復讐を終えた慧音は、ただ彷徨っていた。今でも倒れそうな足取りで。
「もう……帰れる場所なんて……居場所なんて……どこにも………。」
慧音はもう先生ではなかった、理由はどうあれ二人の少年を惨殺した殺人鬼だった。
人里は決して許しはしないだろう…見限られた半妖なら猶更だった。
最も、人里を頼る気などさらさらなかった。他に頼る気も起きなかった。
慧音は、森の中で池を見つけた。ふらふらと近付いていき、水鏡に映った自分の姿を見る。
みずぼらしい全裸だった、全身は精液と唾液で穢れ、美しかった長く白い髪は酷く痛んでいた。
乾いた返り血が全身にこびり付いており、顔も燃え尽きたように虚ろな表情だった。
かつては艶があり、陶器のような美を誇っていた肌も荒地のように荒れ果てていた。
まるで、昔話の恐ろしい山姥や魔女の類を彷彿とさせた。一年前は教師だったといっても信じられないほどに。
女性としての尊厳や幸せ、恋愛への憧憬などは破壊され尽くしていた。全裸な自分に対する恥じらいといった乙女の感性などとっくに死滅した。
「これが今の私……違う……こんなの………私の望みじゃない………こんな姿……誰も……見せられない…。」
もはや、生きる意味や希望もなかった。ただ、今生きてるのさえ不思議だった。
常人だったらとっくに死亡してもおかしくない一年の監禁凌辱に生き残れたのは、半妖の特性である頑丈な肉体のおかげだった。
半妖であることが原因で、里から切り捨てられたことを思えば皮肉でしかないが…。
慧音は、それからまた当てもなく彷徨っていたものの意識が薄れつつあった。
彼女はもう限界を超えていた、心身ともに精魂尽き果てていた。
「もう………………なにも………かも……………………いや。」
地面に倒れ、意識を失った。完全に力尽きた……。
このままなら、死を待つだけだった。だがしかし、慧音の腹の中には……
「「「 新しい命が宿っていた。 」」」
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
それから二か月後。
里から遠く離れた山間部、そこには一軒家がぽつんと建っていた。
家の中には翁と若い女性が暮らしていた、その女性は慧音だった。
「いやあ、本当に良かった。一時はどうなるかと思いましたが、すっかり体調が改善された。」
「あなたには、感謝しかありません。もし拾われていなかったら…私はこの世にいなかった。」
慧音は二か月前、力尽き倒れた後、翁に拾われ救出された。そして、翁の自宅に住むことになったのだ。
翁は、人里に用事がありそれを済ませた後、帰路を歩いていた途中で倒れていた慧音を発見したのだった。
翁の看護の甲斐もあって慧音は一命を取り留めた。あと少し遅れていたら手遅れだった。
「いやいや、わしのようなしがない老いぼれにはこの位の善行…やらねば罰が下ります。」
「そう謙遜なさらくても、でも一つ聞かせてください。」
「何でしょうか?」
「あなたも一人の男でしょう、その……私を襲いたくなることは…無いのですか?」
「ほっほっほっ、わしとて仙道を往く者、色に囚われることなど無いのです。」
翁は仙人だった、ただ仙人といっても霍青娥や華扇のような有名所ではなく無名も無名な遅咲きの新人だった。
「そうですか……、まあ安心というか…ただ、それはそれで女のプライドが傷付きますね。」
「ほほっそれは無礼で御座った。」
彼女の過去を思えば意外な台詞だった、翁は内心驚いていた。
「まあ、今わしにとって唯一の気がかりといえば、あなたのお腹の子の事です。」
「私の二人目の子の事ですか…。」
慧音は、バチバチと火で照らされる囲炉裏の隣で布団の中で寝ていた。そして、妊娠四か月の身重だった、お腹は大きくなっていた。
古着で覆われていても一目瞭然だった。
「ええ、その二人目の子です。まあ……こんなことを言うのもなんですが、その子には…あの愚かな小僧達の血が流れています。」
揺るぎない事実だった、一人目の子が死んだ後も少年達による慧音の監禁凌辱は続いた。その結果、また少年達の子を妊娠したのだった。
赤子にとって少年達が父親だった、その父親は殺害されてしまった。
殺害したのは……母親である慧音だった。
「……道を踏み外した少年達と私によって、この子は誕生しました。その少年たちはもう、この世にいない。私が殺した……。
ですが、それでもこの子には何の罪もない。責められる謂れなんて無いのです。
だからせめて、この子には幸せに生きて欲しい……。それが今あるたった一つの私の望みです。殺人鬼がそんなことを言うのも烏滸がましいですが。」
慧音にとって、これが本心だった。母親になろうとしていた、こんどこそ…。
「あなたは、素晴らしい御方だ。その気持ちを忘れなければ…その子も幸せになれるでしょう。」
翁は、感服した。助けて良かったと、そう思えた。