ーーースペイサイド州 カルメリア基地ーーー
基地の中に併設された訓練場の一角に人だかりが出来ている。
娯楽の少ない前線近くの基地で始まった決闘騒ぎに、食堂で一部始終を見ていた士官達だけでなく非番の士官や兵達も見物に集まったのだ。
その人だかりの中心で、二人の士官が対峙している。
一方は“堅物”という言葉を擬人化したような、服装から顔つきまで四角四面な男“サレ・クラディール”。もう一方は包帯で顔を隠した、やさぐれた雰囲気の男“アレクサンダー・ウォーカー”。
どちらも手足と胸部に防具を装着し、頭にも兜を被っている。
対峙する二人の間に、この決闘騒ぎを巻き起こした元凶であり、この決闘の立会人を請け負った銀髪の女性士官“エリカ・リガール”が進み出る。
「それでは二人共、ルールの最終確認よ?
決闘はお互い刃引きした訓練用の武器で行うこと。
故意の殺傷は禁止だけど、当たりどころか悪くて相手が死んでも互いに遺恨は残さない。
勝敗はどちらかが負けを認め降参するか、戦闘不能になること。…いいわね?」
「ああ、問題ない」
「ハ! 問題ありません!」
アレクとサレが同意する。決闘のルールとして一般的なものでお互い特に不満も疑問も無い。
「では最後に、互いにこの決闘で勝利した場合の要求を言いなさい」
「私の要求はアレクサンダー中尉の、侮辱した部下と同僚への謝罪だ。私が勝利したら必ず履行してもらう!!」
「俺が勝てば、二度と馬鹿げた理屈で俺に絡んで来るな。
俺からは以上だ」
互いにこの決闘で勝った場合の互いの条件を確認し、立会人もそれを了承する。
この条件は立会人が責任を持って正式に誓紙として文面化する。もしも決闘で負けた側が条件の履行を怠れば、立会人を通じて王国の中央裁判所から罰則が加えられる。
「では、お互い武器を構えなさい」
エリカが厳かに告げる。彼女の澄んだ声はそこまで大きな声ではないが、不思議と訓練場の隅まで届き、周囲を囲んでいた野次馬達も口を噤み、対峙する二人に注目する。
アレクとサレは互いに十分に距離をとり、互いに腰に提げた剣を抜いた。
アレクの得物は片刃のサーベル。それに対してサレが抜いたのは
二人共、示し合わせたように剣を構える。
腕に覚えのある士官たちはその構えに注視する。
建国以来、決闘が盛んな連合王国では、決闘による死傷者を減らすために王国政府が編み出した苦肉の策として剣術が奨励するようになった。これは未熟な腕前で決闘をして結果として死傷者が多く出てしまうことを防ぎ、また剣術を通して礼儀作法や自制心を養い、そもそも安易に決闘をしないようにさせる…というかなり回りくどい手段だったが、禁止令を出せば暴動が起こり、罰則を設けようにも普段はいがみ合っている大貴族たちが協力してあの手この手で妨害してくるため、他に方法が無くなったという悲しい事情があったのだった。
王国政府はまず、国内外の名のある武術家を金に糸目をつけず召集し、彼らの流派と知見、そして哲学を融合した新たな剣術流派を創設した。後に連合王国の首都の名前をとって“カルネアス流剣術”と呼ばれることになるこの剣術は、手始めに貴族子弟が多く通う王立学園のカリキュラムに組み込まれ、学園でカルネアス流を習得した学生たちが連合王国各地にその剣術を広めることとなった。
王国政府の目論見は大半は上手くゆき、そして一部は失敗した。
カルネアス流剣術は全国で大流行し、貴族子女は基礎教養の一環としてこの剣術を習得することが当たり前となった。また各地に道場が建てられ、裕福な家庭どころかそれなりに生活に余裕のある家庭では子供を剣術道場に通わせるのが一種のステータスとなっていった。それどころか近年では連合王国だけでなく周辺諸国にまで道場が出来るほどで、退役軍人の受け皿の一つに道場の師範代がある程だ。
そして貴族から庶民まで多くの人間がカルネアス流剣術を学ぶようになったのと反比例して、決闘での死傷者は減少した。王国の目論見通り、単なる剣技だけでなく、その習得に礼儀作法や道徳まで盛り込んだカルネアス流剣術は、決闘で相手を死に至らしめるほど痛めつけるような振る舞いを抑止する効果を発揮した。
だが、そもそも剣術を習得した者たちがそれを“使わない”ことなどあり得ず、行われる決闘の数自体はそこまで大きな変化は無かった。それどころか、死傷者が出ないよう工夫されたせいで、むしろ決闘が隆盛しているという見方すらある。
ともあれ、現在の連合王国では“決闘するならカルネアス流剣術で”と言われる程に、ほぼ全ての決闘でカルネアス流剣術が用いられる。
カルネアス流剣術は元々初めに作られた
故に士官たちはアレクとサレの構えに注目し、そして僅かにどよめいた。
“堅物”を擬人化したようなサレの構えは、両手に持った長剣を垂直に立て、頭の右側に寄せて左足を前に出した八相の構え。
これは鎧を着た上での乱戦等を想定して編み出されたカルネアス流剣術の
アレクは真っ直ぐにサレと相対し、両手で持ったサーベルの剣先を相手の目に向けて構える。
中段の構え、または正眼の構えと呼ばれるこの構えは、カルネアス流剣術で最も初めに編み出された
この型はカレネアス流剣術を学ぶ者が全員一番初めに習う型であり、大抵の道場ではこの型を習得しなければ他の型を学ばせて貰えない、所謂基礎練習の為の型だ。実戦で使うものがいないわけでは無いが、殆どの人間は自分に合った型や状況に合わせて有利になる型を使用するため、この型を使うということは余程追い詰められているか、未熟でこの型以外使えないということだ。
この基地にいる士官の多くは、補充されてきた一部を除きアレクの強さを知っている。どんなに不利な戦況でも迷わず敵兵を屠り、返り血を浴びながら平然と生還してくる彼を多くの兵士達が畏怖と共に目撃している。
だからこそ、彼が決闘で基礎の型であるラーヴェを選択したことにどよめいた。そして一部の、眼力と実力を兼ね備えた士官達は、アレクの一切隙のない立ち姿とブレることの無い剣先から、彼が決して未熟な剣士では無いことを見抜く。そして理解する。
これから始まるのは、決して対等な決闘などでは無い、と。
「……馬鹿にしているのか?」
サレは額に青筋を浮かべ、怒りを押し殺しながらアレクを詰問する。少なくとも彼は、眼の前でお手本のように綺麗な正眼の構えをとる包帯の男が、決して基礎の型しか習得していない未熟者では無いと理解している。そして勿論、自分に対して打つ手が無いから仕方なく、基本の型を構えているわけでは無いということも。
「俺相手では、まともに型を用いるまでも無いということが!!」
訓練場を震わせるようなサレの怒声を受けても、アレクは欠片も反応せず、ピタリと剣先をサレの正面に向けたまま動かない。
それはまるで、未熟な子供に稽古をつける師範のようだった。
「貴様…!」
「文句があるなら口ではなく剣で語りなさい。
その為の決闘よ?」
更に言い募ろうとするサレの言葉を、立会人であるエリカの声が制する。
サレはギリィと奥歯を噛み締め、剣を構え直す。少なくともこの場でこれ以上何を言っても恥を晒すだけだと、彼も理解している。
その様子を見たエリカは、一度チラリとアレクを見て微笑み、右手を掲げる。
「ではここに、アレクサンダー・ウォーカー中尉とサレ・クラディール中尉の決闘を開始するわ」
彼女の美声に、ざわめいていた士官たちも口を噤む。
そして、高らかと掲げられた彼女の右手が振り下ろされる。
第1章はあと2話程で終わる予定です
区切りでR-18な話を投稿するつもりですので、今少しのご辛抱を。