ーーー征服歴1500年12月 王都カルネアス バスカード闘技場ーーー
決闘の開始時刻が近づき、闘技場の観客席が埋まってゆく。
だが、その埋まり方には偏りがある。
バスカード闘技場において、決闘の出場者が入場するのは北と南に設置されたゲートである。これは“カナン平原の決闘”において二人の英雄が登場した方角と同じであった。
そして、これまでの”カナンの騎士“襲名における決闘では、”カナンの騎士“候補は初代と同じく南から、そしてその候補を裁定するリガール家の戦士は彼らの先祖でもあるバスカードと同じく北から登場する。因みに、王が観覧する貴賓席もまた、過去の記録に則り西に置かれている。
今回は決闘を行うのがいずれも”カナンの騎士“候補なのだが、様々な思惑からカイトが南、アレクが北から入場する予定となっていた。
その為、カイトを応援する観客は南に、アレクを応援する観客は北に席を取ろうとするのだが、殆どの観客が南側に向かおうとするので、誘導員があぶれた観客を北側に誘導して言い争うになることすらあった。
そんな中で、貴賓席を除いて北側で一番良い席にポツンと、一人の美女が座っている。
白い毛皮のコートに、羊毛で作った耳当て付きの白い帽子を被った雪の妖精の如き美女は、金色の瞳を不機嫌そうに細めながら、殆ど人がひしめき合う南側の観客席を眺めている。
「エリカお嬢様、コーヒーでございます」
「ご苦労さま、エバンス。貴方も座っていいのよ?」
「ホッホッホ、私はまだまだ若いですので立ったままで問題ありませぬ」
エリカの父より歳上の執事兼護衛は好々爺の笑みで主君の気遣いを謝絶する。
エリカはコーヒーを受け取ると、また不機嫌そうに観客席を眺める。
「ご不満そうですな、お嬢様」
「そうね〜、予想は出来てたから気にしないつもりだったけど…実際にこの目で見るとちょっと腹立つわ」
”革新派“の宣伝戦略が功を奏したのか、裏にいる
対してアレクは、戦功どころか名前すら、スペイサイド州で共に戦った兵士達以外には覚えられてすらいない。そして戦功にしても、カイトと比較して異常なほど低く評価され、それどころか卑怯な手段で他人の戦功を奪ったのではないかとすら噂されている。
「完全に悪役ですな」
「カレウスおじ様達、こうやって噂を広めてる人間も泳がせてるみたいよ…アレクが言ってたけど、後から弱みを握るためだって」
「その代わりにまたウォーカー大尉だけが貧乏籤を引くわけですか…」
エバンスが眉を顰める。
短い期間ではあるがアレクと共に戦いった彼にとって、敬愛する主君の命の恩人でもあるアレクが不当に貶される様子は忸怩たるものがある。
エリカは何も語らず、ただ決闘の開始を持つように視線を前に向け、エバンスもそれに習い、不動の姿勢で視線を固定する。
そんな張り詰めた雰囲気の主従に、エリカに声をかけようとした若い貴族子弟達は気圧され、そそくさと逃げ去った。
だが、そろそろ太陽が中天に近づくころ、エリカに声がかかる。
「あー…リガール中尉殿?」
「あら、ウェインズ中尉? 王都に来てたの?」
恐る恐るエリカに声をかけたのは、アレクの友人であり、スペイサイド方面軍の兵站参謀として馬車馬のごとく働いているはずのウーサー・ウェインズ中尉だった。
「ええまあ、つい先日。ところでリガール中尉、一体全体アレクの奴に何があったんです? なんであいつが”カナンの騎士“に推薦されるなんてことに!?」
「うーん…話せば長くなるんだけど、まあ簡潔に言うと
「お嬢様…流石に端折りすぎかと」
「機密とか面倒臭くて話せることが少ないのよね…」
先程の不機嫌さは何処へやら、ドヤ顔で豊かな胸を張るエリカに、彼女の忠実な家臣が苦言を呈する。
そして話せないことが多いというエリカの台詞から、アレクの事情を察したウーサーが眉間に皺を刻む。
「まだ…あいつを
「…ウェインズ中尉、それは」
「いいわエバンス、端から見ればそう言われても仕方ないもの」
エバンスがアーサーを咎めようとするが、エリカは鷹揚に手を振りそれを遮る。
エリカは手袋に包まれた手で隣の席を叩き、ウーサーに座るよう勧めるが、ウーサーは首を振り少し離れた席に座る。
「リガール中尉、本当は俺なんかが貴女にこんな事を聞ける身分じゃ無いのはわかってる。だけど一つだけ聞かせてくれ」
「別に気にしないわよ?」
「こっちが怖いんですよ…兎も角一つだけ」
「いいわ、どうぞ?」
促すエリカに、ウーサーは真剣な眼で、友の為に勇気を振り絞る。
「リガール中尉、あいつは…アレクは納得しているんですよね? 家族を、またボウモア家を人質にされて、こうしてさらし者にされているわけじゃないんですよね?」
もしもまた、あの傷だらけの友が理不尽な運命に翻弄されているのなら、今度こそ友の助けとなる為に、悲壮な覚悟をウーサーは言葉に込める。
エリカは、
そして自分が口止めされていない範囲で、可能な限り誠実にウーサーに真実を伝える。
「大丈夫よ、ウェインズ中尉。アレクは自分の意志で、強制された訳ではなく、この道を選んだわ」
「そう…ですか」
エリカの真っ直ぐな視線に、ウーサーは押し負けるように頷き、座席に腰を下ろす。
「馬鹿野郎…あいつまた相談も何も無く…」
「…多分、ウェインズ中尉を巻き込みたく無かったのよ」
「でしょうね…相変わらず、変なところで頑固で一人で抱え込もうとしやがって」
ウーサーは悔しそうに、ただ結果を待つしかできない自分の力不足を嘆く。
「…せめて、信じて上げなさいよ。アレクは負けないわよ?」
「
「…ふーん」
ギロリと自分を睨むウーサーに、エリカは嬉しそうに頬を釣り上げる。
「あいつが、あの地獄を一人で斬り抜けたあいつが、あんなボンボンに負けるわけないでしょうが!」
「フッ、フフッ、そうね、そうよね!」
カイトの戦功も、それを成し遂げたその実力もきちんと理解しているはずのウーサーが、それでもアレクの勝利を疑っていない事に、エリカは嬉しそうに笑う。
エリカはつい今しがたまで、きっとこの闘技場でアレクの勝利を心から信じているのは自分だけだと思っていた。他の誰も、執事のエバンスやアレクを”カナンの騎士“に推薦したヴォルス達ですら、本当に勝てる可能性は低いと考えていると、むしろアレクが勝つことではなく
無理矢理にでも対立を煽り、その中で浮ついて油断する政敵を追い落とす為に。
「フフッ、アハハハハ、流石ねウェインズ中尉、そうよあんな奴アレクの相手にもならないわよ!」
ウーサーが目を見開くほど明るく、それこそ腹を抱える程に、エリカは楽しそうに笑い転げた。
太陽が中天に昇るまで、あと僅か。