ようやく引っ越しが終わった…
なのに書いても書いても濡れ場に辿り着けないorz
ーーー征服歴1500年11月 王都カルネアス ミスト侯爵家別邸ーーー
這いずりながら椅子までたどり着き、ようやく朝食にありついたかレウスが不機嫌そうにコーヒーを啜る。
「胃にしみる…なあお代わりないのか?」
「今日の分はこれで終わりでございます、グランツ伯爵閣下」
「…ああそうかい」
カレウスの視線の先には、普通にお代わりを注がれているアレクやエリカの姿があったが、無視することにした。
コーヒーの香ばしい香りが漂う中、部屋にいる男達は懐の煙草に手が伸びそうになるが、
こうして空気が落ち着いたところで、改めてミランダが音頭をとり、昨晩の騒動を徹夜で収拾した
「改めてお疲れ様ねぇカレウス。それじぁ、昨日の馬鹿騒ぎの顛末を聞こうかしらぁ?」
緋色の瞳に愉悦を浮かべるミランダを忌々しげに睨み、カレウスは擦れた態度で、台無しにされた己の策謀の顛末を語る。
「チッ…、結論から言うぞ。俺が想定していた成果の3割程度しか達成できていない。証拠の大半は隠滅されて、釣れたのは“革新派”の末端まで。帝国の密偵に関してもめぼしい連中にはほとんど逃げられた」
舌打ちしながら忌々しげにに語るカレウスに
「なんだ、普段から偉そうに人をこき使っておいてその程度か」
「お前が大人しく死んでれば今頃は“革新派”の大物も帝国の密偵も一網打尽にできてたんだよ!」
「だったらもっとスマートに殺しに来い。人質とった挙げ句に負けかけるとかちょっとどうかと思うぞ?」
「
「あの場の人間と、ついでにアンタを殺す位の余力はあったぞ?」
「あ”ぁっ「はい、そこまでよぉ」っ!?」
売り言葉に買い言葉で、互いにヒートアップするカレウスとアレクを、この場で唯一この二人でも頭の上がらない
「ウォーカー大尉、今は抑えなさぁい。カレウスは一応、
「申し訳ありません、ミスト侯爵閣下」
「餌付けされやがって…」
「まともに餌を与えない奴よりマシだと思うが?」
「チッ」
「カレウス?」
「っ…」
明らかに自分よりもミランダに敬意を払っているアレクに文句を垂れるカレウスは、ミランダに睨まれて鼻白み、大人しく今後の展開についての、彼の分析を開陳する。
「…元々予定していた、“革新派”に対する巻き返しは完全に頓挫した。このままなら、受勲式典後にカイト・ジャッカード少佐は“カナンの騎士”に推薦され、特に障害も無くこの国最強にして最優の騎士を襲名する。そして
カレウスはメイドに差し出された水を飲み干し、一息つくと息をひそめて彼の分析に聞き入る一堂を、その鋭い黄金の瞳で睥睨する。
「その時に最前線に立ってすり潰されるのは“王党派”の中でも武闘派である北方貴族やそれに近い貴族達だ。拒否は出来ないぜ?
なんと言っても先頭に立つのは“カナンの騎士”だ。その指揮下で雄々しく戦って死ぬのこそが連合王国貴族の誉れ、そう言って煽られれば面子の為にも、例え死ぬと分かっていても戦わねばならんだろう」
「その結果、さらなる派閥の弱体化を招いても、だな?」
「ああそうさ、バランタイン公。拒否すれば派閥の、もっと言えば“カナンの騎士”の栄光と共に繁栄したバランタイン公爵家やリガール辺境伯家の面子は丸潰れ。人材が残っても求心力が無くなれば派閥は崩壊する。それを防ぐためには…」
「
「リガールのご隠居殿、他に切れる札があるか?」
派閥の致命的な弱体化を防ぐ為に、可愛がっている孫娘を“カナンの騎士”の妾に差し出し、“革新派”との融和を図らねばならない。その可能性が高い事を、レオポルドは改めて理解し深いため息をつく。
「あら、私は嫌よ。あんな奴に嫁ぐの、しかも妾なんて冗談じゃないわ」
「落ち着けエリカ、この腹黒の事だ。どうせ何かしら正攻法じゃない汚い手の一つや二つ用意してるだろ。それに、もしもの時は俺が拐ってやる」
「そっか、それもいいわね!」
「いいわけ無いだろこの色ボケ娘!!!」
カイトとの婚約を本気で嫌がるエリカを、アレクが冷静にたしなめる。そしてアレクの言葉に嬉しそうに目を輝かせるエリカに、カレウスが激昂するが、二人には軽くスルーされる。
「若いっていいなぁおい」
「爺臭いですよ、バランタイン公」
「俺もお前ももう孫もいるし立派なジジイだろ、ヘリオス」
「まあそうですね…リガールのご隠居は勿論、私もそれにミスト侯も…ひっ!!?」
不用意な言葉を吐いたヘリオスは、ミランダの冷たい笑顔に凍りつく。
ぐだぐだした空気の中、ほぼ蚊帳の外に置かれていたアトラムが、軌道修正も兼ねて補足説明を行う。
「これは監察局の調査によるものですが、帝国の密偵と“革新派”はかなり親密なようです。むしろ、
「成る程な、なのに物証は逃したわけか」
「残念ながら。最も怪しいと踏んでいた監察局の隊員は貴方のお陰で首だけになりましたしね」
「一撃で殺さないと危険な相手だったんだ、仕方ないだろ」
エリカとレナを庇うために咄嗟に首を刎ねた事を咎められたアレクは肩をすくめる。
カレウスは苦虫を噛み潰したような顔で、己の予想を語る。
「帝国の密偵は”革新派“だけじゃなく、”貴族派“や”王党派“の一部にも繋がっている」
「下っ端の軍人でしか無い俺が言うのも何だが、よくそんな状態で戦争が出来るな」
ある意味、最も無関係な立場にあるアレクが呆れたように呟くと、カレウスが苛立ちのこもった声で唸る。
「むしろそんな状態だから戦争を
「いやぁ面目ない…」
戦争勃発前に、おそらく帝国と内通していた”貴族派“に失脚させられたアトラムが申し訳無さそうに頭を下げる。
「防諜体制が疎かになってたんなぁ痛恨だぜ…」
「平和が長く続きすぎたからのぉ…」
開戦当時、軍部の主導的な立ち位置だったヴォルスとレオポルドが嘆くが、現実は覆らない。
必要な情報が共有できたと判断したカレウスが、厳かに通達する。
「本当なら昨日のパーティーで伝えるはずだった結論を言うぞ?
はっきり言ってこの戦争はこの国の負けだ。手は尽くしたが、
「西方戦線では勝ったわよぉ?」
「なんだもうボケたのかミスト侯? あれが勝ちだと?
西方の盾であるトランバレム公爵家を自分達で滅ぼして、挙げ句その領地を灰燼に帰して、しかも国境線に近い場所にある鉱山都市までファガリカ王国に掠め取られてか?」
「私をボケ老人扱いした事については後で改めて折檻するとして、西方戦線についてはその通りねぇ。ついでに、まだ言い足りない事があるんじゃないかしらぁ?」
思わず口に出してしまった毒舌を咎められて震え上がったカレウスだが、”王党派“一の策謀家として、伝えるべき事は伝えるべきと気を取り直す。
「西方戦線で、こっちの手駒を的確に潰された…本来ならカイト・ジャッカードの対抗馬として”カナンの騎士“に推薦しようとしていた人材達がだ」
「ふぅん…偶然かもしれないわよぉ? そういう優秀な人間は得てして最前線に自分から乗り込むものよぉ?」
「ハッ、一部はそうだが、明らかに暗殺された奴もいる。十中八九”革新派“か帝国の密偵の仕業だが、証拠は摑めなかった」
「ああ、受勲式典の準備評議会で妙に戦功を挙げた人間の戦死が多かったのはそれか…」
カレウスの言葉を補足するように、アレクがここしばらく己を苦しめていた仕事の内容を思い出す。
「え、でもそこまでする!? だってそんな事したら味方の被害が…」
「……いや違うぞエリカ。むしろ”革新派“はそれも目的にしている」
エリカの言葉を、この朝食室で最も西方戦線の実情に(不本意ながら)詳しくなったアレクが否定する。
「おい腹黒、”革新派“と帝国の
「ああそうだ。
新興の超大国たる青麟帝国は未だに国内に多くの火種を抱えている。それに加え次代皇帝の座を巡る後継者争いが水面下で激化の兆しを見せていた。そのため、正妃の息子たる帝国第三皇子藍凱馮は己の同母兄である第一王子を確実に皇帝の座へと押し上げるためにこの大戦を企図した。
最前線に立たせるのは恭順させた旧帝国(赤燐帝国)の貴族とその領民達、北部や南部の蛮族など帝国を不安定化させる可能性のある者達。ついでに敵対派閥の皇族を支持する武官達。それらを
そうして膨大な犠牲の下に、連合王国の東側の玄関口たるリガール辺境伯領ウィルムス盆地の入口に蓋をする形で、連合王国侵攻の足がかり足りうる青角城を建造した。いかに精鋭たるリガール辺境伯家を含む連合王国陸軍といえども、数にまさる帝国軍相手の攻城戦は自殺行為でしかない。
卓越した外交手腕と連合王国に潜ませた密偵達による情報戦の優位により、連合王国の内外の不穏分子を煽り、大戦を引き起こした稀代の策謀家藍凱馮の戦略目標こそ、連合王国の喉元に突きつけられた短剣たるこの青角城であり、そのために犠牲となったトランバレム公爵家もファガリカ王国軍も、獣国兵達も、彼にとっては捨て駒でしか無く、帝国だけなら現時点での講和に何の不満も不足も無いという状況なのだ。
駄目押しとして、”革新派“を煽り『スペイサイド州奪還』の機運を盛り上げることで青角城への攻撃の可能性を下げ、連合王国の軍事力そのものを弱体化させようとしている辺り、藍凱馮の戦略眼は卓越していると言えるだろう。
更にこれはカレウスすら予想していない事ではあるが、藍凱馮は講和が成立した後に、青角城を中心に制圧した砂漠地帯のオアシス都市を糾合し帝国の西方を分離し、新たな”国“を建国することすら予定していた。帝国内に置いておけない不穏分子の受け皿を作り帝国の統治を安定化、更に”朝貢“を是としない連合王国との間での緩衝地帯として、大陸内陸での交易を牛耳り、連合王国そのものを経済的に支配するという遠大な計画すら既に策定していた。
「本来なら
「それをさせないためのスペイサイド州侵攻であり、トランバレム公の反乱だ。この戦争は始まった時点で詰んでたんだよ」
アレクの雑な要約に、カレウスが苦々しげに同意する。
「ねえカレウスおじ様、そう言えばカイト・ジャッカードの”カナンの騎士“就任は何か関係あるの? むしろ帝国としては誰かが”カナンの騎士“を襲名するのは妨害するべきじゃないの?」
「
「でも、今帝国を叩かないとまずいんでしょ?」
「それを理解できるのは一部だけだ。特に民衆はそんな遠大な事より、目先の奪われた領地に目が行く」
容赦の無いカレウスの分析に、その民衆の指示によって政治家となったヘリオスは苦笑する。
「民衆の意志は時に国益より優先されますからね」
「それを無視し続ければ
「我が国よりも遥かに民衆の権利が制限された帝国の皇子が、ここまで”民意“の利用法に長けているのは恐ろしいですね…」
かつて連合王国に留学した経験のある藍凱馮は、その優秀な頭脳を以て連合王国のアキレス腱を見抜いていた。それが予見できていれば万難を排してかの皇子を暗殺しておくべきだったと、カレウスは己の予想がほぼ確定した西方攻略戦後にやけ酒をあおった程である。
「帝国は徹底的に”カナンの騎士“に直接対峙しないということか」
「ケッ、帝国はしっかり分析してるんだろうよ。カイト・ジャッカードがどんなに優れた英雄であろうと、所詮は戦術単位の存在でしか無い。戦略単位で勝っていれば、わざわざ意識する必要は無いし、むしろ連合王国を分裂させる材料の一つ程度と考えてるんだろ。本当に性格が悪い連中だ」
「「「「「「「お前が言うな!!」」」」」」」
カレウスの感想に部屋の全員が思わずツッコミを入れる。
僅かに傷ついた顔をしたカレウスは咳払いをすると、改めてアレクを睨む。
「さてウォーカー大尉、いやアレクサンダー・ウォーカー。本来ならばこの絶望的な状況を、お前が消える事をきっかけに覆せるはずだった。少なくともマイナスをゼロには出来たはずだった。よくも俺の計略を台無しにしてくれたな」
アレクは平然と、気の弱い者ならそれだけで気絶しそうな鋭い眼光を受け流す。
「カレウスおじ様!!」
「黙ってろ色ボケ、俺はそこにいる屍人に話している。生きる意味も、守るべきものも何もかも失くした癖にまだ生きていやがる亡霊にな!」
エリカが激昂し立ち上がろうとするが、カレウスは噛み殺さんばかりの剣幕でエリカを睨み据える。
「なあアレクサンダー・ウォーカー、お前は最悪の場合この色ボケ娘を拐うと言ったな。だが拐ってどうする? こいつの目も髪も目立つぞ? 地の果てに、大陸を超えて逃げようとこいつがいるだけで目立ち、そして狙われるぞ? そしてエリカ嬢が居なくなる事で”王党派“と”貴族派“は対立し、弱体化した連合王国は帝国に、いや下手をすればそれ以外の周辺国にも攻撃されて滅びるだろう。お前が昨日選択したのは、そしてお前が今からやろうとしている事はそんな地獄へ繋がるものだ」
カレウスは冷たく、無機質な表情でアレクを弾劾する。
「
アレクが僅かに眉を寄せる。ついでにエリカは髪を逆立ててカレウスを殴りに行こうとするのを隣のリーズに制され、カレウスを睨みながら席に座り直す。
「………地獄に落ちろ、人間のクズめ」
「今の言葉は聞かなかったことにしてやる」
アレクの呟きを聞いて、カレウスは満足気な笑みを浮かべる。
そしてアレクはため息を一つつき、姿勢を正してカレウスに頭を下げる。
「改めて、貴方の知恵を貸して頂きたいグランツ伯爵閣下」
「良いだろう、地面に跪いて額をこすりつけるつもりで聞けよ?」
そしてカレウスは決定的な、この国の歴史を変化させる決定的な一言を放った。