※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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85話 連理比翼の絆

ーーー征服歴1500年11月 王都カルネアス ミスト侯爵家別邸ーーー

 

 カレウスは先程までの激昂や苛つきが嘘のように厳かな顔で、アレクのこの先の人生を決定的に改変する言葉を発した。

 

「アレクサンダー・ウォーカー、お前”カナンの騎士“になれ」

 

 カレウスの口から発せられた言葉を、アレクは無表情に受け止める。そして耳を通り抜けたその言葉がじわじわと脳に浸透し、その意味と意図を理解するに及んで、アレクは傷だらけの顔を心底嫌そうに歪めた。

 

「おい腹ぐ…グランツ閣下、ふざけてるのか?」

「ふざけてねえよ、これが今考えられる最善手だ」

「じゃあ腹黒さが脳に回ってとうとう正気を失ったか…」

「じゃあってなんだよ!? 俺は正気だ! おい本気で心配そうな顔をするな!? 医者を呼ぼうとするんじゃねえ!!」 

 

 真面目さを取り繕っていたカレウスが悪ノリしてメイドに医者を呼ぶよう指示を出すエリカとリーズを指差し叫ぶ。

 

「おい落ち着けカレウス、ほらコーヒーやるから」

「ぜぇ…ぜぇ、あっつ!!?」

 

 ヴォルスに渡された淹れたてのコーヒーに口をつけたカレウスが、その熱さに咳き込み、力尽きて机に突っ伏す。

 

「覚えてろよバランタイン公…」

「善意だったんだがなぁ…」

 

 恨みがましく己を睨むカレウスに、ヴォルスが申し訳無さそうに目を逸らす。

 

「それでグラ…腹黒、真面目に案を出せ」

「アレク、逆よ逆」

「しまった…つい本音が」

「お前ら…っ!」

 

 漫才のようなアレクとエリカのやり取りにカレウスが青筋を立てる。

 

 その様子に呆れたミランダが、笑いを噛み殺しながらカレウスに促す

 

「カレウス、それにウォーカー大尉も遊んでないで話を進めなさぁい」

「いや遊んでいたわけじゃ…はぁ、いいか茶化さずによく聞けよウォーカー大尉」

「いや茶化していた訳ではないんだが…」

 

 カレウスの言動を悪ふざけかある種の諧謔だと考えていたアレクだが、カレウスの真剣な顔とそれを抑制しないミランダの様子を見て、改めて真摯に話を聞く体勢をつくる。

 

「ウォーカー大尉、お前が”カナンの騎士“を襲名すれば、現在”王党派“が陥っている苦境と将来の連合王国そのものの衰退は避けられる。ついでに、そこの色ボケ(エリカ嬢)と大手を振って結婚できるぞ」

「確かに…流石はカレウスおじ様ね!」

「おいエリカ…お前最後の部分しか理解してないだろ…?」

「この場で一番頭が良い(腹黒い)カレウスおじ様が大丈夫だって言うなら大丈夫なんじゃないの?」

「むぅ…だがな…」

 

 可愛らしく小首をかしげるエリカに見惚れて上手く反論できないアレクに畳み掛けるように、カレウスはアレクが”カナンの騎士“を襲名した場合の利点を述べてゆく。

 

「まず第一に、お前が”カナンの騎士“を襲名すれば、来年春に予定されているスペイサイド州における反攻作戦で主導権を握ることができる」

「…そう上手くいくか?」

「反攻作戦を積極的に推してるのは”革新派“とそれに便乗する”王党派“の非主流派な訳だが、こいつ等の旗頭はカイト・ジャッカードだ。そして連中はカイト・ジャッカードが”カナンの騎士“となる事が確実だからこそ、その権威に群がってきている。だが、”カナンの騎士“になれなければ所詮は烏合の衆だ。その結束は弱くなる。つけ込む隙なんざいくらでもある」

 

 カレウスは傲慢とさえ言える言葉を、当たり前の事のようにのたまう。

 

「それに、お前が”カナンの騎士“を襲名することで、帝国の総司令官である帝国第四皇子藍凱馮の思惑を外すことが出来る」

「ねえカレウスおじ様、それ重要なの?」

「何だったらこっちの方が重要だ」

 

 エリカの問にカレウスは自信をもって頷く。

 

「業腹だが、帝国第四皇子は策謀家としては俺より上だ。立場の違いもあるが、俺でさえ奴の意図に気づけたのは大戦が始まった後だ」

「貴方がそこまで言うなんて相当ねぇ」

()()()()()、何か一つでも奴の予想を超える必要がある」

 

 カレウスの金色の瞳が熱を帯びる。

 

「腹立たしい事に、帝国第四皇子は既に勝っている。今あいつがやってるのは、勝って得られた利得の最大化だ。業腹だが、()()()()

「既に勝ちが確定しているのにか?」

「むしろ損が無いから好き勝手できるんだよ!

クソ、ファガリカ王国はむこう十年はこの国に手出し出来ないように痛めつけた。獣国ごときが何をどうやったところで、スペイサイド州より西には進めない。だが、帝国第四皇子が関われば別だ。あの腹黒皇子は金と空手形だけで有象無象共を搾り滓になるまで酷使して連合王国を痛めつけるつもりだ!」

 

 どの口が言ってんだこいつ、という周囲からの視線を無視して、カレウスが帝国第四皇子藍凱馮への批評を続ける。

 

「本来なら王都に蔓延ってやがる密偵共を一掃して影響力を減衰する予定だったんだが、誰かさんのせいでご破産になった訳だが…忌々しいが別の一手が拓けた」

「だってさアレク」

「俺のせいじゃないぞ?」

「黙れ外野共。いいかウォーカー大尉、帝国第四皇子はお前を殺したがっている。なんか心当たりはあるか?」

「ないな。強いて言うなら帝国第七皇子のことか?」

「無いとは言わんが、あの策謀家がそんな感情だけで貴重な密偵を使い潰すような暗殺は実行しない」

 

 首をかしげるアレクに、カレウスは教師のような態度で解説する。

 

 

「帝国第四皇子は合理的な理由があれば友だろうが家族だろうが使い潰す生粋の謀略家だ。だからこそ、ウォーカー大尉を狙うのにも必ず()()がある」

「大した実績も家柄も無い下っ端軍人をわざわざつけ狙う程の…か?」

「嫌味で言ってんのかお前…いいかよく聞け。推測の域だが、恐らくお前はこの戦争で唯一、帝国第四皇子の思惑を越えた。それが昨晩の馬鹿騒ぎの遠因でもある。自覚の有る無しに関係なく、帝国第四皇子の計略に瑕を与えた事はお前を、”カナンの騎士“に推薦する最大の理由だ」

「…そんな理由でいいのか? この国最強の騎士の推薦の理由がそれで」

「いいわけねえだろこの死に損ない」

「おいおい…」

 

 人を殺せそうな据わった目つきで癇癪を起こし、アレクの指摘を全否定するカレウスに、アレクが素で心配気な顔をする。

 

「さっき言っただろうが、”王党派“が用意していた”カナンの騎士“候補は全滅している。戦死か暗殺かはいまはもうどうでもいいが、”革新派“と帝国は俺達が使える手駒を尽く盤面から排除した…()()()()()()()()お前を除いてな」

「それはアンタたちが生き残れと命令したからだろ?」

「普通あんな状況で生き残れるわけ無いだろ、なんで懲罰部隊で最前線に放り込まれた上に敵味方に暗殺者を山程送り込まれて死んでないんだよ? キモ…」

「どうやらまだ殴られ足りないらしいな…?」

 

 アレクが殺気を纏って立ち上がる。

 

「アレク、ステイステイ!! 貴方が殴ったら本当に致命傷よ!?」

「おい落ち着け!? 気持ちは分かるがもうこいつ殴る余地ねぇぞ!?」

 

 アレクの実力を知るエリカとヴォルスか慌てて制止し、アレクが憮然とした表情で着席する。

 

「ったく、短期な奴だ」

「それは私の後ろに隠れながら言っても情けないだけよぉ?」

 

 機敏な動きでミランダの後ろ(安全地帯)に退避していたカレウスへ、盾代わりにされたミランダが呆れ顔でため息をつく。

 

「とりあえず、”革新派“とついでに裏から帝国にまで支援されているカイト・ジャッカードを”カナンの騎士“にしない為には、それらの息のかかっていない”カナンの騎士“候補が必要で、それがウォーカー大尉ということでいいわねぇ?」

「そういう事だ、ミスト侯。うまく行けば帝国第四皇子(帝国の腹黒)に嫌がらせまでできる」

「そんな理由で人をこの国最強の騎士に推薦するのか…」

「むしろそれが大事なんだよ」

 

 これ以上カレウスに喋らせるとまた騒ぎになりそうだと判断したミランダが、端的に要約し、それを補足したカレウスにアレクが苦言を呈する。

 だが、真剣な顔のカレウスにアレクだけでなく他の面々も頭に疑問符を浮かべる。

 

「さっきも言ったが、帝国第四皇子藍凱馮は生粋の謀略家だ。奴が10年前、奴がこの国に留学した時…いやそれ以上前から、奴はこの大戦の図面を引いていたはずだ。情報部を弱体化させ、”貴族派“と”革新派“に浸透し、自分に都合の良い”カナンの騎士“候補まで見繕った」

「…ねえカレウスおじ様、もしかしてカイト・ジャッカードが”カナンの騎士“にこれだけ推されてるのって…」

「その話は後だ。帝国第四皇子は連合王国内の情報を下手すると連合王国人以上に知り尽くし、己にとって都合の良いの人間、悪い人間を峻別し、必要なら援助し、または排除した」

 

 大戦の発端となったのは獣国のスペイサイド州侵攻だが、それを幇助したのは秘密裏に藍凱馮に唆されたソレム伯爵だった。また、トランバレム公爵が内乱を起こしたのは、傘下の貴族派達の不満とそれを糾合し王座を簒奪しようとした王弟ガリエム(トランバレム公の姉が嫁いでいた)に半ば巻き込まれた為であり、彼らに内乱を焚き付け、隣国であるファガリカ王国を引き入れたのも、藍凱馮の企みだった。

 そして藍凱馮は大戦の裏で、連合王国における最大派閥である”王党派“の弱体化を進めた。”貴族派“の壊滅と”革新派“の躍進に伴う相対的な地位の低下、派閥の次世代を担う若手を最前線で()()させるための扇動工作、更には”革新派“を裏から支援することによる、”カナンの騎士“候補と目される有能な人材の抹殺まで、情報戦での圧倒的優勢を活かして、徹底的に、それでいて即座には気付かれないように”王党派“を痛めつけた。

 

 その集大成こそが、明日予定される受勲式典におけるカイト・ジャッカード(”革新派“の傀儡)の”カナンの騎士“推薦であり、現時点ではカレウスが全霊を以て対処しようと、藍凱馮の優位は欠片も覆らず、連合王国は数十年かけて衰退する。これがカレウスが情報を徹底的に精査した上で予測したこの大戦後の未来測定()()()

 

「アレクサンダー・ウォーカー、お前は2年前、裏切り者のソレム伯爵を殺した。あれはこの戦争でほぼ唯一の帝国第四皇子の誤算だった。将来排除するにしろ、あの段階でスペイサイド州の地理と統治に詳しい人材を、勝ちが決まった戦いで一兵卒に殺されるなんざ、()()()()()

「結局負けて、スペイサイド州の州都は失陥したぞ?」

「そんなものこっちにとっても想定内だ。むしろ一気にスペイサイド州全土が陥落しなかっただけでも奇跡だろ」

 

 大戦においてスペイサイド州は重要度が低かったため、アレク(当時はベルと名乗っていた)の功績はかなり低く見積もられていたが、彼の暫定的な庇護者であったカレウスは、早期からアレクがソレム伯爵を討った影響の大きさを理解していた。そして当然、最大の敵対者である帝国第四皇子藍凱馮も。

 ソレム伯爵という、侵略者である獣国と占領されたスペイサイド州の住民を繫ぐ人材が、そのノウハウを持つ側近ごとアレクに殲滅された影響で、獣国は占領地を安定させるために多大なリソースを費す羽目となり、スペイサイド州西部への侵攻は大きく遅れ、小規模なものとなった。お陰で連合王国は本来ならスペイサイド州防衛に費やすべき兵力を西部戦線へ投入する事が可能となり、トランバレム公爵とファガリカ王国を相手に優位に戦うことが出来た(ただし、こちらはこちらでトランバレム公爵領の領民の反発により反抗作戦が遅延した)。

 

 アレクは実質一人で、藍凱馮の大戦略に僅かではあるが瑕を刻んでいた。

 

「そしてお前は、”革新派“の謀略に巻き込まれながらも生き延び、そしてスペイサイド州の最前線で戦い抜いた」

 

 半ば当たり事故のごとき不運により冤罪で死にかけたアレクは、カレウスにより救われ、家族を人質に取られながら戦場を生き延びた。彼を間接的に謀殺しようとしていた藍凱馮と”革新派“の思惑を越えて。

 

「本来なら盤面に存在する事すら許されないお前は、精緻に組み上げられた帝国第四皇子の策謀にとって()()()()()()()()()()だ。だから奴は執拗にお前を消そうとする。お前の家族(守りたいもの)を人質にしてでもな」

 

 カレウスの言葉に、アレクは僅かに顔をしかめる。藍凱馮への憎悪か、それとも責任を転嫁して身の安全を図ろうとするカレウスへの不信感か、カレウスには判断がつかないが、今のカレウスが”王党派“の威勢を盛り返すにはこの説得を成功させなければならないので無視する。

 

帝国第四皇子()に都合の良いの存在ではなく、最も嫌われ畏れられる存在こそが”カナンの騎士“の存在価値だ。これは初代から六代目まで全ての騎士にも言えることだ。時代が変わり、敵が入れ替わろうと、この図式は変わらない。敵に侮られ敵の支援でその座につくなど論外だ」

 

 カレウスは吐き捨てるように、暗にただ無邪気に”カナンの騎士“推薦を心待ちにしているであろうカイト・ジャッカードを批判し、”カナンの騎士“(連合王国の守護者)の存在意義を強調する。

 

 必要な理由を語り終えたカレウスが、目線でアレクに問う。

 

 ”返答やいかに“と。

 

「グランツ閣下、いくつか確認したいことがあります」

「いいだろう」

 

 姿勢を正し、丁寧な口調で質問するアレクに、カレウスは鷹揚に頷く。

 

「まず一つ、自分は軍の階級以外、爵位も領地も資産も、何も持っていません。”カナンの騎士“に推薦されるには不適格では?」

()()()()。初代は建国王の影武者、二代目(俺のご先祖様)は本来なら名前すら残らない部屋住み、三代目に至っては平民だ。それに比べればまともだろ」

 

 この国で最も尊敬される英雄達への不敬ともいえる言動を、その英雄の子孫自身が語り、部屋にいる他の子孫たちも咎めない。

 それを見て納得したアレクが次の質問に移る。

 

「2つ目です。現状では自分は”カナンの騎士“の推薦条件を満たさないのでは?」

「エリカ嬢に移したお前の戦功を戻す。そうすれば武功はカイト・ジャッカードに次ぐ。推薦者はバランタイン公爵とミスト侯爵だ」

リガール辺境伯家(儂ら)は推薦できぬが、ラーズ侯爵には貸しがある。お主を推薦するよう根回ししておこう。それが無理でも我が家の特権がある」

 

 カレウスの言葉みミランダとヴォルスが頷き、それをレオポルドが補足する。

 

「リガール家の特権ですか」

「そうじゃ。必要ならお主を我が家の決闘代理人として、カイト・ジャッカードにリガール家として決闘を申し込む。儀礼的なものではなく彼奴を”カナンの騎士“にしない為にの。まあ、候補が二人おる時点で決闘になるじゃろうから誤差でしかないわい」

 

 たとえ七大貴族のうち三家からの推薦が無くとも、リガール家の代理人としてカイト・ジャッカードに勝利すれば、改めて他家からの推薦も得られる、とレオポルドは推測していた。

 

 制度上の問題は無いことを確認したアレクは、最も重要な点を確認する。

 

「自分は()()()()()()()()()()()。戦場で、そしてこの王都で」

 

 淡々と語るアレクの目には暗く昏い闇が宿っている。必要なら、己の目的の邪魔になるのなら、あらゆる障害の屠り去ってきた怪物としての消えない業の証として。

 

 アレクは、本質的には田舎貴族の気楽な次男坊でしか無い彼は、かつてその他の多くの子供と同じように”カナンの騎士“に憧れていた。 

 

 誰よりも強く、高潔な、理想の英雄を。

 

 そして誰よりも彼は知っている。血にまみれ、必要なら悪魔と呼ばれる所業に手を染めてでも復讐を果たし、そしてただ生き延びるために殺戮を続けた己に、そんな輝ける英雄の資格など無いことを。

 

 カレウスも、そしてこの場に集った七大貴族の当主達も、真の意味では理解してはいない。アレクが誰よりも、恐らく彼を仇として憎む者達よりも、己の所業を疎み、苦しんでいることを。

 

 

 

 だからこそ、カレウス達がアレクに何か言うよりも先に、例えばアレクの所業を肯定し、そのまま彼に血に染まる英雄の業を背負わせる前に、アレクを誰よりも愛しているエリカが、黄金の瞳で己の伴侶を見据えその疑問に、彼を囚え続ける業に答えを授ける。

 

「アレク…大丈夫よ」

「…エリカ?」

「だって、何があっても貴方の隣には私がいるもの。貴方は一人じゃない。だから、大丈夫」

 

 女神と讃えられる美貌に、聖母のような優しい笑みを浮かべて、エリカは己の伴侶の業を、罪を、全てを共に背負うことを告げる。

 

「そう…か」

「そうよ」

 

 

 己の全てを捧げて愛すると誓った伴侶(エリカ)の言葉に、隠しきれない喜びと安堵を込めたアレクの嘆息に、エリカもまた優しい微笑みを返した。

 

 

 

 

 この日、ミスト侯爵家の王都別邸で行われた会談において、バランタイン公爵家およびミスト侯爵家、リガール辺境伯家連名によるアレクサンダー・ウォーカーの”カナンの騎士“推薦が決定した。

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