全ての始まりの小屋で、息子は真実を知った。後悔しか残らない真実を。
慧音の亡骸と共に小屋を去り、翁の家に戻った。
その後、家の近くで亡骸を埋めて墓を立てた。母の死を無下にする訳にはいかない、母が生きた証をせめて残したかった。
墓前で息子と翁の二人がいた。
「お爺ちゃん、母さんの過去は最初から知っていたの?」
「ああ、そうじゃ。…今まで黙っておってて済まなかった、本当に申し訳ない…。」
「いいんだお爺ちゃん、母さんに口止めされてたんでしょう?自分を責めないで。」
「すまんのう、おぬしの母の事は昔から知っておった。儂も人里に関わることが多いからのう、慧音殿は幼い少女の頃から半妖として迫害されておった、じゃが先生の道を目指した時は感心したものじゃ。本当は里人が憎かったろうに。」
「だけど母さんに待っていたのは、惨い仕打ちだった。」
「そうじゃ…ある日突然行方不明と聞いたときは何事かと思ったわい、しかし発見しようにもそんな者は消される。そんな状況じゃった。」
「どういうこと?」
「半妖が里で影響力を持つこと自体危険なんじゃよ、里人だけではない…妖怪達や神々も忌々しく思うんじゃ。消してやりたいほどにのう。
その半妖を助けようとしたら結果は火を見るよりも明らかじゃ。」
「母さんはそれを知っていたの?」
「そうじゃ、じゃがそれでも慧音殿は自分の夢を捨てられなかったのじゃよ。どれだけ危険なことでも…。」
慧音はだれよりも夢に一途だった、夢がなければ生きている意味がないと思っていた。
「だから母さんはだれにも助けられなかったってこと?」
「そういうことじゃ、それが世界の総意というものじゃ。今思えばおぬしの父親達が色欲に狂ったのも黒幕のせいとも思えてしまうのう…
あまりにも都合が良いからのう。」
だが、その黒幕がどのような人物なのかも想像も付かなかった。
明確な証拠もない疑惑でしかなかった。
「そのクソにも劣る父親達は結局、母さんに殺された……。」
「その後儂に拾われたというわけじゃ、行方不明から一年経った後、
慧音殿を儂が発見したのも偶然じゃった。
その時儂は幻覚を疑ったのう、夢にも思わなかったんじゃ。」
慧音に残された最後の幸運だった、翁との出会いは。
「でもお爺ちゃんのおかげで僕は無事に産まれて、母さんの子になれた。お爺ちゃんには感謝しかないよ。」
「そう言ってくれるだけで救われる、儂も慧音殿も。」
「でも一つ気になることがあるんだ、いいかな?」
「なんじゃ?」
「僕の母さんは半妖だけど父親達は人間だった、この場合僕は半妖の子なの?それとも違う?」
息子にとってずっと謎だった、半妖から産まれた自覚が持てなかった。
「それは分からんッ……半妖として産まれることもあれば人間として産まれることもある、
全ては運次第じゃ。」
「そうなんだ…。」
「慧音殿は満月の光を浴びると神獣の因子が覚醒する性質があった、じゃがおぬしにこの性質は継承しなかった。
おそらく人間として産まれた可能性が高いのう。」
「僕は半妖じゃないってこと?良かった……。半妖で良い事なんて無いもの…。」
「まあ後天的に半妖になる可能性があるが……こればかりは運命に委ねるしかないのう。
ところでおぬし…
これからどうするのじゃ?もうここに留まる理由はもうないじゃろう?」
母がこの世を去った以上、翁の家にいる理由は無くなった。
次の道を進む時が来た。
「そうだね、もう巣立つときが訪れたよ。……お爺ちゃん、僕はこれから人里で暮らすよ。」
「良いのか?おぬしの母を見捨てた場所じゃぞ?」
「いいんだ……本当は憎くてしょうがないよ、あんな場所。……けど、だからといって復讐の泥沼なんかに沈んだら不幸になるだけだ。
そんなこと母さんは望んでいなかった、幸せを最期まで願ってた。その願いを、歴史の闇に葬りたくなんかないんだ。」
「………ッ。」
「人間は里人にならなければ生きられない、僕だってそれはよく分かってる。世界がそれだけ残酷だってことが。」
妖怪が主導権を握る世界である幻想郷。そのことを息子は理解していた。
「そうか、ならばおぬしのために尽力しよう。慧音殿が願った幸せの人生を送るためにも。」
「ありがとう、お爺ちゃん……。」
冷え切ったこの季節で、確かな情熱と決意がそこにあった。
その後、季節は春が訪れていた。人里では暖かな日差しと桜が花びらを散らしていた。
息子は翁のツテで人里で暮らし、郵便で働くことになった。表向きは、捨て子が翁を拾い育てたということになっていた。
もちろん両親のことは伏せられていた、詳細不明ということだった。
息子は里人達に歓迎された、だが内心素直に喜ぶことができなかった。
(こいつらはみんな母さんを切り捨てて、父親達のやってることに気付かなかった……信頼何てできるもんか……。)
それでもここで生きるしかない、何が何でも。天涯孤独になった息子は受け入れた。
人里での暮らしが始まり、息子は十二歳になっていた。
郵便の仕事も順調で、平穏な日々を送っていた。だがそれでも寂しさは拭えなかった。
(母さんもお爺ちゃんもいない……家族がいないってこんな気分なんだ…。)
それでも自身のすぐ亡くなった兄よりはマシ、そう思うしかなかった、そう乗り越えるしかなかった。
ある日、息子は仕事で寺子屋に訪れた。自分と同じぐらいの子たちが楽しそうに大勢いた、そんな子たちが少し羨ましかった。
(寺子屋の生徒たちは、みんな家族がいるんだろうな……。)
そこで一人の生徒である少年がやってきた、初対面だった。寺子屋の庭で話すことになった。
「いやあ、すごいよお前、この年で郵便配達員だなんて。といっても俺はもうすぐ卒業だけど。」
「僕には家族がいないから、自分で働くしかないんだ。こうやって働けるだけでも幸運だよ。」
「そうなのか…お前を見てると俺に兄貴がいないぐらい大したことないなって思えるよ。」
「兄貴がいない?」
意外だった、自分と同じ境遇の子がいたのは。
「そう、兄貴が行方不明なんだよ。俺が産まれてから二か月後にいなくなったんだ、しかも友人の同級生と一緒にだぜ?気味悪いよな。」
息子に何かが引っ掛かるものがあった、自分に関係があると思えた。
「同級生ってことはお兄さんと友人は寺子屋の生徒だったッ?」
「ああ、そうだったんだ。といっても十年以上も前だけど、兄貴と友人は毎日遊びに行くほど仲が良かったんだ。
二人同時に消えて神隠しになったって騒ぎになったそうだぜ。」
「そんなことが、僕が里に来るまえに……。」
「ただ神隠しはそれ以前から起きてたんだ、慧音っていう寺子屋で女教師をやっていた半妖の人が神隠しにあったんだよ。」
「慧音……。」
(母さんのことだ、里中に話が広がってたんだ。)
「俺の兄貴と友人が、神隠しにあった一年前に行方不明になったんだよ。里中で捜索が始まったんだけど、最後まで見つからなかったんだ、俺はそう聞いた。」
「そうなんだ……。」
息子は気付いた、今目の前にいるのが主犯だった父親の弟だということに。あの忌々しい父親の血族だった、だが…。
(例え父親の弟だとしても何の罪もないことには変わらない、復讐なんて……御免だ。しかし、真実を明かすわけにもいかない。)
「でも……それでも君には両親がいるんだろう?そこは羨ましいかな、僕にはそれすらいないから。」
「そうだよな……ならさ、俺がお前の兄貴分になるっていうのはどうッ?」
「兄貴分?君がッ?」
「ああそうだ、俺が兄貴分になれば寂しい思いをしなくてすむだろ?だから少しでも兄貴をやらせてくれよ。」
「本当!っありがとう!。っそれならこれからもよろしくッ!」
「よろしくなッまた寺子屋にこいよッ」
「うん!またね!ッ」
あの父親の弟とは思えないほど良い奴だった、心の底から嬉しかった。
こうして息子の青春は、本当の始まりをみせるのだった。それを知った翁も喜んだ。
(母さん……これで良かったんだよね、自分のための幸せを掴む。母さんの分まで。)
晴天の下で舞い散る桜は、一人の少年の青春を祝福するかのようだった。
それから一年の時が流れた、息子は兄貴分との付き合いが続いていた。ある日二人は蕎麦屋にいた。
「俺も寺子屋を卒業して就職してから一年だぜ、もう長い付き合いだぜ俺たち。」
「何言ってんの、まだまだこれからでしょ?」
「はは、気が早かったか。」
「でもうかうかしてられないよ、あと少しすれば僕たち結婚だよ。」
「そうなんだよなあ、正直結婚なんて実感湧かないけど。俺の両親の馴れ初めなんて……おっと○○は…いやすまん、忘れてくれ……。」
「いいよ、気にしなくて。僕の両親のことは。」
結婚というものを一度も見たことが無かった、ずっと山間部で暮らしていたために。
(僕の母さんも結婚したかっただろうに………。)
「でも結婚してパパになるっていうのも責任重大だよな、その点家の親父は偉いというか。」
「……一つ聞きたいんだけどさ、一人の女性と愛し合うって本当にできるのかな?」
「…?っいきなりどうしたんだ?」
「僕には愛し合った両親がいない、それを知らずに育ったんだよ僕は。」
「……なあ○○、今まで女性を悲しませてきたことがあるか?泣かせたことは?」
そんなことはしなかった、父親と同類にならないと決めた。
「ないけど、幸せになることを願われたことなら一度だけ……。」
「そうか、それなら上等じゃねえか。女と愛し合うことは、お前なら出来るさ。兄貴分が言うんなら間違いねえ。」
「兄さん……。」
(人里に暮らしたくなんかないと思っていた、今までずっと。だけど悪いことばかりじゃなかった、そう思える、兄さんのおかげで。)
(本当にありがとう、兄さん。)
泣きそうなった、だが恥ずかしいから我慢した……。