---公爵令息side---
今年で齢10を数えるレオナルドは、公爵家の嫡男だ。
両親と、腹違いの姉からたっぷりの愛情を注がれて幸せに生きてきたレオナルドは、今日の勉強を終えて家族に会いに行こうと廊下を歩いていた。
すると向こうから、最近なかなか会えていなかった顔見知りが歩いてきているのを見つけた。
「ユーリ! 久しぶり!」
「お久しぶりです。レオナルド坊ちゃま」
「……どうしたの? 元気がないね。悩み事?」
姉の腹心であり諜報から護衛まで幅広い仕事をこなす。それがユーリだ。
レオナルドも物心つく前から何度もお世話になっており、あちこち遊びに連れて行ってもらったり、色々な面白い話を聞かせてもらったりと親密な関係を築いており、家族の一員といっても過言ではない。
そんなユーリが、久しぶりに会ったというのに肩を落として下を向いている。それが気になった。
「……何でもありませんよ。少し、考え事をしていただけですから」
「嘘だ。僕がどれだけユーリと一緒にいたと思ってるの?」
気に入らない。ユーリが自分に隠し事をするなんて。
これが自分に教えられない仕事の内容についてならともかく、ユーリ個人の悩みであればそれを家族である自分に隠す必要はないんじゃないか。
「僕でよければ相談に乗るよ。ユーリにはいつもお世話になってるからね」
「しかし、本当に大した事ではないので……」
「それとも、僕じゃユーリの力にはなれないかな……?」
上目遣いで目を潤ませながらお願いをするレオナルドを見て、ユーリはグッと言葉を詰まらせた。
幼少期から可愛がっていた少年は、いくら仕える相手と言えどもはや、弟のような存在になっていた。
「これは、他言無用でお願いします」
「うん! 僕とユーリだけの秘密だね!」
さっきまでの涙はどこに行ったのか、満面の笑みを向けてくる少年に、ユーリは心中の不安が少しだけ和らぐのを感じた。
「実は、とある人にボクの覚悟について問われまして」
「覚悟?」
いつもお世話になっているユーリの悩み相談にはりきるレオナルドは、ユーリの目が戸惑いに揺れるのに気付いた。
「ボクはその人がとても不誠実で下賤な輩だと思い、ボクの大切な人たちに近付くなと言ったんですが」
ユーリの大切な人。それは誰だろうか。
まずお姉さま。それは間違いない。ユーリは命の恩人であるお姉さまに忠誠を誓っている。裏切ることは決してない。
それからお父さまにお母さま。公爵家の人間たちは、間違いなくユーリにとって大切な人だと言えるだろう。
もちろん、そこにレオナルドも入っている。
ちょっとした優越感に浸りつつも、ユーリに話を進めるように促す。
「欲しいものがあるなら。守りたいものがあるなら。
努力して、諦めないで、必死になって手に入れろ。死に物狂いで守り抜け。
………………そう、諭されてしまいまして」
自分が嫌う相手にされた説教が、ユーリの心を蝕んでいるらしかった。
「胸を張って、お前にその覚悟があるのかと言われた時に自信がなかったんです。
ボクがこれまでやってきたことにどれだけの意味があったのか。無駄だったんじゃないか。
目の前にいるのは殺したいくらい憎い相手のはずなのに、彼に向かって堂々と言い返せない自分に、何より嫌気がさしてしまったんです」
これまで自分がやってきた努力に自信が持てない。
誇りを持って打ち込んできた仕事に胸を張れない。
ユーリはすっかり、自信を喪失しているようだった。
そういえば、最近のユーリは公爵家から離れて特別任務に従事していたようだった。
詳しい内容は秘密にされていたから分からないけれど、その任務の最中にユーリが自信を無くすキッカケがあったのかもしれない。
だったら、ユーリを立ち直らせる方法は簡単だ。
ユーリが今までどれだけ尽くしてくれたのか。頑張ってきたのか。その努力を肯定してあげればいい。
「……ユーリのこれまでが無駄だったなんて、僕はそう思わない」
ユーリの所在なさげに揺れる両手を握り、目を合わせる。
「ユーリが頑張ってきたことを、僕は知ってる。
高い壁にぶつかってどれだけ苦しんできたのか、どうやって打ち勝ってきたのか知ってる。
僕たちを守ろうとして、その命を投げ出して働いてくれているのを知ってる」
レオナルドが今よりもさらに小さい時。
街に遊びに出ていたところを賊に襲われたことがある。
一緒に来ていたメイドや護衛の騎士も殺されて、次は自分が殺される。
恐怖に震えていたレオナルドを救ってくれたのがユーリだった。
まるで演武を踊るように敵を斬り倒し「もう大丈夫ですよ」と手を差し伸べてくれたユーリにどれだけ心を奪われたか。
レイアお姉さまに渡すプレゼントとして初めてお菓子を作っていた場面を見ている。
慣れない作業に首を傾げ、目を回しながらもどうにか出来た不格好なお菓子を見てとても喜んだお姉さまに抱きつかれて顔を真っ赤にしている、可愛らしい姿にどれだけ目を惹かれたか。
レオナルドにとって最も格好良くて、最も可愛い人。
「だから、ユーリが不安に思う事なんて何1つないんだよ」
いつもありがとう。
レオナルドの言葉に、必死に耐えていた涙のダムが決壊する。
声にならない声を上げて泣くユーリを抱きしめながら、レオナルドは思う。
ユーリをこんなに悲しませるなんて、許せない。
ユーリの努力も苦労も、どれだけ公爵家の皆が感謝しているか知らないくせに好き勝手言いやがって。
そんな奴がいま、この公爵家にいるっていうのか?
……そういえば、客人が来ているらしい。
レイアお姉さまのお友達と、もう1人────
「────ユーリ」
「は、はい。なんでしょうレオナルド坊ちゃま」
僕のことは昔のように『レオ』って呼ぶように。
そう念を押した後に尋ねる。
「ユーリの覚悟を疑うような真似をしたのは……お姉さまの婚約者?」
「………………はい、そうです」
許せない。
お姉さまが学院に通う日を、婚約者に再会する日をどれだけ心待ちにしていたか。
婚約者の隣に別の女性がいると泣いて帰ってきた時のことを今でも覚えている。
僕の大切なお姉さまを蔑ろにするだけでも万死に値するというのに、僕の愛するユーリまで侮辱するなんて。
自分が世界の主人公にでもなったつもりか?
あまりにも余りある傲慢。
たかが男爵ごときが公爵家に盾突くとは、身の程知らずめ。
このままタダで済むと思うなよ。
何か奴を思い知らせる手立ては………………。
そうだ。その手があったか。
「ねえ、ユーリ。その人は、ユーリの覚悟を訊いたんだよね?」
「はい。覚悟があるのかと言われました」
見誤ったな、クズめ。
どうせユーリの小さく細い体型を見て侮ったんだろう。
男の自分に危害を加えられるはずがないって。
「だったらお望み通り、ユーリの覚悟を示してやろうじゃないか」
上手くいけば、もう二度とレイアお姉さまにもユーリにも。
いいや、公爵家そのものに近付かせないように出来る。
カネをたかる貧乏人が。
男爵家の執事長とメイド長を買収して援助を止めてしまえば婚約を破棄すると思ったのに。
援助の再確認にすら来ないから送った金銭を無くした愚か者として断罪する計画も台無しになったし。
それならそれで貧乏人らしく、そこら辺のゴミ溜めで野垂れ死んでおけばいいものを。
せいぜい後悔して逝くがいい。
「決闘を挑んで、勝てばいいのさ」
そうすれば、ユーリの気持ちも救われる。
もう家族が悲しむ様を見なくて済む。
「大丈夫。ユーリは公爵家の誰よりも強いんだから」
どんな騎士も、ユーリには敵わない。一瞬のうちに叩き伏せられる。
どんな暗殺者が来ても、ユーリがレイアとレオナルドを無傷で守り抜いた実力は伊達ではない。
恐らくは、王家直轄の王国騎士団の中でも上位を争う実力者。
そうでなくては公爵令嬢の護衛は務まらない。
お前がどんな相手に喧嘩を売ったのか、思い知らせてやる。
「………………そう、ですね」
「乗り気じゃないかい?」
俯いて、何かを逡巡していたユーリは再び顔を上げる。
その決意した目に、レオナルドは満足そうに頷いた。
「やらせてください、レオ様」
「うん。期待しているよ」
やることが決まれば、後は実行に移すだけ。
お父さまにおねだりして、ユーリとお姉さまの婚約者が決闘をする許可を得る。
ズタボロの囚人みたいな格好をした義兄になるかもしれなかった輩を見て、鼻で笑う。
日が落ちるまであと数刻。
夕焼けに赤く染まる修練場で、ユーリと輩が剣を手に向かい合う。
ユーリにはいつもの愛剣を。
家族に害為す愚か者には、見た目は普通の、中身はいつ砕けてもおかしくないなまくらを。
ユーリが突き付けた条件は、今後一切公爵家に関わらないこと。
愚か者が提案した条件は、何でも1つ言う事を聞くこと。
ここに来て未だに勝てると信じている救いようのない馬鹿を、腹の奥で嘲笑う。
さあ断罪の時は来た。
ユーリ、僕に勝利を届けてくれ。
濡れ場シーン集を統合しますか?
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