どうせ、いつかはみんな変わってしまう。
そうやって斜に構えているせいで、虹夏の誘いにも即答することができなかったのか、と山田リョウは自らを客観視していた。
こんな時、あいつがそばにいてくれたら。
「授業、だるいな」
もうすぐ、いつもの朝礼がはじまる。
なんとなくペンを握り、教科書をめくる。それだけで過ぎていく一日は、退屈でしかなかった。
「……なに、虹夏?」
ちょっと離れた席に座っている虹夏が、意味深な笑みを浮かべてこちらを見つめている。
昨日塩対応をしてしまっただけに、朝は顔をあわせづらかった。勝手に虹夏もそうだと決めつけていたから、この状況はリョウにとって意外でしかない。
声を出しかけたところで、教室の戸が開く。
担任が教壇の位置まで歩き、またいつもの一日がはじまる、はずだった。
「はい静かに。本日は朝礼の前に、みなさんにお知らせしたいことがあります」
また、虹夏のあの笑みだ。
なに。その表情には、どういう意味があるの。
担任が続けざまに明るい声を発する。今の自分には、鬱陶しいくらいのポジティブさだった。
「それでは、転校生を紹介したいと思います。どうぞ、島津くん」
しまづ。シマヅ。……まさか、あの島津?
頭の中で、予感めいたものが激しくわめき散らしている。
虹夏の笑み。そして、島津という名の転校生。
気づけば、入り口のほうを凝視してしまっていた。もしこれで違っていたら、からかってきた虹夏を一週間は恨んでやる。バンドも絶対組んでやらない。友達としての縁……、まではさすがに切らないでおいてやろうか。
「はじめまして、じゃない顔もいるけど、まあそれはそれとして。名前は、島津豪っていいます。中学に上がる前まではこっちに住んでいたので、ただいまってことになるのかな? とにかく、よろしくお願いします」
快活な声。
昔と変わらない澄んだ瞳が、自分に向けられているような気がしていた。
豪。島津豪。
親御さんの仕事の事情で、四年と少し家を空けていた幼馴染。誰もスマホなんて持っていなかったから、禄に連絡すら取れないでいたのがもどかしかった。
あの頃よりも、ずっと背が伸びている。以前は三人のうちだと虹夏が一番小さくて、その次が豪だった。
よく知っているはずの友達なのに、そうではない感じがちょっとしてしまう。四年というブランクは、これほどまでに大きいものなのか。
虹夏だって、きっとそう感じて……。
「えへへー。これからまたよろしくね、豪ちゃん」
「おう。虹夏と同じクラスになれて、安心したよ。たぶん、先生方も気を遣ってそうしてくれたんだろうけどさ」
壇上から降りてきた豪が、虹夏と親しげに会話している。
いや、親しいのはあたりまえなのだが、それでも多少のぎくしゃくがあるのが普通ではないのか。
「ええと。それじゃあ、島津くんの席は」
担任が、教室内を見渡している。
豪は変わらず虹夏と談笑を続けていて、まるで自分の存在に気がついていないようですらある。
優しくて、いつも味方でいてくれた幼馴染。今なら恥ずかしくて顔から火が出そうになる約束も、平気でしたことを覚えている。
だから、だから。
「あっ、あの、先生」
勇気を出して、声を振りしぼる。
もし、本当に忘れられていたら。虹夏に向いている笑顔が、自分に向けられなかったとしたら。
あり得ないと思った。そんなのは、あの島津豪じゃない。豪が、自分のことを記憶からなくしてしまうはずがない。
「豪……。島津くんの席、ここでいいと思います。私の隣、今ちょうど空いてるんで」
「いやリョウ、隣の子のこといきなり排除しようとするのやめて!? 豪ちゃんに構ってもらえなくて、寂しいのはわかるけどさー?」
虹夏によるツッコミが、なんだか心地いい。
ずっと心の中にあった呪縛のようなもの。それが段々とほどけていく感じがして、代わりにあたたかいものが拡がっていく。
「俺からもお願いします、先生。リョウの隣にいられたほうが、勉強も捗ると思うので」
「えっ……。あの、豪?」
あの頃のように、豪が名前で呼んでくる。
嬉しさと困惑。素直に喜んでいいはずなのに、なんとなくもやもやした気分が消えないでいるのだ。
それもきっと、虹夏のせい。転校生紹介前の素振りといい、あの親友は確実になにか隠し事をしているとリョウは思っていた。
「元気にしてたか、リョウ? 虹夏とは、昨日たまたま顔を合わせてさ。いきなりもどって、二人をびっくりさせるつもりだったのに」
「昨日? ああ、それで……」
「リョウってば、放課後ひとりでどこかに行っちゃったでしょ? 一緒に帰ってたら、豪ちゃんとも早く会えたのにねぇ」
頬に食い込む指。返事を渋ったことに対する仕返しとでも言うように、指を動かす虹夏は満足そうに笑っている。
「その顔、豪ちゃんに忘れられたんじゃないか、ってドキドキしてたんでしょ? ふふん。リョウも案外、かわいいとこがあるよね」
「案外ってなんだよ。だって、二人だけで楽しそうに話してるから、私……」
すっかり、好きなように遊ばれていたようだ。
豪も豪で、虹夏の企みに乗らなくてもいいのに。はっきり言って、これは心臓に悪い。
「豪、なんだよね。私の知ってる、島津豪」
「なんだよ、その疑いの眼は? 帰ってきた幼馴染のこと、信じられないのかね、山田くんは」
「うっ……。信じる。信じるから、その顔やめて」
遊んでいた時の感覚が、少しづつ蘇る。
豪は自分にとって最大の味方であるのと同時に、どうしようもないくらいの弱点でもあった。
だから、そんなふうに泣きそうな顔をするのはやめて。おかしすぎて、クールな外面を保っていられなくなるから。
「それでは、本人の要望でもあることだし、島津くんの席は山田さんの隣ということで。みなさん、仲良くしてあげてくださいね」
担任が数回手を叩く。
それを合図にみんな着席していって、ざわついていた教室はやがて静かになっていく。
「豪」
「なんだ、リョウ?」
退屈でしかないと決めつけていた一日。たぶんこれから、間違いだったと気づかされることになる。
「お昼、お金貸して。虹夏は絶対、だめって言うから」
「ははっ。それ、再会して早々に言うことかよ? けど、りょーかい」
「ふふっ。やっぱり、豪は豪だね」
なにもかもが、変わってしまうわけではないのかもしれない。
開いた窓から風が吹き込む。いい音だと、素直に思えていた。
わけもなく洩れたほほえみ。今日からは、返してくれる相手がすぐそこにいる。
懐かしくて、どこか新鮮でもある教室の空気。
幼馴染のいるほうにちょっと机を寄せて、リョウは珍しくやる気を出してノートを取り出していた。