ていた善逸の弱いところ、裏筋をなぞる様に舐める。あぁ、もうダメだ。今までとは違う鋭い刺激に善逸の男根がピクリと持ち上がる。射精寸前、もはや吐息を吹きかけられただけで決壊するだろう。しかし何故か禰豆子はそれきり全く善逸に触れる素振りを見せなかった。硬く天を仰ぐ様に屹立していた善逸の一物が少しずつ下に垂れ下がる。一体どうしたと言うのだろう?善逸はそう訝しんだ。
「善逸さんったらさっきからされるがままでちょっとつまんない...ねえ?私と気持ちいいコトしたくないの?したいのならちゃんと自分でお願いしなきゃ」
確かにそうだ。あれこれ考えていたけど結局彼女に奉仕させてるだけで俺は禰豆子ちゃんに何も与えていない。一方的に彼女に侵されただけとも捉えていいが、それなら拒絶するタイミングはいくらでもあった。善逸は思考する。どうやらはっきりと俺と禰豆子ちゃんの立ち場を決定しなければならないようだ。
「俺..このまま禰豆子ちゃんに口で、して欲しい...満たされるまで咥え続けて...そのまま俺の精液を飲み込んで欲しい」
言った。はっきりと己が抱えていた劣情をさらけ出した。もはや鬼に精気を吸われるだけの木偶ではない。一人の男として目の前の羅刹に向き合った。
「いい返事ね、善逸さんの欲望全部吞み込んであげるから...」
禰豆子は恍惚とした表情で善逸の一物を喉の奥まで咥え込む。
「んちゅ...じゅるる...ちゅう...」
水の跳ねる音、禰豆子が善逸の肉竿を丹念にしゃぶり尽くす。
深く咥えている為、禰豆子の表情が少し歪む。それでもなお上目遣いにこちらをうかがいながら肉竿をしゃぶる彼女の顔は愛らしかった。垂れ下がっていた善逸の陰茎はいとも簡単に充血し硬く怒張した。
「ア…ハッ..くうゥ..」
善逸はただ禰豆子の熱くまとわりつく舌鋒に呻き声をあげるしか出来なかった。まだ果ててないのが不思議なくらいだ。しかし今度の禰豆子は容赦がなかった。とどめと言わんばかりに禰豆子の舌先が善逸の裏筋を局所的に嬲り始めた。鋭い快楽が神経を駆け巡る。そして熱い物がこみ上げてくる感触
「禰豆子ちゃん...出る!]
そういうや否や善逸は禰豆子の口内で射精した。禰豆子は一滴残らず絞りつくすと言わんばかりに嬲り続ける。しかし禰豆子の表情は少し苦しそうだった。恐らく想像以上の精液の量だったのだろう。善逸も唾液よりも遥かに粘性のある液体の感触を感じた。それ程彼女の口内は精液で満たされていたのだろう。暫くして禰豆子の喉が鳴った。それは善逸の白濁を嚥下した証だった。そして禰豆子は咥えつつゆっくりと頭を起こし、最後まで味わい尽くす様に善逸の陰茎から口を離した。
「善逸さんのコレ、癖になっちゃいそう。血はあんまり好きじゃないけど..善逸さんもその方がいいでしょう?」
またもや誘惑してくる彼女の表情に少し邪悪な物を感じた。やはり何かが違う。このままだと確実に彼女の支配下に置かれる。善逸はそう直観した。
「禰豆子ちゃん..どうしてみんなを眠らせる様な真似を?」
「あら?善逸さんみんなの前でしゃぶって欲しかったの?汚らわしい人なのね」
「そうじゃない、君の目的は何なんだ」
そう告げた瞬間、鬼との闘いでさえ経験することの無かった恐怖を覚えた。さっきまでいたずらな笑みを浮かべていた彼女がぞっとするほど冷酷な貌を剝きだしにしていた。
「へぇ、男の人って自分が満足してしまえばすぐに冷たくなるのね。善逸さんはそんな人じゃないと思っていたのに、ガッカリ」
やめてくれ、禰豆子ちゃんの顔で、声で、そんな風にしないでくれ
「しゃぶってる時は禰豆子ちゃんって言ってくれたのに..他人行儀になっちゃって、顔が私なら誰だっていい癖に!それとも..赤ん坊みたいな私が本当の禰豆子だとでも思ってるの?」
そうだ、俺はその禰豆子ちゃんを好きになった。人間時代の禰豆子ちゃんのことは炭治郎の話でしか知らないが優しくていい子なことだけは知っている。少なくとも目の前の鬼みたいに意地悪なこという人じゃ..
違う。意地悪なのは俺の方だ。自分から彼女の誘惑を受け入れた癖にあれこれ理由つけて自分ばかり正当化して彼女を非難することを言ってしまっていた。自己嫌悪に陥った善逸は何も言えずに俯いたままだった。
「どうしたの?泣きそうな顔しちゃって?いいわ、私のことちゃんと話してあげる。そうしないと善逸さんもその気になってくれなさそうだし」
禰豆子はそう言うとはだけた着物を結びなおし始めた。善逸も脱がされた寝巻きを再び着る。禰豆子は窓を開け夜空を見上げながら己のことを打ち明けた。
「鬼にされた者は殆どの場合飢餓状態に陥り、目につく人間を無差別に喰らうことになるの。そして一定の人間を喰らうことでやっと本来の理性を取り戻すことになる」
「けど、禰豆子ちゃんは一度も人間を食べなかった、そうだろ?」
善逸は彼女の真横でぼんやりと外を見ながらそう言った。
「そうよ、自分の肉体と精神を幼児に戻すことで凶暴性を抑えることが出来たけどそれには限界があった。だから私は2年近く眠り続けていたの」
禰豆子はどこかそのことを懐かしんでる様にも見えた。
「まず、最初に行ったのは無惨の支配を外すこと、あの屑野郎の言いなりなんて死んでも願い下げ。そして次に人間の血肉を摂取せず栄養を補給出来る体に変化すること、睡眠だけで栄養を補給できる様になるのは少し苦労したわ」
「禰豆子ちゃん、そんなに苦労していたのか」
善逸はうっかりそうこぼした。
「まさか最初からよく眠る女の子だとでも思ってたの?本当能天気なのね」
軽蔑するまなざしを向ける禰豆子に善逸はたじろいだ。禰豆子ちゃん..怒ったらアオイちゃんよりも怖いかも..
善逸は内心そう思った。
「一番時間が掛かったのはその次よ。肉体の主導権を誰が持つか決めることよ」
「肉体の主導権?」
イメージが結び付かない単語に善逸は困惑する。主導権も何も禰豆子ちゃんは一人しかいないだろう。
「私が鬼になった瞬間普段表に現れることのない、無意識領域に隠れている人格が浮かび上がったの。私の心の中で一番歪んだ部分、それが私。普段は表層の人格が抑えているから表に出てくることはなかったけど鬼化して精神が不安定になったことでやっと表に出てこれた訳」
「じゃあ禰豆子ちゃんが2年間も眠っていたのは」
「そう、表層の人格と主導権を奪い合っていたのよ。時間はかかったけどそれは上手くいきかけた...結局鱗滝さんがかけた妙な暗示のせいで主導権は奪われたけど」
憎たらし気にそう言うが、善逸からはそこまで鱗滝という人に彼女が腹を立てている様には見えなかった。
「君のことは大体分かった。でもこうして今表に出てこれたのは」
「上弦の陸に激怒したのが引き金ね、そして先週の任務で再び暴走しかけた事、あれがきっかけで随分表に出やすくなったわ。あえて時間をかけてじわじわ表に侵食したら想像以上にハッキリと表に出てこれた。今はとてもいい気分よ」
そういうと禰豆子は不敵な笑みを浮かべた。
「ねぇ善逸さん?私の事受け入れてくれる?この私こそが貴方の愛した竈門禰豆子の本当の姿だと認めて欲しいの」
善逸は考えていた。彼女が禰豆子ちゃんの心の一部だということは分かった。しかしそれなら普段の禰豆子ちゃんは何処に行ってしまったのだろう。いくら精神的に不安定だったとしても簡単に主導権を譲るだろうか?
「間違えても上っ面の私が本当の姿だなんて思わないでよ。心の歪みは誰にでもある。貴方にも、お兄ちゃんにだってあるかもしれない」
善逸は否定できない。禰豆子は追い打ちをかける様に続ける。
「それに私は貴方が一番求めている物を与えることが出来る」
「俺が一番求めているモノ..?]
「愛情よ、友愛なんかじゃない、一人の男性として貴方を愛せるわ」
それはまさしく善逸が心から求めている物だ。だが少し待て、まるで彼女の言い方だと...
「じゃあアレか?普段の禰豆子ちゃんは俺の事全然好きじゃないってのか⁉嘘過ぎだろォ⁉」
善逸の素っ頓狂な上にうるさいリアクションに禰豆子は思わず耳を塞ぐ。さっきまではしおらしかったが本質的に彼は喧しいことを禰豆子は思い出した。
「信じられない..相思相愛だとでも思ってたの?表層の私なんて貴方のこと珍妙なタンポポくらいにしか思ってないわよ。肯定的に考えても手のかかる弟だと思ってるでしょうね」
禰豆子の言い草に善逸はうなだれる。暫く蛆虫みたいに畳を這うが急に思い出した様にガバッと起き上がる。
「無意識下の禰豆子ちゃんが俺を好きなら何で表の禰豆子ちゃんも俺のこと好きにならないんだ?おかしいだろ⁉」
「だから自分の深層心理を簡単に把握出来る訳ないでしょ?同じこと言わせないで」
禰豆子の厳しい口調に善逸は凍り付いてしまう。
「とにかくこれで分かったでしょう?私を禰豆子として愛しなさい。善逸さんが望むなら極力おしとやかで可愛らしい私を演じてあげるわ」
そういいながら禰豆子は善逸を優しく抱擁する。善逸の腕はまだ垂れ下がったままだ。
「禰豆子ちゃん..一つだけ教えて欲しいことがあるんだ」
「なぁに?」
「なんでそんなに焦ってるんだ?」
「................」
「ごめんなさい..質問の意味がよく分からないわ」
「君は思ったよりずっと外の状況に詳しい、だから今日しのぶさんが屋敷にいることは知ってるはず。結果的に上手く行けたけど本来柱がいる状況で鬼化して浮かび上がるなんて随分危険を冒してるんじゃないか?」
「それは...」
「それに俺の答えをやたら急かしているみたいに思える。俺が禰豆子ちゃんのこと好きだと知ってるのに..答えは決まってるから警戒される様なことしなくても良かったのに」
「善逸さん..さっきから何を言ってるの?私は欲望に忠実だから貴方の意思を軽視したかもしれないけど」
「禰豆子ちゃんの心臓の音、さっきから焦燥して荒立ってる」
「!!」
禰豆子は思わず自分から抱擁したはずの善逸を突き放してしまう。
「私が焦ってるから何だって言うのよ...」
禰豆子の声は微かに震えていた。
「時間が、無いのか?」
どうやらそれは図星だった様だ。禰豆子は泣きそうな表情で善逸を睨みつける。その表情はさっきの冷酷な目つきよりもっと心に刺さる感じがした。
「そうよ..最初は両親の仇も鬼殺隊のことも全て忘れて貴方と逃げようと思ったけど..無理だと分かったから、せめて...」
そこまで言ってから禰豆子は善逸の横腹を思いっ切り蹴りつける。不意に強い衝撃を受けて善逸はその場に倒れこむ。
「何よ!さっきまでちんちん咥えられてアウアウ呻いてただけの癖に!カッコつけてんじゃないわよ!馬鹿!」
善逸は蹴られた衝撃で失神しかけたが初めて彼女の年相応の反応を見れて安心した。しかしどうやら彼女の怒りは想像以上の物だったみたいだ。善逸を手に入れられないという焦りで自暴自棄になっている。
「どう?私みたいな歪んだ女に目を付けられて気分が悪い?でもアナタはどうなの?」
禰豆子は善逸の胸倉をつかみ上体を起こさせる。
「道のど真ん中でみっともなく女の人にすがり付いて求婚してたのは何処の誰?今では馬鹿みたいに禰豆子禰豆子って言ってくれるけど優しくしてくれる女なら誰でもよかったんでしょう?今更一途な振りしないでくれる?」
「確かに昔はそうだった、でも今は禰豆子ちゃんだけが特別なんだ」
「ふざけないで、私のこと何も知らない癖に!人間の頃の私なんてお兄ちゃんの伝聞でしか知らないでしょ」
確かにそうだ。百聞は一見にしかず。聞いただけでは知ってるとは言えない。
「結局アナタやお兄ちゃんは私の本質を捉えることは出来なかった。自分を良く見せようとすれば簡単に騙される。そして人を傷つけない為という口実で簡単に嘘を付くのよ。ねぇ本当のこと教えてあげようか?先週私たちが任務で助けだしたあの女の人、3日後に自害したらしいよ」
唐突に最悪の事実を聞かされて善逸は理解が追いつかなかった。
「何でそんなこと言うの?冗談にしては酷すぎるよ」
「隠からの通達がアオイさんに届いた所を私とお兄ちゃんが居合わせてしまったのよ。恐らく旦那さんが殺され生きる意味を失いかけてた上にああいう化け物の存在を知ってしまって..身ごもってたかもしれない赤ちゃんが食い殺されるという想像に耐えられなかったみたいね。それを知ってアオイさんむせび泣いてたよ、嘘つけないお兄ちゃんも流石にこのことは言えなかったようね」
あの時炭治郎の音が乱れた理由が今になって分かった。思い返せばアオイちゃんも最近よそよそしかった気がする。だが、そんなことより今は自分の無力さを責めるしかなかった。
「俺のせいだ..あの鬼がつけあがる前に止めを刺しておけばこんなことにはならなかった。俺が殺した様なもんだ」
善逸は悔しさのあまり血が滲むほど拳を握りしめた。目頭が熱くなって視界が霞む。しかし禰豆子は善逸が自己嫌悪に陥る様子がどうしても気に入らなかった。
「何それ?女の人を殺したのはあの鬼でしょ?善逸さん、まさかあの屑を庇う気なの?」
禰豆子は苛立ちを隠す気もなく善逸を問い詰める。
「そうじゃない..でも実際俺の軽率な判断で人が死んだんだ」
消え入るような声で善逸は答える。
「そんなに貴方が殺したことにしたいんだったらそうすれば?でもね分かってるのよ私、貴方が自己嫌悪に陥るのは私に責めて欲しいからじゃない、慰めて欲しいからよ。『善逸さんのせいじゃないわ』『あの人は貴方を恨んでなんかいません』とでも言ってくれると思った?」
善逸は自分の心を見透かされた気分だった。容赦なく己の醜さを突き付けられるのはこんなにも恥ずかしくて、情けないことなのか..善逸は身じろぎすらできなかった。
「どう?少しは自分の愚かさを理解出来た?あなたも私と変わらない、同じように性根が捻じ曲がってるのよ」
禰豆子は落ち着きを取り戻していた。しかし言葉の棘を隠せない。彼女自身どこか収まりがつかなくなっていた。
「けど、別にそんなこともうどうでもいいの。もう全て諦めた。貴方じゃ無惨を殺せないし、今更私も人間に戻ろうと思わないわ。善逸さん..私を連れてどこか遠くへ逃げない?鬼と戦わなくていいし、鍛錬もしなくていいの..私はまた自我が希薄になるかも知れないけどもうそれで構わない」
善逸は何も答えない、まだ俯いたままだ。
「あら?それとも性格の悪い私なんてもうどうでもいいかしら?」
禰豆子は意地悪な笑みを浮かべる。
「俺..禰豆子ちゃんが大好きだ。だからその望みは叶えられない」
善逸は禰豆子をはっきり見据えてそう答えた。
「...私のことからかってるの?」
禰豆子は怒りで表情が歪な笑みで張り付いていた。
「俺、心の底で君のことずっと禰豆子ちゃんだと認めてなかった。でも今ようやく気が付いた。禰豆子ちゃんに表も裏もなかったんだ。誰よりも優しくて、不条理に立ち向かえる女の子..それが君なんだ」
その答えは予想外だったらしく禰豆子は困惑した。
「違う、私は見ず知らずの誰かの為に自分の身を犠牲にすることなんか出来ない」
禰豆子は自分に言い聞かせる風に答えた。
「そうだとしても、それは決して悪いことじゃない。けど言っていたじゃないか..無惨の支配を解除すること・人の血肉を取らないことを優先させたって、仮に君が主導権を握っていたとして人間を襲うことは無かったんじゃないのか?」
「貴方は楽観的すぎる。今でも完全に食人衝動を消せた訳じゃない..そうだったら何かの拍子で人間を喰らっていたでしょうね」
自嘲気味に禰豆子は答えた。
「禰豆子ちゃんはそんなこと絶対にしなかったよ、俺が保証する。」
善逸は屈託のない笑顔でそう答えた。
「善逸さんが何でそんなことを言えるのか分からない。私の心は弱くて脆いの..その癖に癇癪起こして貴方のこと罵倒した...」
禰豆子は胸に掌を押し当てながら答えた。
「誰の心だって脆い所はある。だから禰豆子ちゃんはずっとそれを原動力に強く、優しく生きていたんだね。だから俺ももう逃げない」
善逸は禰豆子を優しく抱擁する。
「俺は禰豆子ちゃんの事が愛しくてしょうがない。だから君が俺の為に現れてくれたことが嬉しくてたまらない」
善逸は禰豆子を正面から見つめる。彼女の瞳は鋭いままだがどこか幼げに見えた。
「俺、禰豆子ちゃんの怒りも悲しみも..弱さも歪さも全部受け止めるよ。だから今はただ知りたい..禰豆子ちゃんのこと余すところなく全てを」
禰豆子はその瞬間思いだした。自身を討伐しようとする鬼殺隊員から守ってくれた人。下弦の壱に身動きを封じられた所を助けてくれた人。そしてそんな恩がある人を傷つけたにもかかわらず、優しく抱きしめてくれた。私の怒りも悲しみも全て受け止めると言ってくれた。あの時私はただ、嬉しくてしょうがなかった。理不尽に人が殺される事への怒りも、家族を失った悲しみも、忘れてはいけないことなのに..それでも全てが救われた気がした。だから頭の中があの人の事でいっぱいだった。もうあの人の事しか考えられいくらい恋焦がれていた。
禰豆子は力いっぱい善逸を抱きしめ、涙ながらに告白した。
「私、たった一度だけでも貴方に愛して欲しかった!私が最初に善逸さんを好きになったのに!人間に戻ったら私が消えてしまいそうな気がして..表の私に善逸さんを奪われるのが怖くて仕方なかった!」
「それだけの理由でみんなを眠らせて..善逸さんを犯して、酷いことを言ったわ。私..なんて取り返しのつかないことを...」
禰豆子のそれは、懺悔に等しかった。自責の念に押しつぶされる彼女を善逸は見ていられなかった。
「俺はなんて馬鹿なんだ、こんな健気な子を追い詰めていたのか」
善逸はそっと禰豆子の頬に掌を添えた。温かい涙の感触がする。そしてそのままお互いを確かめあう様にキスをした。
今回は前戯だけで終わってしまいました。更新も遅いのに申し訳ない。次回更新分も只今製作中ですのでよろしければもうしばしお付き合い下さい。