※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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86話 黒キ剣

ーーー征服歴1500年11月 王都カルネアス 王宮 謁見の間ーーー

 

 他国に比べてこじんまりした、悪く言えば貧相な連合王国の王宮において、ほぼ唯一他国に引けを取らない豪華さを備える謁見の間に、連合王国第12代国王ロジアス・ヴィーテ以下、諸省の大臣達と主要な貴族家当主、帝国軍の活動により臨戦態勢が継続するブリュンヒルデ要塞防衛軍を除く陸海軍の将官達、そして主役である此度の大戦で武功を挙げた士官達が受勲のために集められた。

 

 今回受勲されるのは佐官までで、これは将官クラスは功績の評価基準が異なるためであり、この受勲式典が若手の軍人達の活躍を労い士気を高めるのが目的という建前の為である。

 

「ケ、実際のところはカイト・ジャッカードの晴れ舞台を演出する為だろうが」

「おいカレウス、口に出ているぞ」

「おっと…」

 

 中央で整列する士官達を眺めながら舌打ちするカレウスを、彼の親友であるバーナードが咎める。二人は准将なので受勲される訳ではないが、部下達が受勲されるのを見守るという体裁で出席していた。カレウスの場合はこの式典における戦功評価を行う責任者であったためという理由もあるが。

 

「悪いなバーナード、流石に2日続けて徹夜するとどうにも集中力が…」

「寝不足で毒舌が悪化するのは悪い癖だぞ?」

「気をつけてるんだがなぁ…」

 

 互いに、殆ど唇を動かさずに器用に会話する。

 カレウスは深い隈の浮いた顔で忌々しげに溜息をつき、今度は毒舌をこぼすことなく目の前の茶番劇を眺める作業に戻った。

 

 今回受勲される士官達を背に、ヴォルスの後任として陸軍参謀総長となったスミラフ公爵が玉座に座るロジアスへ軍状報告を行っている。

 

 ”王党派“に所属してはいるが、現在まで領地を維持する七大貴族と異なり、早期に財政難から領地を王国に返上し、爵位と年金しか残っていない典型的な官僚貴族であるスミラフ公爵(陸軍大将)は、そうであるがゆえに同じ派閥の七大貴族に対抗心を燃やし、ヴォルスの失脚を主導しその地位に就いた。無能では無いが自己顕示欲が強く、その出自故に金にがめつく嫉妬深い彼のことをカレウスは嫌っているし、相手もカレウスの鼻につく態度を蛇蝎のごとく嫌っている。

 

 そんな彼の、まるで自分が最前線で赫々たる武勲を挙げたがごとき得意満面な演説を聞き流しながら、カレウスは”あれ、これ受勲されるの若手の連中だよな? あのおっさんじゃないよな?“と寝不足の頭で益体も無いことを考え始めたところで、ようやく無駄話が終わり、武功を挙げた順に名前と所属が呼ばれる運びとなった。

 

 

 最初に名前を呼ばれるのは、当然ながら圧倒的な第一功たる”西の英雄“カイト・ジャッカード。今大戦で初めて実戦投入され、西方戦線で猛威を奮った大砲とマスケット銃の開発者であり、その有用性を自らが部隊を率いて実証して見せた新時代の英雄。そして兵器の開発者としてだけでなく、騎兵を率いて孤立した味方を敵陣から救い出し、個人の武力でも一流であることを証明した万能の天才。

 ”カナンの騎士“に最も近いと評される若き英雄は、その整った金髪碧眼の容姿に女性を蕩けさせる笑みを浮かべながら、堂々と王の前に進み出て膝をつく。

 まるで演劇の一幕のような絵になるその姿に、謁見の間に良性のざわめきがおこる。カイトを後援する”革新派“だけでなく、”王党派“や中立の立場の者達からさえも。

 

 だが、そのざわめきは第二功として次に名前を呼ばれた士官の姿をみて冷水をかけられたかのごとく静まり、そして困惑と驚愕が次第にその静寂を満たしてゆく。

 

 名を呼ばれ、カイトと同じく国王の前へ進み出たのは、あまりにもカイトと対象的な男だった。

 

 鍛え上げられた長身が身に纏う第一種軍装は他の士官達と同じく新品だが、他の若い士官達のように服に着られることは無く、むしろその男の威圧感に寄与している。

 表情は分からない。その顔は包帯に覆われ、隠しきれていない首や袖口から除く肌は、多すぎるほどの傷で覆われ、彼が潜り抜けてきた過酷な戦場を端的に表していた。

 

 傷だらけの男、スペイサイド州の英雄アレクサンダー・ウォーカーが、カイトと並んで国王に膝をつく。その所作は、その見に刻まれた無数の傷が示す荒々しい武勲が示すイメージからかけ離れた、洗練されたものだった。

 

 謁見の間に集う者達は、アレクの姿に不快感を示すもの、国王を前にしても顔を隠す不敬に憤る者、比べるのも烏滸がましい者が我が物顔でカイトと並び立っている事を嫌悪する者等々、大半はアレクに対して否定的な反応を示した。ほぼ唯一の例外は、アレクが名を呼ばれ王に跪く姿に嬉しそうに目を輝かせているエリカ位のものだった。

 

 

 謁見の間がざわつく中、カイトとアレクを含めた武勲上位5名の士官達が玉座の前に跪き、国王より労いの言葉を授けられる。

 

 心労により白くなった髪とやつれた顔により、50歳という実際の歳よりも幾分老けて見える国王ロジアスは、それでも大国の王に相応しい威厳を漂わせながら、カイト達にその武勲への労いと、これからも続く大戦への献身を求め、ある意味で無難に言葉を終えた。

 

 そして最後に、国王ではなく父親としての顔で、戦功第一位であると共に、第三王女(末娘)の命を救ったカイトへ個人的な感謝を述べた。

 

「カイト・ジャッカード少佐、改めて父親として我が娘の窮地を救ってくれた事に感謝する」

「勿体ないお言葉です、陛下。小官はただ、味方を助けんがため奮起する部下と共に馬を駆けさせただけであります。真に称賛されるべきは私と共に戦った勇敢なる兵士たちでございます」

「実力に驕らず謙虚なものだ。勿論そなたの兵達にも褒賞と栄誉を与えよう。これよりそなたの率いる部隊に()()の二つ名を使用することを許す」

 

 ロジアスの言葉に、謁見の間に集まった者達がざわめく。

 『竜』の騎士である”カナンの騎士”を神聖視する連合王国において、(ドラゴン)の意匠や名前を使用することは厳しく制限されている(勝手に家紋や旗印に使用した場合、時代によっては厳罰に処された)。王家以外で『竜』の意匠を使用し、『竜』の身体の一部を部隊の二つ名に用いることが出来るのはバランタイン公爵家とリガール辺境伯家、そして“カナンの騎士”またはそれに匹敵する武勲を挙げ、王家より許可を得た者だけである。

 

 それ故に、ロジアスの出した許可はカイトが“カナンの騎士”を襲名する後押しととらえられた。

 

 そして、カイトに与えられる報奨はそれだけではなかった。

 

「マーグレム侯よ、(つるぎ)をここへ」

 

 謁見の間に整列する貴族たちの最前列、この国で貴族達の筆頭たる七大貴族の当主またはその代理達が並ぶ中から、赤錆色の髪色をした青年が歩み出る。

 他の当主達よりもかなり若いその男、当代のマーグレム侯爵はロジアスに恭しく頭を下げると、控えさせていた配下に手振りで指示を与え、ロジアスの望むものを運ばせる。

 

 マーグレム家の家臣によって謁見の間に運び込まれた一抱え程の大きさの木箱が、近衛騎士(近衛第一師団所属の士官)に渡される。マーグレム侯爵と共に中身を改めたその騎士は目を剥き、騎士としての職務を全うして辛うじて声は上げなかったが、侯爵へと目線で確認をとる。

 マーグレム侯爵は“問題ない”と頷き、木箱を受け取った近衛騎士と共にロジアスの下へと歩み寄る。そして近衛騎士が、木箱の箱を明けた状態でロジアスへと差し出す。

 

 ロジアスは大儀そうに、その木箱の中身を取り出し、謁見の間に控える全ての人々へと、金の装飾の施された鞘に収められた()を掲げた。

 

「おい、あの剣…」

「まさか…いや、だがジャッカード少佐であれば…」

「なんと…」

 

 貴族達を中心にどよめきが広がる。王の御前であるにも関わらず、多くの者達が王の掲げる剣に、そしてその剣が下賜されるであろうカイトに興味と興奮、そして畏怖の視線を送る。

 

 好奇と興奮の只中で、ロジアスが苦労しながら剣を鞘から抜き放つ。加齢と心労で衰えたとはいえ、王太子時代には騎兵として戦場を駆けたロジアスが、通常の長剣と比較してやや刀身が長く幅もある程度の剣を抜くのに苦戦するなど、本来なら嗤われても仕方が無い。だが、それを見た多くの人々、特にその()の伝説を知る者達は、片手で剣を抜けたことをむしろ心の中で称賛したほどだった。

 

 謁見の間の全ての人々が、剣を抜き放ったロジアス本人すらも、その一本の()に魅入られたように視線を惹きつけられた。

 

 月のない夜の闇の如き漆黒の刀身、余計な装飾など無く、ただ武器としての機能性のみを突き詰めた分厚く鋭いその剣には、それを見た者達に己の死と、それを与える者への畏怖を抱かせる禍々しさを有していた。

 

(クロ)(ツルギ)…」

「隕鉄剣…三代目“カナンの騎士”の神滅の魔剣」

「本物だ…」

「馬鹿な…あの剣は国宝だぞ」

「マーグレム侯爵家が王家より管理を任される五振りの名剣の一角、まさか生きてこの目で拝める日がくるとは」

 

 ざわめきはより大きくなる。

 

 さもありなん、国王ロジアスが掲げた漆黒の剣こそは、歴代最強の誉れ高き三代目“カナンの騎士”グラッパ・ザーレの佩刀“(クロ)(ツルギ)”。当時の連合王国が最高の職人を総動員し、古の時代に天空より堕ちた星より得られた特別な鉄を鋳溶かし、最新にして最高の技術をかけてグラッパの技巧に耐えうる武具として生み出された『最強の剣』。通常の鋼鉄の倍以上に重く、どれほど激しく振るおうと決して折れず曲がらない、剣士にとって理想の剣である。

 歴代“カナンの騎士”の用いた武具の中でも格が一つ違うと評され、王家より“鉄”の異名と連合王国最高峰の鍛冶師集団を傘下に収めるマーグレム侯爵家へと管理を任された『国宝』である。

 

「カイト・ジャッカードよ、聞くところによればそなたの使用していた剣は我が娘を救った際に、そなたの技量に耐えられず折れてしまったそうだな?」

「お恥ずかしい話です。小官の技量が未熟であった証拠でございます」

「謙遜は良い。そなたの使っていた剣はマーグレム侯が用意した業物であろう? そなたの力を十全に発揮してもらうために、私が託せるのはこれくらいしか思いつかぬ。どうか受け取ってくれ」

「有り難く…」

 

 鞘に納められた黒剣を、恭しく膝をついたカイトが受け取った。

 

 カイトの栄誉を祝福するように、謁見の間に万雷の拍手が満ちる。

 第三王女アイネをはじめとして、カイトに心酔する若手の貴族や士官達、“革新派”の貴族達、それどころか“王党派”の重鎮までが熱心に手を叩いている。

 

 今この刻、カイト・ジャッカードの栄光は絶頂に達していた。

 

 

 

 

 周囲に合わせて手を叩きながら、カレウスは苦虫を噛み潰したような顔で、舌打ちしそうになるのを懸命に堪えた。

 一方で、アレクは周囲に合わせて手を叩きながら、何の感情も浮かべていない冷徹な瞳で、カイトの一挙手一投足を観察していた。

 

 

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