ーーー征服歴1500年12月 王都カルネアス バスカード闘技場ーーー
王都カルネアス。
かつて
ガスク族の侵攻を食い止めた急造の砦は王宮の基礎となり、激戦が繰り広げられた平原には王都民の住まう家々が建ち並んだ。
そして、二つの勢力が和解するきっかけとなった英雄達の決闘の舞台となった砦北部の丘には、その伝説を後の時代に伝えるという名目で、ある施設が建設された。
それこそが、晩年の初代“カナンの騎士”ロイ・リガールが音頭をとり命名した、自身の最高の好敵手にして義父でもあった男の名を冠する
およそ150年前、『僭王ヴィサリオの乱』と呼ばれる連合王国最大最悪の内乱により、王都の半分が灰燼と帰した後も、この闘技場は戦火を免れ、その後の王都再建の際に王宮や数多の省庁が建て直される中でも、往年の姿を保ち続けた。
3年に一度行われる王家主催の剣術大会や凱旋式などの式典、王立劇団の公演など、様々なイベントで活用されるこの闘技場において、最も有名なイベントこそが、歴代“カナンの騎士”襲名を賭けた決闘である。
初代と二代目、そして内乱による特例で襲名した四代目を除く歴代の騎士達、そして推薦されながらリガール家の者達に敗北した“候補”達は、初代とバスカードの如くこの闘技場で己の全てを出し尽くして戦い、勝利し、または敗北した。
また、異説ではあるが、『僭王ヴィサリオの乱』を平定した四代目“カナンの騎士”フィラルド・バランタインはこの内乱の最終盤、王都奪還戦において僭王ヴィサリオと彼が指名し、“黒キ剣“を下賜した偽りの“カナンの騎士”偽竜グザルフをこの闘技場へ追い詰め、グザルフと最後の一騎打ちを行い討ち果たしたとされている。
それでも、長い歴史の中で二人の”カナンの騎士“候補が激突する事は無かった。
晩餐会の翌日に発表され、王都の新聞社各社が号外として拡散されたこの珍事は、その情報に触れた者達に驚きと、そして
『”西の英雄“カイト・ジャッカードと比肩する英雄などいるのか?』と。
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決闘当日、アレクとカイトの決闘が始まるのは太陽が中天に昇る頃だが、闘技場には多くの観客が詰めかけた。
数万人が収容できる闘技場の観客席、その中でも王族や高位貴族のみが通される貴賓席はまだ一人しか席が埋まっていない。
唯一席につく赤錆色の髪をした青年は、葉巻をふかしながら、つまらなそうな顔で一般席を埋める平民達を眺めている。
「勿体ねぇな〜、入場料とればボロ儲けだろうに…」
「神聖な決闘で金を取れるわけねぇだろうが、マーグレムの若造」
若きマーグレム侯爵ドーラスの呟きを、後から貴賓席に入ってきたバランタイン公爵ヴォルスが咎める。
「ハッ、戦争で財政難だったのにこういうところで儲けようとしないとか、高潔通り越して金儲けの仕方がわかってねぇんじゃねえか? そこんとこどうなんだよ、ヴォルスのおっさん?」
「俺はまだおっさんじゃねぇ! じゃねぇや、施設の飲食店からの収入はしっかり徴収してるから大丈夫だろ」
「あぁそっちで儲けてんのか、やるぅ!」
「伊達に長年競馬場の運営と胴元やってねぇからな!」
本心から感嘆しているトーラスと共に、ヴォルスもニヤリと笑って席についた。
因みに、この闘技場の管理は王家からバランタイン公爵家に委託されており、この手のイベントの管理も行っていたりする。敢えて入場料を下げて人を集め、食事や酒などを売りつけて儲けを出す手腕は領内の競馬場やカジノ経営でノウハウを蓄積した結果である。流石に今回は大っぴらに賭けは行われていないが…。
「やろうとしたけど賭けが成り立たなかったんだろ?」
「そうそうジャッカードのとこの坊主に偏りすぎて…ってやってねぇぞ!?」
ポロリと本音を零しそうになったヴォルスの様子に、トーラスは苦笑する。
そして溜息をつきながらトーラスの隣に腰をおろし、懐から葉巻を取り出し口にくわえたヴォルスに、トーラスはライターで火を点ける。
一本で平民の平均月収を超える高級品を美味そうに吸ったヴォルスは、紫煙を吐きながら息子より歳下の若者に改めて問う。
「おい若造、どういうつもりだ?」
「どうって何だよ、俺は未熟者だから、具体的にいわねぇとわかんねぇぜ」
「ケッ、ジャッカードの坊主の事だっての」
「あぁ、”黒キ剣“は陛下の指示だぜ?」
「あれは
不機嫌そうにヴォルスが鼻を鳴らす。
「あぁ…おっさんとこにはそうだろうな」
トーラスはニヤニヤ笑いながら葉巻をふかす。
三代目”カナンの騎士“グラッパ・ザーレの愛剣”黒キ剣“は、グラッパと共に膨大な数の死体の山を築き上げ、連合王国の敵たる全ての国々と宗教勢力を震え上げさせた。
グラッパの没後、王家へ献上された”黒キ剣“は、王国最悪の内戦『僭王ヴィサリオの乱』において、今度は連合王国そのものに牙を剥いた。
僭王ヴィサリオより”黒キ剣“を与えられた偽竜グザルフは、偽りでこそあるが”カナンの騎士“の名にふさわしい実力の持ち主であり、五年間の内線において、七大貴族を含む反僭王派の貴族軍を撃滅し、特にバランタイン家やリガール家のような武闘派貴族は当主を含む一族の人間すら戦死する程の被害を受けた。
その為、バランタイン家やリガール家にとって、”黒キ剣“はあまり良い印象がなく、それをまだ”カナンの騎士“になってもいない人間に与えるのが自分達への挑発とすら考えられた程だ。
「こないだ円卓の間で話しただろ? 別に他意はねぇって。
カイトに見合う武器がもうあれ位しか無かったんだよ」
「お前のとこの工房で新しい武器造れよ」
「”黒キ剣“より上の武器なんざもう造れねえだろ。素材もねえし、金もねぇっての」
かつてグラッパが手に入れた隕石と国家予算規模の財宝は、”黒キ剣“を創造する過程で全て使い切られた。また後の内乱により当時の技術が散逸してしまい再現も出来ない。そのため、多少の整備は出来ても再生産は不可能となっていた。
「…おい若造、お前も陛下も
「”
「…ま、そうだな」
エリカ・リガールを嫁がせる事も含めた、カイトの懐柔策は、肝心のエリカが死んでも認めないだろう事に目を瞑れば、最もリスクが低い策ではある。
むしろ、アレクという異物を投入して事態を引っかき回そうとするヴォルスやミランダの行動に、他の七大貴族が眉を顰めた程だ。
「つかよぉ、そっちこそ大丈夫なのかよ?」
「何がだ?」
「ヴォルスのおっさんとミランダの姉御が推薦した奴だよ、あー…そうだウォーカー大尉だったか?」
トーラスは元々あまり良くない目つきを更に悪くして、曲がりなりにも安定していた七大貴族の結束を乱したヴォルスに、その手駒として表舞台に引きずり出された哀れな男の事を尋ねる。
「どこの馬の骨か知らねぇが、わざわざエリカ嬢を近付けて仲良くさせる
トーラスは言動こそ礼儀に外れてはいるが、七大貴族の連帯については彼なりに重視している。
確かに、カイトの学園時代の学友として、彼の
そんな若き侯爵の気遣いにたいして、軍人としても政治家としても、そして何よりも武人として、酸いも甘いも噛み分けたヴォルスは苦笑を返す。
「だからお前は若造なんだよ、マーグレムの若造」
「何…?」
「逆に聞くがよ、まさか俺達がただの
獰猛に笑うヴォルスを、トーラスは警戒心を強めた目で睨む。
「…勝つつもりかよ、カイトに。あの天才に」
「少なくとも、ウォーカー大尉は勝てると思ってるぜ?」
「……そうかよ」
二人の会話が途切れる。
そして他の七大貴族の当主達が現れるまで、二人は無言のまま、葉巻をふかし続けた。