ーーー征服歴1500年11月 王都カルネアス 大広間ーーー
ダンスを終え、給仕から果実水を受け取ったアレクとエリカが喉を潤しているところに声がかかる。
「見事なダンスでしたわね、エリカ
「光栄ですわ、
豪奢な金髪とサファイアのような蒼い瞳、幼さの残る端正な顔立ちの美少女が、エリカより僅かに劣るが十二分に豊かな胸を反らせる。
エリカとアレクの前に立つ第三王女アイネが、高慢さが滲む美声で形だけエリカのダンスを讃える。
対してエリカは、アレクや仲の良いリーズ達に対するような子供っぽさの残る態度を仕舞い込み、艶然と微笑みながら、貴族令嬢としてお手本のような所作でカーテシーを返す。
そんなエリカの態度に満足気に目を細めたアイネは、優雅さよりも傲慢さが勝る笑みで、学生時代一度も勝てなかった相手が見せた
「ですがパートナーは随分見窄らしいみたいですわね?」
「あら、そうでしょうか? 私にとっては最高のパートナーですよ?」
アレクを視界にすら入れないアイネの侮蔑の籠もった発言にも、エリカは表情を崩すこと無く、どころか誇らしげに自身の御眼鏡に適った男を自慢する。
嫌味が嫌味として成り立っていないエリカの態度に形の良い眉をひそめたアイネが、不快気にエリカの後ろに従者のように控えるアレクへ視線を向ける。
「フン、あのエリカ先輩が親族以外の相手と踊ったからと言うから見に来て見れば、この目出度い席で顔を見せることすら出来ない貧相な男ですわね」
切り裂くような敵意のこもったアイネの言葉に、アレクは無言のまま頭を下げる。
目上の人間に許可なく言葉を発する事を控えるアレクの様子に(本音は関わり合いになりたくない)、アイネは王族としての鷹揚さと高慢さを発揮してアレクに、許可を下す。
「ああ構いませんわ、名を名乗ることを許します」
「アレクサンダー・ウォーカーと申します、第三王女殿下。陸軍において過分ながら大尉の階級を頂いております」
「…作法は最低限身につけているようですわね。私はアイネ・ヴィーテ、ヴィーテ・ガスク連合王国第12代国王ロジアス・ヴィーテが第五子ですわ」
お互い作法通り、アレクは恭しく腰を折り、相手はカーテシーを返す。
型通りの挨拶を終えたアイネは、改めてエリカが己のパートナーとして連れてきた得体の知れない男を値踏みするように眺める。
身長は
「それなりに鍛えているようですけど、まるで野獣のようですわね。それにウォーカーなんて家名は聞いたこともありませんわ」
「スペイサイド州の片隅の辺境を治めさせて頂いていましたが、武運拙く今回の戦争で滅んでしまいましたので、殿下のお耳を汚すような事はなかったのでしょう」
「ふん、
アイネの何気ない一言に、感情を表に出さないよう微笑みで表情を固定していたエリカが眉を顰め、アイネに近づこうとするが、アレクの手で制される。
思わずアレクを睨むエリカと、勝ち誇るように傲慢な笑みを浮かべるアイネが目にしたのは、無言のまま佇むアレクの包帯で覆われた顔だった。
「あら、何か言い返す事は無いのかしら?」
「……申し訳ありません、殿下。殿下の言葉を否定する事は不敬に当たるので出来ませんが、肯定する事は我が故郷を守るために散った兄上達を侮辱することになります。然らば、こうして何も答えないことを返事とさせて頂きたく」
傲慢で頭の足りない小娘ではあるが、曲がりなりにもこの国で最も高貴な存在に、アレクは最大限の礼を尽くして腰を折る。
だが、末娘として国王にも家臣たちにも甘やかされて育ったアイネに、アレクの気遣いは通用しない。
それどころか、包帯で顔を隠し表情が見えないアレクの慇懃過ぎる態度を、アイネは自身を隠れて嘲弄していると解釈した。
「っ…下賤な身分でこのわたくしの言葉に異を唱えるなど無礼ですわよ! そもそも、陛下も出席するこの祝の席において包帯で素顔を隠すなど不敬ですわ! 今すぐその薄汚れた包帯を取りなさい!」
金切り声をあげて、アイネはアレクに包帯をとり、その傷だらけの顔を晒せと命令する。
「アイネ殿下…っ」
「やめろエリカ、申し訳ありません殿下。ご不快な事は理解いたしますが、私の顔は少々、淑女の皆様には刺激が強いのです。会場入りする前に侍従の方々に許可も頂いております。何卒ご容赦を」
殺気の籠もった目でアイネに近づくエリカを小声で制し、アレクは王女の怒りを解こうと丁寧に説明する。
だが、我儘放題に育てられたアイネに、身分が違いすぎるアレクの態度と言葉は逆効果にしかならない。
「お黙りなさい! 私も少尉として戦場に出ています、それ以上の抗命は不敬とみなしますわよ!?」
「ですから…」
「うるさいですわよ! ああもしかして、戦傷というのは嘘で、不細工過ぎてエリカの隣に立つのが見窄らしいから、そうやって必死に隠しているのかしら?」
アイネが侮蔑と嘲弄を浮かべた顔でアレクを責立てる。
周囲にはアイネに迎合する、彼女と同じ“カイト支持派”の貴族や士官達が集まり、同じようにアレクを嘲笑う。
エリカは剣があったら今にも斬りかかって行きそうな程の殺気を放っているが、アレクはエリカを制しながら、泰然と肩を竦める。
「…承知しました」
「アレク…っ」
エリカが逐次たる思いで唇を噛むが、アレクはそんなエリカを一瞬だけ優しげな目で振り替えると、気負いのない様子で顔に巻かれた包帯を解き、その凶相を衆目に曝した。
アレクの傷だらけの顔を目の当たりにしたアイネも、そして周囲の貴族達も、そのあまりにも無惨な姿に言葉を失い顔を青ざめさせる。
沈黙が空間を支配する中、最初に声を発したのはアイネだった。
「ひっ…キャアアァァァァァァ!!!!!」
文字通り絹を裂く悲鳴が、大広間を駆け抜ける。
腰を抜かし、情けなく床に尻をついたアイネが、その美貌を恐怖に歪めて半狂乱になって叫ぶ。
「い嫌ぁ!!
アイネの叫びを肯定するように、彼女と同じようにアレクに怯えた令嬢や婦人達、一部の戦場を知らない貴族達が怯えながら、警備の近衛騎士達を呼ぼうとする。
一部の軍人貴族達はその様を不快気な目で見つめ、軍人である近衛騎士達も、激戦をくぐり抜けた証であるアレクの姿に敬意を払い、その姿を否定する愚か者達に迎合すること無く会場の警備を続ける。
「アイネ…殿下、大丈夫ですか!?」
どうやってこの大騒ぎを抑えようか、無表情の下で途方に暮れていた(ついでにエリカを抑え込んでいた)アレクの視界に、金髪の貴公子が現れる。
「か、カイト!? あぁ助けて下さいまし! あの化物に殺されてしまいますわ!」
「アイネ殿下、ご安心下さい。僕がいれば大丈夫ですから」
取り縋るアイネを優しく抱き起こし、芝居がかった仕草で笑いかける。
恋人の整った容姿を間近で見たアイネはつい先程まで恐怖で歪んでいた顔を赤く染め、さり気なくカイトに自慢の豊乳を押し付けながら、カイトの後ろに隠れる。
「アイネ殿下…おい貴様、殿下に何をした!」
義憤に突き動かされたカイトが、自らの恋人の一人であるアイネを怯えさせる
アレクは面倒な奴がしゃしゃり出てきた事に、本格的に途方に暮れて、助けを求めてチラリとエリカを見るが、淑女なら絶対にしてはいけなさそうな、牙をむき出して威嚇する猟犬の如き顔の想い人を見て“あ、これ自分がなんとかしないと血の雨が降るやつだ”と気を引き締める。
「何とか言ったらどうだ!? それにエリカ嬢を放せ、彼女は君のような奴が触れて良い人じゃないぞ!」
恐らくエリカを抑えているのを人質か何かと勘違いしているカイトに、どうやって誤解を解くか本格的に頭を悩ませる。
「エリカ、取り敢えず落ち着け。ほらジュースとクッキーだ」
「ゴクゴク…グルルル…モグッ…ふぅ、落ち着いたわ」
「それは良かった。あとできればその得物を探す目はやめておけ」
取り敢えず手元の狂犬をなんとかしようと、アレクは仕事の出来る給仕の運んできた飲み物とお菓子を与えて宥め、誰か何とかしてくれないかなぁと他力本願な願望を心の中で呟く。
「おい、いい加減に…」
「随分と騒々しかったようだけど、そろそろ落ち着いたかな?」
いっそエリカを抱えて逃げようかと駄目な方向に覚悟を決め始めたアレクを咎めるように叫ぶカイトに被せて、明るく朗らかな声が人混みの後ろから投げかけられた。
「あ、アリウス殿下!」
遅ればせながら、この場を納められるだけの格と知性を有する人物が登場した。
2話どころか3話かかりそうです…
次々回は濡れ場の予定