※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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89話 宣戦布告

ーーー征服歴1500年11月 王都カルネアス 大広間ーーー

 

 人混みの中から現れた第1王子アリウスは、怯えて震えるアイネ()ではなく、傷だらけの凶相をさらすアレクを庇うように、二人の間に進み出た。

 

「すまないね、ウォーカー大尉。妹が迷惑をかけたみたいだ」

「いえ、自分の不徳の致すところです」

 

 朗らかに、だが目だけは真剣に謝罪するアリウスに、アレクもまた心底申し訳無さそうに頭を下げる。

 

「あ、アリウス兄様!? 何故そんな奴に謝罪を!?」

「アリウス殿下、何を!?」

 

 第一王子でありながら簡単に、しかも身分がはるか下の相手に頭を下げたアリウスに、アイネは激昂しカイトも疑問を呈するが、アリウスは穏やかな顔のまま二人を諭す。

 

「アイネ、君も王族なら、国を護り仲間を助けて傷ついた者を嘲笑ってはいけないよ。怯えるのはいい、怖がるのも仕方のない事だ。でも、戦い抜いた末に傷ついた戦士を罵倒することだけはしてはいけない、それをしてしまえば、王族(支配者)なんて生き物は存在意義を失ってしまう」

「っ…」

 

 アリウスの優しく、それでいて己の行動を真っ向から否定する言葉に、アイネは唇を咬み表情を隠すように俯く。

 それは、比較的疎遠な兄(アイネの母は第三王妃で身分も低い)からの苦言に恥じ入り反省しているように見えた。だが彼女の内心は、恋人を含む衆目の前で叱られ恥をかかされたという身勝手な悔しさだった。

 アリウスやエリカ、そしてアレクもそれに気付くことは無かった。

 

 そしてアリウスは、この国の“英雄”であり、学園時代の後輩にも穏やかな声音で苦言を呈する。

 

「カイト、君もだよ。正義感が強いのはいいけど、一方の言葉だけを信じて相手を断罪し続ければ、いつかしっぺ返しを食らうよ?」

「…申しわけありません、殿下」

 

 騒ぎの元凶のうち二人を沈黙させたアリウスは、最後に自分が、そして国王と七大貴族の当主達がこの会場に来るのが遅れた原因について言及する。

 

「君は今から“()()()()()()()()()を受けるんだから、肝に銘じておくように」

「は、はい…え!?」

 

 アイネと異なり、きちんとアリウスの言葉に恐縮していたカイトは、彼の何気ない一言に言葉を詰まらせる。

 

「か、カイト!?」

「あ、ああ。アリウス殿下、それは真ですか!?」

 

 アイネとカイトが目を輝かせてアリウスに迫る。

 巷で噂され、受勲式典で渡された報奨などからもほぼ確実視されてはいたが、こうして決定権を持つ人間が言及した事に、二人共大いに期待を寄せた。

 

 アリウスはその様子に、サプライズパーティーに成功した時のように楽しそうな笑みを浮かべ頷く。

 

 もしもこの場に、彼の親友であるエリカの兄ダニエルや、アレクの兄イースレイがいれば、彼の目の奥に酷薄な光が宿っている事に気がつけたかもしれないが、この場にアリウスの本心を看破出来る人間はいなかった。

 

「この場で嘘なんてつかないさ。ほら、そろそろ…」

 

 アリウスの言葉に合わせるように、宮廷楽団が国王の登場を告げる勇壮な音楽を奏でる。

 

 アリウスを筆頭に、この国で最も貴き男が部屋の中心へ進み出るのを背筋を伸ばし待機する。

 

 少しやつれた、だが連合王国という大国を背負うに足る威厳を顔に宿し、忠臣たる七大貴族の当主達を引き連れた連合王国国王ロジアスは、畏まる会場の臣下たちに手振りで楽にするよう指示を出す。

 そして会場の緊張が緩和されたところで、息子と同じ穏やかな、それでいてよく耳に残る重厚な声で、会場の者達に声を掛ける。

 

「歓談中のところすまぬな、皆の衆。ちと円卓の間での話が盛り上がり過ぎたようだ」

 

 円卓の間とは、国王と王太子、そして七大貴族の当主が集まる際に使用される特別な会議室であり、かつては国の大事はこの部屋の中で決まると言われていた。

 とはいえ、行政が肥大化し国王や大貴族の権力の多くが各省庁と議会に委譲された現在においては、この部屋で話されるのは暇を持て余したり逆に忙しすぎる国王と七大貴族達の愚痴位である。

 

 だが、それは年に一回行われる定例会での話であり、それすら大戦が始まってからは無期限中止とされていた。

 

 その円卓の間が使用された事、そして現在において、唯一円卓の間で有意義に話し合われる話題という部分で、察しの良い貴族達は気づく。

 

『遂に新たな“カナンの騎士”が国王に推薦された』と。

 

 国王の手前、露骨に騒ぎ立てる者はいないが、多くの貴族達、とくに以前からカイトを“カナンの騎士”とするべく蠢動していた“革新派”や、カイトに心酔する若い貴族達が色めき立つ。

 

「ゴホン!」

 

 国王ロジアスの隣に立つ、眼鏡をかけた神経質で幸の薄そうな男が咳払いをして、会場のざわめきを鎮める。

 全ての人々がロジアスの言葉を傾聴する姿勢になったところで、ロジアスが会場の人々の予想と期待通りの話題を口にする。

 

「カイト・ジャッカードよ、ここへ」

「ハッ!」

 

 名を呼ばれたカイトが颯爽とロジアスの前に進み出て、片膝をつく。

 

「先程、ジャッカード公爵とケルビム公爵、そしてマーグレム侯爵より円卓の間にて、そなたを“カナンの騎士”に推薦したいとの提案があった」

 

 希望していた通りの展開に、カイトは誇らしげに胸を張りその隣でアイネは目を輝かせる。

 

「そなたのこれまでの功績、そしてその実力は確かなものであり、余としてもこの推薦を拒否することはない」

 

 ロジアスの言葉に、カイトに近しい者達は全員が己のこの先の栄達と栄光を夢見て頬を緩め━━━

 

「また」

 

 続く国王の言葉に、“おや”と首を傾げる。

 

「先代リガール辺境伯は、ジャッカード少佐の推薦に対して異を唱えず、その()()を使用しないことを宣言した」

 

 “おおぉ”と、抑えた歓声が上がる。

 “カナンの騎士”襲名において、その最後の壁として立ち塞がるリガール家がその特権を行使し“カナンの騎士”候補に決闘を挑むことは無いと、すなわちカイトが“カナンの騎士”にふさわしいと宣言したのだと、感嘆の声をあげた者達は考えた。

 だが━━━、

 

「だが」

 

 続くロジアスの言葉に、歓声を上げていた者達は気勢を削がれる。

 

「実はの、バランタイン公爵およびミスト侯爵より、()()()()()()()()()と提案があったのだ」

 

 会場に困惑が広がる。

 現在の連合王国において、カイトに匹敵する武功を挙げた者など、将軍達を除けばリガール家の嫡男位しかいない。そしてリガール家はカイトを()()()。ならば誰が、と。

 

()()()()()()()()()()()()()よ、これへ」

「ハッ」

 

 

 カイトと異なり悠然と、そして興奮で僅かに乱れたカイトとは対照的に整った所作で、アレクはロジアスの前に片膝をつく。未だに、傷だらけの凶相を晒して。

 

「…ふむ、式典の際には包帯で隠れて見えなんだが、どうやら随分と苦労したようだの?」

「勿体ないお言葉です。ですがこの傷はすべて小官の未熟によるものでありますれば…」

「謙遜は良い。息子からも聞いておる、ここまで()()()()()()の」

「…有り難く」

 

 ロジアスの本心からの、慈愛に満ちた労いにアレクは深々と頭を下げるのみで応える。

 

 歴戦の勇士に、国王が心からの労いを授ける。その象徴的な、そして軍人にとって最高の栄誉たる場面に、アレクが前に出た事を苦々しく見ていた者たちですら、素直に畏敬と感嘆の溜息をつく。

 

 だが流石に、次に続く言葉で不満と不平を取り戻す事となる。

 

「さて、この者はスペイサイド州にて幾度となく味方を救い、最後にはかの獣国の八大将軍が一角、ゾート・ガッフェル将軍を討ち果たした」

 

 王のアレクに対する称賛も、会場の不満げな空気を覆すには至らない。

 スペイサイド州という()()()()戦場で、しかも後進国たる獣国の将軍を討ち取った()()で、その武功がまるでカイトに比肩するかのように語られるなどあってはならないと、アイネを中心にカイトに心酔する者達が王を睨む。

 

「その武功、そして壮絶な戦場を己が剣腕のみで切り抜けた実力を以て、バランタイン公とミスト侯はそなたを推薦した」

 

 アレクが畏まり、改めて頭を垂れる。

 

「お、お待ち下さいおと…陛下!」

「ふむ、アイネよいかがした?」

「ど、どうしたもこうしたもありません。“カナンの騎士”に推薦されるには王族か、または七大貴族のうち三家以上の推薦が必要です。二家のみでは意味がありません!」

 

 アイネの甲高い言葉に、彼女を溺愛するロジアスは目を細める。

 

「ふむ、順を追って話すつもりであったが、若い者は長話が苦手なようだの」

 

 しみじみと、若干見当違いな解釈でロジアスは自慢の髭を撫でる。

 

「安心せよアイネ、バランタイン公とミスト侯に加え、ラーズ侯爵もまた、ウォーカー大尉の推薦に賛成したのじゃ」

 

 先程咳払いをした、ロジアスの横に控える男、連合王国宰相コウヤ・ラーズは、眼鏡の弦を押し上げると、厳かに頷く。

 

「王国宰相ではなく、ラーズ侯爵として私もまたウォーカー大尉を“カナンの騎士”に推薦いたします」

 

 会場がさらにざわめく。

 これは事実上、七大貴族が二つの陣営に分かれた事を意味し、更に七大貴族の半分が、カイトを認めていないとすら捉えられるからだ。

 

 会場の過半を占める“カイト支持派”とも言える者達はアレクを、カイトの栄誉を穢す悪役を憎悪の籠もった目で睨みつける。

 

 アレクは微動だにせず、頭を下げたままロジアスの言葉を待つ。

 対してロジアスは穏やかな表情で、だがその瞳の奥に酷薄な色を浮かべながら周囲でざわめく有象無象達を睥睨する。

 そしてざわめきが収まるのを待ち、改めて連合王国国王ロジアスが跪く二人の“英雄”へと問う。

 

「ジャッカード少佐、そしてウォーカー大尉よ」

「「ハッ」」

 

 二人はピタリと声を揃え、国王の次の言葉を傾聴する。

 

「二人に問おう。そなた達は、次代の“カナンの騎士”を、この国最強の騎士の座を欲するか?」

「「それが陛下のご意思とあらば」」

 

 初代と二代目を除き、“カナンの騎士”に推薦された英雄達にかけられる国王からの最後の問い。カイトもアレクもまた、かつて先人達が繰り返した文言を王へと返す。

 

「良かろう。ならばその武を、()()()()()にて示すが良い」

 

 ロジアスが言葉を締めくくる。

 

 

 

 ここに、“カナンの騎士”継承を賭けたカイトとアレクの、その誇りと命を賭けた決闘が定められた。

 

 

 

 




これにて継承編前半は終了です。

次回は濡れ場の予定
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