ーーー征服歴1500年11月 王都カルネアス 大広間ーーー
受勲式典の後、受勲された士官達を労うという名目で、四年ぶりに王家主催の晩餐会が催される運びとなった。
とはいえ、日中に執り行われた式典から晩餐会が行われる夜まで時間が空き、その間に女性陣は夜会用の綺羅びやかなドレスへとその装いを一変させ(野郎共の大半は式典で着ていた礼装である)、久々の晩餐会へと己のパートナーにエスコートされて参加した。
豪奢なシャンデリアで照らされた大広間で、王家お抱えの楽団が奏でる音楽に合わせて、カップル達がダンスを踊る。
勇壮な軍服姿の若者達と華やかなドレスを着た美女達が優雅に踊る中で、一組の男女が会場中の注目を集めていた。
「むぅ…納得いかないわ」
「なんでだよ」
体のラインの浮き出る燃えるような緋色のドレスに、結い上げた銀髪には薔薇のコサージュ、そしてドレスと同じ色の光沢のある長手袋で着飾ったエリカは、笑顔を保ったまま己のパートナーに不満を述べる。
対して、卸したての軍装を纏い、包帯で疵だらけの顔を隠したアレクは、同じく笑顔を保ったままエリカに切り返す。
「だって…こういう時は経験豊富な私がリードするものじゃないかしら? ほら、三代目“カナンの騎士”の奥様の逸話みたいに!」
「物語の読みすぎだ。あと、そういう世迷い言はステップをミスしないようになってからほざけ」
「辛辣過ぎない!?」
端から見れば、アレクとエリカはお手本のような完璧な所作でダンスを踊っているように見える。
事実、エリカをエスコートして会場入りし、更に最初のダンスの相手まで務めるアレクに対して向けられていた周囲の(特に若い士官や貴族子弟)嫉妬の眼差しは、貴族として手本となりそうな程の完璧な所作に感心の畏怖へと変化している。
実際には、軍人生活にかまけてダンスの修練を怠って動きを忘れかけていたエリカをアレクがフォローしていたのだが。
ただでさえ周囲の視線に胃の痛い思いをしているアレク(徹夜明け)の口調がきつくなるのは致し方ない事である。
「そもそも貴方、四年間まともにダンスなんてしてないわよね!?」
「一回身体が覚えれば忘れないだろ?」
「そうかしら…あれ?」
最適な動きで敵を殺さねば死ぬ最前線の戦場で、幼い頃から学んだカルネアス流剣術の型と前日出来た最良の動作を記憶のみで再現し、死線をくぐり抜け続けたアレクにとって、学園入学前に叩き込まれたダンスを記憶通りに踊る程度は造作もない事だった。
「私より上手いし…」
「兄さんに血反吐を吐くくらい厳しく叩き込まれたからな…」
「…こう言うと失礼かもだけど、貴方も貴方のお兄さまも地方貴族よね。ここまでの技量必要?」
「むしろ弱小貴族だからこそ、舐められないようにこういう教養が必要なんだよ。
貴族社会において必須技能とされる礼儀作法や社交界でのダンスは、相手の貴族としての教養を測る客観的な物差しであり、ここで低い評価を下された者は貴族社会において
これは、吹けば飛ぶような弱小貴族だったウォーカー男爵家も変わりは無く、それを学園生活で身を以て体感したアレクの兄イースレイは、弟の為を思って彼に厳しく現在流行のダンスを叩き込んだ。
「そう言えば、何故か兄さんは女性側のダンスも上手くてな」
「お義姉さんが相手とかじゃなかったのね…」
「ああ…長年疑問だったから、いい機会だしダニエル様に聞いてみたんだよ」
「そう言えば親友だって言ってたものね」
淀み無ダンスを踊りながら、アレクは遠い目で兄の親友だったと言うエリカの兄ダニエルの話を思い出す。
「なんでも、学園時代に兄さんはアリウス様とダニエル様のダンスの練習相手だったらしい」
「…貴方のお兄さまって実は女だったの?」
「そんなわけ無いだろ…何でも、学園に入学するまで面倒だからダンスの練習をサボっていた二人よりダンスが上手かったのと、下手に練習相手に女性を誘えないから、仕方なく女役をやっていたらしい」
「えぇ…」
なんとなく、夜の学園で美形な王子と自分の兄、そしてアレクの兄がダンスを踊る耽美な空間が思い浮かんだエリカは、これは自分じゃなくこの手の話が好きなご令嬢向けだなと益体も無い事を思い浮かべた。
他愛もない雑談が終わったところで、音楽が終わる。アレクとエリカはお手本のように整ったお辞儀をして、ホールの中央から下がった。